12.白と黒、そして筋肉の波動
なんやかんやあって、助けた女の子が聖女でした。
「あっ……えっと、その、先程のは聖女しか使えない筈の魔法を何故か私も使えるという意味でして……」
鼻先が着く程に詰め寄っていたイミアはやってしまったとばかりに顔を歪め、青褪めさせる。先程の発言の真偽はともかくとして、彼女も腹に一物抱えているらしい。
「と、ともかく! 私の適性は光で、それ以外の属性は扱えません」
「あ、そう……」
とはいえ、例え本物の聖女だろうが、別人だろうが俺にはあまり関係がないだろう。
本物だとしても、聖女の任を解かれて追放されたならば、彼女はただの一般人なのだ。その辺りの自覚はあるのかどうかは、なーんか見てる限り怪しいけど……。
聖女だけが光属性魔法を使えるなんてのも初耳だし。
「……ゴホン! それで、ここに書かれているのは古代魔法と言われる、遥か昔に地上を支配していた古の原種たちが扱った魔法の類のようですね」
「へぇ~……」
「であれば、ルフレ様はこれを修得したいのですか?」
「……ん? 私は古代魔法を修得できるのか?」
「えっ?」
おや、何や会話が噛み合わない。というよりかは、話の筋が見えないな。
古代魔法が書かれた魔導書である事は分かったが、それがどうして俺が習得できる話になるんだろうか。
「えっと……ええ、勿論です。だってあなたは古代種の中の一種――――白竜人なのですから」
「はくりゅーじん……?」
「まさかご存じないのですか?」
いやいや、ご存じないも何も俺は自分の出自すらおぼろげなのだ。
気付いた時には母と引き離され、一人で部屋に閉じ込められ、家を追い出され、捨てられた。故に俺は自身のルーツも、母についても殆ど思い出す事が出来ない。
分かっているのは尻尾と角のお陰で辛うじて竜人族である事と、奴隷の母と人間の貴族との間に生まれた忌み子だと言う事だけ。
ともすれば、イミアという少女が俺より俺の種について知っていてもおかしくは無い。
「私は気付いたら宿無しの孤児だったから、その辺全く知らないんだ」
「あ……、申し訳ありません! 知らなかったとはいえ、大変失礼な事を言ってしまいました……」
「いいよ別に、気にしてないし。それよりも白竜族について教えてくれ」
「は、はい。私の話でよければいくらでも……」
そして実際、彼女は俺の種族――――白き竜人について驚くほど詳しかった。
「白き竜人、白竜人とは始祖の竜人族と呼ばれ、白い尾と白磁の双角を持つのが特徴です。貴女もそうですよね、私も見て直ぐに分かりましたよ」
「ああ、まあ……そうだな」
「そしてもう一つ。白竜人が今現在広く知られるアルテア地方の黒き竜人と大きく違うのは、能力の差です。アルテアの竜人は長い時を掛けて進化をし、強靭な肉体と環境に適応する能力を得ました」
彼女の説明に出て来たアルテア地方と言うのは、ここから北西にずっと行った所にある平原地帯だ。地球で言う所のモンゴルのような場所で、アルテアの人たちもその殆どが遊牧民として暮らしている。
俺も竜人族の故郷がそこだと言うのはなんとか知ってはいたが、まさか別種だったとは思わなんだ。
「ですが、白竜人は今も当時の姿のまま進化をしていません。基本的に穏和で争いを好まない性格な上に力も弱く、そのお陰で数も少ないのだとか。西方の魔人国以外では殆ど確認出来ていないようですし、こんな東の地にいること自体が珍しいでしょうね」
「そんな珍しいのか……」
なんだか本で聞きかじった事のように話すんだな。まあ、恐らく文献そのまま口にしてるんだろうけども。
それ以上に、俺と言う存在は希少性……いやマイノリティなんだと改めて思い知らされる。数少ない少数民族の子供が魔人を許容しない東の国に一人でいれば、当然好奇の目に晒されるわけだ。
「その代わり白竜人は優れた智慧があり、魔法に長けているという長所もあるらしいですよ。今では失伝してしまった古代文明の高度な知識や道具の数々の大半の基盤は彼らが作ったものと言いますし」
「それがさっきの台詞に繋がるわけか、成程ねぇ……」
てっきり俺は竜人族全体として、力も強く魔法が得意だと思っていた。
しかしそれは間違いで、黒竜人は力が強く、白竜人は魔法が得意……と、二つの人種ならぬ竜種があったのだ。
「――でも、それなら私は一体なんなんだ……」
私は自身の体を見下ろすと、年相応に小さな手を胸に当ててそう呟いた。
客観的に見ても俺の素の身体能力はかなり高い。この世界のヒト種自体がそもそも地球と比べてオーバースペックではあるが、俺の力はそれを遥かに凌駕している。
白竜人が武力では無く魔導と知識に優れると言うのならば、この身体能力はどう説明をつければいいのだろうか。
「ルフレ様は個人として優れた才を有している上に、相当な鍛錬を積まれているようですので、特別なのでしょう」
「……それって見て分かるもんなの?」
「ええ、自慢じゃありませんが私も相当鍛えてますので、服の上からでもどれくらい膂力があるかくらいは分かりますよ」
聖女が鍛えてる……?
地球のサブカル的知識で申し訳ないが、聖女と言えば大抵は神に祈りをささげて英雄や勇者に加護を与えるような存在だ。
間違っても脳筋でstrがカンストしているような、物理で殴るタイプの聖女は見たことが無い。となれば、鍛えていると言うのは軽い護身術や棒術等と言ったものだろう。
…………だよね?
何故だか俺には目の前の彼女から、並々ならぬ筋肉の波動を感じてしまっているのだが。
「話を戻しますと、この魔導書に書かれた内容は殆どがその古代文明を生きた種に向けた物です。白竜人であるルフレ様なら恐らくは読み解け、扱える代物なのではないかと」
「ああ……難しいって、もしかするとそういう……」
イミアの言葉に、俺はこの本を恵んでくれた少年の顔を思い出す。成程、あの少年が難しくて読めないと言ったのは当たり前だったのだ。そもそもが人間に向けて書かれた本じゃないのなら、読み解ける筈も無い。
正直今読みたい気持ちも強く、かなり興味がそそられるが俺にはまだやる事がある。魔法のお勉強はもう少しお預けにしよう。
「なら、私はもっと話を戻すが、イミアは回復以外にも光の魔法を扱えるのかな?」
「おおぅ、大分戻しましたね……。まあでも、ありますよ。攻撃用の光属性魔法」
私の問いにそう答え、イミアはお椀を持つように両手を翳すと二言三言呟き、一瞬全身に力を込めた。
すると、小さな光の球が生まれる。それは熱を放ちながら覆われた掌の中で浮かんでおり、まるで小型の電球のようにも見えた。
「先の物とは違って、熱いな」
「広義で言えば光とは熱です、敵を焼き焦がせるのは火の魔法だけじゃないんですよ」
成程、確かに言われてみればそうか。
「魔法というのは魔力を想像力で具現化し、生み出すものです」
火属性もその《火》という一つの要素に限定して捉えてしまえば、単なる炎熱の魔法しか生み出す事は出来ないのだろう。彼女の言葉を借りれば火とは熱でもあり、光でもあり、そしてもっと言えば物質の酸化現象が引き起こす科学だ。
「発想が柔軟であればある程基礎の魔法はすぐにでも習得できるでしょうし、ルフレ様も恐らくは半日私が教えればきっと覚えられますよ」
「……そんなもんなのか」
現にイミアは光という曖昧な存在を治癒と光熱という複数の側面を持つ魔法として行使している。こんな電気もガスも無いような世界で、彼女は素晴らしく柔軟な思考と広い視野を持っているのだ。
彼女がもし地球にいたのなら、何らかの発明をして教科書に載ってたかもしれない。
「ただ……私の考えは教会で認められることはありませんでしたが」
「まさか、そのせいで国を……?」
俺がそう訊ねると、イミアはおもむろに首を横に振った。
まあ、たったこれだけの理由で追放はされないか。
「……やはり、私が異端者として追放されたのは知られているのですね」
「噂程度には……」
ああ、そう言えば知っているとは言ってはなかった。
てっきり周知の事実かと思って思わず訊ねてしまったというか、最早自分が本物である事を隠す気がないらしい。それでいいのか元聖女よ……。
「もしかするとそれも理由の一つかもしれませんが、私が異端と認定されたのは神のお声を聞くことが出来なくなったからでしょう」
「と、すると……やっぱり噂通りって事か」
あの二人組の冒険者の話は眉唾かと思っていたが、まさか全部合っているとは思わなんだ。つまり、あの場に彼らがいれば本当にワンチャンスあったのでは?
ふふ、惜しい事をしたな名前も知らない冒険者たちよ。代わりにその役目は俺が担っているから安心したまえ。
「……なあ、さっき何かお礼をするって言ってたよな?」
「ええ、善意には善意で返すのが道理ですので」
「なら、一つだけ私のお願いを聞いて欲しい」
加えて、俺には彼女の持つ魔法の力がどうしても必要だった。
「アンタさっき自分で鍛えてるって言っただろ。その力を貸してくれないか?」
「それは構いませんが、私の力を借りて貴女は何を……?」
イグロス聖国の聖女がいれば、恐らく飛竜程度は何とかなるだろう。エイジスの手なんか借りなくても、俺と彼女だけで解決できる。
未だに自分の気持ちとのケリは付いてないが、今は目的を達成する方が大事だ。
だから、
「私と、飛竜を討伐して欲しい」
もはやなりふりは構っていられない。
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