19.作戦変更と最後の逢瀬
シリルが魔法疲労で倒れた。
その知らせは、時の国と私に衝撃を走らせた。
リアムの指示通り、私が時の国に報告すると、すぐにリアムの寮の部屋にローレンスとエドガー王子が駆けつけてきた。
私はその二人に向かって頭を下げて言った。
「……ごめんなさい。 シリルの顔色が悪いことに、私は気付いていました。
それでも、私はシリルに魔法を使わせてしまった……ごめんなさい」
それに対して、エドガー王子は口を開く。
「いや、君が謝ることじゃないよ。
元はと言えば、私がシリルの魔法に頼りすぎてしまっていたのが原因なんだから。
……私が国家秘密で、いつも隠れて過ごさなければいけなかったお陰で、彼にはローレンスの執事という仕事もあったのに、誰かを連れてきてもらう度に彼に魔法を使ってもらってしまっていたんだ」
エドガー王子はシリルを見て、そう申し訳なさそうに言った。
その言葉に続けて、エドガー王子は私達の方を見てゆっくりと口を開く。
「……シリルには、このまま休んでもらおう。 彼の体が完全に魔力を回復するまで」
「……そうですね、私もそれが良いと思います。 私も、魔力疲れはよく分かりますから」
私はそう言ってローレンスを見る。
ローレンスもその言葉に頷き、リアムの方に目を向けた。
「……リアム。 君にも風の魔法を使わせ過ぎてしまっているね。 すまない」
「いえ、僕は逆に、感謝していますよ。
この力を、僕の恩人でもあるクラリスと貴方方のために使えるのだったら、それで」
「リアム……」
私は思わずリアムの名を呼ぶと、リアムはにっこりと笑って言った。
「それで? シリル様が大変な分、僕がお手伝いしますよ。
何をすれば良いですか?」
リアムの言葉に、私と二人は目を合わせる。
……シリルにこれまで任せていたことをリアムに任せるということは、あの話もしなければならない。
それは無論、戦争当日の私と時の国の王家の方々に手伝ってもらった策である。
私は暫く迷った後、リアムの目をまっすぐに見ていった。
「……リアム。 貴方に今から話そうと思っていることは、絶対に秘密にして欲しいの。
それから、貴方を巻き込むことで命の保証は出来ない。 ……それでも、私を、私達を助けてくれる?」
リアムは私の言葉にポカンと口を開けた後、急に笑い出した。
これには、三人で驚いてしまう。
そんな私達を見て、リアムは「あぁごめんごめん」と言った。
「何を今更。 言ったでしょ?
僕は君の味方だって。 そのためならこの命なんて別に惜しくないよ」
「! リアム……有難う」
私はそう言って微笑めば、リアムは「全く、また何か企んでると思ったら、そんな無茶してるなんて」と怒る。
そんな私とリアムのやりとりを見て、ローレンスは何か言いかけたが口を閉ざした。
(最近のローレンス、なんか変ね……)
そう疑問に思って首を傾げる私に、エドガー王子は「じゃあ、すぐに作戦の変更を立てないと」と言われたから、私はそんな考えを一旦中断して、シリルの代わりにリアムを入れて作戦会議に入るために場所を移したのだった。
☆
そうして準備は進められ、悪魔との戦いまでいよいよ前日となった。
シリルは未だに目を覚まさない。
……余程大量の魔力を使ったのだろう。
ただ、眠れば眠っているほど、魔力のオーラは戻っているそうなので、回復傾向にあるのは間違いなさそうなので良かったけど。
そんなシリルを気にしながらも、夜遅くまで念入りに秘密裏の計画をチェックし終わり、夜中の0時を回った頃、私はシュワードのお城……アルの部屋のベランダに降りた。
勿論、リアムの風の魔法で手伝ってもらって。
アルの部屋はまだ光がついていた。
(この時間になったら寝てるかなと思ったけど……流石に明日となると、まだ起きてるわよね)
アルは魔法が使えないから、明日はどうするのかしら……。
出来れば、戦争に参加して欲しくない。
魔法が使えないなんて、武器を何一つ持っていないのと同じことだ。 しかもそれは、悪魔だと言ったら尚更。
(危ない真似だけは、させたくない)
私はそっと少しだけ開いていたカーテンの隙間からアルの部屋の中を伺い見れば、アルは机の上に突っ伏して寝ているようだった。
(……何だ、寝てるわ)
私はそーっと足音を立てないようにするため靴を脱ぎ、アルの部屋に入る。
アルは横を向いて寝ているため、綺麗な寝顔が見える。
(……ふふっ、相変わらず格好良くも見えるし可愛くも見えるわ)
伏せられた長い睫毛に、穏やかな寝息を立てて眠るアル。
久しぶりに見る彼にとても嬉しくなる。
(でも長居は禁物よね。 アルが起きる前に、ここを出なきゃ)
私はそっと、近くに置いてあったブランケットを、アルの肩にそっとかける。
……風邪をひいてはいけないものね。
私はそうしてもう一度、アルの寝顔を見る。
(……本当、綺麗な顔……)
顔もよし、性格もよしだなんて、本当、格好良すぎるわ……。
そうしてアルの、紺色のさらさらな髪に手を伸ばしかけ……ふとその手を止める。
(……でも私は、もうアルの婚約者からは外れた身、だから……)
そう思い、行き場をなくした手を見て悲しい気持ちになっていると。
「……クラ、リス……」
「!?」
アルの口から唐突に飛び出た私の名前に、どきりと心臓が跳ねる。
……まさか起きた!? と、思ったが、アルは目を閉じたままだった。
(……なんだ、夢……)
でもまさか、夢で私の名前を呼ぶとは。
「……っ」
涙で視界がぼやける。
ポタ、と一つ雫が落ちたことで、私は慌てて気がついてグッと唇を噛み締めた。
(こんなところで泣いたって仕方がないわ。
私は、アルを守るために、アルとの別れを決断したの。
……でももし、私が無事に戦争から帰って、アルが望んでくれたとしたら、その時は)
「……また、私を、アルの婚約者にしてくれる……?」
ポツリと、小さく口から発した言葉に答える者はいない。
私は今度は寝ているアルの顔にそっと近づくと……頰に軽くキスをした。
(……アル、大好きよ)
……これで、最後にアルと会うことになるかもしれない。
そう思うと、また涙が出てきそうになったが、それを懸命に堪えて涙をそっと拭うと、笑みを浮かべて寝ているアルに向けて言った。
「アル、どうか無事でいてね。 ……さようなら」
私はバルコニーに出ると、風の力で浮かび、闇夜に溶け込む。
……その姿を、アルが寂しげな表情で見ていたことに無論、気がつくことはなかった。
そうして、悪魔との戦い前夜は、静かに過ぎて行ったのである。




