25.邂逅 *リアム視点
―――8年前。
7歳だった僕は、肉親の母と数少ない友達を全て失った。
母様がどこの家の人で、誰が父親なのか分からない。 それは、僕が生まれつき黒髪で、周りから“悪魔憑き”と呼ばれたのを気にしていた母が、幼い僕と一緒に誰も近寄らない魔の森に移り住んでいたから。
一度だけ、僕が物心がついた時に母様に聞いてみたが、母様は頑なに言葉を濁すだけだった。
魔の森の生活は楽しかった。
数は少ないけど、白色の髪を持つ母様以外は黒髪の住人達。
皆虐げられてきた者達が、魔の森と呼ばれて誰も近寄らなかったこの森に移り住んできたらしい。
中には、僕と同世代の子供もいた。
衣食住は自給自足(母様だけがたまに城下へ買い物に行っていた)だったため、何不自由もすることがなく、僕は友達と遊んだり、本を読んだりして暮らしていた。
ところがその暮らしは崩される。
村で流行った“伝染病”のせいだ。
急に息が苦しくなり、高熱を出して1週間と経たないうちに死んでしまう、謎の病気。
丁度同じものが、王国内でも流行っていたらしい。
次々と倒れていき、最後には母様までもが病魔に冒され、黒髪の僕は城下で薬を買うことすら出来ず、母はなす術もなく息を引き取った。
残されたのは、家と、母の形見と、僕一人だけだった。
☆
そして僕は、一人一人亡くなった友人やその家族の墓を作って埋葬した。
そうしたことで、一人取り残された感覚に改めて陥った。
せめて、僕も連れていって欲しかったと、そう思うくらいに。 ただ、そんな願いも虚しく、僕の体は何故かとても丈夫だった。
自暴自棄になった僕は、城下に黒髪のまま下りる。
その後の記憶は思い出せないのだが、死んでしまいとだけ、ずっと思っていた。
気が付けば、辺りは薄暗い路地裏にいた。
僕は一人蹲った。
体中が痛い。 虐められたのに、まだ生きている。
(……あぁ、このまま、死んでしまいたい……)
そう思って蹲りながら目を瞑っていた。
すると、何処かからか近付いてくる足音が聞こえる。
(……今度こそ、僕を殺せばいい)
僕はそう思って目を瞑った、その時。
「……大丈夫?」
幻聴かと思った。
可愛くて、高い声。 温かくて、陽だまりのような……
僕は目を開けて、その声の主を恐る恐る見上げた。
声の主は、まだ幼い女の子だった。
……いや、僕と同じくらいだろうか。
金色の綺麗な髪に凛とした赤い瞳。 きっと、何処かしらのお偉いさんの娘だろう。
僕はそっぽを向いた。
(……僕のことを、笑いに来たんだ)
そんなことを思っていると、その子は不意に僕の両頬を包むようにして、僕を正面に向かせた。
「……!?」
赤い瞳が、心配そうに揺れている。
そして、距離が近い。
「なっ……!!」
「駄目よ、動いちゃ。
……たくさん、怪我をしてる。 私と一緒に来て」
その子は僕をグイッと立たせると、僕の髪をチラッと見て、「あ、その髪は隠さなきゃダメね」と自分が被っていた帽子に手をかけ……そこで動きを止めた。
「……いや、これでは私が抜け出したことがバレてしまうわ」
「は?」
……抜け出してきた?
首を傾げた僕には気が付かずに、その子は今度は上着を僕の頭にかけると、「少し我慢して走って」と小走りに走り始めた。
訳がわからず、手を引かれたまま走らされる。
(……この子、よく分からない)
僕は握られた手を見、そして風でたなびく彼女の金色の髪に、目を奪われていた。
彼女が入った建物は、小さな小屋のような部屋だった。
落ち着く空間だが、彼女がそこに住んでいるとは思えない。
「……ここは、何処?」
僕がそうたずねると、彼女はにっこりと笑って言った。
「秘密基地よ。 ここなら誰も来ないし、貴方を休ませてあげられるわ」
そう言って笑ってから、ふと寂しそうな顔をすると「もうすぐ、この部屋ともお別れなのだけれどね」と呟いた。
「この部屋、小さい頃に買ってもらったのだけど、私があまりに悪さするから、没収されることになってしまって。
後1ヶ月後には、取り壊されるの」
「えっ……」
……よく分からないけど、この子は相当なお金持ちだ、僕とは正反対の。
僕はかける言葉が見つからなくて、黙って床に座って大人しくしていると、棚をゴソゴソとやっていた彼女が、棚から取り出した何かを抱えながら「あっ、駄目よ、こっちに座って」とベッドに僕を引きずるように座らせた。
「ぼ、僕はいいよ。 汚いから」
「あら、なら服を貸してあげるわ。
……確か、アルの服もあったはず……」
そう言ってまたゴソゴソと棚を漁り、引っ張り出してきた服を持ってきて、「じゃあ、これを着て」と上等そうな服を僕に差し出す。
僕は慌てて首を振った。
「い、いいよ! こんな高価そうなもの、着られるわけがない!」
「何を言ってるの! 怪我人なんだから、大人しく着なさい!」
その言葉を聞いてふと、昔、母さんにも似たようなことを言われた覚えがあるなと思い出す。
母さんに言われているようで、思わず言葉につまり、大人しく頷くと、「じゃあ外で待ってるわね」と言って彼女はパタンとドアを閉めて出ていってしまった。
(……どうなってるんだ、僕は)
死のうと思ったのに、天使のような女の子に救われ、この家に連れてこられ、上等そうな男用の服を借りる。
僕は着た服が丁度良かったことに驚きつつ、眺めていると、ドアをコンコンとノックして「もう着替え終わった?」と女の子の声がした。
僕は「うん」と言うと、ガチャ、と扉が開く。
そして僕を見た彼女は「凄いわ! アルもかっこいいと思っていたけど、貴方もかっこいい!」とよく分からない褒め言葉を言われる。
「あ、有難う……?」
何故僕はお礼を言ってるんだ、と内心突っ込みながら言うと、彼女は「あ、そっか怪我の手当てしてない!」と箱を取り出してテキパキと僕の手や肩に触りだす。
「ちょっ……」
女の子に触れられたことなんてほとんど無くて、僕は困ってしまう。 彼女はそんな僕の気持ちにも気が付かず、あっという間に怪我した部分(肩や手など出来る範囲で)を手当てしてくれた。
綺麗に腕に巻かれた包帯を呆然と見つめていると、彼女は苦笑まじりに笑う。
「良かったわ、薬があって。
私はね、良く転んで怪我をしてしまうの。 だから、ここには常に薬を常備しているわ。
……あ、これ痛み止めね」
そう言って、コトッと置かれたのは怪しい緑色の液体。
(……うわ……)
ちょっと引いてしまった。 明らかに不味そう、これ。
(……もしかしたら、毒なのかも)
そう思えば、僕は死んでいいと思っているからいいよね、とその薬を一気に飲み込む。
そして彼女はそれを見て、あ、忘れてたと声を上げた。
「ごめんなさい、それ少し苦いかも……気絶するくらい」
「!? うっ……」
全然少しじゃねーよ!!!
僕はそう叫ぼうとしたけど、あまりの苦さにクラクラっとして……そのまま倒れるように、ベッドに沈んでしまった。
☆
目を覚ませば、見慣れない天井。
僕は辺りを見回した。
(……そっか、僕はあのまま眠ってしまったんだ……)
彼女の姿はない。
もういなくなってしまったのだろうか。
ふと机の上を見れば、あのくそ不味い薬と、紙と鍵が置いてある。
「“まだ痛かったら、これを飲んでください。
それから、この部屋はもう使わないので、外を出る時はこのまま鍵は閉めなくていいわ。 ゆっくり休んでね”……名前くらい書いてよ」
僕はそう呟いた。
……名前も言わず、僕を手当てして服を貸して、この部屋の鍵まで置いていった彼女。
(彼女は本当に、天使なのか)
そんなことを思ってしまうほど、僕はあの、風に吹かれてたなびいていた綺麗な金色の髪と、綺麗な赤い瞳と、彼女の笑顔が脳裏から離れなかった。
そして僕は彼女の言葉に甘えて、その日もう一晩そこで過ごした後、彼女に向けて手紙を書き、せめて僕を助けてくれた証を、と持っていた大切な母の形見のうちのブレスレットを一つ、机の上に置いたのだった。
もう少しリアム視点が続きます。




