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4.君にかける言葉

 そんなアルの元に行く日々は、毎日続いた。



 相変わらず私のことを思い出せないでいるアルの元へ行くのは胸が痛いけれど、少しでもあの夜に関わることが分かれば良い、その延長線で私のことも少しずつ知ってもらえたら、と思い、毎日通っていた。



 流石に毎日は行き過ぎかな、と思って一日日を置いたりしてみたら、アルは「何で昨日は来なかったの?」と翌日行った時に少し拗ねたように言うから、私は一瞬狼狽えてしまった。

(……記憶がなくても、私と話すことを楽しみにしてくれているのね)



 と嬉しくなって、最近では慣れないお菓子を作ったりして、アルに持って行ったりもしている。

 ……ただ、お菓子作りをして失敗したものの大半は、自己消化、あるいはルナとリアムに食べてもらっているけれど。




 というわけで、今日作ったお菓子……チョコレートケーキを片手に、アルの元へ向かった。




「あ、クラリス、いらっしゃい」

「アルベルト様、御機嫌よう」




 いつの間にか“姫”をとったアルは、記憶をなくす前と変わらない笑顔を見せて、私を部屋に招き入れる。

 私はいつもと同じようにアルの向かいの席に座ろうとすると、「あぁ、今日はこっちに座って」とアルの隣の席をトントンと叩いた。



「……え? 良いのですか?」

 驚いてクレイグと顔を見合わせると、グイッと腕を引かれる。

 へっ、と、間抜けな声を上げながら、アルに引っ張られた勢いのまま、隣の席に座れば、アルは怒ったように言う。




「何で僕の婚約者なのに、すぐクレイグの方をいちいち見るの? 婚約者なんだから、隣に座るのなんて、別におかしいことではないでしょう?」

「そ、それもそうですけど……」

「後その他人行儀な口調もやめて。 敬語を使わないで」

「……分かったわ、アル」



 私がそう言って笑えば、ハッとしたような顔をするアル。

「? どうしたの?」

「……いや、何でもない」

「?」




 何処と無く、柔らかい表情になったアルを見て首を傾げていると、アルは「それより、お茶会をしよう」と促されたから、私は「えぇ」と頷くと、ケーキが入った籠を取り出して、お茶会の準備を始めたのだった。







 ☆









「うん! 今日も美味しい!」

 と屈託のない笑みを浮かべるアルに、私は嬉しくなる。




「良かった! 実は私、お菓子作りが苦手なの。 だから、いつもルナとリアムに手伝ってもらってて」

「……手伝ってもらう?」





 私の言葉に、アルのフォークを持つ手が止まる。




「えぇ。 二人は料理がとても上手なの。 お菓子作りを色々と教わっているのだけれど、それでも私ドジばかりして失敗してしまっていて……。 失敗する度、二人に食べてもらっているの」

 申し訳ないわ、とそう苦笑すると、アルは顔を伏せて口を閉じた。




「? アルベルト様? どうかしたの?」

「……ねえ、クラリス。 今度からその失敗作も含めて、持ってきて」

「え、えぇ? そんなの食べさせられないわよ」

 一国の王子なのに、そう言おうとして口を閉じる。




 ……アルの笑顔が怖い。




「ね? いいから、持ってきて」

「……は、はい……」




 私の返事を聞いて満足そうに頷いて、食べる手を再開させるアルを見て、私は驚き呆然としてしまった。



(……あ、アルのさっきの表情、まるで……“嫉妬”しているみたいだったわ……)





 ……う、自惚れちゃダメよ、私!

 何を根拠にそんなことを思っているの……!







「? クラリス、食べないの?」

「……あ、い、頂くわ!」

 私は慌ててアルに気付かれないように、不覚にも少し赤くなってしまった顔を見られないようにしながら、ケーキを食べ進める。







 ……そんな私の姿を、アルが微笑ましそうに見ていることには、無論、気付く由もなかった。









 ☆







「じゃあ、そろそろ帰るわね」

 明日からいよいよ、学校が始まる。

 短かった冬休みは終わり、明日から3学期なのだ。




「アルベルト様も、明日から学校に来るでしょう? 今度は、学校で会いましょうね」

 そう言った途端、アルから笑みが消える。




「……アルベルト様? どうしたの?」

 私がそう問えば、アルは「……僕は、学校には多分行かないと思う」と重々しく口を開いた。

 私はその言葉に混乱する。



「えっ、どういうこと? 学校に、来ないの……?」

 私以外の記憶は残っているのに、どうして……。

 そう聞こうとして慌てて口を噤む。 そんな私には気付かず、アルは力なく首を振り、自嘲気味に笑った。




「……魔法が、使えないんだ」

「……っ」

 予想はしていた。 だけど、本人の口からそれを聞いて、やっぱり本当だったんだと、愕然としてしまう。



 どんな言葉をかけたら良いかわからず、アルの顔を伺い見てハッとした。



 ……アルの顔が、強張っていたから。

 その顔を見て、私は余計にかける言葉を失い、頭が真っ白にになる。




「……ごめん、こんなこと君に言っても困」

 そこでアルの言葉が途切れる。





 ……それは私が言葉を遮るように、座っていたアルの頭を抱き締めたから。





「……クラリス?」

「……っ、ごめんなさい。 見ていられなくて、つい……。

 少しだけ、このままでいさせて……」




 こんなことをしてもアルが困るだけなのに、という気持ちとは裏腹に、このままでいたいという気持ちが勝ってしまう。




 私の言葉に、アルは「……僕も、このままでいたい」とそう呟くように言って、ギュッと抱き締め返された。





 驚く私をよそに、アルは言葉を続ける。





「……何でだろう。 こうして君の近くにいると、不思議と落ち着く気がする。

 ……この温もりも、全部、知っていたような気がするんだ」

「! ……ふふ、面白いこと、言うのね……」






 その言葉に、私は自嘲めいた言葉を発しながら、涙を一粒こぼしてしまう。

 慌ててアルを抱き締めたまま、気付かれないよう涙を拭ってから、言葉を続ける。




「……でも不思議ね。 私も、貴方の隣にいれば、どんなことでも乗り越えられるって、そう思えるの。

 ……この前、私の笑顔が見たいって言ってくれたでしょう? 私はその後、貴方の笑顔が大好きだって言った。

 その言葉に、偽りなんてないわ。 貴方が笑顔で居てくれれば、それでいいのよ。

 だからあまり気負わないで。

 ……私が好きなアル……いえ、アルベルト様は、いつでも真っ直ぐに、未来を見つめている方よ」

「えっ……」





 アルは私を引き剥がすように抱いていた腕をとって、私の顔を見つめた。





 アクアブルーの瞳と、その奥に映る私の赤い瞳の視線が重なり合う。





 ……吸い込まれそう。







 アルの手が、私の頰に触れる。






 私はそれに対して何も言わず、ただアルの瞳を見つめる。






 そうしているうちに、どちらからともなく、私達の距離は縮まって……自然と目を閉じたと同時に、唇に柔らかい感触がそっと、重なったのだった。

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