10.罪悪感
次の日、アルの元へ行けば、アルが私を外に連れ出した。
「え、アル、何処へ行くの?」
驚いてそう言えば、「少し散歩だよ」と返して、私も大人しくついていくことにする。
外にいたリアムは驚いていたけど、隣にいたアルを見て口パクで「ごゆっくり」なんて言って何も言わずに去って行った。
それにしても、何処に向かっているのかしら?と疑問に思っていれば、「着いたよ」とアルは笑顔で言った。
「……! わぁ、綺麗ね!」
それは昔、来たことがある湖だった。
「ふふ、何だか懐かしいわ」
そう言ってハッとする。
(……そうよ、今はアル、記憶がないんだったわ……!)
慌てて訂正しようとした、その時。
アルが私の手をギュッと握る。
えっ、と、私はアルを見れば、私の瞳を見て、アルはふふっと笑った。
「相変わらず、クラリスはシュワード国の風景が好きなんだね」
「っ、え?」
相変わらず……? それってどういう……。
私はアルの顔を覗き込もうと一歩足を踏み出した、その時。
「「あっ……」」
ツルッと、私の踏み出した足が滑り、視界が反転する。 思わず目を瞑りながら、私は色々な思いが頭を駆け巡る。
(え!? ここで!? ドジが炸裂する!? もうその設定忘れてた……って、これメタ発言よね! 革靴のせい!? それとも神様の悪戯!? どちらにしても最悪……ってあれ、痛くない……?)
恐る恐る目を開ければ、アクアブルーの瞳がこちらを見下ろしていた。
それを見て抱きとめられていることに気付き、私は慌てて有難う、とお礼を言おうとしたのだが、アルの顔が驚いた表情のまま固まっていることに気づく。
「……アル? どうしたの?」
私はその光景に驚いて、思わず礼を言うのを忘れてアルにそう聞けば、アルは私を立ち上がらせてから、焦ったように口を開く。
「……っ、待って! 今、大事なことを、何か、思い出せそう、なんだ……」
「……!?」
そう言って、アルは両手で頭を抑えた。
その姿を見て、私は一つの考えに辿り着く。
(アルの記憶が……戻りかけてる!?)
私は苦しそうにしているアルに言葉を失って、ただ見つめることしか出来ず、呆然としていた。
そうしてアルは、暫くそうしていたかと思えば、やがてふっと力なく目を瞑って、その体が傾いた。
驚いている私の目の前で、ドサッと、倒れたアルを見て、私は慌てて駆け寄るとアルの肩を揺すりながら声を上げた。
「っ、アル! アル!! しっかりして!!
……リアム!!! いる!?」
私の悲鳴に似た叫び声に、リアムがすぐに飛んでくる。
「アルベルト様!? どうしたの!?」
「説明は後! 早くアルを運んで!!」
私がそう叫べば、リアムは困惑しながらも、すぐに私とアルを浮かべて城に移動させる。
アルの部屋に着きベッドに横たわらせると、騒ぎを聞きつけたクレイグが、慌てて医者を呼びに行った。
「アル、アル……!」
アルの額に、玉のような汗が出る。
「凄い熱……!」
私はハンカチで拭いきれない汗を見つめながら、アルの手を握った。
そのアルの口から、今度は固く目を瞑ったまま、「クラ、リス」と息絶え絶えに、何度も何度も私の名を呼ぶアル。
私は胸が締め付けられるような感覚にとらわれながらも、アルに返事をしながら、語りかける。
「アル、大丈夫よ、私はここにいるから。
大丈夫、落ち着いて。 ここにいるわ」
そう繰り返し言えば、アルはやがてふっと安心したように「……良かった」と一言呟いて、意識を失った。
穏やかな寝息を立てて眠るアルを見て、困惑したままのリアムがそっと口を開いた。
「……クラリス、もしかしたら、もしかしなくても、アルベルト様は記憶を……」
「……かもしれない」
私はその言葉の続きは言わず、それだけ言ってアルの手を握り続けた。
☆
「アル、具合はどう?」
そんなことがあった翌日、私はあまり変わりないように努めながら、アルの部屋を訪れれば、アルも何ら変わりなく答えた。
「うん、ばっちり。 ごめんね、急に倒れたりなんかして……」
「ううん、平気よ。 びっくりしたけどね」
そう肩を竦めてみせると、アルは「ごめん」と再度謝りながら言う。
「全然大丈夫だから! 気にしないで。
それより、何もなくて良かったわ。 ……お菓子、持ってきたのだけれど、食べれそう?」
「うん! クラリスのものならなんでも!」
元気にそう答えるアルに、私はふふっと笑って籠をアルの目の前に置く。
「今日は失敗しないように頑張ったわ。
プリンを作ったの。 好きでしょう?」
「……! うん、それにしてもよく分かったね」
「そ、それは、その、クレイグから聞いたからよ」
……嘘だけど。
(アルの好みは、昔からよく知っているわ)
私はそう心の中で呟きながら、「はい、どうぞ」と取り出すと、アルはお礼を言って口に運ぶ。
私はその姿を見てふふっと笑いながら、私の分も取り出して食べる。
「うん、凄く美味しい。 ……好きなものを、大好きな人と食べられて、幸せだと思うよ」
「! ……ふふ、どうしたの、いきなり改まって……悪いものでも食べた?」
「……どうしてだろうね、急に言いたくなったんだ」
アルはそう言っておどけたように、でもアクアブルーの瞳の奥は真剣で、私は少しときめきながらも、「そ、そう」とプリンを一口、口に運ぶ。
(……今日のアル、なんか変?)
少し違和感を感じながらも、私とアルはそれから、何の他愛もない会話をして、いつもと変わらない穏やかな時間を過ごしたのだった。
☆
「え、記憶が戻りかけたんですか?」
「えぇ、そうみたいなの」
城に帰ってルナに報告すると、ルナは驚いたように声を上げた。
「それでは、アルベルト様がクラリス様の記憶を思い出す日は近いと言うことですか?」
「……その可能性はあるわね。
でも、これで良いのか、ふと思うことがあるの」
「えっ、どうしてですか!? 思い出してもらった方が良いに決まってますよ!!」
ルナは拳を握って力強く訴える。
それに対して、私は首を振った。
「……だってアル、辛そうだったから」
封印された記憶を思い出すのに、私自身もとても辛かった。
まして、アルが見た夢で魘されていたように、間違いなくあの晩、彼の身に起きたことは、傷にはなっているはず。
「……そんなに無理矢理、思い出させるようなこともしたくないし、彼を傷付けたくもない。 それに……」
「それに?」
私は言いかけてハッとして、慌てて口を噤んだ。
「……いえ、何でもないわ」
エドガー王子と秘密で調べていることだもの。
これを聞いたら、ルナから他の皆に伝わって、アルにも伝わってしまえば、絶対に止められてしまう。
それでは、秘密裏に動いている意味がない。
だから例えルナでも、この件については言えない。
ルナは「……ですが」と口を開いたきり、黙ってしまう。
私はそんなルナに申し訳なく思って謝る。
「……ごめんね、私とアルのことで、ルナとクレイグにはたくさん迷惑をかけてしまっているわ」
「っ、迷惑だなんて!! 私は姫様の味方です! クレイグだってアルベルト様の味方なんですから、私達はそんなこと、苦とかそんなふうに感じたことはありません!!」
そう言ってくれるルナに、私は彼女の手を握る。
「……有難う、そう言ってくれるだけで本当に嬉しいわ。
それでも、貴女とクレイグの、恋人同士で過ごす時間を削ってしまっているのも事実だし……必ず、この戦争をすぐに、終わらせて見せるわ」
そして出来たら、4人ででも何処かに行きましょうね、と言えば、ルナは一瞬笑顔を見せた後、私の手を握り返す。
「っ、嬉しいです、姫様。
……ですが絶対に、無茶はしないでくださいね。 約束ですよ」
「……! ふふ、それ、アルにも同じことを言われたわ。
……えぇ、約束よ」
私達は小指を絡めると、約束した。
(……これで、二人の約束を破ることになってしまうわ)
私の心の中の罪悪感がまた一つ、増えてしまった。
私はそのことに、遣る瀬無い思いがこみ上げるが、それは仕方がないことで、今自分が判断していることが最も良い判断だと、そう自分に言い聞かせるしか他にないのだった。




