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17.葛藤

「はい、着きましたよ」

「有難う、シリル」




 シリルは部屋の前で私を下ろすと、軽く会釈してまた魔法を使って去ろうとしたのを、私は呼び止めた。



「待って」

「? 何でしょう?」




 シリルは魔法を一旦止めると、首を傾げた。



「……また明日、悪いけど来てくれるかしら?」

「明日ですか? ……少し遅くなってしまうと思いますが、それでも良ければ」

「えぇ、全然大丈夫よ。 ……むしろその方が有難いわ」




 私の言葉に、シリルは首を傾げながらもそれ以上聞かず、「分かりました」と一言言って、今度こそ目の前から消えた。



「……シリルに魔法の乱用ばかりさせてしまっているわね」


 今はアルが記憶を失っているから、ローレンスくらいにしか魔法を使わなくていいはずなのに、なんて苦笑いしながら、私は考える。




(……それでも、まだ皆に伝えてないことがたくさんある。

 今は自分に出来ることを、精一杯やらなくちゃ)




 ……後悔する前に、悔いのないように……。






 ☆






 次の日、私は城下に買い物に来ていた。

 それは、ある人に贈り物をするため。

 久しぶりの街に嬉しく思っていたけれど、街はやはり、戦争のこともあって独特な緊張感がある。



(……開いているお店も、かなり少ない……)




「……姫様、お目当てのものは見つかるでしょうか?」

「どうかしら……やっぱり、もう少し早く来ればよかったわね。

 こんなことになる前に……」



 最近のあまりの忙しさに、街に来る暇がなかった私。

 ……確かに、悪魔が来るまで一週間が切った中だから、町並みがこうなるのも無理はないわけで。




「……それに、まだ買いたいものが明確に決まっていないのよ。

 自ら買いに来ようと思ったのは良かったのだけど、この時期に城下で売ってるものは限られていると思って、あまり思い浮かばなかったの」

「……姫様が選んだものなら、何でも喜びますよ。

 喜ばないのであれば、私が全て貰います!」

「ふふ、ルナって本当に面白い」




 ルナは「えー、だって〜」と少し頰を膨らませる。

 私はクスクスと笑っていると、ふとある物が視界に入る。



「……! これだわ!」

「……えぇっ、これ、喜びますか……?」

「えっ、駄目? ……ルナ、さっきは何でも良いって言ったじゃない」



 少しじとっと見れば、ルナは視線を逸らしながら「い、言いましたね……」と目を泳がせる。

 私はそれを横目で見つつ、その物を取ると、うんと頷いた。



「やっぱりこれにするわ。

 これならきっと、あの子も喜ぶはずよ」

「……姫様がそう仰るのなら」




 ルナはそう言って曖昧に頷いてみせたのだった。






 ☆





 それを買った後は城下の様子を見て回った。国民も兵士も皆緊張感はあるけれど、私達を見て笑顔を浮かべてくれるのを見て、少しだけ胸に秘めていた暗い気持ちが、晴れた気がする。



「……ふふ、でもこうしていると、城下に二人で来たことを思い出すわね」

「姫様、よく悪さをしていらっしゃいましたもんね。

 秘密基地……アルベルト様と良く二人で行かれたお家に行きすぎて、王様に怒られてましたよね」

「あれはしょうがないと思うわ。 だって、私が淑女のレッスンをしている最中にアルが遊びに来て、私を遊びに誘うんだもの。

 ……不可抗力よ」




 そうしているうちに成長して、アルも私もお互い忙しくて秘密基地にもあまり行けなくなって、リアムを助けたのを最後に、アルと二人の秘密基地を壊して……、そうして城下にあまり来れなくなった。



「そういう時、私に言うとバレるからと、絶対に言わずに出て行きましたよね」

「……その件については謝るわ」



 侍女見習いだったルナの目を掻い潜って抜け出していたものね……。




「……それでどれほど王様とメイド長に私は怒られたことか」

「……本当にごめんなさい」

「全くです。 ……それに、とても寂しかったんですよ?」

「え?」



 ルナの言葉に驚いてそう声を上げれば、ルナは少し俯きがちに言った。




「……一人、置いてけぼりになった気がして。 少しだけ、寂しかったです」

「ルナ……」



 そこまで気が回っていなかった。

 どうしたら、アルと二人で城下にいけるか。

 その方法は、絶対にルナを含めた侍女やメイドさん達に見つからないようにすることだけだった。

 私は、初めて知ったルナの本音に驚きを隠せないでいると、ルナは少し苦笑いして言った。



「まあ、気持ちは分かりますよ。

 私が、クラリス様とアルベルト様が二人で城下に行くことを知ってしまった時は、絶対に報告するよう、王様にも言われていましたから。

 別に、謝らせようと思って言ったわけではないので気にしないでください。

 その代わり、本当に伝えたいことは」




 ルナは立ち止まると、私の目をまっすぐに見て言った。




「大事なことを私にも誰にも言わずに、一人で抱え込まないで下さい」

「……!」




 ルナは、お見通しなのかもしれない。

 私が、裏で何をやっているのか。

 ……だけど、私は……。




「……有難う、ルナ。 貴女が心配してくれているのはよく分かってる。

 だけど、抱え込まなければいけない問題も、王家の一員としてあるのよ」

「……!」





 ルナは言葉を失い、唇をか噛み締めて俯いた。





(……“王家の一員”……私は、ルナに私の置かれた立場という壁を使って、線引きをしてしまったわ……)




 私がこう言えば、ルナは何も言えない。

 ……仮にも、私とルナは主従関係にある。

 ルナはそれをよく分かっている。

 私自身はあまり、こういうこと……立場という線引きなんかしたくない。 ……だけど、私には、ルナには打ち明けられない事情がある。





(……だって私は、ルナを守りたいから……)





 大事な人を守るためには、大事な人を傷付けてでも嘘をつかなければいけない。

 ……私の望んだ方法は、それだった。




(……自分を偽ってでも隠さなければいけないの)




 こうしてみると、本当に悪役令嬢として生まれた私らしい道を歩んでいるなと感じて、自嘲気味に笑う。

 ……人を傷付けてでも、自分の望みを叶えるために行動する。

(もしかしたら、乙女ゲームの世界の“悪役令嬢”は、本当は葛藤してたのかもしれない)

 ……今の私のように。

 本当に、それが正しいことなのか、ずっと考えていたのかもしれない。 ふとそんなことを考える。





 ……私が嘘をついたせいで傷ついた表情をするルナやリアム……アルを見て、心が揺らぐ時がある。




(……それでも、私は)




「……ルナ、帰りましょう」

「……はい」





 ―――……皆を、守りたい。 幸せにしたい。

 例え自分が、悪役になろうとも。









 私は茜色に染まる空を仰ぎ見ながら、ルナと二人、ただ何も言わずに城に向かって歩いたのだった。




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