116.帰郷の旅路
閑話にいれるかどうか迷いましたがここから四章ハイよーいスタート。
審問から数日経った朝の事。
アデウス氏によってもたらされた続報により、国王は正式にアンデルス王太子を王位継承者として指名し、直後に自ら退位する事を発表。伯爵は爵位と領地の返上の後に、国外退去という形に落ち着いたことを知らされた。
勃発しかけていた内乱も収まり、アンデルス王太子が近い内に即位し、今回の件は静かに収束へと向かっている。
……というのが表向きの話。
実際は、国民の不安を不用意に煽りたくいないという元老院の意向の元、元国王と伯爵との合意の元の結果であると若干の嘘を交えたお触れである事は一部の人しか知らない。
『鉱山へ攫われた人々が強制労働に従事させられていた』という事実は曲げようも無いので、市井の間ではその話題で持ち切りだが。その中でも特に《灰の魔剣士》というワードが頻出していて、魔人を好ましく思わないこの国の中においても私は英雄という扱いを受けていることを改めて知った。
因みにアルトロンド側から私たちへの賠償に関しては、今後必要になるであろう物資の支援を直接アンデルス王子に頼んである。金銭でのやり取りでも良かったのだが、それなら直接現物支給して貰った方が手間が省けるし、そちらの方が私としても罪悪感なく受け取れるからね。
賠償金って元日本人としては若干腰の引ける響きで、なんとなく受け取り辛いのだ。日本人と言うよりも、私だけの感覚だろうか?
そして今日は全ての物資の受け取りを終え、この国を発つ日でもあった。
「あんま車間詰めんなよー、ちゃんと定感覚で付いて来ーい」
「オーライ、オーライ、そこ脱輪に気を付けて進めー!」
まるで民族大移動。大量の馬車が街道の端から端までずらりと伸びる光景を、私は揺れる幌の上で胡坐を掻いて眺めていた。まあ、大体お察しの通りこれは身元不明者の難民およそ八百人――――その内の八割が亜人および魔人――――を連れてのキャラバン隊である。
「王子が馬車を融通してくれて助かった」
「それでも数は足りないから、半分は徒歩だけどな……」
尚、上述した物資の支援とはまさにこの事で、八百人分の食糧と馬車を揃えるのに王太子の力を借りたという訳だ。
見送りに来た際も「次に会うときはお互いに王族として、是非とも茶会などにお招きしたいと思っています。その時はまたその馬車でいらしてください」と言われたが、あれは多分半分くらいこの国との友誼関係を維持しろと言う脅しが混じっていた。
これが王族コミュニケーション、ちょっと感動である。
さてアルトロンドを発った私たちは、まずはフラスカへと向かいアザリアとアキトを送り届ける。この難民たちの殆どはフラスカにて一時保護される予定であり、その後に改めて私たちはウェスタリカへと向かう予定なのだ。
因みに、殆どと言ったのは一部例外ありということで、八百人の内からフラスカに留まらず私に付いてくる者もいる。
「ルフレ様、屋根の上は危ないですよ、揺れて落ちます」
「折角貴族向けの馬車貰ったんやし、中でのんびりしたらええのにぃ」
そう言って下から顔を覗かせるのはジェイドとアカネ兄妹。
彼らは元より根無し草の民なので折角だからと、私に付いてくる事にしたらしい。アカネはジンにも懐いている様子で、彼女の付いてくる理由の半分はそれのようだ。がしかし……ジェイドが凄まじい形相でジンを睨んでいたのを見ている身としては、仲良くやれるか若干心配ではあるが。
「私にはこっちの方が性に合ってるからいいよ。天気もいいし、絶好の昼寝日和だ」
「ごしゅじん、ではラフィを抱き枕にして頂いても?」
「駄目、ルフレは私の膝枕で寝る。ラフィはアカネと遊んで来なさい」
それからラフィ、この娘は自ら身売りした合法奴隷であり、本来なら身元の明るい奴隷商辺りに再度売られる筈だったのを私が買い取った形になる。
奴隷と言っても合法奴隷は農園奴隷や鉱山奴隷以外は割と待遇は悪くないので、放っておいても死にはしなかったものの、このモフモフを手放すのは惜しかった。理由はそれだけで十分だろう、やはりケモミミは正義なのだ。
ラフィの耳をモフモフなでなでしながら風を感じて、程よい馬車の揺れに身を預けて旅をする……。
「最高だな」
「はい?」
冒険者の気風の強い私にとって、座り心地のいいクッションが敷かれた貴族用の馬車でお行儀よくしているより、こうして日向ぼっこしながら往く旅路の方が好きなのだ。前世で引き篭もる前はただボーッと空を眺める事も好きだったし。
「ナッハッハ‼ お嬢はやっぱ王女様ちゅーよりも、風来坊か剣客と呼んだ方が似合いやの‼」
「そうじゃの……、昔っからお嬢ちゃんは男勝りで無茶ばっかりしておったからに。エイジス君の悪いところがうつったか」
御者台と、前方の馬車に身を縮こませて何とか身体を収めているのは、白毛の狼獣人と褐色の老巨人。
前者はガルフレッドだが、後者はこれまた懐かしい人物であり、意外な再会を果たした人たちの中での最後の一人でもあった。
「いやぁ……まさかイェルドさんまで捕まってたなんてなぁ」
「ほっほ、老い先短き命じゃて、彼奴等に捕まったとて特に未練も無かったのじゃがの」
巨人族と人間の半魔であるイェルド翁は労働力としてはかなり重用されていたらしく、あの街で真っ先に捕まったのもガル爺とイェルドだった。老年になっても力の衰えが低い魔種は、それこそ奴隷にするにはうってつけなのだろう。
ただ、巨人族って不老不死では無いにしろ、寿命は人間の大体二十倍――――半魔であればその二分の一として、つまり千歳くらいまで生きると本で読んだのですが。老い先短いってそれ、あと何百年先の話なんでしょうかね……?
「けど、本当に良かったのか? ルヴィスへ戻らなくても」
「何度も言うたじゃろうが、儂らの命は一度あそこで尽きたも同然だった。それを拾い上げたお嬢ちゃん……いや、ルフレ様にお供させて頂くと」
「せやせや、ワシなんて元々家無し職無し一文無しなんや。ほんならお嬢に付いてった方が得やさかい、あんたにはこの老骨擦り切れるまで使い潰して貰うで」
そんな自虐をしつつもニヒルな笑みを浮かべるガル爺の素性は、ソラからほんのりと聞いていたが、彼は元々亜人の国の王国騎士団団長という凄い経歴の持ち主だった。ただ、とある戦場にて片腕を失い、その肩書を剥奪されたという。
片腕でも戦えると主張するガル爺を国はけんもほろろに一蹴し、ヤケになった彼は祖国を出奔して次第に酒に溺れ、いつの間にかアルトロンドの西端であるルヴィスへと流れ着いていたらしい。
さて、実は今のガル爺と私は非常に似た立場にある。それは腕が一本、利き腕と逆の方を失った隻腕の剣士という事。
「なら、隻腕流……教えてくれるんだろう?」
「もちのろんや、お嬢ならワシの編み出したこの剣術を修得できる筈やで」
当然元王国騎士団長ともあろう人物がただのアル中になっていた訳では無く、冒険者として路銀と酒代くらいは稼いでいた。残念ながら狼人族は寿命が人よりも短く、平均寿命は四十五歳と短命で、引退も相当早かったようだが。
ただ、そもそも膂力が人間より優れていて、片手で剣を扱う事を苦にしない我々が、どうして今更隻腕での戦い方を学ばなければいけないのか疑問に思う人もいるだろう。
それは至極単純な話で、相手との手数の差なのだ。
両手剣を扱う相手ならば普段の立ち回りで別に問題はない。しかし、盾持ちの相手と戦う事になったら? グラディンのような二刀流が相手なら? 遠距離を主体にする相手に、剣一本でどうやって近付く?
……盾持ちならば、それを使って体勢を崩しに来たりするうえ、片手剣一本では手数が足りずにこちらの攻撃が防がれるので話にならない。隙間に剣を差し込むだとか、フェイントだとかは実力差のある相手なら通じる手だろうが、そうでなかった場合何も出来なくなる。
二刀流相手でも同様に、私がグラディンよりも強かったが為に片手でも対処は出来ていただけで、あれがもう少し強ければ手数の差で負けていた。遠距離からチクチクされても、剣一本では防戦一方で近付くことすらままならないだろう。
と、比較的一撃の軽い片手剣一本で、他の武器種と渡り合うのは結構難しい事が理解していただけた思われる。
本来私も左手は魔法を放つのに魔力を偏重させており、どんな相手だろうと柔軟に対処できるような戦闘スタイルを確立していた。魔法で盾を剥がすもよし、中距離を維持しながら慌てて接近してくる敵に後の先で切り込むもよし、近接型のパワータイプならそもそも近付きすらせずに魔法で倒している。
「いや、まてまてお嬢。それってもしかして一人でって事かいな……?」
「えっ? うん、そうだけど」
「そうだけど……って、当たり前みたいに言うけどやなぁ。普通片手剣の剣士っちゅーんは、器用貧乏、他の武器種と連携して戦うもんやで」
それをガル爺へ伝えたのだが、何故か変な反応をされてしまった。
そもそも私は他人とパーティーを組むことは滅多になかったし、組んだとしても大抵は魔法職の便利屋扱い。剣士としてはほぼ一人でやって来たと言っても過言ではない。
「でも器用貧乏ってそれバランス良いって事だし、一人でも問題ないんじゃないの?」
「……それが出来るんは多分、お嬢が相当に強いからや。ただ、これからもっと強うなりたいんやったら、それが逆に枷になる」
ガル爺はそこで言葉を区切ると、溜息を吐いて毛深い顎をさする。
「お嬢も分かってる思うけど、戦いって言うんは数より質。一騎当千の強者は文字通り一人で千人を屠るし、それ以上の輩やっておるやろうな。そんな奴らに勝つ為にはな、逆に数が必要やねん。矛盾してるやろ?」
自分で言ってておかしいのか、先程よりも揶揄うような色を籠めてガル爺はそう言った。確かに彼の言った言葉は矛盾している、数の暴力なんて言葉はこの世界の強者に取って無意味に等しく、たった一人の存在に種族ごと滅ぼされたなんて吟遊詩人の詩はよく聞く。
「そりゃ1しか力のない奴が1000に勝とうなんておこがましい、けどな……500と1000なら? まだいい勝負できそうやろ。それが二人になってみい、勝てるかもしれんと思えてくる」
なんとなく言わんとしている事は分かるが、それでも尚私には話の筋が見えて来ずに首を傾げる。
「まあそりゃ、500が二人でも単純な力の差で互角にはならへんやろうな。ただ、1000の力持ってる奴かて、力、足の速さ、剣の技量、全部が1000な訳やない、それら全部の平均で1000な訳や。中には苦手なもんもあるやろ、それこそ500にも満たない部分がな」
「単にそこを攻める……と?」
「ちょっと違うな、逆に考えて500の奴も得手不得手ある訳で、守る事だけなら800のやつ、攻めるだけなら1000より強い奴かておるって考えや。長々と説明したが要は役割分担、攻めんのと守んの、一人で両立する必要なんてないんやで」
なんとも、最後まで聞いてしまえば当たり前の事を説かれたような気もするが、確かに私は今までそんな簡単な事を失念していたのかもしれない。いつも一人で全部完璧にやらなければいけないと思い込むのは、前世からの悪い癖だ。
「せやな……お嬢には隻腕流を伝授するとして、三……いや五人同じ力量の奴がおれば大抵の事には対処できる。あとは頭数やな、ワシはよう知らんが、どでかい相手とやり合っとるんやろ? ならこっちも頭数はしっかり揃えなあかんで」
頭数か、これに関してはちょっと私側にも考えがあって色々と画策している最中である。
まあ、ウェスタリカに到着するまではどうにもならないことなので、私自身の能力の底上げに専念しつつ旅を満喫するとしよう。




