☆バレンタイン編-当日
そして迎えたバレンタイン当日。
今日は日曜日で学校がお休み。
だから、アルと城の中でお茶をすることになっている。
(……よし、変なところはないわね)
ワンピースは淡い水色の、胸元にリボンが付いているお気に入りのものを着て、髪型は今日は編み込みにしてもらった。
その姿を念入りに鏡で確認してから、私は机の上の紙袋に目をやる。
(……アル、美味しいって言ってくれるかしら)
紙袋に入っているのは、勿論、アルに渡すクッキー。 ルナと一緒に必死になって作ったものである。
……成功、とはいえないけど、見栄えが少しでも良いものをと選んだ結果、10枚くらいしか入れられなかった、そんなクッキー。
(……食べてもらえなかったらどうしよう)
その時、急に視界が真っ暗になる。
私は驚いて固まると耳元で囁かれる。
「だ〜れだ」
「!?!? あ、あああアル!?」
「せいか〜い」
パッと手を離され、視界に映るアクアブルーの瞳にホッと胸をなでおろす。
「んもう、驚かさないで! びっくりしたわ」
「ごめんごめん」
そう言ってひらひらと手を振るアル。
全然反省していない素ぶりに怒った顔をして見せれば、アルは少し固まった後、ふふふと笑って言った。
「クラリス、怒ってるつもりかもしれないけど、それ逆効果だよ?」
「んな!? ちょっと、どういう意味!?」
アルの聞き捨てならない言葉に怒って見せれば、アルは「さて、そろそろ行きますか」とはぐらかして部屋から出て行こうとする。
「ちょっと! 話の途中でしょ!! アル、待ちなさ〜い!!」
慌てて追いかけようとして、あっ、と思い出して机に駆け寄ると、紙袋をそっと持ち、アルの後を追ったのだった。
☆
アルと二人で向かった場所は、城内の薔薇園。
いつもお茶をする場所で、定位置……丸いテーブルを挟んで向かい側にアルが座ってお茶をする。
私達はそうして、暫く談笑していた。
(……あぁ、いつ渡そう)
ただ今日は違う。
アルに初めて、私が作ったクッキーをあげる。
そのことでずっと頭がいっぱいで、アルの話もあまり入ってこない。
「? クラリス? ……調子悪い?」
顔色が悪いよ、とアルが心配そうな声音で聞いてくるので、私は慌てて首を横に振る。
「ち、違うわ! アルにいつクッキー渡そうとかそればかり考えてるだけでっ……!!」
「……クラリス、それ、もう言ってるよ?」
「えっ……!?」
アルに指摘され、ハッとしたが遅かった。
(〜〜〜あぁぁ私のバカ!! 何言ってるの!?!? サプライズも何もないじゃない!!)
「……き、聞かなかったことにして。 あ、それでは又タイミングが……」
「……プッ、あはははは」
突然吹き出して笑い出すアルに私は怒る。
「ちょっと! 人が真剣に悩んでるのに何で笑うのよ!? ……っ」
私はハッと息を飲んだ。
……アルが私に近寄ってきたと思ったら、そっと私の頰を撫でたから。
「……ア、ル……?」
「そっか、クラリス、そんなに僕のために悩んでくれたんだ?」
「っ! ご、語弊があるわよ!? ぼ、ぼぼ僕のためって!!」
「だって本当のことでしょう?」
「うっ……」
私は言葉に詰まる。
アルはふふっと笑うと、横の椅子に置いてあった紙袋を指差して「貰ってもいい?」と聞いてきた。
私は無言でアルに差し出しながら、恐る恐る見上げるようにしていった。
「……あんまり、上手くできてないから。 その……笑わないでね?」
「! ……ふふ、クラリスが一生懸命作ってくれたのに、僕がそんなことするわけないでしょ?」
アルはそう言って微笑むから、自分でも顔が赤くなるのが分かって俯くと、アルは元の席に座って紙袋を開け出した。
「え!? こ、ここで食べるの!?」
「え? そのつもりだったけど……ダメ?」
そう子犬のような目をして聞かれたら、ダメとは言えない。 私は根負けし、とりあえず下を向いていた。
(だって恥ずかしいもの……)
紙袋を開ける音が聞こえ、アルが「わっ、可愛い」と口を開く。
「……それ、何に見える?」
「? 犬だと思うけど……違う?」
「! 凄い、よく分かったわね!!」
そう、犬の形を象ったクッキーにしてみたのだ。
……ルナや他の人に見てもらったら分かってもらえず落ち込んでいたが、まさかアルが分かるとは。
私がそう言って思わず声を上げると、アルがきょとんとしたような顔をした後、ふふっと笑った。
「何で? すぐ分かったよ?
……それにクラリス、犬好きだしね」
「? どうして?」
確かに犬は好きだけど、アルに言ったことはないはず。 どうしてアルが知っているんだろう?
首を傾げた私に、アルは笑って言った。
「だって、僕にくれるものとか何かしら犬を象ったものが多いよ?」
「あっ、それは」
「?」
口を開きかけ……やめた。
「……ふふっ、やっぱり内緒」
(まさか、アルが子犬みたいだから……なんて言えないわよね。 怒られてしまうわ)
「? そう」
そんな私を見てアルは首を傾げたけど、手に持っていたクッキーを一枚、口に入れ……ふふっと笑って私を見た。
「美味しいよ、すっごく。 クラリスが頑張って作ってくれたのが伝わってくる」
「……えっ、そ、それって不味いってことよね!? ちょ、やっぱり返して!」
美味しい、とは言ってくれたけど、頑張って作ってくれたから、だなんて言われたら不味いに決まってる。
(そんなの食べさせられないわ……!)
そう思った私は、アルに歩み寄ってその手に持っていたクッキーを袋ごと取ろうとしたが、アルはその場で立つと、手を紙袋ごとヒョイっと上へあげた。 そしてアルは焦ったように口を開く。
「えっ、どうして!? 美味しいってば!」
「嘘! 絶対不味いわよ!! そんなの、アルに食べさせられないわ!」
「だーかーらー! 美味しいってば!」
「うそ……ムグッ」
私の言葉はアルが持っていたクッキーによって阻まれた。
口に入れられたクッキー。
私は無言でサクサクと食べる。
「……ふふっ、美味しい?」
アルが私を見てそう言うと、にっこりと笑った。
「……普通、だと思うわ」
まさか自分の作ったものに美味しいだなんて言えるわけがない。 ……いや第一、本当に普通のクッキーの味だから何とも言いようがない。
「でも、僕は美味しいと思う。 クラリスが作ってくれたんだもの」
「……っ」
アルの言葉に、ルナが言っていた言葉を思い出す。
―――いやでも、それってもしかしたら、アルベルト様がクラリス様の手作りが欲しいのを遠回しに言ってるのではないですか?
(っ! ま、まさかね……!)
「……あ、アル?」
「ん?」
アルは私があげたクッキーを、大事そうに丁寧に包んで紙袋にしまいながら顔を上げる。
「……私の手作りって、嬉しいの?」
そう聞けば、アルはパァッと顔を輝かせ、「うん!」と大きく頷いてみせた。
私はその顔を見てハッとし……視線を逸らしながら言った。
「そ、その……も、もうちょっと、上手くなったら、その……また、クッキー、あげるね」
「! 〜〜〜〜〜あぁぁぁクラリスが可愛すぎてつらい……!」
そう言ってあろうことか、アルは私を抱きしめた。
「え、えぇ!? あ、アル!! 離して頂戴!」
「やだ」
「や、やだって……!」
なんてワガママだ、と思ったけど、アルが嬉しそうにしてるから……まぁ、今日はいいか、なんて思う私はきっと、もしかしたら、アルのことを……。
いえ、それはまた、別の話にさせて頂きましょう。
(オマケ)
一ヶ月後。
「クラリス様〜! 大変なんです!」
「? どうしたの?」
クッキーを作っていた私の元に、ルナが駆け込むなり叫んだ。
「アルベルト様、まだバレンタインデーのクッキー、食べてないそうです!」
「!? はぁ!? どういうこと!? ……取り返してくるわ!」
アルが勿体無いからと、私の作ったクッキーをいつまでも食べずにいたことは、学園内でも噂の一つとなってしまうくらい、大変な騒ぎとなったのだった。
……勿論、アルからそれを取り返した上で、ちゃんと新しいクッキーをあげたらとても喜んで食べていた、というのは言うまでもない。
あともう一つ。
これも後の噂となったのだが、バレンタイン後から私の腕には、アクアブルー色のブレスレットが付けられている。 ……勿論それは、今でも続いていることである。




