表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
121/210

112.違和感と忌避感

「それで、話は済んだんかいな」


 かくあるべし、ではないが、ブレッタに今まで通りでいいとそう告げたやや後、部屋の奥で佇んでいた白い毛玉がそう呟いた。


 その毛玉――――犬のような耳を生やした――――は身じろぎすると、ギロリと鋭い双眸で部屋の中に居る全員を見回す。それから手に持った杖代わりと思しき木刀を支えに立ち上がり、背筋を伸ばして私の前まで徐に歩み寄った。


 近くで見れば彼が老いた犬の亜人であることが分かり、その隻腕も含めて何処かで見覚えがあったと私は頭を捻るが……。


「ガルフレッド、ワシの名前や」


 ああ、そうだ。昔ソラがガル爺と呼んでいた裏町の住人だ。


 ここにいるという事は、どうやら彼も奴隷狩りに遭い、ルヴィスから離れたこの土地で救出されたのだろう。


 元々白いのか老化で白くなったのかは不明だが、獣にかなり寄ったガルフレッドは二足歩行する白い狼にしか見えないし、非常にモフモフである。触らせてくれたりするんだろうか?


「嬢ちゃん、バームの孫言うたか。それってほんまやねんな?」


「えっと……うん。ほら、これが証拠でいいかな」


 その問いに、私が母からの手紙を取り出して渡すと、ガルフレッド翁は紋章をジッと見つめたり、裏表をひっくり返して透かして見せたりと色々した後に静かに頷いた。


「……確かにこの竜紋はウィスタリカ王家の証や。ちゅーことはあのジジイ、犬死はせんかったらしいな」


 そう呟き、まるで懐かしむように手紙に刻まれた焼印をじっと見つめた。その言葉にどんな想いが込められているかは分からないが、口ぶりからして四代目――――私の祖父を知っているようだ。


「まあ、それはそれとして……おおきにな。ワシみたいなジジイいつ死んでもおかしなかったから、助かったんは嬢ちゃんのお陰や」


 ガル爺は木刀を途中から失われた腕の脇へ挟むと、その肉球の付いた手のひらが私の頭を撫でた。犬の老人なんて私には見分けはつかないが、それでもこの掌は年少者を慈しむ大人の手だと分かった。


 ああ、それにしても肉球しゅごい……プニプニのモフモフで……うひゃあたまらん……


 ふぁあ……


 …………


 …………


 ……


「ルフレ、今すごいだらしない顔してる」


「ふぇ……?」


 メイビスにそう言われて、ようやく自分が口の端から涎を垂らして恍惚としていたのを自覚する。人の理性すら奪い去るとは、モフモフ恐るべしだな。


「えっと……それで、何の話だっけ?」


「……この場所についての説明ですよ」


 口元を拭いながら誤魔化すように私が尋ねれば、呆れたのか首を横に振るアキトがため息交じりにそう答えた。


「元々身元不明者以外は送還するようにしてたんですけど、ガルフレッドさんとブレッタさん、それとジェイドさんはここに残って仕事を手伝ってくれてたんです」


「せやな、裏町のガキ共は全員帰したんやが、他所の土地の孤児や浮浪児がぎょうさんおるさかい」


 彼らによれば、この場所に残った人々――――殆どが身元不明者――――は他所の土地から攫われて来たり、元々奴隷の身で帰る場所の無かったりする者の集まりらしい。現状は被害に遭った難民として受け入れて衣食住の提供をしている状況だが、それも続けるのは厳しいのだとか。


 炊き出しは予算的にも相当厳しい中でやりくりしているようで、足りない分はなんと王太子のポケットマネーで賄われてるようだ。


「この火の車な状況で八百人も面倒見るのは大変でしたよ……」


「むう……なんか迷惑かけちゃったみたいだな……」


「いえ。僕だってこれだけの人たちを放って置く気にはなれませんでしたし、何よりこういう時にこそ商機を見出すべきだと教わりましたからねっ!」


 そう言ったアキトは、明らかに無理をしているように見えた。


 人の良い彼の事だ、帰るべき場所の無い彼らを切り捨てるなんて考えはきっと無いのだろう。放って置く事だって出来た筈なのに、こうして抱え込むのは損な性格とも言えるが。まあ、そこがアキトの良い所なんだけど。


「だが、これからどうするかが何も決まっていないのは事実だ」


「そうなんですよねぇ、規模が規模だけに放逐するのも難しいですし……」


「アンデルス様としても、王都へ新たに貧民窟を形成されても迷惑でしょうしね……」


 およそ八百人の難民をどうするか、具体的な目途は立っていないまま予算が尽きるのを待つだけ。


「あ……」


 状況は芳しくない中、私は解決策と言える程明確なものでは無いが、一つの考えが脳裏に浮かんだ。今後の展開次第ではあるものの、上手く行けばこの問題は一気に解決するだろう。ただ、それをここで公言して期待させた後に「結局駄目でした」となるのもなんだかなあって感じで……。


「アザリア、アキト。一つ提案があるんだけど、ちょっと聞いてくれるかな?」


 まあ、今はこの2人にだけ草案を伝えておけばいいか。


***


 テント内で近況報告を一通り聞き終えた後、私の耳がテントの外に潜む三人分の物音を捉えた。


 正確には、私達が此処へ向かう間も、ずっと後ろを付けて来た誰かが動いたと言った方が正しい。話がひと段落ついたのを察したらしく、内一人の足音は遠ざかろうと踵を返しかけている。


 残る二人は私たちに気付かれないようにして聞き耳を立てているのだろう。一端の斥候か諜報と言ってもいいくらいに静かだが……諜報にしてはお粗末な姿の隠し方に思わず苦笑が漏れてしまう。


 私と同じく、音に敏感だったガル爺が"テントの布地から僅かに覗く足"を捕まえると、中へと引きずり込んだ。


「ひゃぁぁあ!?」

「わふっ!?」


 最初に姿を現したのは、琥珀色の目をこれでもかと見開いて逆さ吊りにされたアカネ。それから彼女が腕をがっちりと掴んでいたのか、ラフィも芋づる式に引き摺り込まれる。


「……なーにしとるんやガキンチョ共」


「えっと……なはは、お兄が珍しく冷や汗の匂いさせてたからちょっと気になってもうてん……」


 半目になったガル爺にそう問われたアカネは目を泳がせると、やや経ってからそう答えた。兄――――恐らくジェイドの事――――が焦っていたから気になったと言うのは嘘では無いが、この様子からするとそれも本音ではないだろう。


「おい、いるんだろ?」


 私が誰に向けてかそう言うと、テントの外に残った三人目の体が僅かに動いた。


 その人物は往生際悪く暫く外でまごついていたが、私の意識が外れないのを察しておずおずと中へやって来た。その浅黒い肌の青年に見覚えがあったメイビスは剣呑に目を細め、アキトは何も言わずにただ彼を見つめている。


「……やあ、狼人のお嬢さン。あの青年は誰だイ?」


「……ダリルさんです。ごしゅじんにお話があると言うから連れてきたのです。それと私はラフィです」


「これは失敬……ワタシの名前はホメロス。ラフィちゃんの名前モ、確かに覚えたヨ」


 ラフィとホメロスが後ろでそんな言葉を密やかに交わす傍ら、メイビスは穏やかではない雰囲気を携えてダリルの向かいへ歩いていく。


「何をしに来た、人間」


「う……」


 静かな声音に潜んだ明確な敵意を感じ取ったのか、ダリルは仰け反るようにして身体を後ろへ引いた。それを見てメイビスは一歩距離を詰め、不遜な瞳で青年を上目に睨みつける。


「あ……あやまり、たくて……ここに来た」


 声を詰まらせながらもそう言ったダリルは、居心地悪そうに顔を伏せた。所在なさげな手が服の袖を弄び、返事を待っているようだが……メイビスは何も言わない。


「その、六日くらい前に、突然頭ん中で何か嫌なもんが剥がれる感じがして……それから、なんもかんもがおかしい事に村の連中もみんな気付いた」


「どういう事だ?」


 メイビスが答えないので私が代わりにそう訊ねて続きを促すと、ダリルは肩を跳ねさせて此方を凝視した。いや、そんなにびっくりしないでもよくないですかね……。


「その、自分らの言動も……あんたらに対して言ったこととか、常識っちゅーうんかな……冷静に考えたらおかしいじゃろと思う筈の事を、わしら当たり前のように言っとった……」


「確かに、私と話してる時のお前の発言は色々とおかしい所はあったが――――」


 ん? ちょっと待て、頭の中で何かが剥がれる感じってそれ……もしかしてあの聖国の女が解いたのは、首輪の拘束だけじゃなかったのかもしれない。


「実際わしらは魔人をあまり好いとらんが、あそこまで言うつもりはなかったんじゃ……すまんかった」


「まあ、元々気にしてないからいいよ。それと、村の男達は戻って来たんだよな?」


 私がそう聞くと、ダリルは感情が複雑に入り混じった表情で頷いた。きっと元々魔人が好きじゃないのは本当なんだろう、それをあの女が何かしら手を加えて異常というまでに忌避感を抱かせたと推察するのが妥当か。


 断定はできないが、ともかく何かしら外部の影響を受けて領民は魔人種を遠ざけていて……領地に近づけさせないようにしていた? いや、それだと奴らにとって何の意味があるのか分からない。私個人を狙い撃ちして来た訳でも無さげだし、単にアース教の教義を遵守したと考えた方がよさげだ。


「一応行方不明者に関しては万事解決、敵方の思惑が分からないのだけが気掛かり……か」


 次に向かう予定地である王城にいるであろうアルトロンドの王も、奴らの残して行った問題の一つだろう。弄ってだとか、おかしくなったとか言っていたが、具体的になにをどうしたのかが一切分からない。その辺りはアザリアに聞くとしても、王族を手中に収めて戦争をして聖国は結局何をしたかったんだ?


 アルトロンドは聖国に次いでアース教の布教が広く為されている土地であり、何もこんな面倒な事をしなくとも属国として隷属させればいいだろうに。


「駄目だ、考えれば考える程どつぼな気がする……」


 うん……狂人の考えを理解しようとすること自体が間違っている気がして来た。


 まともの範疇にいる私が奴らの目的を読めないのは致し方ないことだろうと、そう考えた方が精神衛生上よろしいのかもしれない。


 というかそうしよう、そうした方がいい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

新作の投稿はじめました! 興味のある方は下のリンクから是非!

↓↓↓↓↓↓↓↓↓
『創成の聖女-突然ですが異世界転生したら幼女だったので、ジョブシステムを極めて無双します-』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ