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13.話と違う


「――――成程、それで仙牛を攫う飛竜を討伐したいのですか」


 イミアを連れて牧場へ戻る道すがら、俺は飛竜討伐の詳細な内容や理由を彼女へ話していた。

 

「ああ、イェルドさんの牧場はいつもお世話になってるからな」


 半分は偽善、半分は自分の為っていうのは流石に口に出せないけどな。

 

「でしたら断わる理由はありません、私の力でよければ幾らでも貸しましょう!」


「本当に助かるよ、ありがとう」


 イミアは間違いなく根っからの善人なんだろう。


 人が困っていれば迷いなく助け、たとえ魔人であろうと貴賤なく接する。俺なんかとは大違いのいい奴なのだ。そのせいもあってか、この数時間で俺は彼女の事がとても好ましく思えるようになっていた。


「しかし……、飛竜が人の街へやってくるなんて珍しいですね」


「そうなの?」


「ええ、飛竜というのは基本高度の高い山に棲むものです。高所から飛び立ち、滑空しながら山々を行き来するからですね」


「へぇ……」


 曰く。飛竜と言ってもその実、鳥のように翼で飛行するのではなく、ムササビのように高所から上昇気流を翼膜に受けて飛ぶらしい。


 自慢気に説明しているが、多分また本の知識か何かだろう。伝聞でも聖女が飛竜と相まみえ、戦ったなんて話は聞いたこともないし。


「それが人里へ降りて来たと言う事は、群れからはぐれたかもしくは――――」


 そんなイミアが思案気に目を細めた瞬間、


『ギィアアアアアアオオン!!』


「「――ッ!」」


 遥か遠方から凄まじい絶叫が響き渡った。


 明らかに人の声ではない。聞いた生物全てが心底震えあがるような、潜在的恐怖に訴えかけてくるそんな咆哮だ。思わず俺は足が竦み、一瞬立ち止まるが、イミアは直ぐに我に返ると表情を険しい物へ変えて走り出した。


 それは当然、声のした方――――イェルドの牧場がある方角だ。


 だが、俺の胸中はそうではないと信じたい気持ちに埋まり、背中へ嫌な汗が伝うのみで彼女を追うのに一瞬の躊躇が生じる。

 

「……急ぎましょう、あちらです!」


「あ、ちょ……まって!」


 それでも時間は待ってくれない。


 ふと空を見上げれば、黒煙が立ち昇っている。あれが飛竜のやったものならば、冒険者組合の設定した危険度など当てにならないだろう。


「やっぱり怖いぜ、エイジス……」


 俺は、一度深呼吸をすると、それから漸くイミアの背中を見据えて足を踏み出した。




***


 


 それは、惨憺たる有様だった。


 青々とした清涼な草原は黒く枯れ果て、地面を炎が走る焼け野原に。倒壊した厩舎の下では家畜たちが息絶えている。肉の焼ける匂いと、熱風に運ばれて来た鼻を衝く死臭に、俺は思わず顔を顰めた。


「なんだこれは」


 一足先にやって来ていたイミアの背中に向けて、俺はそう言った。


 イミアの足元に転がっている焼け焦げた肉塊は、恐らく仙牛だったものだ。俺が彼女の元まで歩いていくと、そこでようやくこちらへ視線を向けた。


 その面貌は酷く青褪め、何かを必死に堪えているようだ。そして、無言で指を指し、ある一点を見るように促される。


 そこには、巨大な赤い何かがいた。


 飛竜という魔物は、黄褐色か群青色の鱗に覆われた三メートル程の魔物だ。翼膜によって長距離を滑空する為、体躯はそれほど大柄ではない。


 分かりやすく言えば、蝙蝠を大きくしたような外見をしている。


 だが――――





 それは飛竜などとは似ても似つかなかった。

 

 赤熱した紅蓮の鱗、大樹の幹程もあるような巨大な首、明らかに飛竜の数倍はあろうかと思われる体。翼は俺達から太陽を覆い隠し、踏みしめた大地には火が付き燃え上がる。


 まさに炎の体現者、灼熱の業火。


「炎竜……何故、こんなところに……」


 そう、こいつは飛竜なんかじゃなかった。討伐難度Aランク、人間の天敵――――炎竜だ。


 冒険者達が出会えばまず死を覚悟する、運よく逃げ遂せる事も稀。


 空気に触れると発火する特殊な体液を溜め込む器官を有し、ブレスとしてそれを吐き出して全てを焼き尽くす。

  

 血中にもその体液が含まれ、吸い込んだ酸素によって全身が高熱を発しているのも特徴だ。鋭い鉤爪に牙、何もかもを噛み砕く顎の強さも持っていて、それで鎧ごと人間を食べてしまうとも言われている。


 俺がエイジスや他の冒険者たちから聞いた情報だけでも、これだけ強大な力を有していることが分かるだろう。正直聞いていた当時は話半分だったが、いざ目の当たりにしてみればその恐ろしさは口にするのも憚られる程。


『グルアァァァァア!!!』

 

 彼の竜が咆哮を轟かせ、大気が振動する。


 怒号だけで凄まじい熱波が吹き荒れ、それとは裏腹に全身から体温が失せていく。背筋がゾッとしたなんてレベルじゃない、足も手も凍り付いたように動かないのだ。


「お嬢ちゃん!」


「……イェルドさん、これは」


 背後から聞こえた声でかろうじて手足の硬直が解け、振り向けばそこには巨躯の老人が。


「不味いことになった! この飛竜を狙って、炎竜が現れよったんじゃ!」


 そして、彼の背後には人間と同サイズ程度の巨大な蜥蜴の姿も見えた。

 

 いや、これはトカゲでもイェルドの言う飛竜でもない。エイジスに見せて貰った飛竜の絵はここまで美しい鱗を持ってはいなかった。


 目の前にいるのは全身が銀色の鱗で覆われた、蒼天の瞳を持つ(ドラゴン)だ。何となく、全体的に色素の薄いところなどは竜人の俺によく似ている。


「どういうことですか……!? あの炎竜がそのドラゴンを狙ったって……」


「詳しく話している暇は無いが、とにかくワシらの敵はこの飛竜ではない!」


「きゅる……」


 イェルドがそう言うと、悲し気に目を伏せた銀龍が頭を地面へ置く。


 どうやら敵意の無い事を示しているようだ。俺も同じ竜だからか、彼の言いたい事が何となく分かる気がする。この銀竜も被害者であり、ただ、あの炎竜に追われてここに来たという事が……。

 

『グルルルルル……』


 そして加害者たる炎竜は、新たにやって来た俺とイミアをジッと見つめ、剣呑に目を眇める。しかしてこちらも同様に、奴の言いたい事もぼんやりと分かった。

 

「俺達はただの餌ってか……」


 この炎竜の思考は『邪悪』、その一言に尽きる。


 俺達を路傍の石程度にしか思っておらず、どう甚振って殺し、食べるかしか頭にない。もしかすると、食べる価値も無いゴミと思われている可能性もあるが。どちらにせよ圧倒的強者にのみ許された、酷く傲慢で暴力的な思考だ。


 これが生存本能からくる敵愾心ならまだ良かっただろう。しかし、確かな自我を持った者の邪な感情は駄目だ。前世の奴らの横暴を、今世の人間の醜さを思い出してしまう。


 そうではないと思っている相手ですら、『もしかすると』などと考えてしまうのだ。  


「お嬢ちゃんはそこの娘とこの子を連れて早く逃げ、至急領主様にこの事を伝えるのじゃ!」


「嫌だね」


「え……?」


 俺がきっぱりとそう断ると、イェルドは目を丸くして此方を見た。


 ああ、エイジスに断られた時の俺もそんな顔をしていたんだな。


 それでも今はただ、あの炎竜の悪意に凄まじい苛立ちを覚えていた。俺の中の(ルフレ)が怯えているのも分かる。それ故に怒りと恐怖がない交ぜになって、正常な判断が出来なかったのだろう。

 

 この世界は強者の悪意で満ちている。 


 平気で子供を殴り、殺そうとする人間がいる。人を、聖女と言う名の道具と勘違いし、役に立たなくなれば捨てる人間がいる。人間をただの餌としか思っておらず、邪悪な感情を剥き出しに襲ってくる魔物がいる。

 

 人を信じられず、恩師にすら疑いの目を向ける子供がいる。


「ルフレが悲しむのは、私が怒るのは、全部お前らのせいだ」


 裏切られ蔑まれ、頼る者も生きる理由も見失った十三歳の少女は、この世界の悪意が生み出した。

読んでいただき、ありがとうございました。

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