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95.忘却と目覚め

魔人の国の名称他、第四話部分まで若干の改稿を行いました。

「……静かに、暴れないで」


「え……」


 最初は誰かが私を捕まえたのだと、抵抗する為に暴れていたが、抱きしめるように頭を胸へ押し付けられた事で違う事に気付く。


「おば様……?」


 聞きなれた優しい声に顔を上げれば、蒼穹の瞳が私を見つめていた。

 しかし、その声音とは裏腹に表情は険しく、閉じた扉に背を預けて耳を澄ませている。


「まさか、こんなに早く見つかるなんて……あと半年あれば、リーシャが何とか出来たかもしれないのに……」


「……おば様、一体何を言ってるんですか? あのおかしな商会の事を知ってるんですか!?」


 私の言葉に、一瞬の間を空けてからおば様は私を強く抱きしめた。


「ごめんなさい、今の貴女には言えないの」


「言えないって……どういう……」


「いずれ分かる時が来ます。だから、その為に貴女は此処から逃げ出さなければいけない」


 おば様は何かを知っている風でも、何も説明してくれない。けど、此処でもう一つ分かった事は、おば様が私の味方だと言う事。背中に回された手は暖かく、内臓を凍らせるような冷たく悍ましい何かを溶かしていくようだった。


「さあ、こっちよ」


 おば様に手を引かれ、部屋の隅にある本棚の前へとやって来る。


 一体ここに何があるのだろうかと、私が本棚を見上げている間にも、おば様は中段にあった青い書物の背表紙を押した。


 すると、音も立てずに本棚が横へとスライドしていく。まるで忍者屋敷か、某ゾンビゲーのお屋敷のようだ。普通の家は横にスライドする本棚なんてギミックは無い、あったとしたらそれは家主が相当に頭の具合がおかしな場合だろう。

 

 黒い洞のように続く暗闇の先は、階段になっているようだった。


 おば様に導かれるまま、私はその何処へと繋がっているやも知れない道へと足を踏み入れる。そうして、部屋の入口も暗黒に呑まれた後になってようやく『これが罠だったらどうしよう』なんて考えが脳裏を過った。


 だが、そんな考えをいい意味で裏切るように出口が唐突に現れた。

 降りて来たのは大体建物一階分くらいの距離だった。つまりは、二階から降りて来た私たちは今、一階の何処かにいると言う事になる。間取りからすると……うん、屋敷の外壁に近いどこかである事だけは、辛うじて分かった。


 そんな外へ通じているだろう重そうな鉄の扉へ、おば様が手を押し当てると、幾何学的な紋様の光の筋が扉の表面を走った。


 直後、おば様が力を籠めている様子も無いのに、鉄扉は黙って押し開かれて行く。


 肌を撫でる夜の風と、少しだけ明度の高い外の空間。

 

 おば様に続いて扉を潜れば、やはりそこは裏庭へと続くお屋敷の外壁だった。

 そして、


「お待ちしておりました、アデーレ様」


 特徴的に尖った耳を持つ、ハーフエルフのメイドが出口にて控えていた。私は反射的に逃げを打とうとしたが、おば様に手で制されて足を止める。


「安心して頂戴、この子は私の手勢――味方よ」


「そうなの……ですか?」


 その、夜に溶けるような色の髪を揺らしながら深々とお辞儀をしたメイドは、すぐに両手に抱えた布を私へ手渡した。受け取ってみれば、それは平民が着るような麻の服で、今すぐ着替えろとの事。


 よもや、あの時想像した通りに袖を通す羽目になるとは思わなかったが、確かに今着ている服は些か目立ちすぎる。


「少し痛いかも知れませんが、辛抱を」


「……ッ」


 元々着ていた服を受け取ると、メイドエルフは私の腕を取ってそう言う。そして、何をするのかと尋ねる前に、彼女の手に持った小ぶりのナイフが私の指の腹を切った。


 そのまま切れ目からぷっくりと湧いて出てくる血の球を自分の指で掬い取り、振り子のような、先端に宝石の付いた何かへ塗りたくる。


「いい? ルフレ、貴女はこれから一人で生きて行く事になります。私達が助けられるのは、貴女がこのお屋敷から出るまで。あの塀を超えたら、私はもう貴女の味方ではいられません」


「えっ、おば様……? 何を、なにを言ってるんですか!? 一人でって、母様は、アヴィス様は?」


「男爵家へは戻ってはなりません、出来るだけ遠くへ行きなさい。ウミノの能力で暫くは追手がつかないでしょう。短くても一年か……二年は持つはずです」


「訳が分かりません、ドゥ様は……ミネルヴァとおば様が知ってる事の一体何が関係あるのですか!?」


 私のその問いに、おば様はさっきしたように『今は答えられない』と、首を横に振った。

 

「それでもいずれ、知る時が来ます。私はその時の為に、"貴女様"の命を繋ぐために此処にいるのです」


「おば……さま……?」


 ポツリと、私の頬に温い雫が滴る。


 見れば、おば様は泣いていた。眦に溜まった涙が、留まり切らずに白い頬を伝って、私に慈しみの雨を降らせている。


「その時、選択を迫られるでしょう。ですが決して、貴女が苦しむ決断だけはしないでください。どちらを選んでもいい、幸せになれる道を進んでください」


 訳も分からず、ただ茫然としているだけの私をおば様は抱きしめ、そして持ち上げると塀の目の前まで連れて行った。何の変哲もない石造りのそれに触れると、おば様の魔法で塀に穴が空く。丁度、子供一人が通れるくらいの。


「さあ、行って。早くしないと奴らに勘付かれます」


「でも……おば様は、どうなるのですか?」


「私なら大丈夫。ウミノの能力でここにいる人間にとって、そもそも貴女の存在は無かった事になります。でも――――」


 ――――その代わり、貴女の記憶もそれに合わせて改ざんされますが。


 おば様の言葉を接ぐようにして、エルフのメイドがそう言った。


 私はその時、一体どんな顔をしていたのだろう。記憶の改ざんと言うのが、何処までを指すのか。それをすると一体、彼女らが私にとって何になるのか。分からなくて怖くて、でもしなければおば様も彼女も危険に晒される。



 端的に言えば泣きそうな顔をしていたんだろう。


 気付けば私は、穴を潜り抜けて走っていた。何処へ向かうとも知れず、ただ前に踏み出される足を見つめながら、一心不乱に走った。足が痛くなって喉が渇いた頃、ようやくゆるゆると徐々に足を止めて、空を見上げると、満月だった。


 そして。


 私は背後にそびえる広大な屋敷を忌々しそうに見つめて、唇を噛みしめる。

 さっきまでどうしてあんな必死で走っていたのかも忘れた。月に晒された二人の女性の影を見て、出て来た感情は恨みと怒り。


「なんで、こんな目に遭わなきゃいけないんだろう……」


 ――――奉公に出た貴族家でお手付きをされそうになり、それを目撃した妻があろうことか私に激昂して家から追い出した。

 

 その後も追い立てられるように走って、走って。

 何故だか無性に悲しく、心に穴が空いたような気がして。


【スキル《識見深謀(インサイト・デザイア)》を獲得】


 代わりに頭へ響いた声は、無機質で、聞く気になれなかった。

 

 これからどうすればいいのかも、何処へ向かえばいいのかも分からず、痛くて邪魔な靴を脱ぎ捨てて歩く。


 もう一度空を見上げれば、雲間から覗く満月が変わらずに私を追いかけて来ていた。


 けど、その下にもう、あの忌々しい女狐の影は無かった。




 そして。




 もうその時既に、私の中に優しい碧い瞳の記憶も無かった。

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