7.侍女と婚約者と、その護衛騎士
「……やっぱり、怪我していたんだね」
「申し訳ありません、姫様。 私が付いていながら……」
保健室に行くと、捻挫ですね、と言いながら、少し大袈裟だと思うほど、グルグルと包帯を巻かれた。
包帯を巻いた後、すぐお医者様は、ランドル家に伝えてくると言っていなくなってしまい、保健室には私とルナ、そしてアルと、その護衛騎士であるクレイグの4人だけになる。
アルとルナは私の足を見ると、絵に描いたようにシュンと落ち込むのを見て、私は慌てて言う。
「何言ってるの、私がミリアさんと二人で話がしたいからと言ったから、こうなったのよ。 二人のせいではないわ。 ……だから、落ち込まないで、ね?」
それでも落ち込んでいる二人を見て、私は苦笑すると、アルの後ろにいた護衛騎士であり、学園にいる間は執事もしているクレイグに、目で助けを求める。
「ほら、アルベルト様、そう落ち込まないで下さい。 十分恰好良かったじゃないですか。 噴水はスライム状にしてクッションになったお陰で、クラリス姫は濡れなかったし。
……それに、クラリス姫にこんな表情させてていいんですか。 困っているでしょう」
そのクレイグの言葉に、バッと一気に顔を上げるアル。 ……いや、立ち直り早すぎるでしょう。
「……さすがクレイグね。 年齢の問題で四六時中一緒にいられない執事さんから直々に、代理で執事を任されただけあるわ」
「いやぁ、それほどでも」
「良い気になるんじゃない、クレイグ」
ふざけて照れた表情を浮かべるクレイグに、そうテンポ良く突っ込むアルを見て、私とルナは顔を見合わせてクスクスと笑う。
「クレイグは、アルの護衛騎士になってから3年、かしら? 随分小さい頃からいたから、もっとずっと一緒にいるイメージが強いわ」
「俺と姫様が会ったのは、たしか6年前……でしたかね。 そのすぐ後にアルベルト様にお会いしたので、同じくらい一緒にいるでしょうか。 一年ほど、死ぬ気で騎士の訓練を受けていたので、あまり一緒にいられない時間もありましたが」
「そうね、私もその頃のことはよく覚えているわ」
クレイグとルナは、実はランドル国の孤児院育ちである。
ルナとはクレイグよりもう少し前に会っている(物心があまりついていなかったせいか、その記憶の方がなぜか思い出せない)けど、クレイグとは6年前……私が10歳、クレイグが11歳の時に出会ったのをよく覚えている。
孤児院訪問をした私が、孤児院の中で一人だけ、食事を全く摂らないでいる少年を見つけて、甲斐甲斐しくお世話をしていたら、何とか普通の生活を送れるようになった少年がいた。 それが、クレイグだった。
「……あの時は、本当に姫様には世話になりました。 姫様がいなかったら、亡くなっていた命です」
「そんな、私はただ貴方に生きて欲しかっただけよ。 ……それを言ったら、アルの方が一緒に付いてきて、ご飯を食べない貴方を叱咤激励してたことの方が、凄いと思うわ」
その言葉に、アルは恥ずかしくなったのか、プイッとそっぽを向く。
(あの時のアル、とても頼もしかった。 食事を食べない子がいるって相談したら、僕も行くって言って、着いた途端その子に向かって怒ったんですもの)
ふふっと笑うと、クレイグは悪戯っ子のように笑って言った。
「その叱咤激励の言葉、と姫様は言われましたが、その時アルベルト様、なんて言ったと思われます?」
「? ……いえ、分からないわ」
私の言葉に、クレイグは「お教えしましょうか」と言おうと口を開こうとして、慌てたようにアルが、クレイグの口を手で塞ぎながら睨んだ。
「クレイグ、その辺にしないと、後で剣の手合わせさせてやるぞ」
「や、やめて下さいよ。 冗談です。
……剣で手合わせなんて、護衛騎士なんかいらないんじゃないかと言われるほどのアルベルト様にやられたら、一溜まりもないじゃないですか」
そう言って、両手を挙げてみせるクレイグに、私とルナはまた顔を見合わせて笑う。
「その話はもういいだろう。 ……クレイグも、要らないことを言うな。 ……そんなことを言おうものなら、お前が大切なあの子に、お前の本音を漏らしてもいいんだぞ」
その言葉に、みるみる内に赤くなるクレイグ。
「な、なんてこと言うんですかっ!?」
と、逆にクレイグが慌てだした。
(……その子が誰か、予想はつくわ)
私は、クレイグの“大切なあの子”と聞いて、私の隣でショックを受けている分かりやすい侍女を見て苦笑いすると、これ以上侍女を傷付けたくないと、やり合う二人に思っていた疑問を口にした。
「そういえば、さっきは何故あんなに早く駆けつけてくれたの? ……まさか、ずっと近くにいたの?」
そう言うと、分かりやすく視線を逸らす婚約者様に、あらまぁと呆れる。
「……私とミリアさんがしていた話、聞いていたわけではないのよね?」
「……うん。 話は、聞いてないよ。僕は、クレイグとルナと話していたし。 ……ただ、ミリア嬢がどうして泣いてしまったのか、聞いてはおきたいけど」
そう言われて、話そうか迷っていると、「話しておいた方がよろしいのではないですか」と、ルナが援護射撃してくれる。
「それもそうね。 アルも関わっていることだし」
「……僕も?」
「そうよ。 ……最近、良からぬ噂が流れているのよ。 ミリアさんとアルが、仲が良すぎではないか、なんていう御令嬢方が多くて。 ただの噂ではあるけれど、耳に入れておこうと思って彼女に言ったら、私に悪いと思ってしまったみたいで、泣いてしまったのよ」
泣かせるつもりはなかったわ、と言うと、アルは驚いたように目を丸くする。
「え、僕は二人きりでいることはあまりないんだけど……クレイグだって、ローレンスだっているし。 ローレンスの執事だから忙しいけど、たまにシリルもいるし」
「そ、それがまず駄目なのよ!」
……よりにもよって、全員美形の、ゲーム上の攻略対象が一緒に……って、あ、それ普通だったわ。 乙女ゲームは、そういうものだものね。
私は、一応念押ししようと思って、少しアルの方に身を寄せると、人差し指を立てて言った。
「いい、もう少しミリアさんと適度な距離は保って。 私達は婚約者だし、王家の立場だから……爵位で判断なんて、私だって馬鹿らしいと思うけれど、世の御令嬢方はそういう風には思わないのよ。 ……アルもその、恰好良いから目立つし……って、アル?」
顔が心なしか赤い……というより、耳を真っ赤にするアルに、私は首を傾げると、ぷっと吹き出して笑い出す声が聞こえる。
「うるさいぞ、お前達」
そう笑っている二人に一括した後、私に視線を戻して微笑み、私の右手を取って言った。
(な、なんで手を取る必要があるの……!?)
「あぁ、約束する。
……僕の婚約者は、クラリスだ。 周りが何と言おうと、僕の隣はクラリスだけだ。 ……それだけは、忘れないで」
「っ!?」
艶めいた紺色の髪から覗く、綺麗なアクアブルーの瞳。
微笑む姿は、甘く妖艶で。
……アルは、いつからこんなに大人っぽくなったのか。
ドキドキする気持ちの正体に、私はまさかと思いつつ、返す言葉が見当たらなくて、ただ只管コクコクと頷き、アルをポーッと見つめてしまう。
そんな私達の背後で、「この部屋暑いなぁ」とか、「窓開けてもいいと思う?」なんていう言葉が聞こえてきたのは、きっと、空耳だろう。