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114.しらないこと

 アザリアに連れて来られたのは、王のいるであろう場所とは縁遠い会議室のような部屋だった。


 法廷にあるような柵付きの空間に置かれた机と、それを取り巻くように座る老人達の姿のせいか異様な雰囲気を醸し出している。


「おお、アザリア姫殿下。来られましたか」


「そちらの御人は? 見た所この国の者ではないようですが」


「はい。彼女が先日お話致しました魔人国ウェスタリカの王女です」


「む、その話は事実であったか……」


「まさかあの国の王族がこの件に……これは思った以上に重大かもしれんの……」


 部屋へ入るや否や、彼ら――――元老院の面々――――はアザリアへ矢継ぎ早に言葉を放つ。その半分程は私に対しての質問で、彼女が私の正体を話すと大抵の貴族たちは何処か呆れたような、疲れたような声を上げて肩を落とした。


 その中でも特に厳格そうな一人の老貴族は、かなり神妙な表情でジッと虚空を睨みつけている。


「お初お目にかかりますの、魔人の姫君。儂はアヒム・フォン・ロンディーネ、公爵家の隠居風情ですじゃ。まずはご足労願った事にお詫びと、此度ルヴィエント卿の頼みに応えてくださったことへの感謝を」


 厳めしいおじいちゃんの隣に座る、好々爺然とした顔つきのアヒム公はそう言って少し毛の薄くなった頭を下げた。


「此度は……儂の身内の失態によって受けた仕打ちに強い怒りを感じておりますでしょうが、どうか今この時ばかりは趨勢を見守っていてくださいませ」


「はい、こちらもそのつもりで来ましたので」


 どうやらご老公、王族から派生した方の公爵らしい。そして主にアヒム公と、その隣に座るアリスター公――――こちらはアヒム公の実弟――――による説明で、何となく現状を理解できた。


 詳しく話を聞けば、今代の王は甥と叔父の関係にあるようで、事件の全貌を知った時には相当頭を抱えたそうな。彼も含めて元老院は相当にまともと言うか、やや保守的な人間の集まりらしく、横柄かつ国を鑑みない現王の素行については全員が顔を顰めていたのだと。


「では、やはり今回の件に関しては完全にアルトロンド王とウェンハンス伯爵、二人を支持する派閥の一部貴族の独断という事でよろしいですか?」


「概ねその通りかと、重ね重ね甥がとんだ迷惑を……」


「ただ……戦争の是非については前々から議論されていたものの、まさか元老院にも隠れてあのようなことをしているとは儂らも思わなんだ」


 アリスター公はそう言って眉間を指でぐりぐりと捏ねると、大きな溜息を吐いて首を横に振る。


「明るみに出たからには最早身内だからと情けも掛けておれん」


「よもや他国の姫君の……しかも婚約をしていない体に、腕を失わせる程の深い傷を負わせたなど前代未聞であるしの……」


「その辺はまあ、本当に間接的になんで……あはは……」


 顔を青褪めさせ、口々にそんな言葉を吐く彼らに、私は愛想笑いを作りつつも内心で冷や汗を掻いていた。


 それというのも「実はまだ私が王族であるという確認がしっかりと取れていない」なんて言ったら絶対に怒られるだろうからね。客観的に見て、母の手紙とウミノの言葉だけでは今一つ確証に欠けるのは事実でしょう?

 

 つまり、今ここにいる私の【魔人国ウェスタリカの第一王女】という身分は、半分くらいハッタリなのである。


 勝手に名乗っていいのか少し悩みもしたけど、この程度の腹芸が出来ないで王族は務まらないとアデウス氏にゴリ押されてしまったし……。


 長い旅を経て城に戻り、意地の悪い大臣のせいで王家の証を取りに行くまで王様と認められないという、某JRPGの一幕を思い出してしまう。王侯貴族はそういう儀礼的な事を重んじるから、ウェスタリカもそうだった場合、私は身分詐称になるのかな?


「おや、これは私が最後でしょうか? 元老院の皆様方も揃っているようですね」


 おじいちゃんたちの話を聞きつつもそんな益体も無い事を考えていたら、部屋の入口から良く通る声が耳朶へ響いた。


 その声の主――――金髪碧眼、眉目秀麗な青年が幾人かの従者を引き連れてこちらへ歩いてくる。服装、顔立ち、そして発散している高貴なオーラからして、彼が王太子で間違いないだろう。これでようやく役者が揃ったようだ。


「アンデルス殿下!」


「やあアザリア様、ご機嫌麗しゅう。それと、どうやら……無事に尋ね人と再会できたようですね」


 公的な場だからか敬語を使っているが、普段かなり砕けた口調でアザリアと会話している事が言葉の節々から感じられる。どうやら、この様子を見るに後継ぎ自体の仲は悪く無さそうで少し安心した。


 にしてもやっぱり王の発する覇気というのか、オーラからして庶民とは違うのだと改めて感じる……。自分に自信を持っているのがありありと伝わるし、いつ何時誰に見られても問題ないと言わんばかりだ。私なんか王族とか言っても路地裏の浮浪児上がりだからね、生まれつきそうあるべしと教育を施された彼らとは住む世界が違う。


 それからアンデルス王子と簡単な挨拶と自己紹介を済ませると、話は本題へと移った。


「さて、既に聞き及んでいると思いますが、これからドゥ・フォン・ウェンハンス伯爵とわが父君、セドリック・ヴィ・アルトロンドに対して審問を行います」


 彼は部屋の中に設置された柵付きの机を目で示し、従者の一人に合図を促すと部屋の扉がやや開いて、二人の男が近衛に挟まれる形で部屋へと入って来る。その片割れは見覚えのある顔で、ウェンハンス伯爵だとすぐに分かったが、以前の尊大な態度は見る影も無かった。


 元々偉丈夫然としていた顔はやつれて頬はこけ、白髪交じりの深い金髪は力なく頭皮へ張り付いている。それに加えて、挙動不審に視線をあちこち行ったり来たりしており、何かを恐れているような様子さえ伺わせた。


 まるで、いもしない幽霊に怯える子供のように……。


「アンデルス貴様、これは一体どういう事だ!?」


 そして、ウェンハンス伯爵とは対照的に怒気を纏ってその隣を歩く男。


 年の頃はおそらく四十代かその辺りだろう。アンデルス王子と同様に金髪碧眼で、黙っていれば厳格そうな王に見えなくも無い。がしかし、どうにも様子がおかしいというか、私には国王が正気を失っているようにも見えた。


「国王であるこのワシを審問に掛けるとは、不敬であるぞ! 理由も無しにこのような事を……厳罰は免れんと思え!」


 言動からしても、自分が何故連れて来られたのかすらも理解できていない様子。


 ただ、四方を王子の近衛が取り囲んでいる為か喚き散らすだけに留まっているようで、伯爵同様に国王も柵に覆われた証言台へと押し込まれる。


 それからアンデルス王子と私達が席に着いたところで、ようやく審問が開始された。


「ウェンハンス伯爵、並びにセドリック王よ。貴公らは国に著しい損失を招く行動を私欲の為に行ったことに心当たりがありますか?」


「…………はい」


「何を言っておる! 国王のワシがいつそんな事をしたと言うのだ!?」


 素直にそう頷く伯爵と、唾を飛ばして否定するセドリック王。


 伯爵が素直なのもやや不気味ではあるが、それ以上に王の乱心っぷりが凄まじい。絶対に自分が何もしていないと信じて疑わない顔をしている。 


「ウェンハンス領内、グリュミネ鉱山へ不当に捕らえた人々を監禁して労働を強いていたと、既に証拠も確かとなった事実がありますが、何か申し立てがあるのならば聞きます」


「……いえ、殿下の仰る通りでございます。私と陛下が主立ち、それに連なる貴族の一部と共に法に背いた行いをしておりました」


「ウェンハンス伯、貴様までそのような戯言を! 国民が国の為、ひいては王の為に働くのは当然の責務であろうが! 何故それでワシらが審問を受けねばならないと聞いておるのだ!」


 おっと、なんだか雲行きが怪しくなって来たぞ……?


 国王はアンデルスの言葉を否定せず、あまつさえそれが正当な行いであるような台詞を吐いた。どうにもダリルたち伯爵領民といい、彼らの頭はおかしなことになっているらしい。


「この国の法律にもあるように、如何なる立場の者であろうと――――それが例え王であったとしても、罪のない人間を奴隷へと堕とすことは禁忌なのです」


「なにをごちゃごちゃと――――」


「その理由と目的も聞きましょう、伯爵」


「……はい。陛下の推し進める戦争計画の為に武器、防具、兵器を生産する為に奴隷階級の労働者を大量に動員する必要がありました」


 国王をシカトしつつ伯爵にそう尋ねたアンデルス王子は、表情筋をピクリとも動かさずにただ頷く。まあ、この辺りはただの事実確認なので、そう驚く事も無いが。


「その発言に相違はありませんか、陛下?」


「ふん、国を発展させるのにワシが苦心するのは当然のことだ。それを悪事のように取り立ておって、この愚息めが」


 やはり、国王の言っている事とやっている事が噛み合っていない。


 『植民地や他国の労働力が欲しいから戦争する』というのは理由として妥当性はあるが、その為に一領地の殆どの人間を奴隷にしてしまったら本末転倒だ。むしろ自ら国力を削って、他国に侵略してくださいと言っているようなものだろう。


 そして、あの女の言っていた国王がおかしくなったという言が正しいとするなら、全ては聖国の所業ということになる。どう見たってまともではないもの。


「……ならばあなたの、あなたのその国の為を想ってした行いで、一体どれだけの民が苦しんだとお思いでしょうか」


 とうとう王の発言に耐え兼ねたのか、アンデルス王子は感情を押し殺すようにしてそう言った。


「ルヴィスの現状を知って尚そう仰るのならば、あなたは王失格だ」


「なんだと!? 貴様誰に向かってそのようなことを‼」


「あなたこそ、身の程を弁えた方がいい。こちらの御方に傷を付けた罪をこれ以上重くしないように」


 返って来た言葉に激昂する王を彼は冷たい表情で見て私を指すと、国王は初めてこちらに気が付いたらしい。


 間の抜けた顔でジッと私を見つめ、


「……おい、何故このようなところに魔人種がおるのだ。薄汚い魔物風情の分際で、何故城の床を踏んでいる!」


 そう言い放った。


 まるで部屋に虫が入り込んだ時の家主のような反応を、私は特になんの感情も抱かずに黙って聞き流す。それは言われ慣れた言葉であると同時に、反応すれば自分が辛くなることを痛い程に分かっていたから。


「……ッ!」


 ただ、国王に釣られて顔を上げたウェンハンス伯爵が私を見て、酷い顔をしていた事だけは心に引っ掛かった。今更罪悪感でも抱いているのだろうか、そうだとしたら遅すぎたな。


「答えろ! 何故ここに魔人種がおる! ええい近衛よ、早くこの虫を追い出せ!」


「……」


「それは出来かねます、陛下」


「はあ?!」


「こちらにおわすはウェスタリカの姫君、陛下が虫などと呼ぶには憚れる地位の御方と思われるが?」


 国王の後ろに立つ近衛騎士は、ジッと前を見据えたままに王の言葉を切って捨てる。そして、追撃のように元老院の一人がそう言った事で、酷く狼狽した王は口をあんぐりと開けて呆然と立ち尽くした。


「陛下へ再度問います。あなたのした行いで、他国の王族に取り返しのつかない傷を付けた事は罪ではないと、それでも仰るのですか?」


「……そっ、そのような人モドキの集団など、国とは認められるかっ! 何が姫だ、薄汚い魔物の類族が人と同じ地位を名乗るでないぞ‼ な、なにを笑っている!? 何が可笑しい!?」


 いや、凄い言われようで思わず噴き出してしまう所だった。


 だって人モドキなんて言い得て妙でしょう? そんなことを言ったらお前は魔人モドキだろと、そう返してやりたくなる程に滑稽な物言いに笑わずにいられるもんか。


 が、


「口を慎めよ小僧がッ!!」


「よもや己の仕出かしたことが一切分かっていないとは……なにも見えておらなんだなお前は!!」


 叔伯父二人は怒りと呆れを滲ませて国王を怒鳴りつけた。アリスター公はまあいいとして、アヒム公までがこうも声を荒げるとは思わなかったので私もびっくりである。


「今あの国は正式に認められた国家として樹立しておるだろうに! そのような戯言は二十年前ならまだしも、よもやこのお方の前で言う事は許されんぞ!」


「そう、人と魔族の争いを終わらせる為に人柱となった英雄ヒナタ様――――灰の勇者様の息女に対してだけは!」


 待て待て。


 なんでこのおじいちゃんたち、私の父親の名前知ってるの? あるぇ……? 誰にも言ってない筈なんだけどなあ。

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