11.余所余所しい彼
1週間が経ち、9月も終わりの頃。
「もうすぐ、仮面舞踏会の季節ですわね」
「皆様は、どんなドレスになさいますの?」
「お相手は決まった?」
教室の中では、後2週間後に行われる学園主催の“仮面舞踏会”の話題で、持ちきりになってきた。
仮面舞踏会とは、文字通り仮面必須の夜会で、通常は身分関係なく、がモットーなのだけれど、流石にこの学園の生徒達は身分関係なくという概念はないため、とりあえず学年分け隔てなく交遊する、が基本的な目的になっている。
学園の行事はとにかくカップルが出来るような行事(夜会)が多いな、と常日頃私は思っている。
私にはアルがいるように、婚約者がいる方達にはあまり関係ないのだけれど。
(それにしても)
私は首を傾げる。
(最近のアル、何だか様子がおかしいわ)
そう思う理由は、最近アルの態度が余所余所しいことにある。
この前の“嫉妬”については、あの後ちゃんと謝ったからいい……と私は思ったのだけど、いつもならべったりという言葉が合うほど、私に対する甘い言葉も、スキンシップもかなりあったのに、怒らせてしまったあの日から、それら全てが無くなった。
勿論、夜にピアスを介した会話も無くなってしまった。
それらを踏まえて、私はある考えに行き着く。
(嫌われてしまったかしら……)
リアム君とは勿論何もない。
特別仲良くはせず、常にルナとミリアさんとも一緒にいるし、距離感もちゃんと保ってる。
(アルはまだ誤解してるのかしら?)
よく分からないけど、もう一度アルが何を考えてるか探りに行ってみようかしら……。
(舞踏会のエスコート役も改めてお願いしたいし……うん、行ってみるしかないわ)
これから、私は仮面舞踏会が始まるまで忙しくなる。 4月末の夜会のようなランドル国の“演出”はないけれど、今回の仮面舞踏会では、セッティング等はランドル国の者が主体となってやることになっているから、私も手伝わなければならなくなる。
そうすれば、アルとも会えなくなる。
それは当たり前のことなのに、考えるだけで胸がズキッと痛くなる。
(……アル……)
私は悲しくて、下を向いて顔を見られないようにしながら、密かに唇を噛み締めた。
☆
お昼休み。
「アル、何処にいるのかしら……」
私はキョロキョロと3年の階を見回した。
(すれ違ったのかしら……)
私はルナに先に食堂へ行って、昼食を頼んでもらっている。 その間に、すれ違いにならないように授業後すぐアルの教室へ行ったけど、そこにはもういなくて、学食の食堂も公園も、全部探したけれど何処にもいない。
(となると、いつもの廊下?)
いつもの廊下とは、この前私が倒れた場所でもあり、アルとお話をするところ。
人目を避けるのに一番良い場所なのだけど、アルがそこに用事があるとは思えないけど……。
(まあ、とりあえず行ってみましょう)
私はその廊下に辿り着くと、アルの後ろ姿が見えた。
アル、と呼ぼうとして、誰かと話していることに気付く。
(……ローレンスとシリル? 3人で何か大切なお話でもしているのかしら)
私はどうしようか悩んでいると、3人の会話が聞こえてくる。
「ねえ、どうするのクラリスのこと」
ローレンスの言葉に、私はドキリとする。
(えっ、何、私の話題??)
私は悪いことだとわかっていながらも、出るに出られず、結局隠れてしまった。
幸い私には気がつかないようで、ローレンスは言葉を続けた。
「クラリスに一度、君の気持ちを話した方がいいよ」
(君の気持ち? ……っ、まさか、私のことが嫌いってこと……!?)
私は顔が真っ青になっていくのが自分でも分かった。
「……でも、傷付けたくない」
(っ、ここで優しさを出すの!? アルは!!)
別れ話を切り出すのに、私を傷付けたくないなんて、アルらしいけれど……!!
「そう言っていることの方が、クラリス様を傷付けることになっていますよ」
(そうそう、シリルの言う通り……じゃなくて!)
どうしよう、私、やっぱり、アルに嫌われちゃったの……?
(……アルの口から別れ話なんて……嫌いなんて、聞きたくない)
私はギュッと手を握ると、さっき来た道を少しだけこっそりと戻って、もう一度クルッと振り返ると、今度は足音を立てて3人の元へ走り出した。
私の足音と姿にギョッとする3人。
私は笑みを浮かべて3人の前で立ち止まる。
「ごめんなさい! お話中だった?」
「ううん、大丈夫だよ。 アルに何か用事があった?
俺達お邪魔かな?」
私はローレンスの何事もなかったような対応に、少し涙が出そうになったのを慌てて堪えて、「ううん」と首を横に振った。
「大丈夫よ。 すぐに終わるわ。
再来週の仮面舞踏会のエスコート役、改めてお願いしようと思って」
私はアルに向かってにっこりと笑う。
アルはそんな私を見て、驚いたように声を上げる。
「あっ……ごめん。 僕からエスコート役を申し出なきゃいけないのに……」
「ちょっとアル、クラリスから逆エスコートをお願いされるなんて男としてどうなの?」
アルの言葉に、ローレンスが呆れたように言った。
そう、エスコートは普通は男性から女性にお願いするもの。
だから、普通はアルから私に、エスコートを申し出るはず、だったんだけど……。
「ううん、良いのよ。 アルも忙しいし。
それに、たまには私からでも良いでしょう?
……これから私、忙しくて会えなくなってしまうから、エスコートをお願いしておこうと思っただけよ」
私がそう言って微笑むと、アルはただ一言、「ごめん」と泣きそうな顔をして謝る。
(……どうして、貴方が泣きそうな顔をするの)
やめて、と出かけて言葉を飲み込む。 代わりに、笑顔で言う。
「ふふ、謝ることじゃないわ。
いつもアルからエスコートをお願いしてくれるじゃない。 だから今回は、私からってことで。
……お願いできる?」
「うん、勿論だよ」
アルは、にっこりと笑って私の手を握る。
私はその手を少し見つめてから、その手にもう片方の手を重ねる。
驚くアルに、私は微笑んでから言った。
「再来週の仮面舞踏会、私張り切ってドレスアップするわ!
……だから、エスコート役、宜しくね」
私はアルが何か言葉を発する前に、スルリと手を離すと、「ごめんなさい、お邪魔しました」と淑女の礼をしてからクルッと踵を返して走る。
走っている途中に、目から涙が溢れる。
(……っ、往生際が悪いわ、私……)
これも、悪役令嬢“クラリス・ランドル”の性格なのかしら。
仮面舞踏会の時には、アルの瞳の衣装を着よう。
(……それがせめてもの、最後の足掻きよ……)




