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98.ただ、煮え切らないだけ

 ザッと見積った所、五手。それで勝負は着く筈。


 取り敢えず初手は、今まさに振るわれた包丁だったものの切っ先を、仰け反って避けると同時に《識見深謀》の視覚を強化、未来視を発動する。


 一秒後の推定未来が見せたのは、投擲された包丁が私の首筋――――大動脈へ深く突き刺さった光景だった。リーチの減少したそれをはなから当てるつもりは無かったらしい、案の定柄から手を離すと手首の力だけでこちらへ殺意を籠めて投げて寄越された。


 因みにこの男、能力を発動する際に必ずと言っていい程歯を噛み鳴らすので、それを合図に余裕を持って避ける。が、毛先を幾らか切り裂いて後方へ飛んでいく質量を感じ、やっぱりもう少し早く動くべきだったと自省した。


 二手目。しっかりと握った拳へ魔力を纏わせて強化し、丸腰となったグラディンの顔面を見据えると、腕を大きく引いて振り抜いた。


 テレフォンパンチめいたそれに、グラディンはしっかりと体の軸をずらす事で回避を試みる。放った拳から逃げるように此方から見て左へと体を動かしたのは、私の左半身が、手隙の状態で何も出来ないのを無意識下で理解しての事だろう――――







 ――――が、それでいい。




「ぶッ……!」


 

 はなから当てるつもりの無かった右でのフックは早々に諦め、体重を左へと移す。


 そうして――――"存在しない筈の左腕"を奴へ向けて放てば、包帯に半ば隠れた目がこれでもかと言う位に見開かれた。


「こ、氷っ!? い、づ……どゔぼあっ!?」


 傷口から生えた氷の腕は粗削りの金剛石のような輝きを放ち、またその外見に違わぬ頑強さを以て掴んだグラディンの顎を握りつぶした。


 まあ、実際ただの氷では無く、ケルビン度数で0Kの氷の密度を限界まで高めたものを、表面を石英――――天然水晶ともいう――――でコーティングした推定モース硬度8で、更に凄まじい靭性を誇る義手である。


 この氷は自身の魔法によって生み出している為、義手の隅々まで魔力が浸透している。お陰で本物の腕同様に動かせるし、握力も素手の比では無い。大抵の物は握れば砕けるだろうし、それが魔力で身体強化をしている人間の骨であっても同様だろう。


「ゔおおおおおおおぉ!!!」


 顎を砕かれて尚、血の泡を吹きながら殺意の咆哮を上げる目の前の怪物は両腕――――千切れかかった左腕をも、無理やりに動かして氷の義手へ爪を立てた。


「まだ終わってねえよッッ!」


「ゔ!?」

 

 そう言って、私は掴んだ顔面へ純粋な魔力の塊を送り込む。


 すると、私の魔力と相手の体内に流れる魔力との抵抗が発生し、苛烈な鍔迫り合いが不可視の状態にて繰り広げられる。その結果、義手の腕へ僅かにヒビが入り、グラディンの魔力抵抗は……ゼロになった。


「五手目――――」


 

 ――――私は見えない何かを手繰るような感覚で粗い目の大地へ指先をなぞらせる。


 目視してやっているからまだ良いものの、感覚なんてものはとうに消え失せていたそれを動かせたのは気合……いや、魔力の成せる荒業だった。


「ゔっ……じ、ど?!」


「御明察だが、ちょっと気付くのが遅かったな!」


 そう、後ろ。


 斬り落とされた筈の私の腕がひとりでに動き、その指先が血液で文字を綴っていたのだ。

 勿論、勝手に動いたのではなく私が操作しているが。

 

 タネは簡単で、義手を動かすのに使っているものと同じものなので今説明しておくが、魔力を体の内側――――千切れた神経系へ代わりに繋いで信号を送り、操っているだけである。


 義手の方はそのままの魔力で動かしており、切れた腕の方はそこから更に魔力を雷魔法で電気信号に変換すると言う手間のかかりっぷりだ。我ながら滅茶苦茶な理論でここまで上手く行くとは思っていなかったが『こうしたい』と考えれば、魔法はそれを汲み取って動作してくれるから大変助かる。


 これが半角スペース一個でも間違っていれば動かないようなソースコードであれば、私は死んでいただろう。


 しかし、術式だろうと口語詠唱だろうと無詠唱だろうと、なんであれ魔法は魔法。全角文字で間違って打ち込んであろうが、括弧で閉じるのを忘れていようが、誤ってループ処理……するのは不味いが、とにかく動くので問題はないのだ。



「これで終わりだ――――《青時雨アオシグレ武御雷タケミカヅチ》」


 そう、詠唱を結ぶと血で書き組まれた魔法術式が呼応。周囲の魔素の密度が急激に増し、左腕に残った魔力がそれを制御する為に失われて行くのが分かる。


「雨……?」


 暗がりを全て照らすような稲光と、肌へ張り付くような湿り気は夏の日に見た嵐を想起させる。雨粒を孕んで打ち付ける風の呻りと、腹の底から震えるような雷轟が合わさって襲い掛かり、洞窟を一瞬で災厄の渦中へと変貌させた。


 だが、それは呆然と見守る彼らに牙を剥く事は無く、たった一人の男に殺意を傾け、そして襲い掛かる。


 私は掴んだ顔を押し飛ばすようにして離し、嵐の渦中へとグラディンの体を放り込んだ。


「ぎ――――――」


 きっと叫んだのだろう。顔は狂気的なまでに歪められ、口を限界まで開いた彼は粘ついた体液を撒き散らしていた……。が、それもすべて雷鳴に掻き消され、頭の先から体の芯までを約1.5万℃の熱量で焼き焦がされる。


 世界を砕いてしまうと思う程の衝撃の余波で周囲から物が跡形も無く消え、男の体自体もが灰塵と化して溶けて行く。一分、いや、三十秒、十秒、もしかすると一秒にも満たなかったかもしれない時間が過ぎた後、そこには……到底命と呼べないような燻る火種しか残っていなかった。


 ただ、それでもまだ生きている。


「……これで生きてるか、しぶとさは炎竜並みだな」


「ひ…………ひっ……」


 雷の残滓が地面を走る中、痙攣したように体をガクガクと震わせ、白目を剥いたヒト――――とは呼べないのでは? と思ってしまう存在が未だ健在のままに、不規則な呼吸を繰り返す。腕の殆どは最早炭化して原形を保ってすらいないし、髪の毛の殆ども焼け焦げ、眼球は茹だって視力を失っていた。


 普通の人間なら、数秒も継続して心臓に直接数億V(ボルト)単位の電流を浴びたら死ぬんだけどなあ。魔法に対する抵抗力もゼロにして、絶対に殺せるお膳立てまでしてこれとは、中々に人類のしぶとさを感じさせてくれる演出だ。


 諸々でごっそりと持っていかれた魔力のせいか、ふわふわとした心地いい浮遊感を感じるが、こうなったらまだへたり込む訳にはいかない。


 とどめを刺すべく徐に奴へと近付いていく。溶解してガラス状になった地面を慎重に避けつつ、一歩また一歩と進んでいると――――



――――不意に目の前へもう一つ、人の気配が増えた。


「おやまあ、こんなに手酷くやられて。情けない奴だね、お前は」


 そんな言葉と共に、女性と思しき誰かはグラディンの横で身体を揺らめかせている。

 目に見えない重圧が背中へ圧し掛かってくるような存在感を放っていると言うのに、そこに現れるまで気付かなかったという異常性。


 どこかおぼえのあるその感覚に、足を止めていつも不意に現れる件の少女を振り向いて見れば、よく分からない表情でこちらを凝視していた。それは驚きであり、怒りにも見え、また郷愁にも似た表情であった。


 視線を戻せば、これまた見覚えのある黒の外套を纏い、クツクツと笑っている女性――――恐らくだが――――は少しだけ私の方へ意識を寄せる……が。


「ん……成程ね、優秀な、それもとびきりに強い駒を手に入れたのか。なら頑張ったご褒美をあげないと」


 ……違った。彼女が向けたのは私にではなく、その背後にいるメイビスだ。

 唐突に言葉を投げかけられたメイビスは、珍しく肩を跳ねさせると、目を剣呑に細めて女性を睨みつける。


「……ッ!」


 だが、彼女はそんな視線も意に介すことは無いらしい。


 外套の隙間から腕を持ち上げると、白魚のような指を合わせてパチンと鳴らした。鳴らしたと同時に、何かが弾けたような、治り切った肌に付着した瘡蓋が剥がれたような、妙なスッキリ感が襲って来た。


「これでもう何をするもお前の自由だ、しっかりと手勢を揃えて待つといいよ」


 その言葉が一体何を意味するのかを、現状では分かりかねるが、わざわざ言及するつもりは無い。


 今のところ敵意も戦意も感じない以上、藪蛇をするよりかは大人しくしていた方が得策だろうからね。これで何の前触れも無く襲って来たら、運が無かったとしか言えないが、そんな事が無いように祈っておこうか。


「しっかし……今回も失敗したかあ。また、教皇様に怒られてしまうよ」


 外套の女性はグラディンを横目に一瞥すると、少しだけ露わになった顔を此方へ向けてそう言う。


「君だよね。そこの……メイビスを下したのは。ねえ、ウチに来ない? ちょうど今七聖人の枠が一つ空いているんだ、君の強さなら教皇様も首を縦に振るだろうし」


 その言葉的に恐らく勧誘されているのだろうが、声に乗った感情の余りの軽薄さに背筋が総毛立った。


 意味合いとしては『この包丁、良く切れそうだし欲しいな』と言っているのと変わらない。客が商品(どうぐ)を手に取るような軽さで――――いや、実際にそうなんだろう。私は道具として見られている。


「……断る」


「ありゃ、振られちゃったなあ。けど、まあいっか。人的資源(どうぐ)は独占すると結果的によくないって、今回の件で身に染みたし」


 この女、人の命に道具以上の価値を見出していない。

 口調や物腰はまともだが、そんな事がどうでもよくなる程に価値観が歪で異質、そもそもの在り方からして違う世界の生物だ。


「これもまだ再利用出来そうだし、今日のところは取り敢えず持って帰るだけにしよう」


 そう言ってグラディンの腕を掴むと、二人を囲むように黒い霧が勢いよく発生する。それと同時にグラディンの姿が完全に掻き消え、追うように女性の方もいなくなった……。


「あ、そうそう! この国の王様はちゃんと殺しておいてね。色々弄ったらおかしくなっちゃって、放っておくと何するか分かんないし」


 と、思いきや。去り際にそんな爆弾発言を残して、今度こそ現れた時と同じようにその姿が消え失せる。どうやら彼女は人の心が無い上に、他人へ問題を押し付ける趣味があるようだ。


「やれやれ」


 私はそう呟いて、血の味がする口内に顔を顰めた。







***







 先程までのやり取りが夢だと錯覚してしまいそうになる程の呆気なさと共に奴らは去り、さて、残ったのはなんだろう。満身創痍の体、伏線に取り残された読者と、ガヤを飛ばすだけの話に関わりの無いモブだろうか。


 勝った気がしないままに戦いが終わってしまった事は、思った以上に私の中で名状し難い不快感を生み出していた。


 アルトロンド王についてもそうだが、知らないところで色々と起こり過ぎて把握が追い付いていない。早くアキトと合流して事情を説明して貰わないといけないな。


 だが、それはそれとして、


『く、首輪が!? 俺たち、助かった……のか!』


『ああ、あの子のお陰でな……』


『俺、もう駄目かと思ったよ! いやもうマジで!』


 一先ずの目的は達したようだ。


 硬い金属の何かが地面へ落ちる音が立て続けに起き、見渡す限り全ての奴隷……いや、元・奴隷たちが自由になった事を示す。あの女、何を仕出かしたかと思えば、奴隷を全員解放して帰って行ったらしい。


 『もし何かあれば勇者を抱えて逃げろ』と、戦闘の前に言い含めておいたメイビスもいつの間にか私の前に立っている。本当に神出鬼没と言うか……やっぱりコイツも、転移系の能力者なんだろうか?


「……無茶をしすぎ、見てるこっちが冷や冷やした」


 お叱りの言葉を貰いつつ、ふらつく足元に見かねて座るように顎で指される。


 堪らず地面へお尻を預けると――――そのまま上半身を抱きしめられ、彼女の胸元に顔を埋める形になった。成長期特有の膨らみかけの胸が丁度いい塩梅で、ベビーパウダーと薔薇を合わせたようないい匂いがする。この匂い好き。


 死ぬ瀬戸際のような修羅場を潜り抜けたばかりだからか、もしかすると私は発情しているのかもしれない。


「その体も含めて、後で色々と聞きたい事がある。でも取り敢えず、お疲れ様」


 冗談はさておき、私とて先程話していた内容を聞き洩らす程間抜けではない。


「私も色々、それこそ根掘り葉掘り聞きたい事があるんだが、答えてくれるか?」


「状況によるけど、出来るかもしれない」


「……マジ?」


 若干の皮肉を込めた煽り文句だったのだが、思わぬ返答に気の抜けた言葉しか返せなかった。また、少ない情報から考察を重ねて、事実からずれた解釈に到達しないといけないのかと考えていただけに、この返事は今回で一番の収穫かもしれない。


「ん……あとは、あっちがどうなってるか、だけど……」 


「問題は無い。あのハーフエルフより強いのは此処にはいないから」

 

 そうは言うが、イレギュラーと言う物は遍在しうるものだ。現に私は偶然にも七聖人の企みの渦中へと飛び込んでしまったし、その結果腕や刀や諸々を失う事となった。


 だから心配は尽きないし、もしあの女が帰ったふりをしてあちらへ行っていたらと考えれば……杞憂であると慢心する方が難しい。

 

「だから、今は休んで。もう限界の筈、後は私がやっておく」


「…………ん」


 しかし、『いやいや、お前に任せる方が危なっかしいだろ』なんて言葉も出てこない位に疲弊していたらしい。甘やかすような言葉に、瞼がとろんと落ちて来て、頭を撫でる手が心地いいなんて考えながら、意識の帳がゆっくりと降りて行く。


 気の抜けたような、では無く本当に気が抜けてしまったのだろう。普通なら敵だった相手の胸の中で無防備に眠るなんて真似はしない筈だ。


 もしかすると、私の中で彼女はいつの間にか、それなりに信用のおける人物になっていたのかもしれないが。


「おやすみなさい…………私の英雄」


 まあ、兎も角として。後の事なんか目が覚めてから考えればいいやと、その時の私は甘んじてその危ない真似と言う奴を敢行して、深い眠りへと落ちて行った。

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