16.大切な話、大切な人
「な、何をしているの、アル!? は、離しなさい!」
「……ダメ、やだ。 離さない」
「子供みたいなこと言わないの!!」
ギャーギャー喚く私と、抱き締める手により一層力を込めるアル。
「……君が泣き止むまで、僕は離さないよ」
「もう驚きでとっくに泣き止んでるわ!」
(お願いだから、もうこれ以上、貴方のことを……)
そう思っているのに反して、私は抵抗を辞めて大人しくしてしまう。
(……私、単純すぎるわ。
こんなの、悪役令嬢にあるまじき行為よ……)
……アルに抱かれて落ち着くだなんて……
「……ふふっ大人しくなった。
……大人しいのも可愛いよ、クラリス」
「んなっ!? や、やめて! へ、変なこと言わないで!」
わざと色っぽく、私を甘やかして溶かそうとでもしているのかというくらいに、まともに聞いていたら今すぐ卒倒しそうな声で、甘く囁かれる。
「変なことなんかじゃない。 大事なことだよ。
……僕が可愛いと言うのは君だけだ、クラリス」
「っ!?〜〜〜っ」
「あれ?」
私はその言葉の破壊力に、思わず座り込んでしまう。
「……苛めすぎた?」
「……もう、アルなんて知らない」
フンっと私はそっぽを向くと、「あはは、可愛い」とまた言うアル。
(……何て天然タラシなの!!)
天然なのか、わざとなのか。
「……わざとしかないわね!」
「? 何のこと?」
突然喚いた私にアルは何のことだと首を傾げる。
……後、好い加減、私の手を離してください。
私の視線に気づいたアルが私の手を見たかと思うと、口を開いた。
「小さいね、クラリスの手」
「……大きいわね、アルの手」
もうどうにでもなれ。
投げやりになった私は、されるがままに大人しくすることにした。
「……ねえねえクラリス。 そんなおざなりな態度取ってると、悪戯しちゃうよ?」
「!? それは嫌だわ!」
私はこれ以上心臓に悪いことをされてたまるか! と勢いよく立ち上がる。
「ふふっ、やっぱりクラリスは面白い」
「!? だ、騙したわね!?」
それに、面白いって! ……文句を言おうとして、驚いて固まる。
……アルが、跪いて、握っていた私の手を軽く持ち上げると、その手にキスを落としたから。
「……ねえ、クラリス。 今から、変なことを言うけど、笑わないで聞いて」
いつになく真剣な声に、ドキッとしながらも黙って頷くと、アルは私を見上げて言った。
「……僕は、クラリスに助けられてここにいる。 ……それが何でかは訳あって言えないけれど、クラリスは命の恩人であり、僕の大切な人。
……君がもし、世界中の人を敵に回したとしても、僕は一生……いや、死んでも君の味方で居続けるよ。
重いと思われたとしても、ね。
……僕の執着心はとても強いんだよ? クラリスが想像する以上にね」
「アル……貴方は、本当に……」
大馬鹿ね。
私はその言葉を言う前に、アルに抱き着いた。
「ねえ、アル。 ……変なことを言うけど、聞いてくれる?」
「っ、あぁ。 クラリスの話なら、どんなことでも」
私はアルから少し離れると、アルの綺麗な紺色の髪の毛に触れて、アクアブルーの瞳を真っ直ぐに見つめて言った。
「私、アルといるとね。 とても幸せな気持ちになるの。
……これが何だかね、まだ定かじゃないから今は言わないけれど、予測はついているの。……もし分かったらすぐに、アルに報告するわ。
矛盾しているかもしれないけれど……。
私はこの先どんな人に出会っても、婚約者でいたいと思うのは、アルだけだわ」
ハッと息を飲むアル。
「……アルだけよ」
私とアルの間を、温かい風と一緒に、薔薇の花びらが、サァッと吹く。
ポカンとしているアルの頰に、私はそっと唇を寄せる。
触れるか触れないかくらいの柔らかいキスに、アルは頰を抑えてポカンとしたと思ったら、カァッと顔を赤くさせた。
「え!? な、ちょ!? 何でそこで赤くなるの!?」
今まで赤くならなかったくせに! と、私まで熱くなってきた頰を抑えてアルに文句を言うと、アルはうっと、言葉を詰まらせる。
「……僕だってこんなこと、クラリスに言われたりされたりしたら、照れるに決まってるよ」
「う、うぇ!?」
「……ふふっ、面白い顔してる」
そう言って、アルは幸せそうに笑った。
(……私は、幸せ者だわ)
こんなに、私には釣り合わないくらい素敵な人が、婚約者様。
側には、私とずっと一緒にいてくれるという侍女がいて。
(……本当に、幸せすぎるわ)
「……クラリス」
アルが今度は私の両手を取って、私を立たせると、ゆっくりと、噛みしめるように言った。
「僕も、この先どんなことがあったとしても婚約者でありたい。
そう思うのは、君だけだよ。
……クラリス」




