第6話「平穏な日常風景に緑色の侵食を」
「ルナお姉ちゃん、起きて!」
「……ん、うーん……?」
リーズちゃんの声が耳元で聞こえ、身体を
揺さぶられ私は目を覚ました。
朝光が窓から入っており、小鳥が囀っている。
「もう、やっと起きた……
さっきからずっと起こそうとしてたのに」
「……あれ?そうなの……?……ごめん」
「全然起きないから、先にもう着替えちゃった。お母さんがお風呂の方に服とか用意してるから、早く着替えてきて。もうお母さん、朝ごはんの準備終わっちゃうよ」
「……!うん」
どうやらだいぶ寝てしまっていたようだ。
私は身体を起こし、ベットから出る。
昨日の疲労は回復したみたいで、
身体が昨日より軽くなった気がした。
私は急いで脱衣所へ向かう。顔を洗い、
髪を濡らし櫛で髪を整える。その後寝間着を脱ぎ
置かれてあった服を着て、リビングへ急行する。
「あっ、おはよう、ルナ」
「おはよう、ユース。
……あれ、メグさんは?」
「あぁ、母さん?母さんは今トイレに行ってるよ。
多分入れ違いになっちゃったんじゃない?」
「そっか、じゃあ……あれ、どこに座ればいいの?」
「あっ、ルナお姉ちゃんはお兄ちゃんの隣に座ってもらって、ってお母さんがさっき言ってたよ」
「うん、わかった」
私はユースの隣の席に座る。テーブルの上にはバターが塗られたトースターで焼かれた食パンと、ケチャップがかかった大きめのプレーンオムレツ、少し焦げ目がついた丸い形をしたハムやサラダ、コップに注がれた牛乳が置かれてあった。
少し待っていると、メグさんが戻ってきた。
「お待たせ……
あら?ルナちゃんいつの間に起きてたの?」
「あっ、おはようございます。
ごめんなさい、ちょっと寝坊してしまって……」
「いいのよ、それより早く朝ごはん食べましょ」
そう言うとメグさんが席に着き、みんなで「いただきます」を言ってから朝食を食べ始める。時刻は7時半。メグさんの料理は家庭的ですごく美味しい……しかし記憶を無くしてしまったせいなのか、家庭的な料理に付き物の「どこか懐かしい味」は何故か感じ取れなかった。まあ、そもそも自分がこういう家庭みたいな環境で育ったのかすら分からないが。
「母さん、今日は診察日だったっけ?」
「ええ、そうよ。今日は土曜日だから……
8時半位に受付と助手の子が来て、
9時ぐらいから診察かしらね。……あっ!」
「……?どうかしたんですか?」
「そういえば、服を洗浄所に持って行くのを
すっかり忘れていたわ、食べ終わったら
診察の準備しないといけないのに……」
「あぁ、それなら私がやっておくよ、お母さん」
「そう?助かるわ、ありがとう」
朝食を食べ終わると、メグさんが食器をキッチンへと持って行く。その後、脱衣所でメグさん、ユース、私とリーズちゃんという順番で歯を磨き、その後メグさんは診察の準備へ、ユースはメグさんの代わりに村の市場に買い出しに、リーズちゃんは衣服を洗浄所に持って行くために脱衣所の方へ行った。私はリーズちゃんに、
「それ、私も手伝っていい?ずっとここでじっとしてるのもちょっとあれだし……」
と言い、買い出しに行こうとしたユースを含め3人で一緒に行くことになった。
少し歩き、村の中心部の市場……の近くに着く。市場に向かう前に先に市場の近くにある小さな洗浄所に行き、衣服を入れた底深の篭をリーズちゃんと一緒に中年の女性の受付の人に渡し、その後にリーズちゃんが先程メグさんから渡された洗浄代金を払う。衣服は受付の人が奥の部屋へと運んでいった。その後、市場へと向かった。市場では、一つの入口が開放的な大きな木の建物の中に店が立ち並んでいた。朝市が開かれており、野菜や魚、肉などが売られており朝なのに人々が集まっている。
「まだ朝なのに、こんなに人が……」
「今日は朝市の日だからだよ。
えーっと、先ずは野菜からかな」
買って来て欲しいものを書かれたメモを見ているユース。先ず辿り着いたのは、八百屋だった。初老の男性が野菜や果物を並べた、布のかかった長テーブルの後ろで椅子に座っていた。私たちに気づくと、椅子から立ち上がる。
「あっ、いらっしゃい。
……あれ?お嬢さん、昨日の……?」
「あっ……えっと、
昨日はお騒がせしてしまって……」
「いやいや、別に大丈夫だよ。お嬢さんのこと、
もう村中で話題になっててね……」
「……!そうなんですか?」
「あぁ、『綺麗』だとか『可愛らしい』だとか、知り合いの人が言ってたんだ。私は現場に居合わせていなかったから話にしか聞いてなかったんだけどね」
「そ、そうなんですか……」
一晩でここまで私の存在が広まるとは。「綺麗」や「可愛らしい」という褒め言葉まで言われてるなんて、嬉しい、けど小恥ずかしい。
そんな気持ちだった。
「あっ、そこの人参と玉葱と、じゃが芋を下さい」
「はいよー、えーっと……全部で500Gね」
男性がそういうとユースは代金を丁度支払う。
「G」とは、ゴールドの略。昔から存在している
この世界の通貨のようだ。
「毎度あり、また買いに来てね」
ユースが買った野菜を袋に入れる。
「じゃあ、次は……魚かな」
ユースがそう言うと、魚を売っている所へ向かった。
………
こうして、ユースが頼まれた物を一通り買った私達は、一人一袋ずつ荷物を持ちアフェクト家に戻ろうと家までの道を歩き始めた。
村の景色。森の中に素朴な家や店などが少し立ち並び、魔晶石という物の力で少し近世化したような感じ。
……魔晶石という存在を抜きにしたら。
なんだか、少しだけ懐かしいような感じがした。
「ルナお姉ちゃん?どうかしたの?」
「……んっ?いや、別に大丈……」
『いやぁああああああああっ!?』
たわいもない会話を続けていると、
突然少し遠くから悲鳴が聞こえてきた。
「っ!?」
「えっ、何!?事件!?」
突然響いた悲鳴に驚き戸惑う私達。
「あっちから聞こえた気がするけど……
よし、行ってみるか」
「……うん」
そう言うと小走りで悲鳴の発生源の元へと向かう。少し道を曲がり、昨日、私とユースがが巨大な鳥が沢山それぞれの小屋に入れられている飼育場のような広いスペースのある所に着陸した場所が見えてくる。
「……!!」
「なっ……!」
そこには。
大量の、緑色の皮膚をした人間に似た人型モンスターが剣や棍棒やら武器を持って、その中にボス格の、身体が他のモンスターよりも倍大きいモンスターが一人の女性を掴んでいた。近くに居た男性が、「大変だ!!ゴブリンの群れが来たぞぉぉ!!!」とゴブリン、という名前のモンスターから逃げながら叫んで居た。
「!!あんた達も早く逃げ……はっ!!
君は確かユース君!!それと横にいるのは……
いや、それより、そう、あれだ!!」
「落ち着いて下さい!
僕……とルナとリーズが何とかしますんで!!」
「え、ええ!」「うん!」
恐怖で落ち着きのない男性を安心させるかのようにユースがそう言うと、私達は荷物を道の側に置き、ユースとリーズちゃんは腰にかけていた魔杖を右手に持ち、私は右腕に付けていた腕輪を一瞬見て、私とユースとリーズちゃんはゴブリンの群れの前に現れた。ゴブリンの群れは私達を見て一瞬、特異な鳴き声で仲間と話をしたように見えたが、数秒たった後にこちらを威嚇するかのような鳴き声を上げた。
「……!!そ、そこにいる人、
どうか助けて下さい!!」
リーダー格のゴブリンに掴まれ
捕まっていた女性が助けを求める。
「大丈夫ですよ、今助けま……っ!!」
ユースがそう言った瞬間、突然背後から三体程のゴブリンがユースに向かって奇襲してきた。私達は直ぐさま後ろを向いたが、もう距離は目と鼻の先だった。
「……!ユース、危な……っ!?」
……その時だった。
突然、腕輪の宝石が純白色に光り、ビシッと小さい稲妻が走ったかのような頭痛のようなものが走った。その瞬間、時が止まったかのように感じた。私は顔を顰めたが、身体に突然何かの「感覚」を感じた。
(これは……魔力……?)
身体の中から湧き出て、身体全体を纏う何かの力。
それは、恐らく自分自身の魔力だった。
(……っ!?)
また、ピシッと頭痛が起こる。
『……いいですか?自身の感覚一つで、
放出する魔力を調節できるのです。
これを上手く使いこなせれば……』
脳裏に、誰か「人の姿」が浮かび上がる。
先生、のような姿が薄々とだが……しかし、声は
鮮明に聞こえてくる。
そして……何か魔法で形のある何かを、
創り上げた姿が薄々と見えてくる……
……しかし、その瞬間
脳裏からその人の姿は消えた。
(一体、これは……?)
内から湧き出てくる魔力と自分自身を纏う魔力。
感覚一つで、その魔力を操る事ができる……
「……!!」
……その瞬間、記憶の一欠片が、
私の脳内で「詠唱文」として蘇った。
「……エルピスの力よ、希望の名の下に、己に希望を示す光の刃を授けよ!
『エルピシャス・クレアール』!」
その瞬間、私の目の前に魔法陣が二つ現れた。奇襲してきたゴブリンは突然のことに後ろに下がる。二つの魔法陣から神々しい光が発され、その光の間の中心に光が集まっていく。私は全身の五感を使い、魔力を操る。
「……?ルナ……?」
「ルナお姉ちゃん……?」
ユースとリーズちゃんや、ゴブリンの
群れまでも光に視線を当てる。
そして……光が集まり、それは形となった。
剣。光を纏い、神々しいオーラを放っている。魔法陣は消え、私はその剣の柄を両手で持つ。ゴブリンは怯えず、私に飛び襲いかかってきた。
「はあっ!」
私は魔力を込め、剣を一振りした。そのとき、光の斬撃が生まれ、ゴブリン三体は同時にその斬撃を喰らい、斬り飛ばされる。
「おぉ……ルナ、かっこいい……!」
「すごい……ルナお姉ちゃん、かっこいい!」
「えっ?あっ、ありがとう……」
かっこいいと言われ、割と嬉しくて
照れるが今はそれどころじゃなかった。ゴブリン達は一切怯む様子はなく、こちらを睨んでいた。
『……う、うぅ……』
「……!は、早くあの人を助けないと!」
「分かってるよ、リーズ。
とりあえず僕とリーズで小さい方のゴブリン達を倒していくから、ルナはあの人を助けて」
「うん、分かった」
そう言うと、
数体のゴブリンがこちらに攻撃を仕掛けてきた。
「自然よ、風の力よ、天に昇りし竜の如くと化し、汝等に猛風を与えよ!『トルネード』!」
ユースがそう言って魔杖を攻撃を仕掛けてきたゴブリンに向けると、その瞬間魔法陣が地面に現れ、そこから竜巻が発生する。ゴブリンは竜巻に巻き込まれ、さらに近くにいたゴブリンも巻き込まれる。竜巻は十数秒で消滅し、ゴブリンは遠くへ飛ばされていったり、近くに落下し戦闘不能になったりしていた。
しかし、まだゴブリンの数は数十体以上おり、残っているゴブリンがまたもや攻撃を仕掛けてきた。
「っ、キリがない……!」
「ここは私に任せて!
……自然の生命の源よ、汝等を束縛せよ!
『レストリクシオン』っ!」
リーズちゃんはそう言うと魔杖をゴブリンの群れに向ける。すると地面からゴブリンの等身大ほどの植物が何十本と生え、ボスを残したゴブリン達を拘束し一時的に身動きを封じる。
「今の内にあの人を助けに行って!」
「うん、わかった!」
そう言うと私は今の内に普通のゴブリンの群れを通り過ぎ、ボスの前に現れる。ボス格のゴブリンは私を見て、強くこちらを威嚇するかのように睨んできた。
「……その人、離してあげて」
私はそれに動じず冷静にゴブリンに言い放つ。人間の言語がモンスターに通じるのかは分からないけど……と思っていたが杞憂に終わる。数秒後、ゴブリンは女性を投げ捨て、腰にかけていた普通の人間と同じくらいの大きさの剣を手に取った。私は剣の柄を握り直す。するとゴブリンは独特な鳴き声を上げる。すると、筋肉が突然増強された。剣を振り上げ、私を目掛けて振りかかる。私はそれを避け、隙を突き剣を一振りし、斬撃を飛ばす。しかし相手も身体の割に素早く、反射神経もあるらしくすぐさま対応し剣で斬撃をガードし、右横へと受け流した。斬撃は近くにあった木に直撃し、そのまま斬り倒される。その時だった。
「……!危ないっ!!」
先程投げ捨てられた女性が倒れてくる木に巻き込まれようとしていた。私は急いで女性を押し倒し、倒れてくる木から避ける。
「あっ……ありがとうございます……」
「早く、逃げてください」
「はっ、はいっ!」
とりあえず女性を逃がし、ゴブリンと対峙する。周囲では次々とゴブリンがやられていっている。数も少しずつだが減っているようだ。
「……喋れるとは思えないけど……
貴方達、なんでここに来たの?」
先程から思っていた質問を投げる。もちろん喋れるとは思っていなかったが、しかし……
ゴブリンは片言ながら、
人間に通じる言語で話し始めた。
「ゴブッ……オレワ、カース国ノゴブリン軍ノ
一隊長。ソシテ、オレタチハゴブリン軍。
オマエラニンゲンノ、宝、食イ物ヲ奪ウ。
ソレダケダ……」
「……!そう……
喋れるとは思ってなかったけど……」
「……シカシ……マサカ、
コンナニ強イヤツラガ居ルトハ
ヨソウガイダ、ゴブッ……」
そう言うと、人間には通じない言語で他のゴブリンに何かを言い放った。するとそれを聞いたゴブリンが、ユースやリーズちゃんから離れ、森の中へ逃げようとし始める。
「……?」
「逃がしちゃダメだ!ルナッ!」
逃げ帰ろうとしているゴブリン達を見て
困惑していた私に向けユースが言った。
「えっ、なんで……?」
「其奴らはこの地域じゃ厄介なカース軍のゴブリン軍の一つなんだ、いつも色んな村を襲って被害が出ているんだよ」
「……!」
「だから一刻も早く捕まえないと……
待てっ、ゴブリン!」
「えっ、ちょ、待って!」
そう言うとユースが逃げ帰ろうとするゴブリンを追う。私はそれに続いた。
リーズちゃんもユースに続こうとする。
……その時だった。
「……へっ!?き、きゃあっ!?」
突然、リーズちゃんの悲鳴が響いた。
「っ、リーズ!?」「リーズちゃんっ!?」
その悲鳴に反応し背後に居たリーズちゃんを確認しようと後ろを向く。が、居ない。代わりにリーズちゃんの魔杖が落ちていた。私たちは周りを見渡した。
「……!?リーズちゃんっ!!」
「なっ……!?リッ、リーズ!!」
……そこには。
木の陰で、眼鏡をして何故か博識に見えるゴブリンと、縄で縛られているリーズちゃんがゴブリンに首元にナイフを突きつけられている光景が、そこにあった。足元には闇晶石が使用されている使用済みの縄砲の様な物が落ちてある。
「うぅ……ユースお兄ちゃん、
ルナお姉ちゃ……っ、むぐっ……!」
首元にナイフを突きつけられ、口を押さえられている。ナイフを突きつけているゴブリンはこちらを睨んでいる。こちらを脅迫しているような感じだった。
「リーズちゃんっ……!」
「っ、リーズ……!!
くそっ、人質かっ……!!」
変に手を出すと、リーズちゃんが殺されてしまう恐れがある。私達はどうしようもなかった。
「……っ、!?」
すると、ボス格のゴブリンがニイッ、と笑い、筋肉を増強させ剣で私に降りかかってきた。完全に油断していた。私は受け身の体制を取り、剣で受け止める。が……ゴブリンは力の限り剣に力を入れ、その結果、増強した筋肉の力で私は地面に吹き飛ばされる。
「っ、ぐぅっ……!!」
「るっ、ルナっっ!!」
吹き飛ばされた私は近くにあった木に
身体が激突する。
「うっ、うぐぅっ……っ」
強い痛みを感じ、私は呻き声を上げる。
「むぐぐっ……!!」
「ゴブッ……ジャアナ」
リーズちゃんの聞こえない悲鳴があがる。ボス級のゴブリンはリーズちゃんと他のゴブリンを連れ、森の中へと消え去ってしまった。それをうっすらと見ていた私は激突した部位の激痛に襲われ、気絶してしまった。