ハッピーエンドの専門家
この作品はホラーですので、苦手な方はご注意ください。
夏のホラー2019 参加作品です
よく聞く言説として『病院では多くの人が死んでいるから、怪異事件がよく起きるのだ』なんていうものがあります。
これは……なんというか、ひどい思い込みだけで決めつけている、よくない言説だと思いますね。
病院にその命を救われた人や、病院で生まれた命だってあるというのに、そういったポジティブな想いというか、念はどうして無視されてしまうのでしょうか。
正しい見方をするのであればむしろ病院は、生命に満ち溢れた輝かしい場所だと言えるでしょう。
そこがたとえ終末期医療の為の病院なのだとしても……そこは正しい姿勢で死と向き合い、本人が望む最期を迎える為の穏やかな場所であるはずで、決して悪い場所などではないはずです。
そもそも、人が死んだからどうだとか言い出してしまったら……そこが人の生存圏である限り、何処であっても大体誰かが死んでいるのではないでしょうか。
道路、公園、山に川、そこに人が居る限りは、人の営みがある限りは、一年前か、十年前か、百年前か、千年前か……どこかのタイミングで絶対に誰かが命を落としているはずです。
場所ではなく建物としてならどうかと言われても……それも微妙な所でしょう。
病院以外だっていくらでも人死には起こるものですし……その建物の建設の段階でだって事故は起こるものです。
建設の段階で誰かが事故死してしまったら、その建物はずっと呪われるのでしょうか……?
できたてほやほやの高層ビルに足を踏み入れて、そこで呪いがどうだとか、死んだ作業員が化けて出るだとかいう話を聞いたことがあるのでしょうか? と、聞けば多くの場合は無いと応えるはずです。
……つまりは全ての原因はイメージにあると言って良いのです。
病院という建物に対するイメージ、思い込みこそが……頻発する怪異事件の原因なのです。
絶対に人死になんかが原因などであるはずがない。
……人間一人の命で起こせる怪異事件など……所詮はその程度のものでしかないのですから。
「……えぇっと、つまり、どういうことなんですか?
この病院で起きているおかしな事件はどうすれば解決すると……?」
……察しの悪い人だ。
つまり私は、この病院のイメージを良くしたらそれで解決だと、そう言っているのですよ。
「い、イメージと言われましても……これまで散々騒がれてしまったせいで、この病院のイメージは最悪と言って良い現状でして……イメージをよくするなんてとてもとても。
それこそ事件が解決しなければ無理な話で……」
ならば、解決したことにしてしまえば良い。
今までの事件は入院患者のしかけたイタズラで、その証拠が病室に見つかりました、これがその仕掛けです、と発表するとか。
……ああ、臓器移植だとかそういう難しい治療に成功したと言ってしまうのも良いでしょうな。
私は医療については詳しくありませんが、ああいうのに成功したとなれば、国内どころか世界中で話題になるのでしょう?
イメージが抜群に良くなりますよ。
「……せ、成功してもないことを発表するのは憚られますが、イタズラの方は、まぁ……なんとかなりそうです。
しかし本当にそれだけで良いんですか? その……除霊だとかの儀式をしたりとか、何か原因を排除したりだとかは必要ないので?」
下手に儀式なんかをしてしまえば、より悪いイメージが定着してしまうだけですよ。
原因の排除となると……まぁ、そもそもなんでイメージが悪くなったとか、そういう部分の解決になるわけですが……それを我々がするのは難しいでしょうな。
この病院のイメージ悪化の原因である悪質な医療ミスをしでかしたのが、現院長とあってはとてもとても……私みたいな外部の人間や、貴方のような事務畑の人間にどうにか出来る話ではありません。
そんなことをするよりかは、話題とイメージのすり替えをしたほうが手早くかつ効果的であり……何より後味の良いハッピーエンドを迎えることが出来ることでしょう。
「そ、そういうものですか……。
……では、話の分かる患者さんに協力して頂いて、その人がやったイタズラということにしてみます……。
で、ですが、その……そんな嘘をついてしまって、怪異事件の原因というか、幽霊というか、悪い念というか……そういった方々を怒らせてしまうのでは……?」
ああ、その点に関してはご安心を、病院や貴方、私に何か悪いことが起こるというのはありえませんから。
これに関しては絶対に大丈夫だと、専門家として保証致します。
「……あ、貴方がそう言ってくださるのなら……。
代議士の先生から優秀な専門家だと伺っていますし……信じさせて頂きます」
ありがとうございます。
では、また何かあればいつでも電話でもメールでもして頂ければ対応しますので。
……ハッピーエンドの専門家はいつでも貴方のご相談をお待ちしております。
「は、はい。
今日は相談に乗って頂き、ありがとうございました!!」
はい、もしもし……。
あぁ、はいはい、覚えていますよ。
ニュースで見ましたが、私の策のおかげで綺麗に事件は解決したようですね。
すっかりイメージもよくなったようで、これであれば安心でしょう。
はい……? ああ、院長さんのことですか?
そちらに関しては……まぁ、なんといいますか、事の原因でもあるわけですし、仕方ない出費だと思って頂くということで……。
はい? いえいえ、私はそんなこと一言も言っていませんよ。
病院や貴方、私に何か悪いことが起こる心配はないとそう言っただけで……えぇ、はい。
院長さんの保証まではしていませんので……。
まぁ、良かったじゃないですか、悪徳院長がいなくなって事件も起きなくなって……あの方が居なくなったことに関しても皆さんにとって何も悪いことではないはずです。
全て綺麗に解決、ハッピーエンドです。
え? 院長が私達を恨んで何かするんじゃないかですって?
その心配は必要ありませんよ、ほら、あの時に私が言ったじゃないですか。
人間一人の命で起こせる怪異事件など……所詮はその程度のものでしかないのだから、と。
院長さんが恨んで出たところで、何も出来やしませんし……それにあの方、今頃は……色々とお忙しいでしょうから……えぇ、えぇ、ご安心ください。
……えぇ、これこそが私の言っていた後味の良い結末というものです。
ではまた何かあれば……。
……ハッピーエンドの専門家はいつでも貴方のご相談をお待ちしております。
お読み頂きありがとうございました。