1.どうか無事で
最終章、突入です!
『クラリス、ごめん。 君を、守れ、なかった……だけど、僕は、君の、味方、だから……それだけは、忘れないで』―――
(一体、何が起きているの……!?)
私は夜着のまま、全速力でお兄様の部屋に向かって走る。
途中でルナが私の足音に気付いたのか、慌ててストールを肩からかけてくれたから、「有難う」とお礼を言いつつ足を止めない。
ルナも緊急事態だと分かったのか、何も言わなかった。
「お、お兄様っ!!」
バンッと、いつもなら不躾で有り得ない行動をしている私を咎めることなく、ニコラスお兄様は私を見て机から顔を上げた。
……その表情は険しい。
「……お兄様、ごめんなさい。 あの、アルが、アルが……」
「……クラリス、落ち着いて。 こちらにおいで」
ルナも、とお兄様は手招きして二人分の椅子を出してくれる。
私とルナは顔を見合わせてから、二人並んでその椅子に座る。
……ニコラスお兄様の表情は、険しかった。
「……アルベルトに、何かあったらしい」
ただ一言、ニコラスお兄様はそう告げた。
「!? あ、アルは、無事なのですか!? 何があったのですか!?」
「クラリス、落ち着いて。 ……今日から冬休みだったのが幸いだった。
私の元に届いたのは、シュワード王国の城内でアルベルト様のオーラが切れたと、報告がまだそれだけだ。
今アルベルト様の安否も確認している。 だから、ここで少しだけ待って」
私はその言葉に衝撃を受ける。
……アルのオーラが切れた?
私達王族は、特質魔法が強い分、常に淡い魔力が体から放たれていて、意識せずとも体の周りに魔力によるオーラを纏っている。
人によってもオーラには個人差があるから、それぞれの魔力持ちの家庭では、そのオーラを気配として、常に誰がどこにいるかが、毎日顔を合わせている家族の中では分かる仕組みにもなっている。
(魔力が強いアルのオーラが切れた、ってことは最悪の場合……)
「……アルの魔力が、消えた……?」
「……最悪、それも有り得るかもしれない」
私の呟きに、ニコラスお兄様は難しい顔をしてそう答える。
ルナはただ驚いていた。
「情報が入るまで、クラリスは僕の隣の部屋で寝ていていいよ。 ルナ、クラリスを宜しく頼む」
「承知いたしました」
ここにいては、私もきっと落ち着かない。
私は大人しく、ニコラスお兄様の言うことを聞くことにして、軽く淑女の礼を取ってから、ルナとその場を後にしたのだった。
☆
その後、情報が届いたのは朝だった。
私は結局あの後一睡も出来ず、酷い顔をしていたので、ルナにお化粧をしてもらった後ニコラスお兄様の部屋へ向かった。
部屋にはすでに、アイリスお姉様とお父様の姿もあった。 三人のいつにない険しい表情を見て、私は青ざめる。
(やっぱり、何かあったんだ……)
口を開いたのはニコラスお兄様だった。
「……クラリス、落ち着いて聞いて欲しい」
そう静かにお兄様に言われ、私は頷くと、ニコラスお兄様が言った。
「まず、アルベルト王子は無事だ。 今は自室で眠っているらしい」
「! 良かった……」
私がホッと一息つくと、「ただ、」とお兄様は言葉を続ける。
「……魔力のオーラが依然消えたままだ。 それに、いくら起こしても目を覚まさない」
「え……?」
「つまり、昏睡状態に陥っているそうだ」
私は言葉を失う。
「昏睡、状態……? それって、目が覚めないってことですか? いつ、目が覚めるのですか!?」
「落ち着け、クラリス。 まだそれも調査中だ。 ……シュワード城には、今は立ち入り禁止になっている」
「そんな……!」
アイリスお姉様の言葉に、私はショックのあまり体がよろめく。 それを見たルナが、私の肩を支えてくれる。
私はふと思いたって、耳につけていた通信用のピアスをニコラスお兄様に渡す。
「これは?」
お兄様は驚いたようにそのピアスを見て、「通信用?」と呟く。
「そうです。 ……それは、アルベルト様から貰ったものです。 もしかしたら、何かヒントがあるかもしれないので受け取って下さい。
昨夜使って、それから、明け方の4時頃、彼から私にメッセージをくれたので最後です」
「明け方4時!? ……そうか、だからクラリスはすぐに私の部屋に来られたのか」
私はニコラスお兄様に頷いてみせる。
「時間も時間ですが、酷く取り乱していたんです。 ……いつもでは有りえないほど。
すぐに応答したのですが、上手く聞き取れなくて……最後に、言った言葉だけが耳に届いたんです。
『クラリス、ごめん。 君を守れなかった……だけど、僕は君の味方だから』って」
途切れ途切れにそう言った彼の言葉が、耳にこびりついて離れない。
私のその言葉に、ニコラスお兄様は「本当か!?」と言い、私は頷くと、すぐにニコラスお兄様は連絡を取り出す。
相手はシュワード王国だろう。
私は無意識にギュッと拳を握ると、ふと薬指にはめられている、アルの魔力がこもった婚約指輪が目に入る。
(っ、アル……!!)
私はその指輪を包み込むように握り直した。
(……お願い、どうか、目を覚まして……)
何も出来ない自分の不甲斐なさに、私は唇を噛み締めて俯くのだった。
☆
それから、私は自室にいるように、と言われ、何もすることがなくただアルが目を冷ますことだけを祈っていた。
そして時間は過ぎて、夕方頃、目の前が青白く光ったかと思えば、そこにはローレンスとエドガー様、それにミリアさんとリアムとシリルの姿があった。
驚く私に、「驚かせてごめん」とローレンスが言う。
「え、貴方達自室待機のはずじゃ……」
私がそう言えば、エドガー様はにっこりと笑う。
「そうだけど、そんなの待ってたらいつまで経っても何も変わらないからね。 私達自ら、乗り込もう!ってことになって」
「いやエドガー様! それで良いのですか!?
シリルの目が死んでますけど!」
思わず突っ込むと、エドガー様は「ま、今更でしょ」と笑う。
「もう部屋から出てしまったしね」
「……やっぱり、エドガー様はローレンスに似ていらっしゃいますよ」
私の言葉にシリルは呆れたように頷くと、前にいたミリアさんが身を乗り出して私の手を握る。
「……でもクラリス様、一度会うべきだと思うんです。
せめてアルベルト様が無事なお姿だけでも、見に行きませんか?」
「ミリアの言う通りだよ。 ただでさえクラリス、心配のしすぎで酷い顔してるんだから……一緒に行こう?」
私は少し笑ってしまう。
「お化粧をしていてもモロバレなのね。
……ふふ、私もまだまだ未熟ね。 感情は顔に出さないように、心掛けているつもりだったけれど……でも確かに、ここでこうしていても、何も始まらないものね」
私は皆を見て微笑む。
「行きましょう。 アルのところに。
私も、共犯者になるわ」
「はは、そう来なくちゃ」
ローレンスが笑って言う。
「さ、すぐに行こう。 さっきシリルに頼んでアルの部屋で見張ってもらってたら、後1時間後に魔法警察の人達が来るまで誰もいないみたいだから。
……ルナはここにいて、クラリスの代わりに部屋を頼む」
バレないようにね、と伝えるローレンスに、ルナは「かしこまりました」と礼をする。
「シリルの魔法って本当に便利ね……」
私が呟くと、リアムが笑って「本当にね」と同意する。 シリルは軽く咳払いすると、私達に向けて言った。
「それより、早くアルベルト様のところに向かいましょう。
皆このままでは何もしないまま罰を食らうことになってしまいますから」
「えぇ、そうね。 行きましょう」
私はミリアさんが握っていた手を握り返したと同時に、青白く足元が光りだす。
「このまま、アルベルト様の部屋の中に入ります。
もし誰かいた場合はすぐに移動するので、移動後すぐには離れないようにしてください」
シリルの言葉に皆が頷いたと同時に、ふわっと体が浮き上がるのだった。




