113.お色直し
難民キャンプを離れ、王城へ向かう為に揺れる馬車。増えた人数に対して狭くなった車内は混沌と化していた。
「あっ、メイビスさま、そこっ、とてもいいです……」
「それでリルシィが…………ってちょっとルフレ! ちゃんと聞いてる!?」
「……ああ、うん」
私の左ではメイビスがラフィを膝へ乗せて頭を撫でくり回しているし、右隣りではアザリアがずっと話しかけて来て喧しい。真ん中に挟まれた私はと言えば、真顔で幼女の艶めかしい声と王女の甲高い声を聞き流している。
女三人寄れば姦しいと言うが、まさにその通り。
そして、そんなカオスな状況で助け船を乞おうと前方に目を向けるも、ジンは知らんぷりで頬杖をついているし、ホメロスもニコニコ笑っているだけで使い物にならない。特にそこの虫男、見世物じゃねえぞごら、敬意を払う前にちゃんと助けろやおおん?
と、幾つか物申したい事はあるが、とにかく一番気になるのは……
「……メイビス、誰彼構わず幼女を拉致するのはやめような」
「拉致ではない、任意同行を願い出ただけ」
「あふぅ……」
嘘を吐け、嘘を。
私は確かに彼女が見送りに来たラフィの首根っこを掴んで、そのまま馬車へ引き摺り込んだのを見た。なのに、メイビスはやれやれと言った表情でこちらを一瞥すると、再びラフィの耳を指で弄ぶ作業に戻ってしまった。
「えっ……? なんで私が悪いみたいな顔されたの?」
「至極当然。ラフィも私に懐いてる、よって合法」
いやいや、そんな「はい論破」みたいな顔されて言われても困るんですが。
メイビスはこれから私達が王城で何をするか分かっているのだろうか? 事が事なだけに、子供を連れていける程余裕がある訳ではない。
尚も私が渋い顔をしているのに気付くと、何を思ったか彼女はラフィを隣へ座らせて居住まいを正し、膝をぽんぽんと叩いた。つい流されて頭を乗せると、細い指に優しく撫でられ……。
「……って、そういうつもりで見てたわけじゃないんだけど」
「ヤキモチ。かわいい」
「……だから違うって」
そうは言いつつも、子供をあやすように優しく髪を梳く手の動きに思わず瞼が重くなる。実年齢アラフォーが何をやってるんだと言われそうだが、文字通り桁が一つ違う彼女の前でそんな事を言い訳にするのは益体無しか。
「ちょっとアンタ、ルフレが嫌がってるでしょうが!」
だが、ここで右隣のアザリアが参戦。
「……?」
「わざとらしく後ろを振り返るんじゃないわよっ! アンタよアンタ! このピンク頭!」
蚊帳の外でわちゃわちゃしていたのに業を煮やし、苛立ち混じりにメイビスへそう言い募る。だが、当の本人は「一体誰だろうなあ?」といった様子で後ろを振り返り、頭髪を指差されてからようやくアザリアに視線を向けた。
「そもそも、この横柄な態度は何……!? ルフレが許したからアンタのこと自由にさせてるけど、あの時の事も全部無かった事になったと思ってないかしら? 私はまだリルシィを狙った事も、ルフレを攫った事も許してないからね!?」
「忘れていない。それと、その件に関しては確かに謝罪した」
「謝って済むのなら騎士団はいらないのよっ!」
頭の上で交わされる言葉の数々、主にアザリアの怒声が落ちかけていた意識を現実へと引き戻す。
謝って済むなら~の慣用句は、ここでは騎士や自警団に変換されるらしい。大抵の国の常備軍は警察機関を兼ねているから、妥当かどうかでいえば妥当だろう。ところで、私はメイビスの事を仲間にするとは言ったが、無罪放免とした覚えはないぞ。
「……アザリア、こいつは《魔女》だ。公に裁くとなると、魔術師組合が黙ってないだろう」
「魔女……!? それほんとなの!?」
「嘘だと思うなら、試してみる?」
驚きを隠さずにそう叫んだアザリアに、メイビスは大気に薄っすらと魔力を滲ませると一つの術式を無言で結ぶ。結実した魔法は空間そのものを更に重くし、その圧力を肌で感じ取ったのか、アザリアは頬から伝う冷や汗も拭えないまま硬直した。
まるっきり未知の存在と遭遇した時のような、そんな引き攣った表情を見て魔女はほくそ笑む。
「こらこら、無暗に脅かすんじゃないよお前はもう」
「……にゃっ」
私はその笑みを浮かべた顔を指で挟みこみ、ぐりぐりもちもちとお仕置きを施した。
魔女にとって威厳と畏怖は大事なものらしく、メイビスは度々こうして意味も無く人を脅かす。人間的な視点も持つ私にしてみればどうでもいい事だが、それこそ人と人ならざるものとの間では埋められない価値観の溝があるのだろう。
「まあ、こんな感じだからメイビスは私が監視する事にした。城の地下牢にこんなのいつまでも入れておく訳にもいかないだろ?」
「それは……確かにそうだけど」
死刑囚の送られる無限牢獄という監獄島に送り付けるという道もあるにはあるものの、事情が事情なだけにメイビスをそこへ送るのは忍びない。この戦略規模の力を意味なく手放す必要も無いだろうし、私がいる限り彼女が何かやらかす事もなかろう。
「私の為に無給で働いてもらう奉仕活動が罰って事で、取り敢えず様子見してくれ」
「うん、ルフレがそう言うなら……」
よしよし、アザリアも納得してくれて馬車内はやっと静かになった。これで城に着くまでの道中ゆっくり思索に耽る事が出来る。
ところで、私は確かメイビスとアザリアに聞きたいことがあった筈なのだが……はて、一体なんだっけ?
***
城に着いたのはそれからすぐで、アザリアのお陰かすんなりと城内へ入る事が出来た。
建物の造りなんかは然程フラスカと変わらないので特筆しないが、強いて言うならば若干グレードが低い。通された貴賓室もアザリアの私室と比べると劣るし、なにより私やラフィに対する使用人たちの対応が若干冷えているのだ。
因みにホメロスはそれを察していたらしく、城内まで付いてくる事無く厩舎でおこげと戯れている。
私もこんな面倒臭い用事なんか放り出して動物と触れ合いたいのだが、そうもいかないのが社会の厳しさというやつで……。現在はアザリアとウミノによって着せ替え人形と化していた。
今から出会うのはこの国で最も権力を持つ連中なので、私が冒険者上がりの蛮人と言えどお色直しが必要なのだ。
「まあ! 良くお似合いですよ!」
「これもかわいいけど、もうちょっとカッコイイ方が良くないかしら?」
アザリアの柏手でアンネが新しい服を用意し、そのロリータだかフリル満点の良く分からない服から今度は身体の線が目立つスリットの入ったドレスへと着替えさせられる。身長が伸びたお陰で着れる服も増えたのだが、まさかこんな所で災いするとは思わなんだ。
「や、あのさ……着るのってドレスじゃなきゃ絶対駄目なわけ?」
「う~ん……? そんなことはないけど、ルフレってなんかこういうキラキラした服を着させたくなるのよねぇ」
しかし、ドレス側としては私相手だと役不足なのではないか?
そもそも自分の顔がいいと思った事なんてあんまり無いし……。とはいっても普通程度であるとは思うし、それでもちょっと、そんな自信満々にこんな服着れる程肝は大きくないというか……むぐぐ……。
「なら、こちらはどうでしょうか? ドレスでは無くパンツタイプの礼服ですので普段着と比べても違和感なく着れるかと」
そう言って渡されたのは幾分かカジュアルなフリルシャツと黒のスキニーパンツ。シャツの両脇にはスリットがあり、紐で編み込む意匠も施されていてセンスがいい。試着してみると裾直しの必要も無いようで、先程まで着ていたドレスと比べてどちらがいいかと問われれば自明の理。
結局そこにマントローブを羽織り、適当に整髪料で片方の横髪を後ろへ撫でつけてお着替えは終了した。
「やっぱりルフレはかわいいよりかっこいい方がいいわね」
「そりゃこんな口調だから、私に女の子っぽいのは似合わないだろ」
「ん~……そういう意味じゃないんだけどなぁ」
それから――――既にばっちりめかし込んでいて着替える必要のない――――アザリアに連れられ、城の廊下を歩いていく。
今回同伴するのはメイビスとアザリア、ウミノとアンネはラフィと共に廊下でお留守番だ。ジンは興味が無いのか城の外で時間を潰すと言っていたし、アキトも残って仕事をすると難民キャンプで別れてしまったから、味方の数としては少々心もとない。
今からするのはある意味で戦いなのだ、むしろ彼女らにとって戦は終わった後の方が大変ともいえる。
「ぜ~~~~ったいにルフレを虐めたあの伯爵には痛い目見てもらうから!」
「無論、血の一滴までも絞り尽くす」
私達が今から行うのは伯爵、そして王へ罪を突き付けるという、いわば断罪イベント。月9ドラマで言えば九時四十五分の山場、水戸光圀公ならようやく格さんが印籠を懐から取り出したところか。
何故か私以外がかなり張り切っているものの、気合を入れなければいけないのもまた事実だろう。
「さて……鉱山へ幽閉された彼らが今まで受けた仕打ちの分、狸共には相応の報いを受けて貰おうか」




