15.クラリスバカ(2人)
しばらく泣いていた私達は、他のメイドに頼んで温めたタオルを持ってきてもらい、目の腫れを取ろうとしていた。
「……久しぶりにたくさん泣いた気がするわ」
「私もですよ、クラリス様」
私達は、二人で大きいベッドに横になりながら、ふふふと笑った。
「……しかも、このベッドに横になることも久しぶりです」
「小さい頃はよく二人でこうして遊んだり、一緒にお泊り気分で寝たこともあったのよね」
今では王女と侍女という立場上、そういった行動は控えているのだけど、今日は特別。 バレても怒られるというわけではないもの。
「……姫様」
「ん? 何?」
「……私を拾ってくれて、有難うございます」
ルナの小さく礼を言ったことに対して、「急にどうしたの」とタオルを取ってルナの方を見ようとすると、「見ないで下さい!」と慌てたようにタオルを私の目に押し付けてくる。
「そのまま、聞いてくださいね。 私は、姫様に助けてもらったから、今があるんです」
「……私その時のこと、あまり覚えていないわ」
「姫様も私も幼かったですから。
……私は、育った環境が最初は、姫様にはとても言えないほど酷い暮らしをしていたんです。
そして、姫様に拾ってもらい、救われた。
……その上、姫様は私に優しくして下さり、この侍女という居場所まで作ってくださった。
……だから、私の身は姫様の、お役に立つためなら、何でも、命だって惜しくはありません」
「駄目よ、そんなの」
「え……?」
私はふふっと笑って言った。
「……私は、今は“悪役令嬢”だから、欲張りなの。 だから貴女が側にいないなんて、許さないわ」
「……! ひ、姫様ぁぁぁ」
「ちょっと、泣かないでね!? せっかく今、泣き腫らした目を休めているんだから!!」
「……ふふっ、そうですね!」
私達は可笑しくて、あはははと淑女にあるまじき笑い声を上げる。
そうしていると、コンコンッとノックをする音が聞こえた。
「……? 誰かしら。 謹慎期間中は誰も入れないはずなのだけれど……」
「私、出てきます」
ルナはそう言うと、パタパタと走って行く。
私も一応、目元のタオルを取るとゆっくりと体を起こした。
「……えぇ!? な、何でここにいるんですか!?」
「校長に許可は頂いたよ」
(……ん? え……ちょ、この声……っ、まさか……!)
私は大慌てでベッドの中に入り込み、蹲る。
(聞いてない聞いてない聞いてない……! お父様、何を許可しているのよぉぉ!! 私は謹慎処分中なのよ!?
……それにそれに! 顔を合わせずら)
私の頭の中でグルグルと、そんなことを考えている最中、バッと不躾にも掛け布団が引っ剥がされる。
バッと、私は音を立てるような勢いで、引っ剥がした犯人を見る。
「ちょ、な、な……!」
「うん、起きてるね。
僕は“伊達”なんかじゃない。
……ま、それ以上、僕はクラリスとはとても仲が良いんだけど」
そう私を見下ろしてにっこりと笑う、アクアブルーの瞳の婚約者様に……私は為す術もなく、まるで囚われた獲物状態になって固まってしまうのだった。
☆
「……有り得ないわ!」
「まだ怒っているの?」
「当たり前でしょう!」
ちなみに怒っているのは私で、のほほんとテーブルの向かいの席に座って、優雅に紅茶を飲んでいる呑気な方はアル。
……何故こんな状況になっているかって? こっちが聞きたいくらいだわ!!
「私は謹慎処分中にお茶会をするだなんて、一っ言も言っておりませんわよ!?
……それに貴方、学校はどうしたの!?」
「見ての通り、ズル休みだよ」
平然と言い切る婚約者様に、私ははぁっと溜め息を吐く。
(罰として謹慎処分中の身の私と、ズル休みを平気でしている学年首席王子様と、何故に城内の薔薇園で優雅にお茶会をしているのよ……)
しかも、二人きり。
(……こんな状況下になっても平静でいられるアルと、そんなアルと一緒に入られて嬉しい、だなんて思ってしまう私って一体……)
「……で? わざわざ校長に頼み込んで許可を頂いてまで私に会いに来るって何事? 何か企んでいるの?」
(あぁ、私可愛くない……!)
「別に企んでもないし、頼まれてなんかいないよ。
……ただ逆にクラリスが心配すぎて、イライラを魔法にぶつけて暴れそうになった僕を見て、慌てた校長が内密になら会いに行ってもいいと許可を貰った……と言ったらクラリスどうする?」
「っ……!? あ、貴方そんなことまでしたの!?」
「未遂だよ」
ニコニコと、いつもの子犬のような表情で楽しそうに笑うアル。
(こ、この方一体何を考えているのよ……!)
……それに、絶対嘘だわ!この表情は!!
(な、何をしたのかしら……)
……怖いから、とてもじゃないけど聞けない。
しかも暴れた理由が、私に会いたいから、だなんて……
「……馬鹿、なんじゃないの」
「? 今更でしょ。 ……僕は、クラリスなしではいられないもの」
クラリスバカだよ、なんて自分で言って笑っているアル。
その言葉に不覚にも、恥ずかしくなって俯く私。
「……ふふっ、クラリス分かりやすいね」
「あっ、アルが変なこと、言うからでしょう……」
「だって、この前は“幼馴染は伊達ね”なんてローレンスに言ってて、僕もそう思われてるのかと思うと悔しくて。
だからさっきの、会いたくないけど会いたいって思ったり、気を引きたい時はすぐ、ベッドの中で蹲る傾向があるの知ってて、僕は掛け布団を引っ剥がしたんだから」
「な、なななななんて情報知ってるのよ!? って、そうじゃないわ!
淑女のベッドルームに、入り込まないで!!」
アルは、「はは、なるべく気をつけるよ」なんて、全く信用ならない口調で、私の言葉は軽く受け流された。
「……そうは言うけど、ローレンスは君がやっただなんて思ってない。 だから今、証拠を探し出そうとしてる」
「……探したって無駄よ。 何も出てこないわ。
……あれは私がやったこと。
だから余計な詮索はいらないわ」
私はハァッと息を吐いて、紅茶を啜る。
「……ま、いいや。 僕はこんな面白くもない話をしに来たわけではないし」
「お、面白くもない話!?」
(人が悩んでいるって言うのに、この人は……!)
「そうだよ。 僕にとっては、面白くない話だよ。 ……だって、クラリスがそんな面白くないことやるわけないがないでしょう?」
「な!?」
私は何で、と言おうとしてハッと固まった。
……アルの瞳が、真剣だから。
「……僕はクラリスが、そんなつまらないことをする人だとは思ってない。
……やったとしても何か事情があった、とかそんなのじゃなきゃやる人じゃない。
……だって、僕はクラリスと小さい頃からずっと側にいて、クラリスがどれだけ人を思っているか、どれだけ温かい子か、知っているから。
それは皆同じ気持ちだ。 クレイグやローレンス、シリルだって、皆……」
そう言って、アルはハッと私を見つめた。
「あ、れ……」
……私、泣いてる……?
「は、ははっ……さっき、たくさん泣いたのになぁ……」
「……僕のいないところで?」
怒ったようなアルの口調に、え、と驚いて発しようとした声は、喉の奥に消える。
……それはいつの間にか立ったアルが、私に歩み寄ってきて、ギュッと、私を強く抱き締めたからだった。




