5.かけられた魔法と大悪魔
その後のことは、あまり覚えていない。
ただ、唇の感触が残っていて、私は思い出す度危うく叫びそうになる。
(……久しぶりにあんなにアルの近くにいられたからって、浮かれすぎよね私……!)
なんて、学校の廊下をルナと共に歩いていると、ローレンスとシリルに鉢合わせする。
「あ、クラリス、丁度良いところに」
「? 何か用があったの?」
ローレンスの言葉に私がそう問えば、ローレンスは「そ、放課後、いつものところに来て」と言われた。
いつものところ、とは魔法実験室のことだ。
きっと、エドガー王子が私を読んでいるのだろう。
「……何か進展があったの?」
「あぁ、少しだけだけど。 ……でも、重要なことが分かったんだ。 だから、ミリアを連れて一緒に放課後来て欲しい」
「えぇ、分かったわ」
私は頷くと、「宜しく」と言って、ローレンスとシリルは足早に去って行った。
「……気を引き締めなくてはね」
私がそう言うと、ルナも神妙な顔をして頷いたのだった。
☆
魔法実験室に行き、いつものようにシリルに連れて行かれた場所は、エドガー王子……の部屋ではなく、時の国の王様の部屋だった。
「え、え?」
驚く私とミリアさんに、エドガー王子は苦笑する。
「ごめんね、驚かせたね。 とりあえず、堅苦しい挨拶は抜きにして座って」
私はエドガー王子の言葉に戸惑いつつ、時の国の現国王であるエドガー王子とローレンスのお父様を見れば、苦笑いをして同じく目で座るよう促した。
私とミリアさんは戸惑いながらも席に着くと、笑みを浮かべながら穏やかに言った。
「突然驚かせてすまない。 実は私が呼んだんだ。
……勿論、貴女の婚約者のアルベルト・シュワード王子のことについてだ」
「っ……はい」
アルベルト、と聞いて、私は自然と背筋を伸ばす。
時の国の王様は、少し目を細めながら言った。
「現在我々も、時の国一同総出で原因を探っている。 ……だが、確かなことは出てきていないのが現状だ。
ただ、彼にかけられた魔法が何か、魔導士によって分かったんだ」
「! お聞かせ願えますか?」
「無論、そのつもりだ」
王様は一度話を切ってから、難しい顔をして唸るように言った。
「……アルベルト王子にかけられた魔法は二つ。
一つ目は、記憶を封じる魔法。
……これは、アルベルト王子に魔法をかけた犯人を探れないようにする隠蔽工作、それから、貴女絡みの記憶を綺麗に忘れさせる忘却魔法がかけられている」
「……っ」
隠蔽工作の忘却魔法は分かる。
ただどうして、私のことまで忘れさせる必要があったのか。
……それが分からない。
「そして、後もう一つは、魔法封じ……これは、彼自身の魔法を使わせないようにする魔法だ。
このことから推測されるのは、彼より強い魔力を持った者の仕業、そして貴女……クラリス姫に関わらせないようにするため、だとしたら……」
私はハッとする。
「……犯人は、一人……いや、一人とは考えられない」
私が、私自身が変えた“物語”。
私が、魔法を使って消したはずの、相手。
……そう、
「悪魔……」
ポツリとそう呟けば。
グラッと、急に建物全体が揺れた。
「え!? 何!?」
「きゃあ!」
驚く私と、悲鳴をあげてしゃがみこむミリアさん。
ローレンスがその背中を庇いつつ、私は辺りを見回せば、頭上で黒い靄がかかる。
「……! 貴方は!!」
私は黒い靄の中から這い出てきた、一際大きい角と牙を持つ、前に本で読んだことのある大悪魔の姿と重なった。
「……バアル……」
私がそう呟けば、その悪魔は低く唸るように答えた。
「私のことが分かるのか、クラリス・ランドルよ」
「……ご名答、なのかしら?
そうね、本でしか読んだことはないけれど」
大悪魔、バアル。 悪魔祓いのことを調べていた時に、悪魔のことも大体全て調べ尽くした。
あらゆる本を読んでいたのだが、その本のどれにもいるほど、大悪魔“バアル”の名前は、何度も繰り返されるように描かれていた。
「……はは、お前には、色々大切なものを取られたからな、私もお前のことならよく知っておる」
「へぇ、そう。
そちらこそ、私の大切なものをどんどん盗んでいくの、やめて頂けないかしら?
今、凄く、はらわた煮えくり返りそうで、困っていますわ」
私の体から、火花が散る。
「はは、怖い怖い。 ……その力、今度見せて頂こう。
こうして目覚められた暁に、お前達を支配下に置くことにしたのだ、光栄に思え」
「……何?」
悪魔の言葉に私より先に口を開いたのは、時の国の王様だった。
バアルは初めて時の国の王様を見ると「おぉ、これはこれは」とギョロリと目を動かして笑った。
「何でも時を都合の良いように操る時の国の者達と、記憶を操作してしまうエドガー王子までいるではないか。 ……それに、忌々しき血を持つ浄化の魔法使いまで。
……憎い、お前達ごときに、私の可愛い弟子を、消されてしまうなんて」
「……弟子? まさか、リアムに取り憑いていた悪魔のこと?」
私がそう呟けば、今度はこちらに血走ったような目を向ける。
「そうだ! お前達が、あいつを殺した!
……主に、お前のせいだ、クラリス・ランドル……! 忌々しき血。 火を司る者達……全て憎い。
必ず、必ずこの手でお前達の血を、根絶やしてしてやろう」
血を這うような声に、誰もが硬直した。
……ただ私は、硬直するよりも、気を鎮めることに必死だった。
「……ねえ、教えなさい。
アルベルトに変な魔法をかけたのは、貴方なの?」
返答次第では許さない、その私の態度を見て、バアルははっと笑う。
「生憎だが、その魔法は私ではない。
……まあ、後は自分達で考えろ。 非力で愚かな人間共には、足掻いている姿がお似合いだ。
……決戦は、1ヶ月後。 私の本当の力は、そこで目覚める。
どこまで私を楽しませてくれるか、期待している」
そう不快な声で言うだけ言って去ろうとする悪魔に私は「待ちなさいよ!」と声を張る。
「……言わせておけば、何なの? 自分勝手なことばかり、御託を並べて。
ふざけないで。 私達は、あんた達とは違うの。
……絶対に、あんた達なんかに負けたりしないわ。
アルも、私も、ここにいる皆も、民も。
一ヶ月後、私は誰も犠牲にしないで、貴方を返り討ちにしてやるんだから……!」
そう言ったのを聞いて、悪魔は「ははは」と馬鹿にしたような高笑いをした後、消えていった。
そしてしんと静まり返った部屋の中で、私に集まる視線。
「……ふふ、ごめんなさいね。 取り乱したわ」
私がそう言っておどけてみせれば、ローレンスは片目を抑えるようにして深くため息をつく。
「……全く、君は本当に無茶をする」
「はは、クラリス姫は面白いね」
「あぁ、本当に」
「アルベルト様が知ったら卒倒しますよ」
「でもクラリス様、とてもかっこよかったです!」
ローレンス、エドガー王子、王様、シリル、ミリアさんがそれぞれ違う反応を見せる。
ただその顔は、生き生きとしていて、とても大悪魔が宣戦布告に来たとは思えないような表情をしていた。
「……ふふっ、これぐらい言ってやらないとね? 言われっぱなしは癪だもの」
……それに、今までやられた分の鬱憤は溜まっている。
少しはすっきりしたけど、アルのことについては未解決のままだし、怒りは当分治まりそうにない。
「……決戦は一ヶ月後。
皆、心して迎え撃ってやりましょう」
私の言葉に、皆が頷く。
そして作戦会議に入ろうとした、その時、ローレンスの口から信じられない言葉が飛び出す。
「あ、ちなみにそれと同時期くらいまでにアルの魔法が戻らなければ、アルは学園を退学することになるって」
その爆弾発言に、私の思考は一時停止する。
そしてその言葉を飲み込んで理解した、と同時に、ローレンスに掴みかかりそうになりながら言った。
「どうしてそんな大事なことを先に言ってくれないのーーー!?!?」




