27.最愛の人
「あ、悪魔の話をする前に、一応クラリスの魔法の話もしておくよ」
そうアルが言ったから、私は「そう! そのことも聞きたかったの!」と思わず身を乗り出した。
「……く、クラリス、少し落ち着いて、その……距離、近いから」
「へ……あ、ごめんなさい」
私はパッと逸らすと、アルは少し顔を赤くしながらもゆっくりと話す。
「クラリスは最近、良く眠れてなかったみたいだけど、その疲れのせいで魔力が安定していなかったんだ。
その安定しない魔力のまま、あんなことになっちゃったから、感情の制限が出来なかったみたいで、それに呼応して魔法が感情とともに少し暴走気味になってしまったみたいだよ」
「魔法が、暴走……」
……確かに良く眠れていなかった。
疲れていた、というのはある。
(……だけど、本当にそれだけ……? あんなに膨大な魔力が、そんな簡単に暴走する……?)
私の疑問をよそに、「まあ、それで暴走したとしても僕が助けるけどね」とさらりと言い放った。
「っ、そ、そのことなんだけど……! あ、あの時、あ、アルは、その……」
「あぁ、キスしたよ。 その方が、僕の魔法を流し込みやすかったんだもの」
「!? 魔法を流し込む……?」
「火の魔法と対極の水の魔法で、クラリスの中の火の魔法を鎮めたんだよ。 その方が、すぐに体内に回りやすいから」
私はクラっとした。
「……わ、わ私のファーストキスだったのよ!? どうしてくれるの!?」
その言葉に、アルは「え……?」と驚いた後、聞き捨てならないことをポツリと呟いた。
「……もっと前にとっくに、僕はクラリスのファーストキスを奪ってるけどね」
「……な、な……!?」
この人、何言ってるか分かってんの!?
と、危うく掴みかかろうとしたところで、「そ、その話はまた今度、ね?」とアルは子犬のように私を上目遣いに見て小さく言うものだから、私は何も言えなくなる。
……一瞬全く反省してないそぶりで笑ったことについては、見なかったことにしてあげるわ。 今回だけね。
「それで、悪魔の話なんだけど、まだ定かではないから分かっていることだけ説明しておく。
……これは本当に、一国の姫でもあるクラリスには、しっかりと心に留めておいてほしい」
そう言われると、どうしようもなく不安になる。
少し怖さで動揺した私の瞳を見て、「大丈夫、僕が守るから」と言って微笑む彼を見ていると、何とかなる気がして落ち着くから不思議。
「今回はさっきも言った通り、ペンダントを盗み、クラリスの手伝いと称して、身分上逆らえない子爵令嬢方に、ビニールハウスに火をつけるよう命じた侯爵令嬢に取り憑いた。
……ちなみに、怖い思いをしたであろうその御令嬢方には、とある方に、“記憶操作”で記憶を封じてもらった」
「!? 記憶操作……」
そんな魔法があるなんて。
初めて聞いた。
「……国家秘密なんだ。 クラリスも他言無用にしてほしい」
「勿論よ。
その魔法を使って悪用しようとする人達はたくさんいるだろうから、絶対に言わないわ」
そう言うと、アルは頷いて「今度、その方に会わせてあげるよ」と言った。
「そして、取り憑いた悪魔は、“ある怨み”を持っているらしいんだ。 ……それはまだ、定かではないから言えないけれど」
「……怨み……」
私は呟くと、アルは私の手を取って言った。
「もしも、何かおかしいと感じたらすぐに言って。
危ないと感じたら、僕を呼んで。
……僕は絶対、君を助けに行くから」
「え、えぇ。 ……でもおかしいわね。
まるで、私が被害者になるみたいよ?」
「っ、そ、そうだね。 こんなこと言ったら、良くないよね。
……でも、忘れないでほしい。
君は、僕の大切な人だ。
……そして、さっきも言った通り、君は僕の最愛の人だ」
「え……?」
聞き間違い、じゃないよね……?
「さ、さいあいって、どう言う意味……?」
……もしかしたら、全然違う意味の言葉があるのかもしれない。
だって、そうじゃなきゃおかしいもの。
(だってそれじゃあ、アルが、まるで私のことを……)
アルは驚いたように私を見、そして私に向かって微笑む。
「……ごめん。 今まで言ったことが無かったから、意味が分からなくて当然なんだ。
君が、僕と同じ気持ちになってくれるまで、この気持ちは言わないと制限していたから」
「え……?」
同じ気持ちって……
「っ、ま、まさか!!
あ、有り得ないわ! そんなの!!
だ、だって、だって!! 私、アルに迷惑ばかりかけるし、つい最近までちゃんと婚約者として見ていなくて、この前……お茶会の時、ちゃんと自分の気持ちを言おうと思ったのに、結局逃げて、アルに余計頑張らせちゃうしっ……んっ」
早口でまくし立てていた私の言葉が遮られる。
……それはアルの唇が、私の唇を塞いだから。
長いようで短いキスの後、ゆっくりと離れたアルは、私を慈しむように目を細め、私の頰を撫でた。
その一連の行動を理解して、私は一気に、顔が真っ赤になる。
「あ、アル」
「好きだよ、クラリス。
……君のことが、好きだ」
サァッと、あの日のお茶会より温かい風が、私達の間を吹いていった。




