6.最初の嫌がらせ
(……ちょっと早すぎたかしら……)
ルナと悪役令嬢を演じる上での相談をしながら噴水広場に来た私は、教室から一緒にミリアさんと来なかったので、一人噴水の前でルナとの話を思い出す。
(ルナは“何で自分から仲良くなってるんですか!”って言ってたけど……しょうがないわよね。 あんなに良い子なのに、逆に避けてたらおかしいもの……)
……まあ、私としても少しやってしまったとは思うけど。
「クラリス様〜!!」
「わっ……ミリアさん。 そんなに走らなくても」
ミリアさんは、肩で息をしながら遅れてごめんなさい、と平謝りしてきた。
「いえ、私が早く来すぎてしまっただけだわ。 ……それより、一つ聞いても?」
「はい、何でしょう?」
少し落ち着いたミリアさんを見て、私はその後ろにいる人物を見て言う。
「何故ここにアルベルト様がいらっしゃるの?」
アルにじとっという視線を送ると、アルは少しも悪びれた様子はなく、「さっき後でって言ってたから」と言う。
(……? ……あぁ! 最後に言った言葉!)
「た、確かに後でとは言ったけど、その後でじゃないわ! また今度って意味で……」
「何だ、僕にも話があるって意味かと思ったから来たのに……」
少し傷ついたように言うアルに、うっと言葉を詰まらせる。
(た、確かに私が悪かった気もするけど……でも今は、ここに来て欲しくなかったというか……)
「……ごめんなさい、アルベルト様。 又今度、お茶会を致しましょう。 その時にでもお伺いしますわ」
すると、何ということか、みるみるうちに元気になるアル。
「本当!?」
「え、えぇ。 ……そ、そんなに嬉しいことですの? ま、まあ良いですけれど。
というわけでアルベルト様、今は二人にして頂けるかしら? 淑女同士の会話ですから」
「うん、僕もそれなら邪魔をするつもりはないよ」
さっきとは打って変わって、どこかにこにこした笑みで私に言うと、じゃあ、と手を振って行ってしまった。
「……アルベルト様って、クラリス様の前ではまるで、子犬のようですね」
そんなことを微笑みながら言うミリアさんに、「そうね」と笑うと、本題に入らなくては、と私は気を引き締めて言葉を選ぶ。
(……なるべく、傷付けないように……)
「ミリアさん、最近学園生活はどう?」
「お陰様で、と言いたい所なんですが……私、皆さんに嫌われてると思うんです」
「? ……そうなのね」
嫌われている、というのは強ち間違いではない。 温厚な性格、特殊な治癒能力を持つ彼女は、男性陣に大いにモテている。 その反面、女性陣は全く面白くない状況であることは間違いない。 よからぬ噂も結構出回っていると、ルナも言っていた。
……それでも、そんな彼女を、私は羨ましいと思ってしまう。 あ、男性陣にモテるとか、女性陣に疎まれるとかいった面で羨ましいというわけではないけれど。
「皆さん、声を掛けて下さるのですが……こう、なんというか。 視線が射すように痛いというか……私、何かしてしまったのですかね……」
(……原因には気が付いていない、というわけね。 まあ、仕方がないわ。 最初に出会ったのが人気の王子様方ですもの。 ……まあもし、私が案内していたとしても、私も王家であって同じようなものだから、どちらにせよ妬まれたわよね……)
「……そのことについて、良くない噂が出回っているみたいだわ。 何でも、婚約者の私を差し置いてアルベルト様の隣を歩くだなんて許せない、なんて仰っていたわ。 そんなこと、私思ってもいないのに。 ……ってあら、ミリアさん?」
「……っごめんなさい……! クラリス様!!」
「え、ちょ、ミリアさん!?」
大きな翠色の瞳から、ポロポロと綺麗な涙が零れおちる。
(え、ひょっとしなくても、私のせいよね……!? 言い方が強すぎたのかしら!?)
「み、ミリアさん、責めているわけではないのよ? 私は、そんな良からぬ噂は気にしないけれど、ミリアさんが困っているかもしれないから、一応教えておこうと思ってお話ししただけで……」
だから泣かないで、そう言って慰めようと彼女に手を伸ばして歩み出そうとした、その時。
「えっ……?」
視界が、傾く。
……私、足滑った!?
そう気が付いたのも束の間。
彼女も驚いたような顔でこちらを見て、手を伸ばしてくる。
それを横目に、反転した視界には、噴水の水面が。
(わ、私が水に落ちるなんて聞いてない……!)
なんて、そんなことを思いながら、私は衝撃に耐えるようにぎゅっと目を閉じる。
すると、瞼の向こうでパァッと辺りが光るような、そんな光を感じて……衝撃を感じないままの私は恐る恐る目を開けると。
「……あ、れ」
……冷たくない。 ……それにこれ、スライム……?
なんと、水が全て、少し固めのスライムになっている。
……しかも、少し固めになっているためか、スライムなのに制服が全く汚れてない。
「な、何が起きているの……?」
そう呟いたと同時に、あ、というミリアさんの驚いたような声がしたと思ったら、急に力強い腕が私を抱くように立ち上がらせた。 キャッと、思わず短く悲鳴をあげながら、その腕の主を見上げると、私は驚いて思わず叫ぶ。
「あ、アル!? どうしてここに……」
「怪我はないか!? ……体は……濡れていないようだけど、足が腫れている気がする」
クルクル変わるアルの顔を見て、その後スライム状の噴水を見て、アルに問う。
「……これ、やってくれたのアルなの?」
「そうだよ。 ……本当、驚いたよ。 ミリア嬢は急に泣き出すし、駆け寄ろうとしたクラリスは危うく噴水に落ちかけるし……心臓が止まるかと思った」
「そんな、大袈裟な」
そう呆れたように言えば、アルは怒ったような顔で私を見る。
「そんな、はないだろう。 もしも風邪を引いたらどうするんだ。 ……それに、僕はクラリスが風邪を引いて、クラリスが辛い思いをするのは嫌だし、そのせいで学校に来れなくなるのも嫌だ」
「っ!? ……な、何を言っているの……」
恥ずかしさに小さくなる声でそう言うと、後ろから走ってくる足音がする。
「クラリス、ミリア嬢、大丈夫!?」
「クラリス様、お怪我はございませんか!?」
ローレンスとルナはそう言うと、私達を交互に見、そして噴水を見て、あぁ、と頷いた。
「一部始終見てはいなかったけど、大体分かったよ。 ……アル、クラリスを連れて保健室に行ってきて。 俺がミリア嬢を馬車までお送りするよ」
「あぁ、そうする」
ローレンスの言葉にアルは頷いたかと思えば、ヒョイっと体が宙に浮く。
「ちょ、あ、アル!?何をやっているの!?」
アルはなんと、軽々と私をお姫様抱っこし始めたのだ。
「だ、大丈夫だから下ろして!」
「大丈夫じゃないだろう。 ……足が腫れているんだから。 大人しくしてて」
「うっ……」
アクアブルーの澄んだ瞳に見つめられて、どうしようもなく落ち着かなくなる。 だからといって恥ずかしくて言葉も出なかった私は、大人しくすることにした。
そんな私を見て、アルは満足そうな表情をすると、保健室に向かって歩き出す。
後ろにいるルナと、ミリア嬢を送り届けようとしているローレンスが、こちらを見てニヤニヤしている気がして、私は軽く睨みながら、大人しく保健室に半ば連行される形で、アルの腕に抱かれていた。




