22.5つ目は……
6月に入り、いよいよ庭園やビニールハウスの花もたくさん咲き始める頃。
「見て下さい、クラリス様! もうすぐ咲くガーベラの蕾が、こんなにあるんです!」
彼女はとても嬉しそうに、そう言って私に花を見せる。
「えぇ、とても楽しみね」
私が穏やかにそう言うと、「はい!」と嬉しそうに笑うミリアさん。
私は、ミリアさんがどう思っているかわからない。
……けれど、彼女の私に対する気持ちを無碍にしない。
そうすることにした。
ローレンスや皆から何か言われるかなと思ったけれど、何も言われないから多分大丈夫なんだろう。
アルも喜んで賛成してくれた。
そうして、今日は一緒に来たルナが、花の説明を受けている。
私はそっとビニールハウスを出ると、んーと伸びをした。
「いい天気ね……」
そう呟きながら、キョロキョロと辺りを見回して散歩する。
(誰も不審人物はいないようね)
私は5つ目を、どうにか阻止したかった。
私がやらなくても、誰かがやることで5つ目が起こることも大いにあり得ることを、3・4つ目で実感したからだ。
だからこうして、たまに見張りをしている。
そうしてふと、何人かの御令嬢がこちらに向かって歩いてくる。
「……あら、皆さま、御機嫌よう」
そう私が言うと、彼女達の先頭に立っていた侯爵令嬢の一人が、「御機嫌よう」と淑女の礼を取った。
……その子は、ペンダントを奪った時の子だった。
「……何か、御用かしら?」
「ペンダントについて、謝ろうと思って来たのです」
ごめんなさい、と彼女は私に頭を下げた。
(……反省は、しているのね)
「あら、何を言っているの。 あれをやったのは私よ。
ミリアさんがどうしても邪魔で、しょうがなくね」
その話を振り返されては私が罰を受けた意味がないと、そう判断した私は悪役令嬢を演じることにした。
「……クラリス様は、本当に優しいですわね」
そう言って礼から顔を上げた彼女は、にこにことしていた。
……その顔に、私はゾクリと背中に悪寒が走る。
(なんだか……嫌な予感がするわ)
「姫様? どうかなさったんですか?」
複数人の足音が聞こえたことに疑問を持ったのか、ルナとミリアさんがビニールハウスから出てきた。
(あ、貴女達は近くにいては駄目……!)
咄嗟に思う私に、侯爵令嬢は恍惚とした笑みを浮かべて言った。
「だから、そんなクラリス様のために私が自ら、今度はこの女を潰して差し上げますわ……!」
「っ、ルナ! ミリアさんを連れて離れて!」
私はそう叫びながら、慌ててビニールハウスの近くの方を見る。
すると、その隅でいつの間にか、マッチから火を放ち、そのマッチを落としてビニールハウスに付けようとしている、何処かの御令嬢の姿だった。
その火を見て、この前見た悪夢が脳裏に蘇る。
「駄目……!!!!」
私の手が空を切る。
マッチが下に落ちていく……
じわり、と体の芯から蘇る、“あの夢の中”での感覚。
「いやぁぁぁぁ……!!!!!!」
私の魔法が自然と発せられた、と思ったその直後、マッチの火がシュッと音を立てて消える。
……つまり、ビニールハウスへ引火する前に、火が、消えた。
グラグラとする視界。
体の芯から流れ、突き上げてくる“何か”がまだ、おさまらない……
(……熱い、体が、熱い……!)
何とか歯を食いしばって耐えていた、その時。
急に体が浮き、冷たくて柔らかい何かが、唇に触れる。
……うっすらと目を開けた先には……
(ア、ル……?)
じわりと、今度は中に冷たい何かが入ってくる。
それは、熱を帯びていた体をゆっくりと冷やすように、私の鼓動を落ち着けるように浸透し……
やがて離れた唇を見て、あ、キスされたんだ、と呆然とした頭の中で思っていると、アルはいつもの、穏やかな表情で、私を諭すように言った。
「……もう、大丈夫だよ。
僕が、ずっと側にいるから。
……後のことは、僕に任せて、クラリスはゆっくり休んで」
おやすみ、彼はそう言うと、そっと私の瞼にキス落とす。
私は微睡みの中で、アルの腕の中で、
あぁ、良かった。
と心の底から思いながら、意識を手放したのだった……




