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BadEnd.1 -王女の剣-

フレーバーテキストっていいよね(開幕の会話劇は恐らくフレーバーテキスト【物語に深みと彩りを与える本編では特に役に立たないだろう設定】に基づいた会話なので特に何も考えずに読んでいただいて問題ありません)

「――――おや、また少々本筋からずれたね」


「俺からしてみれば、聖女が消息を絶った時点で既にとんでもない分岐を辿ってるんだが」


「ああ、そう言えばキミは耳長族(エルフ)とあちらで言う"彼女(ヒロイン)"との三人旅だったっけ」


「それに、第三王子がいない。いつからあそこは女尊国家になったんだ?」


「アインズも八武天王の一人、死王も不在。ただ、後者は生まれこそ違うもののちゃんと同姓同名の存在がいる……となると、今回は有史以前から介入があったと考えていいかもしれない」


「つまりは人為的な歴史の改変って事か」


「分からない、単に世界が整合性を取った結果の産物かもしれないし、特異点の動きに合わせて改変が為された可能性だってある」


「まあ、何にせよ今までで一番まともそうだし、俺はこのままでいいかな」


「確かにね。ここまで来たら最後まで行って欲しいものだが……因みに、上手く行かなかった場合の結末とかって興味あるかい?」


「なんだそれ」


「バッドエンド、もしくは彼……いや、彼女が選択を違えた場合の世界の事さ」


「碌でもないじゃんかよ……」


「そう言うな、暇つぶしにでも少々覗いてみるとしよう。まずは、そうだな……これがいいか――――」






 夜の空へ暁のように橙の色が映し出される街中で、一人の騎士は硝煙と血の匂いがこびり付いた鎧を憎々し気に睨みつけた。


 嘔吐(えず)くような酸っぱさを含んだ腐臭が鼻を衝き、一体何人死んだかも分からない戦線の最中で、瓦礫すらも蹂躙するように巨大な鉄の塊が這い回る。まさに地獄の様相と言うのは、目の前のこれを指すのだろうと内心で独り言ち、彼女は剣帯から東方仕込みの意匠がされた刀剣を引き抜いた。

 

「忌々しい……!!」


 かつては貿易によって栄えた国のお膝元は見る影も無く、今では戦場と化した王都に残るのは敗残兵である女騎士只一人。《竜狩り》の異名を冠し、何者にも負けない剛の剣を振るった団長は、一ヵ月前に二人の王女を亡命させる為に殿を務めて殉死した。


 そして《白銀》の二つ名で通った彼女でさえも、ここが最後の戦場――――即ち死地――――となる事は薄々と理解はしていた。


 体調は万全と言えず、右目は既に熱傷で失明し、指の幾つかも既に焼け焦げて使い物にならない。肋骨が内臓に刺さっているのか、先程から喉をせぐり上げる血の味が彼女の胸中で沸々と苛立ちの念を強めて行く。


 それでも、ここで退くことは許されなかった。


 何かを巻き取るような耳障りな金属音を立てながら姿を現したブリキの玩具を前に、灰被りの髪を靡かせて騎士は嗤う。せめて、お前たちだけは道連れにあの世へ行ってやると、そう言わんばかりに。


「死の痛みはもう慣れっこでな、悪いが貴様らには一足早い通夜に付き合ってもらうぞ」


 引き絞った刀が鉄の皮膚を撫ぜ、その黄昏よりも紅い瞳の残光を追うようにして《戦車》と、後にそう呼ばれる筈であろう兵器は無惨にも鉄屑へと成り果てた。ただ、この戦場は四面楚歌。背後から発された爆音に飛び退くも、接地した瞬間に熱波と衝撃を撒き散らす砲撃は彼女の胸部を削ぎ取る。


 血肉と脂肪の赤濁とした傷口から骨が垣間見え、吐血。眼球が反転して意識を飛ばす直前まで行く。が、なんとか踏みとどまり、血走った瞳が仇敵を捉えれば直後に凄まじい轟雷が降り注ぎ、鉄の巨体は爆炎を上げて四散。


 ここに充てられた最後の二機であろうそれらの殲滅を視認した後に、覚束ない足取りで数度踏鞴を踏むと、後ろへ仰のくように倒れ込んだ。


 肺が半ばその機能を放棄して、ゴボゴボと泡立った血液を垂れ流すだけになる。


 最早握った刀の感触も感じない。恐らくは余波でイカれたか、吹き飛んだかのどちらかだろうと、取り留めも無く考える。掠れた笛のような呼吸音を奏でながら、辛うじて動く首だけで自身を見下ろせば案の定左半身はもはや無いに等しい程に抉れていた。


 そうして、出血の酷さや痛みで思考すらままならない中、彼女が思い浮かべていたのは亡国の姫。


「……もう、逃げきれたの……だろうか」


 十二年前の鮮烈な出会いから、彼女の剣となる事を決めた日の事を思い出してぎこちない笑みがこぼれる。まさか自分がこうして忠誠を誓った相手の為に死ぬなどとは、あの時までは露も思わなかっただろうに。



***



 ――――近衛騎士ルフレ・フォン・ウィステリアが、アザリアの剣となる事を決意したのは、特別な何かがあった訳では無い。ごく自然な流れで、元よりそう運命づけられていたかのような必然さで以てそうなった。


 最初に出会った際の第一印象は最悪に近しいものであったが、それ以降は彼女の方から歩み寄る事の方が多く、自然と気を許すようになっていた。


 ただ、彼女の勝気で高圧的な態度に眉を顰める事は多々あり、その度に妹君の護衛が良かったと内心で愚痴を溢す事も多かったのもまた事実。その心根が優しく、実は誰よりも真っすぐな芯を持つ人間だというのに気が付いたのは、リルシィを傀儡の王にしようと目論む諸侯に陥れられようとした時の事だった。


 妹を守る為に身を挺した彼女を見た時、私は自分の中で燻っていた感情の答えを見つけたらしい。


 彼女に仇名す七聖人を名乗る女の首を刎ね、それへ仕えていた女王の裏切り者を手ずから抹殺した時既に、気付けば私の全ては彼女の為にあった。


 幼気にも見える女が泣いて命乞いを行おうが、不遇に立たされた者がどれだけ憎しみで自らの行いを正当化しようが、王女の命と天秤に掛ければどちらが軽いかは自明の理。そこで情けを欠ける理由などは無く――――以降、一度たりとも敵対者に対して良心の呵責も、死に対して何の感慨も抱いた事は無い。


 一年が過ぎた頃、報酬として受け取った王金貨に加えて、私は王国近衛騎士団副団長という肩書を背負う事にした。


 件のことで一代限りの騎士爵ではあるが叙勲頂いたというのもあるし、何よりアザリアの傍を離れるのは考え難いことのように思えたからだ。それからは騎士として努めてらしく振舞うようになり、守護する方の品位を貶めないように言葉遣いや作法を改めたりもした。


 そうして二年が経つ頃、《白銀》なんていう二つ名まで市井に知れ渡り、アルバートと並んでフラスカ二大騎士などと大仰な呼ばれ方をされ始める。


 実力に見合わない期待をされていたかと言えばそうではないだろうが、なんにせよ恥ずかしい事に変わりは無い。《閃光》と《白銀》、二人の在籍する騎士団は歴代でも最強と謳われ、かの帝国に勝るとも劣らないという評価が下された時も同様か。


 客観的に見てもこの国は大抵の事で揺らぐ心配など無いと、私は恐らく心のどこかで慢心していたのだろう。ただ、あの時そう思い込んでしまったが故に、フラスカは滅亡の道を辿る事になるのだが……。


 






 神歴七〇四九年、アルトロンド王国が、予てより推し進めていた通りにアルグリア統一帝国に対して宣戦布告。大陸内においておよそ一世紀ぶりに戦争の火蓋が切って落とされた。

 

 当初は精強な兵と飛竜を駆る帝国軍に対して、喧嘩を売った割に苦戦を強いられていたアルトロンドだが、戦端が開かれて半年後に突如イグロス神聖王国がアルトロンド側の同盟国として参戦。戦況は一変し、周辺諸国を巻き込んで肥大化していく戦火はとうとう帝国の中枢にまで及ぶ。


 それに加え、アルトロンドは技術先進国であるアルグリアをも凌ぐ未知の兵器を運用し、一夜の内に帝都を火の海へと変えてしまった。


 その約三ヵ月後には帝国は全面降伏を宣言。アルトロンドの植民地となった筈の帝国領土およそ六割が、何故かイグロスに割譲される。ただ、終結したと思われた戦争はこれで終わりは無く、五年後の神歴七〇五六年に宣戦布告無しにフラスカへ行った奇襲から再び戦争が勃発。


 ただし、これを予見していたアマリア女王は、ラグミニア、イァントス、ミシリアとの中南連合体を築いて徹底抗戦の構えを見せた。


 帝国を沈めた鉄の兵器によって、徐々に劣勢へと追いやられながらも二年間耐え忍んだフラスカだったが、とうとう王都への侵攻を許してしまう。しかして苦肉の策として、女王は王女二人をギュリウスへと亡命させる判断を取った。


 この際、間諜によって情報が漏れた事で、殿を務めたアルバート・フォン・ラインハルトが国境線沿いの突発的戦闘により戦死。


 代理団長として私が王都にて防衛の指揮を執っていた折に、敵軍の大規模侵攻が重なり騎士団は壊滅。生き残ったほんの数名を逃がすために、私は単身この地に残った。


 残って何が出来るでもないだろうが、ここまで手酷くやられて最早彼女に合わせる顔すらない。


 ギュリウスにおいてアザリアとリルシィの待遇はそう悪いものでもないだろうが、終戦後にどうなるかはアルトロンドの裁量次第か。どちらにせよ私の首は飛ぶだろうし、ここで死んでも断頭台で死んでも同じ事だ。


 ならば最後まで戦い抜き、忠誠を捧げた主君へ名誉の戦死という形で報いよう。


 少々心残りなのは、アルトロンドの使用した戦車を誰が開発したのかという事。同じ異世界人が戦争を引き起こしたというのなら許し難いが、直に相対してみれば余りの再現度の高さにいっそ清々しいまでの熱意を感じる程だった。


 恐らく、ミリオタか職業軍人か。


 形状からしてドイツの戦車が好きだったことが伺えるし、歴史オタクかもしれない。


「…………は…………」


 灰の降りしきる空を見上げたままの私の、酷く緩慢になった呼吸音だけが静かに空気を震わせていた。死ぬ最後の最後まで思索に耽るのはやはり癖なのか、それとも死に向かう身体が記憶を整理しているのか。


 未だ乾かずに溢れ出る血が、どうしようもなく冷たい四肢が、もう自分の命があと幾何も無い事を伝えている。


 霞む視界の先は灰色の絵の具で塗りつぶしたような空が広がり、今にも一雨来そうだった。いや、いっそ振ってくれればいい。雨の好きな私にとって、それはとびきりの手向けなのだから。


 この結末が本当に幸せだったかと聞かれれば分からないが、私なりに満足のいく人生だったことに違いは無いだろう。


 騎士としての本懐を遂げ、主君の為に死ぬ。


 最高の誉れと言える。それに単騎でここまで暴れてやったのだから、死しても私の名は後世にまで語り継がれる筈だ。吟遊詩人が詩にして、名も知らない国の広場で歌われる事を想像するだけで誇らしい。


 ……ただ、一つだけなにか忘れているような気がする。


 忘れている事が何なのか今になってはもう思い出す術も無いが、私にとってはとても大事な事であったのだけは薄ぼんやりと思い出せるのだ。


 まあ、そんな事を考えても今更詮無い事か。


 それに……実はもう先程から眠気が酷くて仕方が無い。思索なんて寝て起きてからでも出来るだろうし、少し……眠るとしよう。










【公開情報】


白銀の戦乙女シルヴィ・ヴァルキュリア


 神歴中東戦争において、圧倒的な暴力を以て蹂躙した鉄の兵器《戦車(タンク)》に対して単騎で百を超える撃破数を稼ぎ、敵軍へ甚大なる損害を与えた騎士ルフレ・フォン・ウィステリア(727~758)の異名。シルクリエス防衛戦では類まれなる指揮能力と、中隊をたった一人で殲滅した戦闘力の高さから、神歴千二百年代現在においても最強の騎士と名高い。没後、遺体は見つかっておらず、彼女の故郷と言われるルヴィエント領郊外へ慰霊碑が建てられている。


 尚、彼女が魔種であったという説に対しては懐疑的な学者も多く、常人離れした能力のメタファーとしてそのような逸話が残されたという学説が有力である。















 ――――横たわる少女の体に降り積もった灰と、安らかな表情を見て、鼠色の外套を纏った旅人は膝を折る。


 それからたった一言、


「遅かった」


 そう呟いて、幼き姿をした女性の遺体を抱き上げた。その四肢は凍える程に冷たく、もう血の通わない顔は満足そうな笑みを浮かべている。


 少女の顔を見て、何かが旅人の喉から飛び出しそうになり、直後に振り出した雨がさめざめと鎮魂の歌を囁いた。


 灰を溶かしていく雨粒は、まるで涙のように滔々と少女の頬を濡らして伝った。


「遅かった」


 何度も、何度もそう呟いて、少女の亡骸を抱きしめる。


 もうここに、愛した少女の魂は無いのだと悟って、懇々と諭すような雨に打たれながら嗚咽を漏らす。


 暫くして雨も止み、涙も枯れ果てた頃、旅人は少女を抱えたまま立ち上がって歩き出した。


 何処へ行くとも知れず、されども彼女が安らかに眠れるであろう場所を探す為に。

余談ですが、今回のお話は、私の愛読書である虎竜!スピンオフにあるバッドエンド集的なのがとても好きで、それをリスペクトしながら挑戦して書いてみました。ただ、結末は本当に心苦しいと思いながら書いた筈なので、本意では…………………………ないです。多分。今後も隙あらば殺していく所存ではありますが、きっと本意ではありません。

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『創成の聖女-突然ですが異世界転生したら幼女だったので、ジョブシステムを極めて無双します-』
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