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111.どうあるべきか

 二人と合流したのちに、私は改めて母からの手紙に書かれていたことと、私の身に起きた事の顛末を彼女らに話した。その内容に驚かれるのは予想通りだったが……ほんの少し、どこか納得の行ったような顔をしているのは何故なんだ。


「まあ、納得よね。私もあんたは逐電したどこかの令嬢だと思ってたし」


「ですねぇ、師も師なら、弟子も弟子です」


 なんと、委細まで辿り着かないだけで、二人ともなんとなく私の出自を察していたらしい。まさか私、自分でも気づかない内に高貴なオーラを出してしまっていたのだろうか。


 いや……自分で言っててなんだが、多分それはないな。そもそも前世が生粋の小市民であるからして、今世で多少生まれがよかっただけでその器の小ささが隠しきれない程大きくなるなんてあり得ない。


 などと益体も無い思考へと埋没してる私へ、アザリアは思いついたように向き直る。


 そして、


「……ねえ、それじゃあルフレと私って対等な立場ってことになるわよね」


「えっ?」


「その、だったら……契約だけの関係じゃなくて、お、おと、お友達としてこれから……お付き合いしてもいいんじゃない……かしら?」


「友達……ですか」


 恥ずかしさを隠すように顔を伏せたアザリアから、そんな提案がおずおずと申し出された。なんとも青い春、初々しいその態度に思わずこちらまで恥ずかしくなって来てしまう。


「い……今まで、そういう、関係とか私、経験なくて……」


 確かにその言葉の通り、アザリアには友達と呼べる存在が一人もいなかった。リルシィとは仲がよかったがそれは姉妹としてだ、他に彼女と親しい間柄にあったのはバーソロミューと私くらいだろう。


 彼女は内気と言う程奥ゆかしい性格はしていないが、それでも恥ずかしがり屋で思った事を素直に口に出せないきらいがある。もしかすると内心ではずっと対等に話せる友達を欲しがっていたのでは無いだろうか。


 それなら、ここは一肌脱いでやるのが年上の務めと言うもの。


「実は……私もアザリア様と友達になりたかったんです」


「……ッ‼ ほんと!?」


「はい」


「な、なら仕方ないわね! 私が友達になってあげるわ!」


 本当かどうかと問われれば、本当。


 友達という間柄に限った話では無く、アザリアとは契約が解消されても縁を切らずに、どんな関係でもいいから仲良くしていたかったのは事実だ。それに女の子の友達と言うのは私も欲しいし、一度改めて女子としての常識を習いたいとも思っている。


 だから、友達になりたいのは私の本音だ。それ以上でも以下でもない、一個人としてのアザリアへの気持ちである。


「じゃ、じゃあ……アザリアって、呼び捨てで呼んでみて? あっ、敬語もなしね!」


「えっと、アザ……リア? これでいいかな……」


「……ッ ……ッ!!」


 何故か見悶えるアザリアは、興奮を鎮めようと自らの体を掻き抱いて言葉の余韻を噛みしめている。その熟した苺のような瞳を潤ませ、「お友達……‼ ルフレとお友達……ッ!!」と小声で何度も呟いてすらいた。


「アザリア殿下。感極まっている所申し訳ありませんが時間が差し迫っておりますので、そろそろ本題へと入らせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「うっ……」


 そんな彼女に横から水を差したのは例に漏れずウミノで、はじめての友達との心温まる交流を邪魔されたアザリアはジトっとした目で彼女を見る。ただ、時間が無いのは事実なので、ここは彼女に進行を任せた方がよいだろう。アザリアとは後でまたお話をする時間を作ればいいわけだし。


「……そうね、分かったわ。取り敢えず状況を説明するから、本部まで付いてきて頂戴」


 おや、また随分と物分かりのいいことで。


 以前のアザリアならばここでウミノに噛みついていただろうが、嫌な顔をしつつも素直に事情を汲んで行動している。どうやら彼女も暫く見ない間に成長したようだ、段々と次期女王としての自覚が出て来たのだろうか。


 まあ、それはそれとして、何故アザリアが此処にいるのかは今更ながらに不明である。本来迎賓館に会いに向かう予定だったのに、こんな所で再会するとは私も思わなんだ。


 が、


「ここの運営は治外法権区域として、フラスカ王家と王太子派閥をパトロンにオーキッド商会がしているんですよ。体裁って奴ですね。因みに実質的な金銭援助は、アンデルス王太子派閥から受けています」


 アキトの歩きがてらの説明の最後、『王女様がどうしても現地の視察をしたがって、大変だったんですけどね……』という一言でその謎は解消された。どうやら偶然の再会は、彼女の我儘の結果だったらしい。やはり人と言うのはそう簡単に成長するものでは無いようだ。


 話を戻すと、王太子は難民の受け入れをする為にフラスカへ支援を求めたという事実を作り、その国家間の貸し借りを今回の件を黙認して貰う手打ち料としたらしい。金銭のやり取りは無いが、これで今後アルトロンドが政治的にフラスカへ強い姿勢を取る事は難しくなったとか。


「時に貸しというのは、金貨よりもよっぽど重いものになル。それが国同士と言う規模になれば猶更、この国はもうフラスカに逆らえないネ」


「……いや、なんでお前付いて来てんの?」


「面白そうだかラ?」


 そして、中々に敏い取引の説明を受けている中、何故かついて来たホメロスに私がツッコミを入れたのは決して間違っていないことの筈だ。というかマジでこいつなんなん? さも当たり前のように馬車に同乗して来たときもそうだったが、図々しいにも程がないですかね。


「えっと……それで、身元の分かる人の殆どは既に送り届けた後なんですが、一部僕らを手伝う為に残ってくれているんですよ」


 アキトは困惑しつつもスルーする方向で舵を切ったのか、そう言って前方に見え始めた一回り大きいテントを指差した。恐らくはそこがこのキャンプの運営本部なのだろう、中からは数人の人の気配がする。


 一際大きな死線を超えたからか、また一段と鋭敏になった知覚能力はそれぞれの体の輪郭と魔力、匂いに衣擦れの音や動きの癖なども伝達し、その中に見知ったものが複数ある事を教えてくれた。


 見張りの兵士が礼をする中で入り口の幕を潜って中に入ると、四人分の視線が私達を出迎える。


「あ」


 無論、その中には私の探し人の一人であった"ブレッタ"もいて、彼は私を見つけると思わずと言った様子で目を見開いた。以前出会った時よりやや痩せ細っているが、やはり無事に生きていたらしい。そうでなくては私としても困るのだが。


「そうか、やっぱりキミが……そうか……」


 そうして、ブレッタは少しの間を置いて幾つか呟くと、手のひらで目元を覆って顔を伏せてしまう。


「なにも……教えられていなかったんだ。そこの彼が、恩人の顔と名前は直接会って確かめろと」


 鼻を啜りながらブレッタが指を差したのはアキトで、彼は悪戯が成功した子供のような顔で笑いながら私を横目に見ていた。ただ、その言葉からなんとなくでもブレッタは誰だか察しがついていたようだが。


「ブレッタさん、無事で何よりだ。マサリアさんとはもう会えたか?」


「……ああ、妻もここに来ているよ。尤も、あれはキミが此処にいる事を知っていたようだけどね」


 そりゃそうだろう、今回の件の依頼をしたのは他の誰でもない彼女なのだから。


「しかし、キミに救われたのはこれで二回目になるわけか」


「一回目はおあいこでしょう、それに今回は私だけの力じゃないし」


 私がそう言うと、ブレッタは何か言葉を返す為に口を開きかけるが、


「それでも、救われた事に違いは無い」


 彼よりも先に隣に立つ男が言葉を接いだ。 


 その、翡翠の髪と目を持った長躯の男は仏頂面のままで私へと近付いてくると、目線を合わせるように膝を着いて傅いた。刺青の入った上半身には何も着ておらず、引き締まった肉体からは歴戦の戦士の風格が漂う。


「ルグリアの民、アストラが長兄ジェイド・アストラ=ルグリアの名において、礼を申し上げる」


「ルグリア……? それって、"あの"ルグリアかイ?」


「……まさか、こんなところで見るとは思わなかった」


 そんな人魔族の彼の名乗りに反応したのはホメロスと、私の横に立つメイビス。いや、この世界の知識に浅いのは自覚していたが……そんなさも常識のような感じで言われても、私には分からん。


「まあ、お礼は受け取っておくとして……ルグリアってそんなに有名なの?」


「アナタは……賢人の如き智慧を有しているかと思えバ、そういう常識的な事は知らないのカ……」


「ルフレは魔女の素養があるくらい魔法オタクだから、他の事に興味ないのは仕方ない」


 む、失礼な。興味のある事はとことん極めたがる凝り性なのは認めるが、私はそんな俗世から離脱した仙人みたいな感じではないぞ。


 視線で不服を訴えてみた所、目が合ったメイビスが無表情のまま小さくピースサインを送って来た。そう言う事ではないんだけど、なんだか楽しそうなので放っておくことにする。


「ルグリアというのハ、その昔魔王に仕えた戦士団の名前なのですヨ」


「尤も、数百年前に離反して久しいがな。暴虐は我々の好むところではない故、当時の先祖は巨人族と共に魔王を見限った」


 成程、私の数少ない魔人に関する知識でも確かに巨人族(タイタン)は数世紀前に人間の側へ寝返っている。二代目魔王が暴れた時期とも大体一致するし、魔人にも様々な思想を持った種族がいたらしい。


「たダ、今オマエの目の前にいるのは、その魔王たちの、四代目の孫娘と言ったら……どうすル?」


「……蟲人の男、可笑しなことを言うな。確かに二代目、四代目共に魔王は竜人族であったが……そんな事ある筈が無いだろう」


 鼻で嗤うかのようにホメロスを見るジェイドだが、私を見て、またホメロスへ視線を戻し、また……というのを数度繰り返した後に、


「……おい、嘘だろう?」


 と、小声で囁いて来た。


 なので、私は何も告げずに曖昧な笑みを浮かべてジェイドを見つめる。なんとか言え、と言わんばかりの表情を浮かべる彼は、段々と自信が無くなって来たのか額に汗まで浮かべて、暫く逡巡してからようやく顔を上げた。


「その、つかぬ事をお聞きす……ますが、家名があるのならば名乗りを上げて頂きたい……です」


「ウィステリアだ。今も昔もそう名乗っている」


「……ッ!!」


 驚きとそれから確信の滲んだ面貌が私を見つめ、それが何とも言えないものへ変わっていき、最後には顔面を蒼白にして再び傅いてしまう。


「……あなたが、かつての暴虐の王の意志を継ぐものでなければ、先程の発言と、先祖の仇をどうか許していただきたい。そして私の命一つで、場を収めてはくれないでしょうか……?」


 そうして、彼は紫色になった唇を震わせ、喉から絞り出すように言葉を吐いた。


 いや……許すも何も、別にそんな物騒なこと考えてないけどね? 表情筋の硬い奴が珍しく狼狽えるから、ちょっとからかってやっただけなんだけど……。もしかするとルグリアの民の間で、魔王とはそれ程までに恐ろしい存在として伝えられているのかも知れない。失言一つでここまで怯えるなんて尋常ではないもの。


「妹、見つかったんだっけ?」


「……はい、貴女様のお陰で再び出会う事が叶いました」


「なら、それでいいじゃん。別に怒ってないし、誰も殺さないよ。私は二代目のことなんも知らんし、無意味に偉ぶるのも嫌いだしね」


 それと、怯えられるのは私としては嬉しくないことだし、彼のような男を殺すなんてもってのほかという理由も付け加えておこう。


「人間も、人魔も平等にルフレの慈悲に感謝すること」


「そうか、まさかきみが王族だったなんてなあ。これでは私のような平民が軽々しく接するのも不敬かな?」


「いや、今まで通りでいいんだよ、私がスラム育ちの冒険者って事に変わりはないんだから」


「そういうものか」


「うん、そういうものだよ」


 自分が偉い存在だと思った事は二度の人生を合わせて一度たりとも無い。ただ、今世では誰かに必要とされているのだけが違いで、それが自分を自分たらしめる要素の一つでは無いかと思っている。


 私は私の大切な人の為にそうある事としたから、王族でいることが、偉くなる事が目的ではないのだ。

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