115.見えない出目
この話で第三章は終了です、百数話もお付き合い頂いた読者の皆様には感謝しかありません。これからもどうぞよろしくお願いします。
《灰の勇者》、ヒナタ・グラウスの出身はアルトロンド王国、グラウス子爵家の長兄として生まれた。
四歳の時、勇者としての素養が認められたと同時に、本人が廃嫡を願い出た為に家督の継承権を失う。生まれつき持っていた比類なき剣の才と身体能力、それに加えて神の加護による勇者の力を手に入れた事で、剣客としては当時の最高峰に君臨していた。
十歳の時、国を襲った邪竜を撃滅。勇者としても一人の人間としても優れていたヒナタは、その後も数多襲い来る危機を全て退けていく。
十五歳の時に第四の魔王誕生、瞬く間にその情報は大陸中に知れ渡った。そして、三代目の例を鑑みて静観する国も多い中、アルトロンドは灰の勇者を派遣。これがおよそ二十年前のことで、当時のアルトロンド国王――――セドリックの実父――――の独断で行われた事が後に明らかとなる。
魔王に害無しと判断したヒナタは、魔人国に対して敵意を向ける国に対して説得を試みるも一蹴され、裏で蠢く何かの影を感じ取った。もはや事態は二つの国同士の問題ではない、早急に事を収めなければもっと厄介なことになると。
日に日に荒れ果てて行く国を前に、どうにかしてウェスタリカを救う手立ては無いかと模索する中で、彼は苦肉ともいえる策に行き着く。
魔王一人を討つのを条件に、その後のウェスタリカへは絶対不干渉とする事。
元より魔人個々に対しては大した頓着をしていなかったアルトロンド王はその交渉に同意し、約束通り魔王は自害――――勇者の介錯により首を落とされた。ただ、裏で暗躍していたイグロスの暗部は、その結果に不満を抱く。「魔王の子孫は未だ絶たれていない」と。
そして子孫……リーシャと、そのお腹にいる子を殺す為に暗部は動き――――ヒナタの手によって残らず殺されることとなった。幾ら優秀な暗殺者だろうと勇者に敵う道理も無く、彼女らへの追手はたたらを踏んでそれ以上踏み込む事を断念。
役目を果たしたヒナタは、最愛の妻とこれから生まれてくる娘の家族を殺めた事への償いと、ウェスタリカが一つの国として立つ為の人柱として自ら命を絶った――――
――――と、これがアヒム公とアリスター公の話を総括し、母の手紙にあった内容を合わせた過去の出来事になる。
私が生まれつき怪力で身体能力が高いのは父の遺伝であったり、灰交じりの髪色は両親のどちらもから受け継いだものだったりと話せばキリは無いが。ともかく新しく知れたのは父の経歴とアルトロンドとの交渉、そして人柱云々のくだりだけだろう。
ただ、逆に言えば母は父がこの国の出身である事と、先代国王と交わした約束だけは教えてくれなかった。
本当の理由は分からないが、近い内に事情を知るものに聞くことになるから書かなかったとでも考えるべきか。多分私が請えば、ウミノ辺りが教えてくれる筈だったのだろう。
「み、認めんぞっ! そもそもそんな口約束は父君の交わした勝手なもので、この矮小な雌風情が――――」
「……それ以上喋るな。次にルフレを貶めたらその豚のような汚い声を二度と出せなくしてやる、人間風情め」
「ぎっ!?」
尚も現実から目を逸らすかの如く喚きたてる国王の背後、そこから黒い煤と星のような光の点描を纏った鎌が喉笛に押し当てられる。光の屈折で半透明な為に良く見えないが、審問の開始前からあそこでスタンバっていたメイビスがしっかりとお仕事をしたようだ。
それにしてもやりすぎ感は……まあ、否めないな。相手は仮にも一国の王なので、もう少し言葉は選んで欲しい。
『相手が余りに取り乱して会話が成立しなくなったときは、多少脅してもいいから黙らせろ』と言い含めてあった私も悪いけれども。彼女は私のお願いを聞くとき、大抵些か過大に解釈して受け取る節があるのがなぁ……。
「これで……はい、事実確認は十分に取れました。王……いえ、国賊セドリックを塔獄へ」
心底疲れたという様子のアンデルスが騎士へ指示すると、メイビスの殺気に中てられて放心したままのセドリックが引き摺られるようにして連れて行かれた。私としては狂ってしまった可哀そうな国王にしか見えなかったので、この終わり方は何とも後味が悪い。
「ルフレ様、父の言動に御気分を悪くされたでしょう。使用人にサロンへとご案内させますので、そこでお休みになられてください」
「いえ、大丈夫ですので。それよりも、ドゥ氏と少し話がしたいです」
「まあ……貴女の頼みとあらば断る理由もありませんし、いいですよ」
セドリック王に次いで、今しがた連れて行かれかけていた伯爵が騎士に私の元へと連れて来られる。
互いの距離が一メートルという近くにいながら、彼は目を合わせるという事をせずに口を引き結んで私の足元をジッと見つめていた。まるで、今から叱られるのが分かっている子供のような佇まいに、私の心の中の殺意が鎌首をもたげる。
「久しぶりですね、ドゥ様」
「……」
「私のことを、覚えていますか?」
「…………」
敢えて当時の口調でそう語りかけると、益々委縮したように肩を縮こまらせて黙りこくるのみ。
――――ムカつく
どうしてこんな吹けば飛びそうな男に私は陥れられ、死ぬような思いをして来たんだ。
「……お前に、聞いておかなきゃならない事がある」
それでも心の中に渦を巻く感情を押し込め、殺し、言うべき言葉を喉から発する。
「ミネルヴァ・ツヴァイ=メイガスト。アレは、一体何者だ?」
「……ッ、……ッ!!」
私がそう訊ねた瞬間、ドゥの様子が急変した。びっしりと汗を掻いた顔を勢いよく持ち上げると、裂けるほど見開かれた目がジッと私を捉えたのだ。
「あ……」
「あ?」
「あ……あれ、あれは、分からない。分からない、少なくとも、人じゃない……いや、分からない」
熱に浮かされたような顔で取り留めのない言葉を吐き出し、震える身体を両手で掻き抱く姿は異常としか言いようが無い。一体、何がこの男をここまで怯えさせているというのか。
「き、きききき気付いた時には、なにもかも、何もかもだ。そう、欲しいと思うと、ど、どうしても、どうしても抑えられなくなったんだ。そうだ、闇が囁いて、強欲になれと、闇が、そう……」
「落ち着け、それとあの女とは何の関係がある?」
「ほ、本当は、そんな、そんなつもりじゃなくて、お前も、そうだ、お前も殺すつもりは無くて……ああ、でも欲しい、その胸の、ソレが! 欲しい、欲しい欲しい……いや、そんなつもりじゃなかったんだ、本当だ、欲しい、違う……」
ああ、ようやく国王とこの男の挙動の不可解さが理解できた。
これは廃人だ。麻薬やアルコールの中毒になって、正常な思考が出来なくなった人間の顔と言動だ。
「ルフレ様……」
「大丈夫、万が一暴れても問題無いですから」
口の端から涎を垂らしたまま私の胸元に目が釘付けになって――――恐らくは心臓に埋まっている魔石を求めているのだろう、伸ばされた手が騎士によって掴まれる。言動の不一致、情緒不安定、症状の軽重に差はあれど間違いなくドゥは国王と同じ廃人状態になっていた。
「一体何をしたらこうも……ミネルヴァの仕業に違いはないだろうが」
「……ミネルヴァ?」
独り言ちる私の言葉に思いがけず反応を送ったのはメイビスで、いつの間にか私の横に立って小首を傾げている。
「前に話した、創世の輩を名乗る商会の人間……人間じゃないかもしれないけど、女の人」
「聞き覚えがある。それ、多分魔女。私の知り合いの内の誰かだと思う」
えっ、待って。 魔女ってそんなにいっぱいいるの? というかメイビスの知り合いっていう事は、やっぱり七聖人の内の誰かって事?
「ミネルヴァは魔導王ユピテルの眷属だった筈。相当昔のことだから確証はない」
なんだか知らない単語が色々と出てきたが、とにかく魔導王という人の眷属がイグロスに付いている……ってヤバイね!? 魔女が全員メイビス並みの化け物なら、それよりも強い魔導王までいた場合戦力過多なんてレベルじゃないぞ……。
「魔女は闇属性魔法を修めたら勝手に名乗っていい。ルフレも一応名乗れる。名乗る? お揃い」
「いや、遠慮しておこうかな……」
失伝した筈の闇属性魔法の使い手は居る所には居るんだなあ、なんて思いつつも今後の展望に若干の不安が過る。イグロスは思ってた以上にヤバイ人材が集まっているようで、七聖人だけでも厄介極まりないのに、その上今後は魔女も相手取るとなれば色々と考えなければならない。
「ともあれ、もう得られる情報はここには無いか……」
廃人と化したドゥを一瞥すると、アンデルスが合図を送って彼もまた引き摺られて部屋を出て行く。
静まり返った部屋の中で、私は改めて相対する存在の強大さを思い知らされていた。最早明確に《敵》と言っても差し支えの無いイグロス神聖王国は、悪辣で残忍な手を使って他国にちょっかいを出す割には何がしたいのか分からない。
本気で衝突する事をのらりくらりと避けているような動向は、ハッキリ言って不気味だ。それは『お前ら如きいつでも滅ぼせるぞ』と暗に警告しているようにも受け取れるし、敢えてそうする事でこちらが足掻くのを楽しんでいるのではとすら思えてくる。
盤上の駒として私たちが遊戯の為に踊らされているとしたら、それを行えるのは神だ。
「……創造神アースラ」
テーブルゲーム、ことさらサイコロを使うものにおいてGMは度々神のような立場にあると私は思っていたが、それが比喩ではないとしたら?
神々の実存するこの世界において、彼らはサイコロを振るのだろうか。もし賽の目で世界の道筋が、イグロスの私たちに対しての接し方が決まるのならば、アインシュタインも考えを改めざるを得ない。
今は、その出目が悪いもので無いのをただ祈る事しか出来ないが。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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