13.仮面舞踏会編 -距離感-
「アル……?」
私は呆然と呟く。
(……どうして、アルがここに……)
油断していた。 気持ちの整理をしてから、ルナと皆と合流しよう、そう思っていたのに。
「ごめんね、来ちゃった」
アルは少し肩を竦めて、私の近くまで歩いて来る。
「そのドレス……」
「……ふふ、似合う?」
私はふざけてそう笑って言いながら、その場でクルッと一回りする。
するとアルは少し顔を赤らめながら、口を開いた。
「うん、とっても綺麗」
「!?!?」
ど直球で褒められるとは思っていなくて、私は狼狽えると、ドレスの裾を踏んでしまう。
「あっ……」
体勢を崩して、後ろに転びそうになったところで、アルに支えられる。
「!?!?」
「っ、だ、大丈夫? 怪我はない?」
アルが支えてくれたのは腰で、その顔と体の近さが近くて最近ではなかったからか、以上に恥ずかしくなった私は、驚いて慌ててアルの腕からスルッと抜ける。
「だ、だだ大丈夫よ! あ、有難う。 お、重かったわよね、ごめんね」
「えっ……い、いや、クラリスは、軽いと言うか、逆に軽すぎて心配に……あれ、僕何言ってるんだろう」
私はアルの慌てっぷりが面白くて、思わず笑ってしまう。
「ふふっ、アル何言ってるの」
「はは、僕にも分からない。 クラリスと久しぶりに話せて、浮かれてるのかも」
「っ……!」
私は驚く。 ……私と話せて、浮かれてる? アルが?
(……嘘よ、そんなの)
だってこの前、3人で話してたじゃない。
私のことなんかもう、嫌いなんでしょう……?
「? クラリス、どうしたの?」
「っ、だ、大丈夫だから、触らないで!」
私は、アルが私に向かって伸ばしてきた手を、反射的に叩いてしまう。
「あっ……」
私は、驚いてしまう。 勿論、アルも。
流れる沈黙と、アルの困ったような、悲しげな表情。
「……ごめんなさい、私、アルとの距離、掴めてないみたい……」
「え……?」
私のポツリと発した言葉に、アルは驚いて目を丸くする。
私は居たたまれなくなって、アルに向かって言う。
「ちょっと、頭を冷やして来るわね。
アルはこのまま、ルナのところへ行って、私はまだ仮面舞踏会のセッティングの確認中だって伝えてくれる?
……ごめんなさい」
「っ、クラリス!」
私はアルの呼ぶ声には振り向かず、走る。
(何でこうなってしまうの……?)
アルと一緒にいたいと、私は、願ってはいけないの……?
☆
それから一時間半後、会場が開き、王家以外は皆来場している。
落ち着きを取り戻した私は、アルの元へ戻り、エスコートをされながら、会場のドアの前に立った。
差し出された手に乗せた手が、アルの手に触れていると思うと、どうしようもなく落ち着かない。
何十回も何百回も、そうしてエスコートされてきたというのに、何故か胸が高鳴る。
(……久しぶりで嬉しい、だけど、別れを切り出されると思うと怖い……)
仮面を付けたアルの横顔を盗み見して、余計に緊張してきて、手が小刻みに震えだす。
そんな震えが伝わったのか、アルの差し出された手に力が込められて、ギュッと私の手を握った。
えっと、驚く間も無く、王家が入る合図が出され、私とアルは明るい会場の中に足を踏み入れる。
その直後、耳元が冷たくなったかと思えば、アルの声が響いて来た。
『この舞踏会が終わったら、一緒に話をしよう』
と。
私は驚いてアルを見ようとしたけど、アルはすぐに来賓の方に挨拶に行ってしまう。
差し出された手がスルッと私から離れていき、アルの温もりが消えた手を、私はキュッと握ったのだった。
☆
ランドル王国の者として、私も来賓の挨拶に行かなければならない。
アルもシュワード王国の王子だから、来賓に挨拶をしている。
そうして二人別々に行動しているうちに、時間は過ぎて行く。
鳴り響いている音楽がただのBGMになって私の耳に入ってくる。
(私もアルと、一曲くらい踊りたかった)
思えば、4月の夜会の時も、一緒に踊れなかった。
ふとダンスしている人達を見れば、ローレンスとミリアさんが美しく舞っていた。
とても優雅で、一枚の絵のように踊る姿は、周りの目を引きつけていた。
(……いいなぁ)
なんて私は思いながら、とりあえず喉が渇いたなと思って、隣で挨拶をしていたお兄様に断ってグラスに入ったジュースを、近くにいたウェイターから受け取る。
それを一気に流し込むと、少しクラっとした。
(……あれ、嫌な予感)
私はそのグラスを見てハッとする。
(……まずいわ、私……)
退散しなきゃ、そう思ったのに、こういう時に限ってタイミングが悪い。
「失礼」
私は一人の男性に呼び止められる。
(え……)
驚いてみれば、白い肩くらいまで伸びた髪に、仮面から覗く瞳は紫。
「……えっ、リアム君!?」
私は驚いて声を上げる。
リアム君は少し照れたように笑った後、「ふふ、そう」と言った。
「きょ、今日は、男性の姿なのね。 びっくりしたわ」
リアム君は男性用の正装服を着ていた。 だから、一瞬誰かわからなかった。
そしてリアム君は少し困ったようにズボンを摘む。
「流石に、こういう場では女の子の姿は良くないと思って、仕方がなく男の格好にしたんだけど……似合ってる?」
「えぇ! 凄く似合ってるわ」
私の言葉に、リアム君はパァっと顔を輝かせる。
「本当!? 良かった〜他の御令嬢に言われるより誰より嬉しい」
その言葉に、あ、他の御令嬢にもやはり言い寄られたのね、と納得する。
(……うん、流石乙女ゲーム、としか言いようがないわ……)
美少年だもの。 しかも女の子の姿でも可愛い、中性的なキャラクター。
(続編、恐るべし)
なんてふわーっと思っていると、流石にやばいことに気がつく。
「ご、ごめんね、リアム君。 私、もう行かなきゃ」
「え? 何処に?」
「んーっと……あ」
アルの所に、という言葉は私の喉の奥に消える。
代わりに、私の口から飛び出たのは、私のことを軽々と横抱きにして持ち上げた人の名前……いや、この場から退散するための口実にしようとした本人様。
「あ、ああああああアル!? な、何してるのよ!? お、下ろして!!」
「ふふ、クラリス、何もされたくなかったら大人しくしててね」
「!?」
そう、私にしか聞こえない声で小さく、でも艶めかしく言った声は、私を赤面させるには十分で。
「ごめんね、リアム君。
クラリスがちょっと具合が悪いみたいだから、退出させてもらうよ」
「え、クラリス大丈夫?」
「あぁ、心配有難う。 後は僕が看病するから、大丈夫だよ」
(ぐ、具合が悪い!? 看病!?
いや、助けてくれたのはありがたいけど、何か口調が有無を言わさずって感じで怖いのだけれど……)
心なしか……いや、顔がとても怖いアル。(分かる人にしか分からない)
私は恐怖で身体を強張らせたまま、アルの腕の中で、他の御令嬢や来賓の方々に向けられた視線に悲鳴をあげそうになりながらも、大人しくしていたのだった。




