28.気持ちの答え、婚約者の証
……今、なんて言った?
「アルが、私を……好き……?」
「そうだよ。 ……いや、好きなんかじゃ足りないな」
そう言って、アルは私の長い髪を耳にかけ、露わになった耳に顔を近づけ囁いた。
「……愛してる」
その一言で、私はうぅっと短く唸って、アルの肩に顔を埋める。
「アルは……ずるいわ。 そんなにかっこいいことばかり言って。
私を、本当に甘やかして溶かす気なの?」
そう小さく言えば、アルはははっと笑った後、「それを言うならクラリスだよ」と、笑いながら言った。
「クラリスってば、凄い鈍いんだもの。
僕がどれだけ、クラリスに気付いてほしくて待ったと思っているの。
ずっと……出会った時からずっと、クラリスに恋をしていて、僕は独占欲が強いから、幼馴染のローレンスにでさえも取られたくないからって、幼い時に両親を説得してクラリスを婚約者にした」
「えっ、婚約者って、政略結婚をさせるために言ったんじゃなかったの……?」
私が思わずアルに言えば、はぁーっと長い溜め息を吐かれた。
「やっぱり、そう思われていたんだね……」
分かっていたとは言え、ショックだなぁと苦笑いをするアル。
「ご、ごめんなさい、その……それでしか、アルなんかと釣り合わないと、私は心の何処かでずっと思っていたんだわ」
「釣り合わない?」
その言葉に、少しアルが怒気を孕んだ気がして、私は慌てて「ちょっと話を聞いて」と窘める。
「だってアルは、私よりずっと王家に相応しくて堂々としていて格好良くて、頭も良くて、それと優しいでしょ、おまけに容姿端麗、私を甘やかしている時の顔の妖艶さといったらもう」
「ちょ、ちょーっと待って、クラリス。 そんなに一気に言われたら……」
アルは今度は真っ赤になりながら、私の口を慌てて手で塞いだ。
「……あら、アルでも照れるのね……」
「……僕をなんだと思ってるの」
真っ赤になった顔を見られないようにそっぽを向くアル。 耳まで真っ赤なのに、と私は少し笑いながら、優しくアルの頰に手を添え、ゆっくりとアルの視線を私の視線と絡ませる。
そのアクアブルーの瞳が少しだけ恥ずかしさからか目が潤んでいて、キラキラしている。 その色は、まるで湖が陽の光を浴びて輝いているようで、本当に綺麗だと思いながら、私はゆっくりと言葉を紡いだ。
「……私にとって、アルは理想の……いえ、それ以上に素敵な王子様。
……なんて、ちょっとおかしいかしら。 でもね、本当に今でも不思議なの。 こんなに格好良い王子様が、私の婚約者様で良いのかって。 しかも、一生守る、とまで言われるんだもの。 驚いたわ」
「……重い、とクラリスは思う?」
恐る恐るそうアルは心なしか青ざめた顔で言う。
私はその言葉に首を振って笑う。
「そんなわけないじゃない。
……嬉しすぎて、まだ夢なのではないかと思うくらいよ。 だって、私だって望んでいることだもの」
「! それって……!」
アルの瞳がより一層輝く。 私は幸せだと、そう思いながら心からの笑みを浮かべる。
「私も……アルのことが、好き。 大好きよ。
……愛してるわ」
私の言葉に、アルは甘く笑みを浮かべると、ゆっくりと立ち上がって私を椅子に下ろす。
突然なくなったアルの温もりに、寂しい、と思ってしまって、さっきまで恥ずかしいから下ろして欲しいと思っていたのに真逆だな、なんて思っていると、私の目の前でアルは跪いた。
驚いている私に、アルは私を見上げるようにしながら、「受け取ってくれますか?」と私に向かって手を差し出す。
その手には小さな箱があり、その中にはアルと同じ、アクアブルー色の石が嵌め込まれた、淡く輝きを放つ指輪が収められていた。
「……っ、こ、これって……」
震える声で、それしか言うことが出来ず、言葉の代わりに涙が出てくる私。
アルは少し微笑みながら言う。
「クラリスと両思いになって、“本物の婚約者”になれたら何か証を、と思っていたんだ。
それをずっと探し続けてようやく完成して、そろそろ渡そうか迷っていたところにちょうどルナに言われたんだ」
「ルナに……?」
「あぁ。 クラリスが火の魔法が暴走して気を失っていた時、ルナが、“姫様は鈍いですが、それは婚約者としてまだ自覚していなかったんですよ。 きっと、もう直ぐ気づかれるので早く何か証を探しておいて下さい”って言われて」
「ルナが……」
何でも俺たちの事はルナに筒抜けみたいだ、と苦笑いするアル。 そうね、と私も同調して頷く。
「それで、その時までには完成してた……いや、もう学園主催の夜会の時には出来ていたんだ。
その時にも自信が持てていなかった指輪に、ルナがクラリスに証を、と言われた時に僕はようやく自信が持てた気がしたんだ。
指輪ならクラリスも受け取ってくれるって」
そう言われて再度、私は指輪に視線を落とす。
……アルの瞳みたいな色。
温かい光の中に、少しひんやりとした光も混じっている。
「これ、アルの魔力が込められているわ」
「そう。 僕の魔力も込めてみたんだ。
……いつでも君を守れるように、ね。
願えば、君の気持ちに応えてくれるように作っ……ってわ!?」
私は最後まで聞かず、アルに抱き着く。
「嬉しいわ、アル……! 最高のプレゼントよ!!
どんなプレゼントでも、アルから貰えるものなら何でも素敵だし、嬉しいけれど……これは本当に、嬉しい……」
私だけの、私のために作ってくれた大好きなアルからの、大好きなアルの魔法が込められた唯一無二の贈り物。
アルも私の背に手に回して暫く抱き合っていた後、「手を出して」と指輪を箱からとって、差し出した私の薬指にゆっくりと嵌める。
「……ふふ、これでクラリスは、僕だけのものだね」
なんて、ちょっと含む言い方をするアル。 ……少し、危ない感じの言葉に聞こえたような気はするけど、幸せそうなアルを見ていたら、私だって、と負けじと言い返す。
「この手を離さないでね、絶対に」
そうアルの目を見ながら、訴えるように言えば、アルは少し驚いたように目を見開いた後、「あぁ」と短く返事をして微笑む。
そして、至近距離で視線が交錯する。
アルの瞳が、妖艶に輝く。
その瞳に、まるで吸い込まれるように距離が縮まって……
私は、目をゆっくりと閉じて、その瞬間、唇に感じるしっかりとした甘い温もりに、ゆっくりと身を預けるのだった。
☆
「そういえば、聞こうと思っていたことがあるの」
甘く長いキスの後、私はこう切り出すと「ん?」とアルが首を傾げた。
「ファーストキスは、結局いつしていたの!?」
アルは、その言葉に一瞬固まり、それは、と口ごもる。
「何故そんなに隠す必要があるの!?
……まさか、寝込みを襲った、なんて言わないわよね!?」
私の言葉に、「うっ……」と短く呻くアル。
「ず、図星なわけ!? 有り得ないわ!! どういう神経してっ……んぅ!?」
私の言葉は、またアルの唇によって阻まれる。
「ひ、ひひひ卑怯よ!?」
「ふふっ。
……まあ、ファーストキスは僕だって不可抗力だった、としか言いようがないから、ごめんね?
……その代わり」
「へっ……!?」
アルは私の腰に手を回してぐっと抱き寄せると、さらに縮まった距離のまま、吐息が私の唇に感じるくらい近い距離で妖艶に微笑む。
(い、嫌な予感……)
逃げようとした私を離さないと言わんばかりに、ぐっとまた腰に回った腕が強く、私を抱く。
そして「どうして逃げるの?」と言いながら、綺麗な顔に何処か嬉々とした笑みを浮かべて言った。
「ファーストキスをクラリスの知らないところでもらってしまったお詫びに、そのキスを思い出させないくらい、たくさんキスしてあげるから」
「!? も、もう許してるわ! だ、だだだから、これ以上は……! っん!!」
身の危険を感じた私の言葉は、もう手遅れだった。
(ど、どうしてこうなったの!?)
という叫びは、その後すぐ何も考えられなくなるほど、アルによるキスはどこまでも甘く、どこまでも長く続くのだった。




