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2.消えた記憶

 アルの部屋に降り立つと、私達は言われた通りその場を動かずにいた。

 ……本当は、今すぐにでもアルの寝室に駆け出したかったけれど。

 それを堪えて言われた通り待っていると、風を使って部屋の外の音を聞いていたリアムがそっと言った。



「……廊下には今は衛兵以外誰もいないみたい。 衛兵は、息遣いからして二人しかいないと思う」

「分かった。 ……気が付かれたら強行突破出来ると思うけど、面倒くさいからなるべく音を立てないようにしよう。

 話す時も小声で」




 ローレンスの言葉に皆が頷いたのを見て、「じゃあ、アルの所に行こう」と言うと、私達は足音を立てないように慎重に、部屋に続いているアルの寝室に向かう。



 寝室に入れば、アルはベッドの中で穏やかな寝息を立てて眠っていた。




「……アルッ……」

「しーっ、クラリス、気持ちは分かるけど声はおさえて」

 私は黙って頷いてからアルに視線を戻すと、寝ているアルの、掛け布団から出ていた手をそっと握る。



「……アル、ごめんなさい。 来るのが遅くなってしまったわ……」

 アルの身に危険なことが起きたことは分かっているのに、何も情報が入ってこない。

 それに、情報をただ待っているだけしか出来ない私も、不甲斐なかった。




「……“私を守れない”だなんて、そんなこと気にしなくて良いのよ。 言ったでしょう?

 二人で幸せになる道を探そうって」

 私はそう言いながらも、固く目を瞑ったままのアルを見て言う。



「だから、早く目を覚まして……」

 私は祈るようにそう言うと、後ろで「……駄目だ」とエドガー王子が声を上げた。



「え?」

 私は驚いて振り返れば、ローレンスとエドガー王子が目を見開いて、アルを見ていた。

「どうしたのですか?」

 私がそう問えば、二人は顔を見合わせて、先に口を開いたのはエドガー王子だった。





「……アルベルト王子の昨夜の記憶を見てみようと思ったんだけれど、彼の昨夜の記憶が全て、真っ暗なんだ……」

「え……? 真っ暗……? それは一体、どういうことですか?」

「……彼の体の中にかけられた魔法が、記憶の魔法を拒んでいるみたいだ」

「え……」




 私は愕然とした。

 まさか魔法が効かないなんて思わなかった。 記憶の魔法で、昨夜アルの身に起きたことの手掛かりになるはず、誰もがそう思っていたのに……。

 呆然としていると、ローレンスは考えついたように呟いた。




「……アルの体に、昨夜のことを探らせないよう、その犯人が故意的に、外からの記憶封じをかけている……?」




 その言葉に、エドガー王子は「おそらく」と頷いた。

 私は言葉を失う。




(……それでは、アルの身に起きたことが何か、誰にも探ることは出来ない、ということ……?)

 それに、アルがこのまま目を覚まさなかったとしたら……。





 私はフラッとしてしまう。

 倒れそうになった背中を、リアムが受け止めてくれた。

「……有難う、リアム」

「ううん、大丈夫、なんだけど……そろそろ時間切れみたい。

 廊下から複数人の足音がこっちに向かってきてる」



 私達はその言葉に、皆が慌てて集合する。

 私も立ち上がろうとした、その時。





 グイッと、誰かに手を引かれる。





「え……!?」





 見れば、アクアブルーの瞳が、戸惑ったように私を見上げていた。、





「っ、あ、アル……!」





気が付いたのね! そう声をかけようとしたけれどが、アルは予想していなかった言葉を口にした。






「……君は……誰?」





「……えっ?」





 その言葉に、私は言葉を失う。

「何言ってるの、アル。 ふざけるのはやめなよ」

「? ローレンスは、知っているのか? この子のこと」

「「「!?」」」




 ここにいる誰もが衝撃を受けた。




(……私のことを、覚えていない……?)




「……それに、エドガー王子やシリル、リアムやミリア嬢まで……何故全員僕の部屋にいる?」

「……っ」




 ショックだった。

 他の皆のことは覚えている。 だけど、だけど……。




「……ね、ねぇ、アル……いや、アルベルト様。 私のこと、覚えて、いないの……?」

 声が震えた。 怖いけど、聞かないわけにはいかない。

(……お願い、嘘だと言って……)





 アルの瞳が戸惑ったように揺れる。 それはきっと、彼自身、私の様子を見て驚いているからだろう。

 アルはじっと私を見た後、顔を伏せて言った。




「……ごめん。 思い出せない」

「……っ」



 皆がその言葉にハッと息をのんだ中で、リアムはそっと、私の手をとって言った。




「……クラリス、もう行かなくちゃ。 ……帰って、一回落ち着こう、ね?」

 私はその言葉に、涙が溢れて止まらない。



「……クラ、リス……」

 アルがそう呟いた、のと同時に、今度はエドガー王子がアルの腕を引っ張ると、「ごめんね」とアルのおでこをとんっと押す。



 すると、アルはふっと目を閉じて、ベッドに横たわった。

 エドガー王子は混乱している私達を見回して、作り笑いを浮かべて言った。



「このままでは見つかってしまうよ。 さぁ、もうこの部屋を出よう。

 長居は禁物だ」

 シリル、そうエドガー王子が後ろにいたシリルの名を呼べば、体がふわっと浮いて……私の視界から遠くなっていくアルの姿が目に映って、私はまた涙をこぼすのだった。









 降り立ったのは、私の部屋だった。

 ルナとクレイグは私達の表情を見て、顔を強張らせた。



「……一回、話を整理しよう」




 エドガー王子はそう言うと、ルナに紅茶を入れるよう頼み、私達はそれぞれ椅子やソファに腰掛けた。



「……まず、アルにかけられたと思われる魔法。

 今分かっている段階では、彼に何か強い魔法がかけられていること。 ……それが、昨夜の事件の犯人だと思う」

 ローレンスがそう言うと、エドガー王子が口を挟んだ。




「さっき、私達が移動する前に、アルベルト王子に皆と会ったことに対しての“記憶封じ”の呪文をかけたら、すんなり魔法が効いた。

 ……それを見るとおそらく、彼にかけられたのは、昨夜のことだけを探られないようにするための魔法が、かけられていることは確かだ」

「となると、俺の“時の魔法”を使って過去に行こうとしても、意味がない、ということになる……」




 その言葉に、私達の間にまた沈黙が流れる。

 ……これでは昨夜の出来事が、全て闇に葬り去られたままだ。




「……それに加えて、クラリスの記憶だけが消えてることにも何か引っかかる」

「……っ」



 その言葉に、私は体が強張る。






 ―――君は……誰?







 アルのアクアブルーの瞳が、戸惑うように揺れ、そう問いかけられた言葉はショックのあまり、頭が真っ白になってしまった。






(……私は、アルの記憶の中から、存在が消えた……)




 その事実を、受け止めきれない自分がいる。





 ――……たった一晩で、今まで当たり前のように一緒にいたアルと、他人のような関係になってしまうなんて……。







「……それは、本当なんですか?」

 口を開いたのはルナだった。

 クレイグも「嘘ですよね?」とルナの言葉に賛同する。



 エドガー王子はその言葉にただ押し黙ったのを見て、真実を突き付けられた二人も言葉を失った。






「……大丈夫よ」

 私は沈黙を破って、皆に笑いかける。




「何とかなるわよ。

 ……幸い、私のこと以外は覚えているみたいだったし、アルなら大丈夫よ」

「っ、でも!」

 リアムがそう言いかけて、私の顔を見て言葉を詰まらせた。



 ……きっと、こう言っている私の顔も酷い顔をしていると思う。

 それでも、と私は言葉を続ける。






「……アルなら、大丈夫よ。 アルなら、きっと……それより、情報収集をしましょう。

 アルの記憶と、あまり考えたくないけれど、それ以外にもアルは何か奪われてしまったものがあるかもしれない。

 それがまず分からなければ、なにも始まらないわ」





 私の言葉にエドガー王子が頷く。




「まず先に話が回ってくるのは、多分私やローレンス、時の国の王家の者だと思う。

 情報はこちらで調べて、分かったことがあれば報告する。

 ……クラリスには、酷なことだけれど、アルの側にいてくれる? 許可をこちらで出すよう手筈はするから。

 アルが何か思い出すようなことや何かを聞いたら、私に教えて欲しい。

 ……頼めるかな?」





 私は少し考える。





(……私のことを覚えていないアルと対峙するのは、はっきり言ってつらい。

 だけど、このまま逃げていても何も始まらない。

 それに、アルとはきちんと、向き合いたいから……)

 私は意を決してエドガー王子に視線を向けると、頷いた。




「……分かりました。 ……リアム、貴方ももし出来たら一緒に来てくれる?」

「僕がお役に立つのなら、喜んで」




 リアムの言葉に私は少し緊張が解れて、「有難う」と言うと、エドガー王子は「それで決まりだね」と言って立ち上がる。





「ミリア嬢も、もし出来たら手伝って欲しい。

 ……犯人に少し、心当たりがあるんだ」

 勘だけどね、そう付け足したエドガー王子に私達は驚いて目を見開く。 エドガー王子はそんな私を見ると、申し訳なさそうに言った。




「……誰が聞いているかは分からないから、迂闊には言葉に出来ないから、もう少し様子を見てから話そう。

 ……クラリス嬢、ごめんね」

「い、いえ……」





 犯人は気になるけれど、迂闊に言えない、ということは相当な人物ということだろう。

 エドガー王子の言う通り、時期を見て聞かせてもらうことにした。






 それから今後の話し合いをした後、エドガー王子は最後に、「それぞれ、十分に用心するように」と含みを持った言い方をして、私達を見回したのだった。









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