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91.参戦

「"黒霧雲隠(ハバキリ)"」


 桃色の髪の可憐な少女がそう唱えた瞬間、錆色の髪をした男――――グラディン――――が接近しようとした奴隷を黒い霧が球状に覆い、大地へ溶けるように沈み込んでいった。


 そして、驚く間も無く、目測で十メートルは遠くにいたであろうその奴隷が彼女の傍に現れる。ついでに言えば鮮やかなオレンジ色の髪をした少女も一緒で、こちらは体のあちこちから血を流して倒れている。


 次から次へと起こる事柄に、その場に居合わせた人間は皆呆けたようにそれを成した少女を見ていたが、唯一グラディンだけは一瞥だけして興味を無くすと別の――――桃色の前に悠然と立つ白髪の半魔を見据えた。


「……へえ、お前の魔法って染髪剤も洗い落とせるんだな」


「正確には違う、けどもっと褒める。私は凄い」


 そう言って感心したように自身の髪の毛先を指でくりくりと弄る様は、どんな角度から見ても年相応の少女そのもの。上に見て十五歳、下ならば十三歳かそこらであろう背丈に、やや彫りの深いアルテアの方によく見られる顔立ちをしている。


 北方の民族特有の首襟が広いバトルコートで口元から足の先までを覆い、剣帯に一目で業物と分かる刀剣を提げていなければ、それがとても戦う事の出来る存在だとは露も思われないだろう。


 だがしかし、グラディンは一目で見抜いた。


 あの少女が脇に転がっている勇者を僭称する有象よりも強い事と、"自分と同じ性質"の存在である事を。

 

「ね、ぇ……遊んで、くれる?」


「主語が抜けてるぞ、ちゃんと日本語……じゃなかった、リシア語を喋ってくれるか?」


「うふ、うっふふふふ、面白い、こと、言うね、きみ」


 確かやるべき仕事があった筈ではあるが、聖人であるグラディンであろうとも、この誘惑にだけは勝てない。少し小突いただけで壊れてしまう物とは違う、頑丈な遊び相手が目の前にいるのだ。最早他の一切は些事に等しく、ただ目の前の新たな玩具と遊びたいという欲求だけが全身を支配していた。


 一方で見目麗しい白皙の少女はと言えば、話が通じない相手にげんなりとした様子で一歩前進すると何かを、魔法を構成する術式を呟く為に鷹揚と唇を震わせ――――その言葉は彼女の周囲で力として具現して行き、嵐になる。


「あはぁ! すご、いね、そんな魔法、見たこと、無い!」


 疑似的に生み出された氷の礫が擦れ、弾け、電荷を生み、それはやがて熱と冷気を相乗する巨大な一つのうねりとなって猛威を振るう。開けた空間に黒き暴風が吹き荒れ、耐えられぬ者は壁へと押しやられ、鼻から喉から無理やりに空気が押し入って来た。


 臨界点に達しようかと言う程の魔力(エネルギー)を内包した嵐から地面と天井を見境なく雷鳴が走り、直後――――穿つようにグラディンへ襲い掛かる。










【公開情報】


 法則とは現象であり、現象とは法則。その法則を捻じ曲げ、現象として発露させる事こそが魔法の真髄である。しかして、その本質にある現象は自然とは言えず、人の身にありながらも神が創り上げた世界の仕組みを書き換えるという、ごり押しに近い。油と酸素によって生まれた灯りは吹けば消えるが、魔によってつくられた熱は魔によってしか滅しえないのである。とどのつまり、これらはかようにも違う次元のものであると、世に跋扈する魔術師はゆめゆめ忘れることなかれ。


 -賢者自伝録 第一巻 三項 幼年期 より抜粋-





 





 極限まで出力を抑えた雷魔法――――もといプラズマ化するギリギリの白い炎によって大気を焦がし、上昇気流を生み出しつつ氷魔法で冷やした空気を頭の上辺りまで押し上げ、熱と冷気を混ぜ込みご飯していると、その内超局地的なスーパーセルが生まれ、圧縮され、そして外圧に反発する力が唯一逃げ道を作っておいた前方に指向性を持って、敵に襲い掛かる。

 

 この世界に風魔法あれど、雷と暴風、そして暴雨を伴う魔法は表向き伝聞に無い。


 それは自然現象への理解度の浅さや研究者たちの知識欲をやや間違った方面に向けてしまっていること、天候を操ること自体が神の御業とされているから。


 と、原因を枚挙する事は簡単であるが、それを扱った実例を探すのは滅茶苦茶難しかった。


 だがまあ、天才と言うのは何処の世にもいるもので、己の探究心と智慧のみで魔導の深淵に辿り着いた……言ってはなんだが頭のネジが数本外れてるとも思える人間が悠久の時を掛けて、生み出してはいたのだ。


 俺の魔法の先生であり、文字でしかその存在を知らない魔の祖によって。


 賢者リフカ大先生の本によると、これは体系化された四属性魔法の派生である『嵐』の相を持つ魔法であると書かれている。


 あの魔導書の解読が進んだ今では、当時俺がしていた魔法に関する考察が全くの的外れである事が分かって、安宿のベッドの上で暫く悶絶したものだ。


 どうやら前世合わせて三十過ぎたおっさん程度には、千年前の偉人が残した啓蒙の意思を簡単に読み解こうなど無理な話だったらしい。


 長ったらしい考察を述べる事を前提として答えだけを簡潔に説明すると、古代魔法と四元素魔法、そして陰陽魔法は序列が違うだけで分類(カテゴライズ)は全く同じものであった。



 位階で言えば四元素魔法の上位に古代魔法、その更に上に陰陽魔法が鎮座する形になる。そして、古代魔法は四属性の強化版――――水と土は静の本質である氷へ、火と風は動の極地である雷へと進化していく。


 ここから氷と雷によって正統進化すると光が雷で、闇が氷と……コンシューマーゲームのスキルツリーに直すと分かりやすく、各属性を修めて行けばそれに対応した上位魔法が扱えると考えてみればいい。


 『あれ? 嵐属性何処にも無いやんけ』と思った諸兄は落ち着いて欲しく、それらは前述した属性たちを合成すると生まれる『嵐』『爆』『金』という合成魔法属性に分類されるのだ。諸々必要な属性は省くが、とにかく合成魔法の方が強い事だけ覚えておいていればいい。


 因みに余談だが、俺という実例を伴って、適性によって扱える魔法の属性が絞られるというこの世界の考え方が根本から間違っている事が分かった。

 

 仮に――――初級と呼ぶことにする四元素魔法と言うのは、各々の性質に密接な相互関係を持っている。


 籠める魔力の質を変化させれば水は霧――――風になり風はまた水へと変貌する事を踏まえ、霧を生み出すのと同じ要領で最初から風魔法の術式を組み上げれば、その属性の魔法は使える。


 風を生めれば次は火が灯せ、火を灯せれば大地を育める。そうして俺は今では、四属性+派生の三属性を操れるようになった。


 だが、ここで重要になって来るのは種族補正が入るか否かである。


 純粋なヒト種で東によくいるヒュム族や、北のノーランド族なんかは補正値は±ゼロ。魔法の素養が低いと魔力を感じる器官が拙く、結果的に繊細なコントロールが出来ずに属性を変換させることが出来ない。


 逆に俺の様な魔人種で、特に魔へ秀でている種族は生まれながらに数種類の魔法を扱える事もざらにあるようだ。代表例が悪魔族(デーモン)で、彼らは生まれてから首が据わるより前に指先から火の玉を出すのが当たり前らしい。


 俺が基礎をすっ飛ばして何となく魔法を使っていたのはこれに起因し、実際上位である古代魔法を操って見せたのだから、前述した考察に疑いようも無いだろう。


 だからつまりは――――





「――――おうっ!?」


 




 と。


 些か長考が過ぎたのか、痺れを切らしたように俺の肩を一振りのナイフが掠めた。


 実際には加速された思考時間の中でのほんの一幕に過ぎない独白なので、実時間にしては一秒も経ってないだろうが、それでも()()()は待ちきれなかったらしい。


「す、ご、痛かった、よ」


 なんとも形容しがたい喜々とした笑みで爛々と瞳を輝かせるそれは、正しく人の理から外れた者の顔だ。


 どうしてこう、俺と言う生き物は面倒事に巻き込まれる性質なのか……。

 今回は覚悟決めて来たからいいものの、なんかの拍子にいきなりこんなヤバイ奴と相対する事になったら泣く。


 そして、奴は力量的にも十分に化け物クラスである。


 底が見えない程ではないが、少なくとも俺が見て来た中で最も強い相手だろう。油断したらまず間違いなく死ぬし、上手くやっても腕か足かはたまた目か、何かしら持ってかれる事は覚悟しないといけない。


「んふ、もっと、しよ?」 


 相手はだらんと下げた手に肉切り包丁を二刀流、蛮族スタイル。


 先程の魔法で堪えた様子は微塵も見られないし、ちょっと耐久値おかしい事になってるんじゃありませんこと? 七聖人ってやっぱ皆何かしらイカれてるんだな。メイビスがまだまともに見える。


 そんな一瞬の視線と思考の交錯の後、機先を制したのは相手だった。


 いつ動いたのかも分からない程に素早く、俺の目の前に踏み込んで来たグラディンが調理器具の形をした凶器を逆袈裟に振り上げる。


 既に予め《識見深謀》を発動して警戒を張り巡らせていた俺の視線を掻い潜ったのは驚きだが、そこからのモーションは問題なく捉えられていた為、半身体を後ろへずらす事で攻撃を空振りさせた。


「いま、どうやった?」


 悍ましい程に悪辣な笑みを浮かべて尖った歯を見せると、癖なのかグラディンはその歯ガチガチと噛み鳴らしてもう一方の包丁を横薙ぎに振るう。


「あっ」


 高い金属音と共に火花が散り、防御の為に抜いた刀に阻まれるが鍔迫り合いになる事は無く、俺の体が勢いよく横へ吹き飛んだ。


 一瞬の浮遊感と間抜けな声をお供に肩から地面へ衝突し、勢いを殺しきれず久方ぶりに味わう痛みが神経を伝って脳に痺れるような刺激を運ぶ。流石に次の衝撃には受け身を取れたが、有り体に言って滅茶苦茶痛い。


 スキルの副作用(デメリット)とでもいうべきか、神経系を極限まで研ぎ澄ませているせいで触覚――――痛みに関しても通常の比ではない程俺の頭には伝達されるのだ。攻撃を受けるその都度オンオフ出来ればいいが、格上相手にそんな気配りをしている余裕なんてものは無い。


「あはっ」


 俺が体勢を立て直している間にもグラディンは肉薄し、二振りの肉どころか骨ごと断てるような刃を上から振り下ろす。


 普通に受ければ膂力の差で打ち負けるのが分かったので後の先、刃の間をすり抜けるように間合いへ身体をねじ込み、脇腹へ刃を滑らせた。だが、硬質の金属に刀を押し当ててるような感触が指先から伝わり、慌てて斬るのではなく"なぞる"動きへ切り替える。


 薄皮一枚を割いたと思えば、直後に半解凍マグロの短冊でも切ってるのではないかと言わんばかりにさっくりとした手応えを感じた。


 剣戟の交々が終わると、グラディンの腹部に一筋の切れ目が生まれ、そこからぷっくりと赤色の水泡が幾つも滲み出た。どうやら本当に薄く肉を断っただけで、俺が与えたのはダメージと呼べるほどの代物では無かったらしい。


 そして――――




「――――ッ」




 ――――ずるりと、音がしそうな程にゆっくり、俺の二の腕から先が地面へ落ちた。

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