105.灰の魔剣士
今更ですが、章の追加と整理をしました。尚、本編ナンバリングしてた話を閑話扱いにしたせいで修正がクッソ面倒臭かった模様……
一夜明けて翌日の事。
昨夜は色々とあったものの、あれから情報の擦り合わせも行い、今後の方針を立てるいい材料となった。個人的にはウミノとメイビス、二人の能力について知れたのは収穫だと思っている。後日また考察する事になるだろうが、私の日課の思索の内容が充実していて非常によろしい。
そして、本日はその方針に基づいて色々とやるべきことがある為、忙しい日になるだろう。
「お召し物はこちらで?」
「ああ。それと何か羽織るものが欲しいな、左側だけ隠せればいいんだけど」
いつもの冒険者装束を着た私は、袖を通していない左肩をひらひらとさせる。ぶっちゃけこのままでも支障は無いが、なんというか……みっともないので外套やマントで隠せるのなら隠したいのだ。
「では、こちらを……失礼します」
私の要望に沿うように、ウミノは深い紺色のペリース――――軍服に羽織るようなマント――――を私の肩に掛けた。これで違和感なく隻腕を隠す事が出来る、得物を失ってしまったので、腰回りも少し手持ち無沙汰だが。
どこかで新しい武器を調達するか、これを機に戦闘スタイルを見直すか、どちらにせよなんとかしなければいけないか。
ともあれ、今日の用事とは関係ないので武器の方は後々でいい。
ウミノとメイビスを連れて侯爵邸を出ると、私はルヴィエント家が管理する厩へと向かう。屋敷のすぐ傍にあるので大した足労は無い上、既に馬丁のおじさんが立派な六足の馬を連れて通りで待っていた。
アキトに預けっぱなしになっていたと言うのに、馬にはちゃんと誰が飼い主かが分かるのか、私を見つけるや否や頭を下げて差し出す姿勢を取っている。それに気を良くして立派なタテガミを撫でてやれば、おこげは気持ちよさげに目を細めて喉を鳴らした。
うーん、やっぱりうちのおこげはイケメンだなあ……雌だけど、むしろ雌だからこそ顔が良いまである。
おっと、今日は用事が盛りだくさんなのでとっとと消化していかなければならないと言うのに、戯れている場合では無かった。馬丁に一言二言言ってから、おこげに引かせた馬車へ乗りこむ。
因みに御者はウミノが出来ると言っていたので任せてある。何でも出来る万能メイドすぎて、私ちょっと怖いよ。
「まずはどちらまで?」
「冒険者組合から行こうか」
連絡窓から顔を覗かせるウミノへそう伝えれば、少ししてから静かに馬車が動き出した。
複数の用件を抱えているものの、まず一番最初に片付けるべきはギルドへの詳細報告だろう。聞かされた話では今回の件を解決したのは私と言う事になっており、その為に報告と被害規模の検証へ立ち会う義務が発生しているからである。
ギルドは存在する国に寄与こそするものの、その本質は独立した組織。
全ての支部を合わせて、一つの国家と言っても過言ではない程の力を有しているのだ。つまり冒険者ギルドは、アルトロンドへ対等な立場で以て責任の追及と賠償を求めることが出来る。その為に、私や拉致されていた冒険者から話を聞き、国に対してどれだけの損害賠償を望むかを上が決めるのだと。
そして訪れるもう一つの理由は今、この街の冒険者ギルドに"ある男"が来ているという噂を耳にしたから。
私が定めた道の指標に沿って行くのなら、その男には絶対に会わなければならない。いや、むしろ本題はこちらの方だろう、最初にあげた理由なんて殆どついでだ。
「聖女の情報、きっとある」
「……そうだな」
先日の一件ですっかりと懐柔され切ったメイビスが、隣に座る私の手を握ってそう言った。
もはや彼女やウミノ相手に隠し事は不要なので、私の今までの事も目的も全て話し、魔人の国へ帰郷すると言う判断もその目的の一環に過ぎないとも告げている。その上でメイビスはともかく、ウミノも嫌な顔一つせずに付き合ってくれているのだから、もう感謝しかない。
「まもなく到着いたします、下車の準備を」
再び連絡窓の戸を引いてウミノが顔を覗かせれば、隙間からそれらしき建物が映った。
流石にギルドの前に馬車を停めておく事は出来ないので私とメイビスだけが下車し、併設されている厩へ向かうウミノとおこげを見送る。西部劇に出てきそうなウェスタンドアを手慣れた手付きで押してギルドへ入れば、一瞬建物中の視線が此方へと向いた。
その八割は興味を失って窓口でのやり取りや、元の書き物に勤しむ為に視線を戻すが、一部まだこちらに意識を向けている者達がいる。半分は好奇心で、もう半分は……。
「おいおい、嬢ちゃんみたいなのがここへ何の用だ?」
「……お前に言う筋合いはない」
案の定と言うか、なんというか。スキンヘッドにした頭部に刺青の入った厳めしい男が、そんな口調で話しつつメイビスへと歩み寄った。
「ああん? 見た所武器も持ってないし、ここは子供が遊びに来る場所じゃねえんだぞ!」
「……子供? たった数十年生きただけの人間風情が、言ってくれる」
――――何故、冒険者ギルドには絶対に絡みに来る奴がいるのか。
その謎を探るべくアマゾンの奥地へ向かうか、卒業論文のテーマにしてもいいくらいにはこういう輩が後を絶たない。彼らは建物に入ってくる人に対して逐一こういう態度で絡みに来ているのなら分かるが、そんなはずもあるまいて。はて、私たちは何か彼の気に障る事でもしたかな?
ともあれ、メイビスがキレてやらかさない内にどうするか思案していると、スキンヘッドの後ろから一人の女性が凄まじい形相で顔を出した。それは、なんというか慌てているのか、怒っているのか、両方かも知れない程の必死さである。
「――――ッ!!! ちょ、あなた、黙って、黙ってください!!」
「なんだよおい、いきなり何を――――」
「いいからッ! と言うか、この人たちが誰だか知らないんですかッ!?」
「は? 知らねえに決まってんだろ、冒険者ギルドにこんな女連れ……なんて……滅多に……来る、筈が…………」
女性にそう言われたスキンヘッドがメイビスを見て、それから私の方へ視線を動かした瞬間――――彼の瞳孔が目に見える程に開かれ、何か発する訳でも無いのに口が上下にパクパクと動く。
次第に剥き出しの肌から汗が噴き出し、吊り上がっていた眉は八の字になるまで縮こまってしまった。
「そ、その灰被りの白い髪、白磁の角……まさか、そんな……嘘だろ……」
絶望したような表情で私の身体的特徴を二つ上げると、彼は腰を抜かしてその場にへたり込む。スキンヘッドの声を聞いて、周りにいた冒険者たちの視線も集まり始め、なにやらおかしな空気になりつつある。
「十三の時には凶悪な炎竜をちぎっては投げちぎっては投げ……」
「更にその炎竜を片手間に倒すあの竜狩りを素手で下して実質的に生態系の頂点に立ち……」
「そして今回、国に巣食う巨悪をたった一人で滅ぼした……」
「東側最強のAランク冒険者……」
「「「「英雄、灰の魔剣士ルフレ・ウィステリア殿……!!」」」」
いつの間にか冒険者たちが口々にそう述べ、最後には声を合わせて聞き覚えのない二つ名と、私の名前を呼んだ。
けどちょっと待て、待て待て待て、いつから私はそんな大層なものになったと言うのだ。確かに炎竜は倒した、アルバートはちょこっとだけ手加減して引き分けた、それに今回の件の貢献度は高いとは思ってはいるが、なんだその《英雄》って。
一応言っておくが、私は炎竜をちぎっては投げた記憶も無いし、アルバートとの模擬戦は引き分けだった。
そもそも、炎竜討伐なんていう大仕事は滅多にやらなかったし……。私が普段していた仕事と言えば、増え過ぎたゴブリンの間引きとか、逃げた家畜を捕まえるとか、至って普通の冒険者がやるようなことばかりである。
「すっ、すいませんっしたー!! 貴女が英雄殿だと知らずに無礼な事を、どうかお許しを!!」
「いや、別に気にしてないし。土下座は目立つからやめようね」
その摩擦係数が低そうな額を床に擦りつけて謝るスキンヘッドに、英雄と聞いて集まる野次馬。収拾がつかなくなってきたところで更にもう一人冒険者が顔を出し、すわ新手の野次馬かと私が警戒するのも他所に、その男は威圧するように周囲の人間を睨み回した。
「……こいつぁギルマスに呼ばれてんだ、軽率に絡んでんじゃねえぞ三下共ァ。とっとと席に戻んな」
気の弱い者なら軽く失禁くらいは出来そうな程の眼光と威圧感によって騒いでいた野次馬は口を噤み、すごすごと元居た場所へ引っ込んでいく。逆に男は私へと徐に歩み寄ると、照れ臭そうに頭を掻きながら此方へ向き直った。
「おう、生きてたか。ジン」
「そりゃこっちの台詞だぜ」
頬だけでなく全身に未だ生傷の残る姿は痛々しいが、それでも息災のようだ。
それに、心なしか再会した時よりも更に纏う雰囲気に凄みを増している気がする。相当な修羅場を潜って来たようで、今ならアルバートともいい勝負するんじゃないか?
「ただ、腕は……残念だったな」
「しょうがないさ……とは言っても、片手でもお前にはまだ負ける気はしないけど」
「抜かせ、俺がお前に勝てる程強けりゃあんなところで腐って無かったさ」
ジンはそう苦笑を交えて言うと、私たちに背を向けて歩き出す。
「行くぞ、ギルマスたちがお待ちだ」
なんというか、私はジンの事が然程嫌いではないのかもしれない。今のやり取りも然り、以前感じた――――悪い方にだが――――妙な親近感も気のせいではないようだ。それに、彼の性根はお世辞にも真っすぐとは言えないものの、捻くれているなりの筋があるように感じる。
「……なんだよ」
「いや、お前もとうとう英雄と呼ばれるようになったか、とか思ってな」
「そんな器じゃないんだけどな……それに本物の英雄はもっと凄い」
雑用や使い走りばかりの冒険者だが、その本質は危"険"を"冒"して栄達を手にする"者"達、本物の英雄は勿論存在する。
棍棒一本で東の大陸を統一支配した《美猴王》ウー・ジュ=コンだとか、砂塵の《戦争屋》ゴットフリートだとか、Sランク《最強》のマーヴェリック・グルーシスだとか、名前だけでも強そうな彼らは文字通り強さの次元が一つ違う。
「それと比べたら私なんて子供も同然だよ、あの程度の敵に苦戦してるようじゃ比較すら出来ないかもな」
「……あの程度、ねえ」
三人分の足音が静かに響く廊下で、ジンの呆れたような声が空気を震わせる。それに対して、私は何も返さなかった。
返す言葉を持っていなかったからか、あの怪物をそう表現したのが無意識だったからか。
いずれにせよ、あの程度の敵に腕を持っていかれているようでは、この先そんな魑魅魍魎が跋扈するこの世界で生きて行く事は難しい。前に、強さの天井が見えないと言ったが訂正しよう。私の手が天井に届こうとも、それは押した分だけ高くなる。
「私はまだまだ強くなるぞ、お前はどうなんだ?」
「無論、だな。口にするまでもねぇ」
こいつもまた強さの天井に手が届き、その上で更に押し上げたクチだ。ここからは一足飛びに強くなるし、Aランクになるのも遠くないだろう。私も夢でヒントは貰った、後はそれを実践して、バケモノたちの踵にでも指が届くように邁進するしかない。
「……さて、着いたぞ。一先ずは面倒事のお片付けと行こうか」




