18.事件
お兄様に連れられ城へ戻ると、お兄様の部屋へ通された。
私から二人で話がしたいと言ったからだ。
心配するルナに「大丈夫よ、ちょっとだけ待ってて」と言うと、お兄様の部屋に入り、経緯を説明し終えた後、私は一番大事なことを切り出した。
「私に、“禁書”の在処を教えて下さい」
「……駄目だ」
お兄さんはふっと短く息をつくと、座っている椅子に凭れかかってそう一言、私を見て言った。
「何故ですか?」
私はお兄様に強めの口調でそう問うと、お兄様は「危ないからだ」と言って話を続ける。
「悪魔祓いは私がやる。 私でも十分に出来るというのに、危険な役目をお前にやらせる兄が何処にいる。
例えエドガー王子がなんと言おうと、私は認めない。 ……エドガー王子も、余計なことを妹に言わないで欲しかった」
今度は長く溜め息を吐くと、私に「話はそれだけか」とわざと冷たい口調でそう言う。
私はぐっと拳を握ると、下を向いたままいう。
「……そうやって、お兄様もお父様も、私を守ってきたのですか」
「は?」
私はキッと睨みつけるようにお兄様を見ると、一歩近付いて大きめの声で言う。
「私の過去に何があったかは知りません。
ですが、私はもう子供じゃない。 過去を受け止めきれなかった頃とは違う。
……っ、これ以上、守られてばかりは嫌なんです!
アルベルト様の婚約者として、シュワード国の次期王妃として、私は一人前になりたい。
その為にはまず、自分に置かれた、魔法を含めた立場というものを、知るべきだと思うのです!
悪魔祓いだって、 お役に立てるのであれば、この力を使う覚悟はもう、出来ています。
……それに、私は一人じゃない。
アルも、仲間達もいてくれるから」
だから、お願いします。
私はそう言って、お兄様に頭を下げた。
するとお兄様はふっと笑った声がした。
見上げれば、お兄様は「ふふ」と私を見て、温かい眼差しを向けていた。
「……私の可愛い妹は、いつの間にこんなに大人になったんだ」
とそう言って、私に近付いてくると、私の頭を撫でた。 私はその行動に一瞬驚いたけど、そんなお兄様に微笑んで見せてから口を開いた。
「ふふ、もうとっくに、淑女になったと自分の中では思っております。
……まだ、王妃の器があるかどうか、分かりませんが」
「大丈夫、クラリスならなれるさ。
私が保障する」
「! ……ふふ、お兄様」
私とお兄様が微笑み合っていると、急にガチャッとドアが開く。
驚いて私達はその方向を見れば……
「お、お父様……」
立っていたのはお父様で。
私は怖い顔をしたお父様に一瞬怯む。
でもその動揺をすぐに隠すと、淑女の礼を取ってから、「お父様、お話が」と言おうとすると、お父様は「ならぬ」とそう、怖い顔で言った。
驚く私を一瞥した後、お兄様を見て「勝手に許可を出すな」と地を這うような怖い声で言う。 その一言で、話を聞いた上で否定しているんだ、と察する。
お父様にそう言われたら、流石にお兄様も黙らざる終えない。 お兄様は、唇を噛み締めて俯いた。
そんなお兄様とお父様を見て、私はふつふつと怒りがこみ上げてくる。
「……何故、お話も聞いてくれないの」
「クラリス……?」
怒気を孕み、敬語を取った私の口調に気付いたお兄様が、焦ったように私の名を呼ぶ。
それでも、私の中の怒りは収まらない。
お父様に歩み寄ると、私はお父様を見据えて言った。
「っ私は! もう、子供じゃない!
……いつまでも、エドガー王子や、アルとは違って、私は何も出来ていない。
二人の努力の、足元にも及ばない。
それを唇を噛んで私は見ているだけ。
……私に出来ることは、何でもしたいの! それでアルや、家族や、皆を守れることならなんだって……! そうでなきゃ、私が、ここに生まれた意味はないし、アルベルトの婚約者だなんて、胸を張って言えないわ……」
私の言葉に、お父様は少し動揺したような表情をしたけど、何も言わない。
私はこれ以上話すのは無駄だと、そう思って、「っ、もういい!」と言うと、ドアを開ける。
驚いたようなルナの顔を見た後、私はお父様を振り返って言う。
「……自分で、何が何でも探してみせる。
例え何処にあろうと。
私は、クラリス・ランドル。 ……この国の、第二王女なのだから……!
ルナ、行きましょう」
私は、その場から足早に立ち去る。
そして、ルナがついて来ているのを確認してから、我慢していた涙を零した。
「……ごめんなさい、ルナ……」
「……いえ、姫様は、凄いです。 流石です、姫様」
ルナも涙ぐんでいた。
「ふふ、私、お父様とお兄様にたてをついたの、初めてだわ。 まるで、悪役令嬢の時みたいで緊張しちゃった」
「! たしかに……でも、私が姫様だったら、絶対にあのお二方には逆らえないです……」
ルナは真顔でそう呟くものだから、思わず笑ってしまう。
ルナも可笑しいことに気が付いたのか、ふふっと笑う。
「さあ、探しに行きますか! 私、クラリス様となら何処へでもお供させて頂きます!!」
「有難う、ルナ。
……でも今日は、一先ずお休みして、アルの所へ行ってもいいかしら……?」
私が恐る恐るそう言うと、ルナはバァッと目を輝かせて「良いです良いです!! 行きましょう!!」と身を乗り出して言うものだから、また思わず笑ってしまう。
そして、馬車にたどり着いて“シュワード国までお願い”と言うと、馬車は静かに走り出す。
馬車の中で、私は耳にピアスを付けると、ルナが「それ、何か細工でもあるんですか?」と聞いてきた。
流石にここまで来て言わないわけにはいかないわよね、と苦笑すると、私はこのピアスは通信機なんだと教える。
するとルナは、目を輝かせて、「素敵!!」と夢見心地に言った。
(あ、暫くそっとしておきましょう)
そう思った私は、ピアスに魔力を込めて『アル、いる?』と呼びかければ、アルがすぐに『クラリス、どうしたの?』と声が返ってくる。
私は魔力をもう一度使って、今からアルのお城に行くことを伝えようとした、その時。
急にキキィーーッと、凄い音を立てて、馬車が急停車する。
私とルナは驚いて、二人で顔を見合わせた。
「な、何……?」
『? クラリス、どうしたの?』
応答がない、と気にしたアルが、私にそう声をかけてきた。
『ごめんなさい、急に馬車が止まっ……!?』
私はアルに心の中でそう言いかけて、驚いて息を止める。
……馬車の窓の外にこちらを見て薄く笑いながら立っていたのは。
「黒、髪……!?」
驚いたのは、それだけではない。
その髪の主は、私が、よく知っている、いつもは白髪をした人物で。
「り、リアム君……」
私は震える声でそう呟けば、黒髪の少年……リアム君は今度はにこやかに笑って、パチンッと指を鳴らした。
すると、リアム君の腕の中に現れたのは。
「!? ミリアさんっ!!」
ミリアさんは、青白い顔でまるで死んでしまったかのように眠っている。
私は、その姿を見て悲鳴に近い声で叫ぶ。
アルとルナが何か言っているような声がするけど、聞こえない。
ルナが咄嗟に、リアムに向けて短剣を向けようとした、がその剣が真っ二つに折れる。
私はそれで確信した。
「……貴方が、悪魔だったの?」
私がそう問えば、リアムは、はははっと笑って否定も肯定もせず、「ねぇ、取引をしよう」と私を見て言った。
「君が僕とついてきてくれたら、その侍女と馬車と、この子には何もしないと約束しよう。
ただし、付いてこない場合は……この子の命も、その侍女も、君の大事にしている……アルベルトの命も、全て奪ってあげる」
「っ、やめて!」
私は声を上げて、ドアを開こうとする。
その手を、ルナは「ダメです!!」と震える手で抑えながら私に言う。
私は口元だけで笑みを作ると、ルナのその手をそっと離した。
「……ねぇ、ルナ。 私は大丈夫だから。
なんて言ったってランドル国の姫であり、“悪役令嬢”として生まれたのよ。
そう簡単に死んだりなんかしないわ。
……だからルナ、貴女はこのまま帰って、すぐにこのことを伝えて。
悪魔はリアム君だということも。 ……お願いね」
「っ! 姫様!!」
私は「少しだけ、留守を頼むわ」と言うと、意を決してガチャッと馬車のドアを開ける。
そして、リアムの前に仁王立ちになって立つ。
「……約束よ。 私は貴方と行くわ。
だから、この人達には一切手は出さないで」
私は毅然とそう言うと、リアム君は「流石、お姫様。 話が早くて助かるよ」と笑みを浮かべて言った。
その笑みは、私が知っているリアム君とは違った、不気味な笑みで。
一瞬足が竦みそうになったけど、なんとか堪えて立つ。
すると、私の足元に魔法陣が浮かび上がった。
驚く私と同様、リアム君とミリアさんの足元にも魔法陣が浮かび上がっている。
「ふふ、一緒にいてくれるよね、クラリス」
「……ふんっ、お生憎様。 私の心は、常にアルベルト様だけのものよ。
だから貴方には、私の心も魂も、あてなんかやらないわ。 ……絶対に」
私が悪役令嬢っぽくそう言い放てば、リアムは狂ったように笑いながら言った。
「あはははは、クラリスはそうでなくちゃ、面白くないからね。
君にはたくさん、僕の物語の中で働いてもらわないと」
……この人、人を物語の中のキャラクターとしか思っていないのかしら。
(……絶対、悪魔になんか負けないわ……!)
魔法陣と共に私の意識が少しずつ、途切れていく。
意識が途切れていく中で、耳がひんやりとして、アルが『クラリス!!』と呼んでいることに気付き、半ば叫ぶように無我夢中で魔力を振り絞ってピアスに向かって言った。
『アル、助けて……!!』
届いたか、届かなかったか分からないその言葉を私は訴えたのと同時に、目の前が真っ暗闇に包まれたのだった。




