10.悪役令嬢の、火の使い手の使命
シリルと降り立ったのは、この前と同じ本が所狭しと本棚に並べた部屋。
「……やぁ、やっぱり来たんだね。
クラリス姫」
「……エドガー王子」
私は淑女の礼をすると、「あぁ、堅苦しいのはいいから、こちらにおいで」とエドガー王子がトンッと、本棚と本棚の間にあった壁を押せば、違う部屋が現れる。
「えっ……」
驚く私に、シリルは「あそこはエドガー王子の応接室なんです」と小声で言ってくれる。
(す、すごい仕組みね……)
と驚いていると、「秘密基地みたいでしょ?」とエドガー王子は悪戯っぽく笑う。
そして、私をエスコートするように先に部屋に入って私を招き入れると、その部屋には確かに、四角いテーブルとゆったりと座れる長いソファが2脚置いてあった。
「どうぞ」とエドガー王子は私にそのうちの1脚のソファに座るよう促した。
「シリルも、長くなるから座って。 僕の隣でよければ」
とエドガー王子はシリルにそう優しく言うと、シリルは「では、お言葉に甘えて」と恐縮したような表情になりながらエドガー王子の隣に座る。
私とエドガー王子は向き合うと、「突然の訪問をごめんなさい」と謝る。
エドガー王子はそれに対して軽く手をひらひらと振る。
「あぁ、問題ないよ。 シリルが事前に教えてくれたから」
「まぁ……ごめんなさい、シリル。 有難う」
「いえ」
シリルにお礼を言うと、少し照れたようにそっぽを向く。
その姿を見たエドガー王子はクスッと笑って、私に向き直る。
「さて、君がここに来たってことは……“僕が君の記憶を消したこと”について聞きたいのかな?」
「「!!」」
私とシリルは、エドガー王子を凝視する。
シリルは「そんなに直接言って良いのですか!?」と珍しく慌てたようにエドガー王子を見て言った。
エドガー王子は、ふふっと笑うと、立ち上がって紅茶を入れ始めた。
その姿を見て、シリルがまた慌てて「私がやります!」と言えば、エドガー王子が「いいから座ってて」と笑う。
私もどうすればいいか迷っていると、エドガー王子は苦笑いをして言う。
「何もしなくていいよ。 君達は僕の貴重な客人だ。
逆にやらせてくれないと、ただでさえすることがなくて暇で退屈な時間ばかり過ごしているというのに、これ以上体を動かさなかったら鈍ってしょうがない」
そう言って肩を竦めるエドガー王子。
私はその姿にクスリと笑ってしまう。
「……やっぱり、似ていますね。 ローレンスに」
「え、似てる? 初めて言われたよ」
私の言葉に、今度はエドガー王子が驚く。
「ふふっ、確かに顔立ちは良く見ないと似てないかもしれませんが、性格はそっくりですよ。 いつもアルに見せている顔が、特に」
……あ、私エドガー王子の前でアルとかローレンスって呼んでたわ。
(いつもなるべく人前では“様”を付けるように気を付けているのに……)
「本当? でも、嬉しいな。
私達は、髪の色以外は違って見えるみたいで、まるで本当の兄弟でないみたいだと、城の者にも言われる始末だったからね」
そう言って笑うエドガー王子。
(あぁ、やっぱり似ているから、私もまるで昔から一緒にいるみたいな感覚になるんだ)
と、そんなことを考えているうちに、紅茶を入れたカップを私の目の前に置いてくれる。
「有難うございます」とお礼を言って、温かい紅茶を飲むと、気持ちが落ち着いた。
「ふふ、少しは落ち着いたかな? さっき、手が震えていたでしょう?」
私は驚いた。
「え、どうして分かったんですか!?」
淑女の仮面で隠してたつもりなのに……。
「私は、人の感情の機微に敏感なんだ」
と笑いながら紅茶を飲む。
その口ぶりから、自分の置かれた立場を意識して過ごしてきた苦労が見えた。
(……私は、同じ国の王族でも、そんな苦労なんかせずに生きてきた……)
8歳の時に起きた“何か”がきっかけで、それまでの過去を消したのもきっと私のため。
……でも、いつまでもそれに甘えるわけにはいかない。
「……教えて下さい、私の“記憶”のこと。
8歳の時の私に、何があったんですか」
私の言葉に、エドガー王子とシリルの顔が真剣な表情になる。
そして、エドガー王子は少し息を吐くと、私の目を見ていった。
「……ごめんね、クラリス姫。
残念ながら、クラリス姫の記憶について、私から教えることは出来ない。
それに、記憶操作では、記憶を封印することは出来ても、完全に消すことも逆に思い出させることも出来ないんだ」
「え……」
教えられない? 思い出すことができない……?
私は頭の理解が追いつかない。
「じゃあどうして、私は夢で、過去のことを何度も見るのですか?
……夢の中で、小さい子がいつも泣いているんです。 それで声をかけて、その子の顔がもう少しで見えるところで、夢は切れる。
それだけじゃない、違う夢では、私の周りから火が上がるんです。 ……視線の先には、幼いアルが倒れていて、それで」
「落ち着いて、クラリス姫」
ハッと顔を上げれば、エドガー王子は温かい表情で微笑む。
「……私は、記憶を司る者の掟として、一度消した記憶は絶対に秘密を貫くんだ。 例え、本人が思い出すことを望んだとしても。
それに、無理矢理思い出させる魔法も残念ながらない。
……だけど、君が思い出すことを望めば、君は思い出すことができるよ」
「! 本当ですか!?」
私の言葉に頷くと、「ただ」とじっと私を見つめて口を開く。
「君は昔、その記憶を自ら封印しようとしていた。 私はそれを、手伝った。
……何が言いたいか。
君にとっては、思い出したくないほどの辛い“過去”を思い出して、それを受け止めきれる自信はある?」
「っ……!!」
……自ら、封印したかった過去? 私自身が?
(辛い、過去……)
きっとそれは、炎で包まれたあの“夢の中の過去”を指している。
あの夢の中のことを思い出しただけで、身を割かれる様な気持ちになる。
……幼いアルが、倒れている姿を思い出すと、特に。
「……それでも、思い出さなければならないんです。
私の身にあの日、何が起きたのか。
……私の体の中で、何かが体を駆け巡った感覚があるんです。 それが魔法であるのならば……私は、正真正銘、悪魔討伐が出来るくらいの力があると、そういうことになります」
私の言葉に、シリルの口から、えっと小さく声が漏れる。
エドガー王子はそれを横目で見た後、私に視線を戻して言った。
「……そこまで分かっていたら、もうすぐにでも思い出すよ。
もう一度聞いておこう。 ここまで来たら、君はあとは思い出すだけだ。
……後戻りが出来るのは、多分今が限界だよ」
(後戻り……)
それは即ち、もう一度記憶を消すということ。
そして、それが出来るのは今だけ。
……私が記憶を思い出せば、この魔法の力を周りにも知られることになり、悪魔討伐に加わらざる終えなくなるから。
私は黙って首を横に振った。
すると、エドガー王子は「そっか」と呟いて、シリルを見た。
「ふふ、やっぱり僕達が知っていた“あの頃のクラリス”はもう、大人になっているんだね」
「……えぇ、そのようです」
「……まるで二人とも、私のお兄様みたいだわ」
と二人のやりとりを聞いて私がぼやくと、クスクスと笑いだす。
私もつられて笑ってしまう。
(……どんなことが待ち受けていても、私は負けないわ)
こんなに多くの人に、守られてきたんだもの。
……守られるだけじゃ、性に合わない。
私は、クラリス・ランドル。
前世の記憶を持ってこの世界に生まれてきた、ランドル国第二王女であり、火の使い手。
今まで守られてきた分の、恩返しをするために。
(そのためなら私は全てを受け入れて、この力で、この手で皆を守りたいの)
……悪役令嬢らしく、どんな手を使ってでも悪魔になんか負けたりするものですか。
周りの反対の声も、聞かないわ。
(私が信じた道を、貫くだけよ)




