19.ヒロインと接触
途中からルナ視点に変わります。
(ちょ、ちょっと待って、どうしてこんなことに……)
ここは、学園の庭園内にある花園の、ビニールハウスの中。
「クラリス様、ここが私の花壇です!」
そう言って、彼女は手招きながら私を呼ぶ。
……つまり、私とミリアさんだけがこの空間にいるという状況。
(ど、どうしてこうなった……!?)
遡ること数時間前。
「クラリス様、有難うございます!」
「?? な、何のことですの?」
私は急に人通りがいないところでミリアさんに突然話しかけられ、頭を下げられた。
淑女の礼をせずに、頭を下げるミリアさんを見て私は困惑の表情を浮かべ、隣を歩いていたルナに視線を向ける。
ルナも「分からないです」と口パクで答え、二人で彼女を凝視してしまう。
「ロッカーを皆さんに、と頂いた件についてです。 私も良く物を無くしてしまうので、個人的にもお礼を言えたらいいなと思って」
ロッカーとは、彼女がこれ以上物を取られるのは御免だと思った私は、一人一つ使える、鍵付きのロッカーの設置をお父様に打診したのだ。
彼女にだけ与えるのは良くないと思って判断してのことである。
そんな健気にも、絶対に無くなったことを人の所為にしたりしない、しかも盗んだことになっている私の所為にもしたりしない良い子が、私に深々とお辞儀をしてお礼をしてきたのだ。
これには私も驚く。
(……い、いいえ、心を許した素ぶりをしては駄目よ! 私は、悪役令嬢なんだから)
ごめんなさい、と心の中で謝りながら、私は不敵な笑みを浮かべて言う。
「えぇ、貴女が鈍臭くてあまりにも物をよく無くすものだから、私が直接お父様に言ったのよ。 だって本当に、取られやすい所に何でも物を置くんですもの」
どうだ! と私はごめなさいごめんなさいと心の中で思いつつ、そう言い切ると……
(……あれ?)
何と、彼女はキラキラとした目で私の手をとって言った。
「そうなんですか! 校長先生に直接打診してくださったのですね……! 嬉しいです!
有難うございます!」
(そ、そういうことじゃないのよぉぉぉ)
私は心の中で悲鳴を上げる。
そんな私を他所に、彼女は「あ、そうだ!」と手を叩いて言った。
「今から、お時間はおありですか?」
「え、今から? な、無いこともないけれど……」
何を考えてるの、この子は!
私は適当に話を合わせると、彼女は私の手をとったまま「では少しだけ、お時間下さい!」と急に走り出した。
「えぇ!? ちょ、何!?」
手を引っ張られるように小走りになる私。 ミリアさんは何故か楽しそう。
「……私、クラリス様に見せたかったんです! 他の方にも見てもらいたかったんですけど、今のところお見せしたのはローレンス様だけなのです。 ……恥ずかしながら、お友達が出来なくて……」
(だからってよりにもよって悪役令嬢である私を選ぶべきではないでしょう!)
……でも、彼女の気持ちはよく分かる気がする。
前世の私も、確か友達と呼べる子はいなかったなぁ……。
(? あれ、何で急に前世の私の記憶を思い出したんだろ……)
おかしいなぁ、なんて首を捻っていると、「着きました!」と言われ漸く足を止めれば、そこは、庭園の片隅だった。
そして、現在に至る。
(……はあ、全くこの子は何を考えているのよ……)
「見てて下さいね、クラリス様」
彼女は私に笑いかけると、服の胸元をごそごそとやり出した。
え、何やってるのと見ていると、中から取り出したのはこの前のペンダント。
「……それ……」
「……これは、亡くなった母の形見なんです。 母の魔力がこれに込められていて……」
そう言った彼女に反応するように、僅かに緑色の魔法のオーラがポッと灯る。
「……それ、そんなに大事な物だったの」
私は驚いてしまった。
……確かに言われてみれば、彼女にはお母様がいない。 父子家庭で、養子に迎えた弟がいる、という乙女ゲームのヒロインにしては暗めの過去を持った設定だった。
私の言葉に頷くと、私の記憶と同じ家庭環境について語ってくれたミリアさん。
(そんなに暗い記憶でも、彼女はこうして頑張っているのね……)
なんて見直していると、彼女は「こうやって育てるんです」と花の説明に戻り、ペンダントを両手で包み込んだ。
その手の隙間から、ポワッと、温かい緑色の魔法が放たれ、土にキラキラと降り注ぐ。
「私の母は、小さな田舎の地で暮らしていました。 そんな母ですが、少量の魔力の持ち主で、以前ここにも通っていたそうなんです。
緑の魔法……“自然魔法”。
それは、草木の成長を促進させ、より美しく咲くように……所謂、肥料に色をつけたようなもの、と母はよく言っていました。 ……数年前に亡くなってしまいましたが」
「……そう」
彼女のお母様もこの学園の卒業生で、もう亡くなっているだなんて……。 そんな辛い過去をこの子が持っているとは知らなかった。 ……彼女は明るさの裏に、こんな辛い過去まで持っているとは思えなかったから。
「でも、私は父の癒しの魔法を受け継いでいることを知った母が、このペンダントに魔力を込めて私に託してくれました。
“このペンダントを使って、私の代わりに母校であるあの学園で、誰かのために花を咲かせて欲しい”と」
「……! それで貴女は、ここの花壇で花を作ることを、校長にお願いしたということ……?」
私の言葉に彼女は頷く。
(……素敵な話ね)
そう言おうと思ったけど、悪役令嬢である私がそんなことを話していいはずがない。
私は言葉の代わりに、しゃがみ込んで蕾を見つめた。
「……これは、何の花なの?」
「それはガーベラですよ。 これは赤で、こっちがピンクで……。 私、その花の花言葉が好きで。
実は開花したら、私の大切な方に贈ろうと思っているんです」
そう照れたように笑う彼女に、何となく察する。
(彼女の、想い人に……)
「……私も、貴女くらい自信を持てたら、彼の方の隣に立てるのかしら」
「え?」
私は無意識に呟いた言葉に、ハッとして慌てて立ち上がる。
「は、話はもう終わりかしら? 私は、これで失礼するわ」
私はごきげんよう、と淑女の礼をして、慌てて立ち去ろうとする。
「っ、待って下さい!」
彼女の鈴のような声が、突然大きい声を出して私を呼び止める。
「……な、何?」
私は少し驚きながらも、なるべく冷たい口調で彼女に問う。
「私……信じてますから」
「え……」
彼女の言葉に、私は今度こそ息を飲む。
「……クラリス様は、心根の綺麗な優しい人だってこと、信じてますから」
彼女がどんな意味でその言葉を口したのか。
私にはわからない。
……けれど、彼女のその言葉に私は震えてしまう。
(ま、まるで全部、見透かされているみたい……)
「……勝手にしなさい」
私はそれだけ言うと、平静を装いながら、逃げるようにその場を後にしたのだった。
☆
(ルナ視点)
小さな庭園で、私は姫様に何事もありませんように、と祈る気持ちで見守っていると、近くに誰かが現れた。
その人は、私がいることに気が付いてない。
(もしかして姫様を見守ってくれている人!?)
私はそっと近付きながら、一応逃げられたら困る、と思い、スカートの下に隠しているナイフを抜き取り、そーっと陰から近付いて……
目にも留まらぬ速さで、スチャッとその人物のクビに突きつける。
驚いて固まる人物を一目見て、私はあっと叫びそうになった。
そして、漸く謎が解けた瞬間だった。
「貴方は……!」




