29.祈り
その後も忙しい毎日が続いた。
私は何とか体力が持ち、一晩寝たら治ったが、リアムは固く目を閉じたままだった。
あれから一週間経ったが、まだリアムが目を覚ます気配はない。
死んでいるのかと心配になるけど、穏やかな寝息はずっと規則正しく続いている。
一先ず大丈夫そうだ。
そして今、何をしているかと言うと……
「あ、アルこっちは掃除終わったよー……って、だから魔法使っちゃダメだってば」
「何で魔法使用禁止なんだ」
「魔法を使ったら、罰にならないからってお父様に言われたでしょう。 ねえ、ミリアさん」
「そ、そうですね!」
現在、仲良く皆で、学校中の清掃をしている最中。
そして今は、教室掃除をしているのだけど、すぐ魔法を使おうとするアルに、ローレンスと私が窘めながら注意し、ミリアさんは困ったような表情をしながらも手を動かしている。
こうなった理由は、勝手にリアムを連れ出し、悪魔祓いをし……まあその他諸々の処罰である。
でもまだこれだけで済んだのだから幸いだ。
それは、全てこの二人のおかげだから。
私は少し離れた場所にいたその二人に視線を向ける。
「エドガー様、そこにまだ埃がありますよ」
「えー、シリル厳しすぎるよ。 そんなことやってたら、いつまで経っても終わらないでしょう」
「貴方様が掃除が下手なだけです!」
何故かギャーギャーと掃除論争をしている、国家秘密……のはずが、勝手に姿を現してしまったエドガー王子と、今回陰で一番活躍したといっても過言ではないシリル。
騒ぎつつも、楽しそうに掃除をしているその二人の姿を見て、クスッと笑ってしまうと。
「……あんまり、他の男ばっか見ないで」
ぶすっと拗ねたような顔で、私に抱きつくアル。
(……んもう、すぐ拗ねるんだから)
いつもなら人前で、と引っ剥がすところだが、まあ今回は頑張ってくれたからいいか、と思っていると、ローレンスが背後から声をかけてくる。
「だからそこ、二人でイチャつかないで早くやってってば」
「……羨ましいんだったら、ミリア嬢とイチャイチャすればいい」
「「!?」」
アルの返しに、ローレンスとミリアさんが硬直し、顔を見合わせてカッと赤くする。
そしてローレンスは不自然に声を上げながらミリアさんの手を引いて言った。
「あー、この部屋、暑いなぁ。 ミリア嬢、何か飲み物を買いに行こうか。 掃除はそこのお熱い二人に任せて」
「え、あ、はい!」
そう言って、まだ顔を赤くさせながら教室を出て行く二人を見て、私は両頬に手を当てる。
(……あ、あれが真っ当な反応よね! 慣れって怖いわ!!)
私は抱きついたままのアルから距離を取ろうとすると、アルは腕に力を込めてボソッと呟いた。
「……良かった、クラリスが無事で」
私はその言葉に驚いた。
……そっか、ずっと心配してくれていたんだ。 私が千人に一人の魔力を持っていることを、小さい頃から知っていただろうアルにとっては、気が気じゃなかったはず。
悪魔を魂ごと消滅させるなんて方法は、きっと当時の“悪魔祓い”の記録を書いた本当に遠い歴史……千年以上前以来無かったはずだ。
でも私は、これ以上悪魔憑きを増やして人々を苦しめたくなかった。
それは、リアムに取り憑いた悪魔は、魔の森の住人に取り憑いていた悪魔達の中で、一番強いとそう判断して、自分の体に負担をかけてでも魂ごと消すことを私は決めたのだ。
(……これが、“クラリス・ランドル”として転生してきた私のやり方よ)
だから、悔いはない。
リアムは助かったし。
それに……
「……アル、有難う」
「クラリ……っ!?」
私は体を反転させて、グイッとアルのネクタイを引っ張ると、顔を寄せて……アルの唇に、そっと自分の唇を重ねた。
そして、ピアスに魔力を込めて心の中で言う。
『貴方が守ってくれたから、頑張れた。
私一人じゃ出来なかった。 有難う。
……大好きよ、アル』
「!? 〜〜〜っ、クラリスが可愛すぎる!! 不意打ちも可愛い……!!」
アルは唇を離して顔を紅潮させながら、そんなことを口走るものだから、私は思わず笑ってしまう。
そして二人で見つめ合った後、ふっとまた距離が縮まって……
今度はゆっくりと、甘く長く、口付けを交わしたのだった。
☆
それから3日後、リアムは漸く目を覚ました。
その瞳の色は……両目とも紫色に変わっていた。
そして……
「リアム、この鏡で自分の姿を見てみて」
「? ……えっ……!?」
リアムは手鏡を持って後ろで緩く束ねていた髪をほどいて、まじまじと見つめる。
「……髪が、白色に変わってる……!?」
もう黒魔法は使っていないのに、と呆然と呟きながらそう言って私をみたから、にっこりと頷いた。
「きっと貴方は、元々は白髪で生まれ、貴方のお母様……風の一族でいらっしゃる“バートン伯爵”の血を引いて、生まれるはずだったのよ。
その前に、悪魔にお腹の中で取り憑かれてしまったから、分からないままだったけれど……」
私がそう言うと、リアムは「バートン、伯爵……」と呟いた。
「……僕はその、“バートン伯爵家”の血筋であり、風の魔法を使えるって言うこと……?」
「えぇ。 間違いないわ。
……だって貴方、私の手助けをしてくれたんだもの。 悪魔祓いの時に」
私がそう言うと、リアムは驚いたような顔をし……アメジストのような瞳から、涙が溢れ落ちる。
「……そうか、あれは、夢じゃなかったんだ……」
「夢?」
私の問いかけにリアムは頷くと、私が付けていたブレスレットを指差して言った。
「そのブレスレットはね、僕の母さんのものなんだ。
……その中に母さんの魔法が込められている」
「まあ、そんな大事なものを、貴方はあの時置いて行ったの……!?」
私はブレスレットを見、驚いてリアムを見ると、少し視線を逸らして言った。
「……だって、あんな上等そうな服をもらって、あのくそまず……いや、薬までもらったに、何も返さないわけにいかないじゃないか」
私はあら、そんなこと気にしなくてもいいのに、と言うと、リアムは首を振る。
「……まあ、君ならそう言うと思って、僕はわざと置いていったんだ。 すぐに会いに行けば、ブレスレットも返されるかもって。
……でも、会えるのに随分と長く時間がかかってしまった」
リアムはそう言って悲しそうな顔をすると、私を見る。 私もその表情を見て、頭を下げる。
「ごめんなさい、リアム。 私は、貴方の大事なものを全部、燃やしてしまった……」
「いや、謝らなくていい。 ……それに、僕だって君の立場だったら、大切な人を奪われて暴走するのも無理はないし、全て悪魔のせいなんだから、君が謝ることじゃない」
リアムはそう笑って言うが、私の気持ちは変わらない。 唇をかみしめて俯いていると、そんなことより、とリアムは口を開いた。
「……母さんに、夢の中で会ったんだ。
僕に何度も謝りながら、幸せになってほしいと、ずっとそう言っていた」
「え……」
驚いて顔を上げると、リアムは薄く笑って言う。
「……母さんは、僕の体の中の悪魔に呪い殺されたんだ。
母さんがいることで、僕の心が弱くなるからって」
「! そ、そんな……」
本当、憎いよね、とリアムは静かに怒りながら、でも、と言葉を続ける。
「……騙された僕も悪いんだ。 弱い心に付け込まれた。
……でも、分かったんだ。 一人じゃないって。
君がそれを、教えてくれた」
「え……」
私の頰に、そっと風が頬を撫でる。
それがリアムの魔法だと気が付いて息を飲むと、リアムは微笑みながら言った。
「有難う。 僕を、助けてくれて」
私はその言葉を聞いて、涙が溢れて止まらない。
「っ、違うわ。 私は、それよりもたくさん貴方を傷つけてしまった。
それにもかかわらず、悪魔祓いの時まで助けてくれたのに……」
「悪魔祓いは元々僕のためなんだから、お礼を言うのは当然だよ。
……それにあの時、言われたんだ。 母さんが、“大切な子を守りたいのなら、祈りなさい”って」
「え……?」
リアムは私の頰に伝った涙をそっと拭うと、笑って言った。
「僕は眠っている間、ずっと心の中で祈っていたんだ。 ……君を……大切な、僕の初恋のお姫様を、守れるようにと」
「!? は、はは初恋!?」
リアムは私の反応にあはは、と笑いながら「まぁ、今も昔もアルベルト様のものだけど」と残念そうに言う。
「ふふ、 まあその甲斐あって僕は、風の魔法を使って結果、君を助けられたみたいだし。
……それだけで、十分なんだ」
リアムはそう言って笑ってみせる。
私もそのリアムの表情に微笑みかえすと、またふわっと、温かくて心地よい風が、私とリアムの髪を撫でるように、そっと吹いたのだった。




