3.記憶をなくしても
少し長めです。
皆が居なくなった部屋で、私は一人座っていると、ルナがおずおずと口を開いた。
「……アルベルト様の記憶が無くなったのは、姫様のことだけなんですか?」
「……えぇ、それと昨夜の記憶ね。 ……少し話しただけだから詳しくは分からないけれど、私のことは記憶の欠片もない様子だったわ」
「……姫様……」
私は少し首を振ると、「こんなに暗い顔ばかりしていては駄目ね」と空気を入れ替えようと、少し窓を開く。
ひんやりとした冷たい夜の風が、頬を撫でる。
「だ、駄目ですよ姫様! 今日は寒いので、お風邪を引いてしまいます!」
「そ、それもそうね。 ごめんなさい」
今はもう12月。 寒いのなんて当たり前なのに、私はそんなことにも頭が回らなくて、開けた窓を慌ててしめる。
「……ふふ、嫌ね。 アルのことばかり考えてしまって仕方がないわ」
「……姫様……」
「……どうして、こうなってしまったのかしら。
悪役令嬢として生まれて、アルとようやく、ようやく幸せを掴めると思ったのに……」
「……もう、ゲームの続編はないんですよね?」
私は首を縦に振った。
「えぇ。 ……“ランドル王立学園”のゲームは、リアムを悪魔から助けることで終わりを迎えるの。
……ただ、私は悪魔祓いを違う方法でやってしまった。
……ん? 待って、“悪魔祓い”?」
私はふと、悪魔祓いでの出来事を思い出す。
(……! そうだわ、もしかしたら、犯人は……!)
「? 姫様?」
「あっ……ううん、何でもないの」
確かに、これは憶測に過ぎないけれど、十分にあり得る。
エドガー王子が予想している犯人もきっと同じ。 だからこそ、エドガー王子は言わなかった。
(……そう、迂闊に話してはいけない相手だから……)
「……もしかしなくても、私が悪魔祓いを、例年とは違う方法でやってしまったことが原因かもしれないわ。
私自身が、この事件の引き金を引いてしまったのかもしれない……」
「……姫様なら、大丈夫ですよ」
「え?」
ルナの言葉に、私は驚くと、ルナは私の手をとって笑った。
「だって、姫様は悪役令嬢として生まれたのに、エンドを全てどんどん違うやり方で変えていかれたじゃないですか!
だから今回も、姫様なら乗り越えられるはずです!
……私では頼りにはならないかもしれませんが、私も全力で姫様のサポートをさせて頂きます!」
「ルナ……」
私はその手を見て、ふふっと笑って言う。
「そんなことないわ。 ルナはとても頼りになる存在よ。
そう言ってもらえて嬉しいわ。 有難う」
「そ、そんな!恐縮です!!」
ルナの慌てたような言葉に、私は再度笑ってしまう。
(……そうよ、私には、こうして頼りになる仲間達がいる。
その人達がいる限り、私は諦めないわ。
アルのことも、犯人のことも、絶対に)
アルと約束したんだもの、“二人で幸せな未来を、国を作ろう”って。
そのためならどんな手段も選ばないわ。
(……例え、この身が犠牲になろうとも、私は絶対に諦めたりなんかしない)
悪役令嬢、クラリス・ランドル、前世の記憶持ち……私が生まれてきたことには、意味があると信じているから。
そう簡単に、諦めたりなんかしない。
(……例え誰が相手だろうと、受けてたってやるんだ。
クラリス・ランドル……悪役令嬢の意地を、見せてやるんだから)
☆
アルと話をする許可を得たのは、それから1週間後のことだった。
この長い期間中、相当エドガー様とローレンスが口添えをして下さったと、シリルがそう言っていた。
私はとても感謝していますと伝えて、と言えば、シリルは頷いて行ってしまう。
少しして部屋をノックする音が聞こえてきて、私はどうぞ、と言えば、白い髪の男の子が現れる。
その姿を見て、私は驚いて駆け寄る。
「まあ! リアム! 貴方、その髪どうしたの!? それに、今日は男の子の姿なのね」
「ふふ、髪、切ったんだ。 僕なりのけじめ。
……どう? 似合ってる?」
「えぇ、凄く似合っているけれど……けじめって?」
「クラリスに似合ってるって言われてよかった。 ……けじめっていうのは、内緒だけど」
ニコニコとしながらも、絶対にけじめの意味を教えないという頑ななリアムの目を見て、私は気になったけれどしょうがない、と思って口を開いた。
「じゃあ、もし出来たらいつか教えてね。
……それからこれ、許可証を頂いたわ。 リアムの分も、はい」
「あ、もう出来たんだね。 僕にも話が回ってきたから知ったけど、まだ許可証は出来てないと思ってた」
アルの事件が起きてから、シュワードの王城は関係者以外立ち入り禁止となっている。
そのため、通行許可証である首飾りをつけないと、入れないことになっているのだ。
「面会時間も決まった時間しか入れないようだし、今日はあまり時間がないわね」
「少しでも長くいられるように、早く行こう。 僕が魔法で一緒に行くから」
「有難う、リアム」
私がそうお礼を言うと、リアムは少し照れ笑いを浮かべて「どういたしまして」と言った。
☆
シュワード城に着き、私の家の紋章とシュワード家の紋章の入った首飾りを見せ、この前とは違い堂々と門から入った私は、早速アルの部屋に向かう。
「アルベルト様の部屋は何階?」
「? 3階だけど……ひゃっ!?」
急に浮き上がった体を見て私はギョッとすれば、「送った方が早いでしょ」と言って笑う。
「……うん、息遣いからしてあっちかな」
「えぇっ、ちょ!!」
まだ空中浮遊は慣れていない。
リアムの一緒でなければ、怖くてパニックになる私なのだが、リアムはそれを見て楽しそうに笑いながら「すぐだから大丈夫」と言って、ぽいっと投げるように私を3階のバルコニーに着地させた。
「え、えぇ!?」
なんて適当な! とリアムに声を上げようとしたその時、ドアが開いた。
「「わ!」」
二人同時に声を上げる。
「ど、どどうしてここに……というより貴女は誰なんだ?」
「え、えーっと……」
アクアブルーの瞳を持つ、私の婚約者……アルは、驚き、警戒しながら言った。
(そ、そうよね! いきなりこんなところに見知らぬ女がいたら驚くわよね……!)
「ご、ごごごめんなさい。 あ、あの、その……あ、自己紹介よね、うん」
(り、リアム……! まだ心の準備が出来ていないのにどういうつもりよ!?)
警戒しながらも、不思議そうに私を見つめるアルに居たたまれない気持ちになりながらも、背中をしゃんと伸ばしてから、淑女の礼をとった。
「ご無礼をお許し下さいませ、アルベルト王子。
私は、クラリス・ランドル。 ランドル家第二王女ですわ」
「クラリス・ランドル……ランドル国の者か。
初めて……か? お会いしたのは」
アルのその問いかけに、私はズキリと胸が痛みながらも、淑女の仮面をかぶって取り繕う。
「……えぇ、そうなりますわね。 改めてお会いするのは、初めてかもしれませんね」
……嘘だけど。
「……そうか」
アルはふっと肩の力を抜くと、自分も、と礼を取る。
「改めて、私はアルベルト・シュワード。
この国の王位継承者だ。 宜しく頼む」
「っ、はい、宜しくお願い致しますわ、アルベルト様」
……上手く、笑えているかしら。
私は、ドレスを無意識のうちに掴んでギュッと握っていた。
「……ところで、君はどうしてこんなところから来たの?」
「あっ……え、えっと、リアムの、魔法で……」
「……リアム? 彼もいるのか?」
「? えぇ」
私がバルコニーの下を指差せば、アルは何故か眉間に皺が寄る。
「……アルベルト様?」
「っ、いや、何でもない。 ……こんなところで話をするのもなんだし、部屋に入ろう」
そう言って差し出された手を見つめ、私は驚く。
(……記憶をなくしても、優しさは変わっていないのね)
でも、いくら王族のものとは言えど、見知らぬ女の子に手を差し出すのは……と思いつつ、アルと手を繋げる、なんて邪なことを考えて私は微笑みながら手を差し出す。
「っ、え?」
アルは私の手を驚いたように見、そして私を見て一瞬驚いたかと思えば、すぐにその表情は取り払われて、私をエスコートする。
(……? 何だったの、今の)
首をかしげる間も無く、アルに手を引かれて席に着いた途端、クレイグが部屋の中に入ってくる。
そしてそのクレイグを見て、眉間に皺を寄せるアル。
「クレイグ、いつも言っているだろう、ドアはノックしてから入ってこいと」
「!」
「だ、だって、クラリス様が、いらっしゃると聞いて……」
私はそのやりとりにぷっと吹き出してしまう。
アルは驚いたように言いながら、コホンッと咳払いをして「お見苦しいところを見せて済まない」と言ったから慌てて首を振る。
「い、いえ、微笑ましいなと思っただけですから」
「? 微笑ましい?」
(……だって、記憶をなくしても、あまり変わらないやりとりをしているんだもの)
私との記憶がなくても、普通に生活出来ている。
私は複雑な気持ちはあるけれど、全て忘れていなくてよかった、と心から思った。
「クレイグ、ごめんなさいね。 急に来てしまって」
「いえ、大丈夫です!」
「……何だ、クレイグはクラリスと知り合いだったのか?」
思いがけない言葉にクレイグも私も驚いて目を合わせる。
クレイグが動転しているから心配になって、私は口を開いた。
「クレイグは、私の婚約者である貴方の話をよく聞かせてくれているから知っていたのよ。 ね、クレイグ?」
「そ、そうです!」
と、クレイグが同調すると、アルが驚き言葉を発する。
「え? 私は、貴女と……クラリス姫と、婚約しているのか?」
「「!?」」
私とクレイグは目を見開いた。
(……私と婚約者だということも、忘れている……?)
「え、王様から聞いていないのですか!?」
「あ、あぁ。 そのような話は、聞いたことがないな」
食い気味に質問するクレイグに、アルは少したじろぎながらそう答える。
(……そっか、本当に全て、私の名前も記憶も、消えているんだ……)
「……私のことは、あまりご存知でない、ということですか?」
私がそう問えば、アルは少し考えた後言った。
「……あぁ、私はランドル家のニコラス王とアイリス姫とは話をしたことがあるが、第ニ王女である君とは、話したことがない、と思う……」
「……っ、そうですか……」
私はいつのまにか出されていた紅茶を見つめた。
その水面に映った私の顔は、酷い顔をしていて。
(……酷い顔……)
こんな顔、アルに見せたくない。
「……ごめんなさい、いきなり押しかけてしまって。
私は、アルベルト様の様子を見に来ただけなの。 ……婚約者ということは知っていたけれど、顔は遠くからしか見たことがなかったから、それも兼ねて、ね。
……もう時間もないので、これで失礼致しますわ」
私はそう言って立ち上がろうとすると、「待って!」とアルが私の腕を掴む。
「アルベルト王子……?」
急に腕を掴み、黙って俯いているアルに驚いていると。
「……ねぇ、クラリス姫。 どうしてそんな顔をしているの? ……僕は、君の笑顔が見たいのに」
「え……?」
その言葉に驚いて、私はアルの顔を見上げれば、パッと顔を赤くするアル。
「わ、私は何言ってるんだろう……気持ち悪いよね、そんなことを言うなんて。
……え、クラリス姫??」
気が付けば、私の目から、涙が一つ、溢れていた。
「あはは、やだ、ごめんなさい。 少し驚いてしまっただけよ。
……私も、貴方の笑顔が大好き」
「!?」
私はそう言って「ふふ、気持ち悪い女でしょ?」と言って見せると、今度こそ淑女の礼を取って、「また来るわね」と言うと、驚くアルの横を通り過ぎて、部屋を出る。
「……っ、クレイグ、ごめんなさい、私、酷い顔でしょう?」
「っ……それを言ったら俺だって、酷い顔してますから、大丈夫です」
私達はそれ以降口を閉ざすと、長いシュワード城の廊下を歩き出しのだった。




