3.攻略対象は幼馴染
「……リス、クラリス」
「ん……」
温かくて大きな手が、私の片頬を包む。
うっすらと目を開けた視界の先にいたのは……。
「っ!? あ、アル!?」
思わず大声で、アクアブルーの瞳を持つ幼馴染の、アルベルトの愛称を叫んでしまった。
「ごめん、驚いた? 魘されていたみたいだったから、起こしてみようと思って」
そう言って小首を傾げるアルの、肩まで伸びている紺色の髪がサラッと揺れる。
「その起こし方を見たら、他の御令嬢が卒倒するよ、アル。 クラリスはもう子供じゃないんだから」
と、アルの肩越しにそう苦笑しながら顔を覗かせたのは、銀色の長い髪を緩めに結び、肩に流している金眼の幼馴染で、ディズリー王国の第二王子のローレンスだった。
……間違いない、この世界は前世の乙女ゲームの世界だ。
二人を見てそう確信した私は、それにしても、と目の前で微笑んでいる彼を見つめる。
(いつも見慣れているけど、本当に綺麗な顔……)
前にも言った通り、アルベルトは水の国・シュワード王国の次期国王。
魔力は前国王を越すほどの実力で、成績優秀、容姿端麗と、言うことなしの完璧王子様。
(これは、前世の私にとって好きなキャラだったのは頷けるわ……)
今の私にとっては、大切な幼馴染。 小さい頃から一緒にいるのが当たり前だったから、あまり恋愛に結びつけて考えたりはしていなかったが、私が知らぬ間に婚約しており、今は幼馴染兼婚約者でもある。
(そもそも私、何故か昔のことはあまり思い出せないんだけど……)
記憶力が悪いのか、はたまた何かあったのか。 その謎は未だに解明していない。
「クラリス、僕の顔に何かついてる……?」
ハッとすると、困ったような、照れたような表情で笑みを浮かべるアルに、「まだ頭がボーッとするだけよ」と慌てて言った。
「お医者さんは疲労だって言ってたよ。 無理
はしないで、今日はゆっくり休んでね」
そう言って私の頭を撫でるアルに、後ろにいたローレンスが「だから、アルは距離が近いんだって」と苦笑いを浮かべながら続けて言った。
「ごめんクラリス、押しかけて。 疲れているだろうと思ったんだけど、アルがどうしてもって聞かないから。 ……すごい心配してたからさ。 まあ俺も急に倒れたって聞いて驚いたけど」
「こちらこそごめんなさい、心配をかけて……」
謝る私を見て、アルはローレンスをなぜか軽く睨みながら言った。
「ローレンス、クラリスが困るようなことは言わないでくれる? 後、余計なことも言わないで」
「はいはい、降参。 俺だって二人の仲を邪魔したりはしな」
「ローレンス」
ローレンスの言葉を言わせまいと、アルは怒ったように名前を呼んだ。
「? ふふ、二人とも相変わらず仲が良いわね」
私は思わず笑うと、二人は互いに顔を見合わせ、苦笑まじりに笑った。
「さて、俺達はこれから行かないといけない場所があるから行ってくるよ」
「? 二人で行かないといけないの?」
ローレンスの言葉に首を傾げると、アルは「あぁ、例の転校生の所か」と少し気怠そうに言った。
「アル、露骨すぎ」
ローレンスがすかさずその表情に突っ込む。
「例の転校生って……アルの国から来た、ミリアさん?」
私の言葉に、「そう」とアルが相槌を打つ。そんなアルを見てから、ローレンスが説明してくれる。
「ミリア嬢はシュワードから来た御令嬢でしょ? 本当はクラリスが案内する予定だったんだけど、大変だからって言って、俺とアルが代わりに学園内を案内することになったんだ。あ、これはアイリス様からのお達しでね」
「あら、アイリスお姉様が?」
私の6歳上、現在22歳である姉のアイリスお姉様は、この学園の次期校長代理となるために、今は補佐としてこの学園に勤務している。 代理とつくのは、ここはランドルが建てた学園だから、他家に嫁ぐことで苗字が変わる姉は、血筋といえど校長はできない。 それでも代理を務める理由は、前国王である父の負担を少しでも減らすためである。
「そう。 アイリス様には逆らえないから」
とアルは微妙な表情で呟いた。
「ふふっ、そうね。 アイリスお姉様は怒ったら怖いもの。 ……二人共、ごめんね。私が行けたら良かったのに……」
「大丈夫だから、気にしないで。 クラリスの為なら何でもするから」
「ふふっ、大袈裟ね。有難う、アル」
私の言葉に、アルはにっこりと笑みを浮かべる。
その後ろで軽く咳払いをするローレンス。 きっと“俺もいる”アピールだろう。
「ごめんなさい、ローレンス。 行かなければね。 ……二人とも、ミリアさんに案内できなくてごめんなさいと、お伝えしてくれる?」
「分かった。伝えておくよ。 クラリスは何も心配しないで、ゆっくり休んでね」
「分かったわ」
アルは再度私の頭を撫でると、満足したように二人は行ってしまった。
(……さて、私もちゃんと、思い出さないと)
聖ランドル王立学園のゲームのこと。
そのゲームの 悪役令嬢ポジションに立ってしまった私は、これから先どうなってしまうのだろうか。
(例え私が何もしなかったとしても、ここはゲームの世界でもあるから、私が足掻いたところで、悪役である私の結末はバッドエンド? それとも変えることは可能?)
それに加えて、悪役令嬢の末路がどうなってるのかすら、覚えていないから分からない。
(ん〜……分からないわ)
考えても仕方がない。
とりあえず、家に帰ったら悪役令嬢が出てくるような小説を読んでみることにしよう。
☆
「えっ、悪役令嬢が出るような小説??」
家に帰った後すぐ、ルナに相談してみた。
「きゅ、急にどうしたんです? 意地悪でもなさるおつもりですか!?」
「ん〜……ルナには、相談してみてもいいのかしら?」
四六時中ずっと、寝る以外は一緒にいるといっても過言でないルナには、隠し事はできない。
とりあえず、ことの次第を掻い摘みながら、とても有り得ない話だろうと思うけど、本当の話なんだと、私は一生懸命伝えた。
話し終えると、ルナは私のことをおかしいというどころか、何処かキラキラとした目で私を見つめた。
「……クラリス様、そのお話とっても素敵です!! 前世で恋していた御伽噺のキャラクターに、今度は本物として、しかも婚約者になってお会いしているだなんて……! そのお相手はアルベルト様という次期国王様! 〜〜はぁぁぁ素敵です!」
(……あ、相談する相手、間違えたかしら)
ルナは本を愛してやまない為、妙な空想癖がある。 ……後、方向性がずれているような。
「ち、違くて、問題は私が悪役令嬢ポジションなの! ……どうしましょう、私はそのゲームの記憶はないし、悪役なんて分からないわ」
「あー、姫様は間違いなく、善人枠ですものねぇ……」
ルナは遠い目をしてぼやく。
私はそんなルナを見、はーっとため息をついた。
「……気が重いわ。 だって、もし悪役として何もしないのもどうなるか分からないし、だからといって悪役として動いたらどうなるか……」
「……私が読んできた書物上では、悪役は断罪されますね」
「……つまりは、悪役に待ち受けているのはバッドエンド……」
それはそうだ。 前世の乙女ゲーム……あまり記憶はないけど、昨日見た夢でも悪役令嬢、といえば、主人公の敵、そしてその主人公がハッピーエンドに間違いなく向かうとしたら、高確率で断罪される運命……だったはず。
(〜〜〜もう本っ当に信じられないポジションにいるわ……! こうなるくらいだったら、忘れたままの方が良かった……いやそれでも断罪される可能性はあるわね)
例え、自ら何もしようとしなかったとしても、乙女ゲームの物語は、主人公が来た時点でこうしている間にも進んでいるに違いない。
そして私は、その記憶のない前世の乙女ゲームの悪役令嬢。
……よりにもよって、いじめの大嫌いな私が、そのポジションにいるだなんて……。
私ははぁーっと、さっきより長いため息をつくと、ルナは慌てて口を開いた。
「と、とりあえず、私がお教えしますよ。 悪役令嬢で最低限必要なことは! 姫様にはあまり、無理をして欲しくないのと、悪役にはハマって欲しくないので、最低限という条件付きではございますが……よろしいですか?」
「えぇ、全然大丈夫よ! お願いできるかしら?」
「お任せください!」
胸を張るルナに、やはり頼もしいわと感じたのだった。