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13.守りたいが故に

 次の日。



 私は朝早くからリアムを呼んでもらい、ある場所へ移動していた。



 行き先は、アルの元……シュワード城である。





「ねえ、どうして姿を隠す必要があるの?」

「こんな時間だと入れてもらえないもの。 ……だけど、どうしても今日中……いえ、今行きたかったの」

「……本当に、それでいいの?」



 リアムの言葉に、私は頷いた。



「……えぇ、これが一番良い方法なのよ」




 そう言った私の言葉も、思ったより小さくなってしまい、自分でも驚く。



(……駄目ね、こんな弱気になってしまっていたら。 もっと、気を引き締めないと)



 私は手に持っていたものを、ギュッと握りしめたのだった。






 ☆







 アルの部屋にバルコニーから忍び込めば、アルは穏やかな寝息を立てて眠っていた。




 その姿にホッとする。




(……夢は、見ていないようね)





 私はホッとしながらも、相変わらずアルはバルコニーの鍵を閉めないのよね、なんて思わず笑ってしまう。

(……ふふ、幼い頃と変わらないわ)




 アルの寝顔を見て、私はそんなことを考えてしまう。

 早く立ち去らなければいけないのに、なかなか足がバルコニーに向かない。




(……離れがたいんだわ、私)




 ……でも、もう決めたことだもの。





 私は握っていた物を広げ、机の上にそっと置く。

 そこに置いたのは……





「……どうして、君がここにいるの」

「っ!?」



 私はバッと、その声を発した人物から慌てて距離を取る。



「……あ、アル、起きて、いたの……?」

「まあね。 人の足音には割と敏感だし」




 穏やかでないアルの声に、私は恐怖で立ち竦む。




(あ、アル、怒ってるわ……!)




 アルは、私から視線をそらして、ふっと机の上を見、驚いて私を見る。





「……どういうこと?」

「え? ……っ」



 アルが私に向かって歩いてくる。

 私も慌てて後ずさり、背中に壁が触れた、と思ったら、その顔の横にドンッとアルの手が置かれる。



(ま、まままま待って! どうしよう、逃げ場がない……!)





「……逃げようとしても無駄だよ。 何で、こんな時間に、こんなことをしているの」

「っ、だって、こうでもしなきゃ、貴方は私と、婚約解消してくれないと思って!!」




 ……私が机の上に置いたもの。 それは、アルから貰っていた“婚約指輪”と婚約破棄を求める手紙。


 そう、私がわざわざこんな時間に来た理由は、アルと“婚約破棄”をするためだった。





 私の言葉に、アルの眉がピクッと動く。




「……聞き間違いかな、ねえ、今なんて言った?」

「っ、だ、だから! 婚約破……!?」




 最後まで言わせない、と言わんばかりに、アルが荒々しく唇を重ねてきた。

 驚くほど乱暴な口づけに、私は驚いて固まる。




(……前にも似たようなこと、あったかもしれない)

 リアムと私の仲に嫉妬した時のアルと似ている。

 良く知っている人なのに、今目の前にいるアルは、まるで他人のようで、怖くなる。

 そうして気が付けば、私の目から涙が溢れて止まらなくなっていた。




 それに気付いたアルはハッとしたような顔をした後、傷付いたような表情をし、伏し目がちに俯いた。




「……ごめん。 今、頭が混乱してる」

「……っ、あ、る」




 私は上手く息が出来ずに、辛うじて名を呼べば、より一層傷付いた顔をするアルに、今度こそ言葉を失う。

 流れる沈黙を破ったのは、アルだった。



「……ごめん。 頭が、追いついてない。

 ……返事は後でするから、今は、帰ってくれないか。 ……お願いだ」

「……っ」




 私はその言葉とアルの表情を見て、どうしようもなくなり、逃げるように走ってバルコニーから飛び降りる。




 リアムは私が地面に落ちる寸前で、風を使って私を抱きとめ、「何やってんだ!」と怒った、と思ったら、閉口してしまう。



 ……それはきっと、私が酷い顔をしていたからだろう。




 リアムは黙り込んだ、と思ったら、私を抱きしめる。


 えっ、と驚く私をよそに、彼は小さく言った。




「……今だけ、胸を貸してあげる。

 だから早く、泣き止んで。 ……君にはそんな顔、似合わないから」

「! ……ふぇっ……」



 私はその言葉に、その胸に縋り付くようにして、まるで子供のように、泣いてしまうのだった。







 ☆








「……ごめんね、リアム」

「……別に、謝ることじゃない。 泣きたい時は、泣けばいい。

 ただ、僕はあまりクラリスには泣いて欲しくないけれど」



 一頻り泣いた後、少し明るくなってきた空が見える、丘の上に連れてきてくれたリアムと、並んで座る。




「……ふふ、でも心強いわ。 今日は、リアムに助けられたね。

 有難う、リアム」



 私がそう言えば、リアムは少し顔を赤くして俯く。

 そんなリアムを見た後、私は景色に目を向けて呟く。



「……私は、間違えているのかな」

「え?」

「……アルに、一方的に婚約破棄を突きつけてしまった。

 アル、凄く傷付いてた。 ……それに、私も、」



 そう言っている間にも、涙は止まらない。




「……クラリス」

「っ、ご、ごめんね、さっきあんなに泣いたのに、私、アルのことになると、どうしても、心が、揺らいでしまうの……」



 ……愛しているからこそ、アルとの別れを選んだ。



 私がこれからすることは、アルには無関係のものとして、私自身の手ですると、そう決めたから。




「……私はただ、アルに幸せになってほしいのに」




 ……婚約破棄を申し出ることで、結果的に、アルを傷付けてしまうことはわかっていた……つもりだった。


 だけど、その予想を遥かに超えて受けたショックはとても大きくて、私の決意を揺るがすのには十分だった。





「……私は、馬鹿。 本当に、大馬鹿……」






 嵌められていた婚約指輪はもう無い。

 それを見て、私自身も傷付いているなんて、そんな馬鹿な話があるのか。





「……でもね、こうするしか、なかったのも、事実で……」

「……クラリス、君は、何を背負っているの?」

「っ、え?」




 私がその言葉に顔を上げれば、リアムは私をじっと見つめて言う。





「そんなに、アルベルト様を思っているのに、どうしてそんなことをしなければならないの?」

「そ、れは……」




 ……言えるわけがない。




 これから使う代償をかけた魔法に、関わらせたくないから、なんて。




(このことは、秘密なの。 誰にも、決して教えないようにしなければ、私の魔法は成功しない……)






「……言えないんだね」

 リアムはふっと息をつくと、景色に視線を向けた。



「……ごめんなさい」



 私がそう言うと、リアムは「まあ、粗方予想はつくけどね」と思っても見ないことを言った。



「どうせ君のことだから、アルベルト様や他の皆に反対されるような無茶を、しようとしているんでしょ」

「!!」

「……その顔は図星だね、本当、わかりやすいというか素直すぎるというか。

 まあ、詳細なことは言わなくていいけど、その代わり僕も好きにさせてもらうから」



 そう言って、ふわりと私とリアムの体は風に舞う。



「え、どこに行くつもり?」

「君を送り届けるんだよ。

 ……その後のことは、内緒だけどね」



 もうアルベルト様の所に行かないんだったら僕の魔法は使わなくて良いでしょ、とリアムは拗ねたように言うと、言葉通り私の部屋に私を下ろしてから、そのまま飛び去って行ってしまう。





「……ごめんなさい、リアム」





 小さくなっていくその背中に再度、私は謝りながら、私の周りにいる色々な人を傷付けていっていることを改めて自覚し、唇を噛み締めたのだった。

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