番外編SS-シュワード王国②
「はぁ……」
何度目かの溜め息を吐いて、私は窓の外を見つめる。
「どうして、よりにもよって雨なのよ……」
今日はアルとお忍びで街中デートをするつもりだったのに……。
「私としては少しホッとしております」
と言うルナの言葉に私は反論する。
「どういう意味!? ルナは私とアルの恋を応援してくれるんじゃなかったの!?」
「お言葉ですが、クラリス様」
ルナはそこで一息つくと、私に向かってまくしたて始めた。
「いいですか!? こちらは“約束”もあって気が気ではないのです!! 主人同士が仲良くすることは勿論応援致しましょう、ですが! 貴女様方は放って置けば、イチャイチャし始めるわ、約束破るわでこちらは大変なんです! この3日間、お陰様で私はずっと胃がキリキリしております!!」
「……ごめんなさい、気を付けます」
ルナははぁっとため息をついた。
ルナが言う3日間とは、1日目は海、2日目は城内散歩、今日はお忍びデートの予定だったことを指している。
1日目の海ではともかく、昨日の城内散歩ではアルの部屋に少し入ったくらいでとても怒られた。 ……ただ少し入って、ソファで談笑していただけでどうして駄目なのよ。
……たしかに、少し甘えてその、イチャイチャしてしまったのは認めるけど、婚約者なのだから別にいいでしょう。
そして今日のお忍びデートは、まあルナは「街中だなんて危険です!」と昨日から猛反対していたのを押し切ってアルと約束していたから、それが天候のせいで破られてホッとしているのがルナっていうわけで。
「……ルナは、私とお父様のどちらの味方なのよ」
「……それは、その、クラリス様ですけど……、クラリス様に要らぬお噂が立たないようにしているのもあるのですよ」
「例えば?」
私がそう聞くと、ルナはペラペラと喋り出した。
「例えば、アルベルト様とクラリス様が同室でお眠りになったとしましょう。 そうしたら、何処からともなく流れるのですよ。
“婚前に寝室に入るなんて」
「そ、それ以上は言わなくていいわ。 十分分かったから、有難う……」
私は思わず頭を抱えそうになった。
「分かって下さったのならいいのです」
ルナは、そう真顔で言った。
(そ、そうよね、そんな良からぬ噂がアルにたっても困るし……よ、用心しましょう)
「……とは言っても小さい頃から一緒にいるから、距離感なんて分からないわ」
「まあ確かに、それもそうですよね」
と、ルナはクレイグのことを考えたのか、私に同調した。
幼馴染としてアルの近くにいた時間はとても長い。 ローレンスとも遊んでいたけど、アルとの時間の方がずっと、一緒にいた時間が長い、気がする。 ……物心がつく前のことは覚えていないから、分からないけど。
「……物心がついてからも、同じベッドで一緒にお昼寝したり、二人で海行って水かけ合うなんて、普通だったのよね……。 今は男女の距離感があって、つまらないわ」
「大人になってるんですよ、姫様もアルベルト様も。 お二人が結婚したら、アルベルト様は国王に、姫様は王妃になられるのですから、余計に気を付けて立ち回らねばならないのですよ」
「……分かっているわ」
国王と王妃。 絵本の中ではとても幸せそうな身分だけど、現実はそう甘くない。
民の手本とならなければならない。 そのための努力は怠らない。
それが当たり前だと、今でも思っている。
だけど、ふと私はある想像に至った。
(私がもし……ランドルの第二王女でなかったら、どうなっていたのかしら……)
そんなことをぼんやりと窓の外を見ながら考えていると、コンコンとノックをする音が聞こえた。
「クラリス、いる?」
「あ、アル! いるわ、入って」
と、アルの声を聞いて私はドアに駆け寄ると、ガチャとドアを開けたアルが、私を見て嬉しそうに「クラリス」と名前を呼んだ。
その顔を見て私も微笑み返すと、ハッとする。
(……そうだ、もし私が第二王女でなかったら、アルとは勿論、一生出会えなかった……)
そう考えてしまって、不意に泣きそうになる。
「っ? え、クラリス、どうしたの? 具合が悪い?」
「あ……な、なんでもないの。 今日遊びに行けなかったから、残念だわと思って」
「……あー、そうだね。 僕も、クラリスとまた昔みたいに街中を案内しながら周りたいと思ってたけど……、クレイグやルナにも止められたから、また今度にしようか」
「そ、そうね」
私は誤魔化したように笑いながら、「中に入って」と部屋に入るよう促す。
それを見たアルは後ろにいたクレイグに、「クレイグ、少しだけルナと席を外してくれないか? ……クラリスには指一本触れないから」と言った。
そのアルの言葉に、私とルナ、それからクレイグは顔を見合わせて首を傾げる。
(私と二人きりで話したいことって何かしら……?)
アルの真剣な表情に、クレイグは少し溜め息を吐いて、「30分だけですよ」と念押しをしてルナと行ってしまう。
残った私とアルは、とりあえず部屋に入って私がアルの分の紅茶を入れてから、隣同士でソファに座った。
宣言通り、いつもなら隣に座ったら私に触れたりするアルだけど、何故か何も喋らず、私をただじっと見つめていた。
「……な、何かしら、アル?」
私は沈黙に耐え切れず、アルにそう尋ねると、アルは「クラリスこそ、今日はどうしたの?」と心配そうに、優しく聞いてきた。
(……あ、やっぱり、さっき泣きそうになったこと、気がついてるんだわ)
「……た、大したことじゃないわ。 その……少し、考え事をしてたら、悲しくなってしまっただけなの」
「……考え事……そっか」
アルはそれ以上何も言わず、私を見ていたと思ったら「クラリス、手を出して」と私に向かって言う。
私は疑問に思って首を傾げながらも、言われた通り手を差し出せば、その手に青い綺麗な石がはめられたピアスを乗せられる。
「? これって……」
「ふふ、御守り」
何故か少し悪戯っ子のような笑みを浮かべて言うアルに、私は「嘘でしょ」と言うと、アルはまた笑って私に付けるよう促す。
私はその笑みが気になったけど、ピアスを見れば、アルの瞳と、アルから貰った婚約指輪と同じアクアブルーだったから、内心嬉しく思って少し眺めてから言われた通りに自分の耳に付けた。
それを見て、アルは満足そうに頷いた後「ちょっと待ってね」とアルも耳にピアスをつけ始める。
「……あっ」
その色は、まるで私の瞳と同じ色……赤色のピアスだった。
私の考えたことに気が付いたらしく、アルはまた笑った後、「驚くのはここからだよ」と言って目を閉じる。
「……? 何して、」
と言いかけたところで、耳が何か少しヒヤッと冷たくなるように感じた。
(……これって、アルの魔法……?)
ピアスの部分だけ少しひんやりとする耳に、私は軽く触れると、『クラリス』とアルの声がまるで、耳元で囁いているかのように聞こえた。
「!?!? あ、あああアル!? 何故このピアスからアルの声が聞こえるの!?」
私の反応に、今度はアルが吹き出して笑い出した。
「あはは、やっぱり。 予想通り……いや、予想以上の反応してくれた。
このピアスはね、僕の魔力とクラリスの魔力が呼応して、二人で少し遠くにいても会話が出来るようになってる仕組みなんだよ。
だから、今僕がやったように、ピアスを通じてクラリスに僕の魔力をほんの少し流し込めば、会話が出来るようになってる。
クラリスもやってごらん」
「……上手く出来るかしら」
魔力コントロールはあまり得意ではなくて、私は少し躊躇する。 アルは「大丈夫、僕がいるから」と笑顔で言うから、私はその言葉に安心して頷くと、言葉を考えながら魔力を流し込むことに集中した。
(……熱くない程度に、温かさを人肌くらいに……)
そう思いながら魔力を流すと、アルの付けている赤いピアスが僅かに光る。
(上手く、いったかしら……あ、でも言葉考えるより魔力をコントロールすることに必死で何も考えてなかったわ……!)
なんてあわあわしていると、アルは「? クラリス、もうちょっと魔力込めないと伝わらないかも」と、魔力のせいで言葉が聞こえないと思ったアルがそう口を開いた。
(ど、どうしよう、いざ話せと言われても何を喋ればいいのか……)
そう考えた結果、私はこのピアスを貰ったことに対してのお礼を言うことにした。
『アル、有難う』
そう言うと、アルの耳元にはっきりと届いたらしく、アルは少しくすぐったいのかクスクス笑って、『どういたしまして』と私の目を見てピアス伝いにそう返してきた。
「……ふふっ、これではまるでアルが耳元で話してるみたいだわ」
そう言うと、アルも「そうだね」と同調した後、今度は妖艶に微笑む。
「クラリスから僕に、囁いてくれてるように聞こえるから、僕としてはとても嬉しいけど」
普段はクラリスからぼくに顔を近づけたりはほとんどしないからね、と笑うアル。
「アルが私に顔を近づけてくる回数が多すぎるのよ」
と私は返しつつ、恥ずかしくなって顔を俯かせた。
「ねえ、クラリス」
「ん?」
アルは私を見つめて、真剣な表情になったかと思えば、耳元がひんやりとした後、耳元でアルの声が聞こえた。
『何かあったら、これを使って僕を呼んで。
どんなことでもいい。
ピンチの時以外でも、僕は君の話なら何でも聞くよ。
……それに、クラリスがどんなに遠くにいても僕の心はクラリスの側にいるから、それだけは忘れないで』
そう言って、フッと耳元の冷たさが消える。
私とアルが見つめ合っていると、アルは時計を見て「あぁ、時間だね。 そろそろクレイグに怒られる」と肩を竦めて行こうとしたのを、私はアルの腕を掴んで止めた。
「……今日、夜ってアルは時間がある?」
「? ……あぁ、空いてるよ」
アルは私の言葉に察したのか、頷くと、魔力を流して言った。
『いつでも待ってる』
と。
私はふふっと笑って今度は私の魔力を流して、『有難う、愛しの婚約者様』と言うと、アルはみるみる内に顔を真っ赤にして、「ちょ、いきなりはだから駄目だって!」と慌てるものだから、私はたまらずクスクスと笑うのだった。




