12.禁断の魔術書
「はは、恥ずかしいところを見せたね」
「……そうですね」
しばらく泣いていた二人を、私は落ち着くまで言葉をかけながら待っていたら、エドガー王子は照れ臭そうに笑い、それにシリルも賛同する。
私は慌てて「いえ、私は、二人の気持ちが知れて嬉しかったです」と答える。
その言葉に、二人は顔を見合わせて笑う。
「……まあ、気を取り直して作戦会議に移ろうか」
私はその言葉に、気を引き締める。
エドガー王子はそう言って立ち上がると、自分の書斎に行き、古びた本を抱えて持って来た。
「……とても分厚い、ですね」
私は思わずそう言えば、エドガー王子は、「重量も凄いよ」と笑う。
「……これは、禁書の中でも最高峰、と言われている“禁断の魔術書”。 普段は閲覧禁止で、場所も特定されにくいものなんだ」
「……えっ、どうしてエドガー王子が、そんな大切なものを持っているのですか?」
私とシリルが驚くと、エドガー王子は笑う。
「まあ、それは秘密。 強いて言うなら……そうだな、“記録の血を引く者限定のツテを辿った”とでも言っておこうか。
……それくらい、価値のあるもの……いや、危険なものなんだ」
「危険なもの……?」
私は呟けば、エドガー王子はゆっくりと頷く。
「だから、この本は例え君でも、呪文を教えることは出来ても、貸すことは出来ない。 ……それに、これを“危険なもの”と言うのには理由がある」
「……理由?」
「そう。 ……ここにはまあ、簡単に言えば何千という魔法が書かれているんだ。
強大な魔法がね」
「「何千!?」」
私とシリルの驚きが、綺麗にハモる。
エドガー王子は少し笑った後、その本を何処か厳しい目で見ながら言った。
「……本来なら、この本を君に教えたくはなかった。
だから私は、賭けに出ていた。
もし君が、魔法戦争までに私の元を訪れなければ、この本の存在を教えないというね」
「……あっ、だからさっき、エドガー王子は、私に……」
“来なければ良かったのに”
そう、来たばかりの私に言ったんだ。
「うん。 ……私自身も来て欲しくないと思ったんだ。 ……この本に書かれている魔法は、人が使うのにはあまりにも強大すぎる。
だから、この本は閲覧禁止になった。
……強大すぎるが故に、この本に書かれた魔法を使うごとに受ける、術者の“代償”も、成功・失敗問わず周りに与える影響も、甚大だからね」
「“代償”……」
……粗方、想像はつく。
大きい魔法であればあるほど、その分体力や体に与える影響は大きい。
だから、私がしようとしている、対悪魔用の魔法もきっと、かなりの代償がいる。
「……この本は、いつ、誰が、何処でか作られたかは分かっていないんだ」
「分かっていない……?」
「そう。 ただ分かることは、ここに書かれている魔法の全てが、特質魔法を持つ者達から集められた情報によって、術式……呪文が、書かれている」
(……ようするに、全ての属性の魔法使いが携わっている、魔術書ってことね……)
「ただし、発動条件もある。
まずは前提として、“術者の特質魔法と発動魔法が同じかどうか”。
まあこれはクリアしているとして、問題はこの二つ。
“この力を使うだけの器があるかどうか”ということ、それから、“失敗した場合も代償を払う”ということ」
「……リスクは大きい、ということですね」
私の言葉に、エドガー王子はゆっくりと頷く。
「……魔力量は、君は十分だと思う。
“1000年に一度の火の使い手”。 君はそう呼ばれているし、間違いないだろう。
……ただ本当に、ここまでして魔法を使わせて良いものなのか。
私は正直、迷っているんだ」
「……はい、分かっています」
エドガー王子の言葉も一理ある。
これは、大きな決断なのだ。
……方法は見つかったものの、どんな犠牲を払うか分からない。
望む魔法が大きい分、代償も大きい上に、この本が閲覧禁止になるほど、さっきも言った通り周りに与える影響も大きいのだろう。
「……それでも、やらせて下さい」
「クラリス様……!」
シリルは私の言葉に抗議しようと口を開きかける。
それを制したのはエドガー王子だった。
エドガー王子は私を正面から見つめ、ゆっくりと言った。
「……本当に、この本に書かれている魔法を使いたいんだね?」
「……はい」
「……どんな代償を払ってでも?」
側にいたシリルは息を飲んだ。
私もゴクリとつばを飲みながら、それでも、と口を開く。
「……代償なら、覚悟の上です。
それで、多くの血を流さずに済むのなら、私は命だって惜しくありません」
「クラリス様!」
「シリル。 ……君の気持ちは分かるけど、クラリス姫なりの覚悟は出来ているんだ。
……それにもう、この子は止められない、そうでしょう?」
「……っ」
シリルは、苦しそうにギュッと拳を握った。
私はその拳をそっと解くようにして、シリルの目を見て言った。
「……大丈夫。 私は、大丈夫だから」
「っ、何処がですかっ……」
「今は、私の願いを叶えることを優先させてほしい。 ……お願い。
貴方だって、この気持ち、分かってくれるでしょう?」
「そ、れは……」
シリルは言葉を濁した。
(……そうよ、血を流さずに済む方法がこれしか無いのであれば、この方法に頼るしか無いの)
シリルが黙ったのを見て、私はもう一度、エドガー王子に視線を移すとはっきりと告げた。
「私に出来ることを教えて下さい。
……どんな大きな代償でも、私は必ず払って、成功させてみせます」
……クラリス・ランドルとして、ランドル国第二王女として、アルの婚約者……いえ、アルを愛する者として、私はここに立つ。
そして、何が何でも成功させて見せる。
エドガー王子に、その思いは伝わったようで、エドガー王子は「分かった」と一言そう言い、私達は再度、作戦会議を始めたのだった。
☆
「姫様、今日は随分と遅いお帰りだったのですね」
「……えぇ、心配させてしまったかしら? ここまで長引くとは思わなくて。 ごめんなさいね」
帰ったのは、いつもならとっくに夕食を済ませ、入浴するくらいの時間帯だった。
本来であれば、家族に怒られるが、後10日で悪魔と戦わなければいけないため、常に城の中は慌ただしく、家族も皆バラバラに過ごしていた。
だから私も、どんな行動をしていても咎められずに行動できているのだ。
そんな私の言葉に、ルナは「いえいえ」と言いながら、「夕食をお持ち致しますね」と言って部屋を出て行く。
私はふーっと息を吐き、窓の外を見れば、町はとても明るかった。
(……この明るさはいつもとは違う。
だって全て、戦争のための準備の火だもの……)
私は、窓に額を寄せれば、冷たい窓ガラスの感触が伝わる。
「……こんな非日常が、全て夢だったら良いのに」
そんな私の呟きは虚しく、夜は更けて行くのだった。




