13.3つ目の嫌がらせは唐突に
更に夜会から2週間が過ぎた。
5月の中旬になり、ローレンスとミリアさんが2人で歩く姿を、よく目にするようになった。
そして“覚悟しててね”なんて言ったアルは、ただでさえ以前も私への甘やかしが他人から見たら歴然としている、と言われていたのにも関わらず、それがさらに倍以上になった。
……序でに言えば、心臓に悪い行いをされるようになった。(強いて言えば、額や頭、不意打ちで甘い言葉をかけると言った類)
そんなアルに翻弄されながらも、ふとこの先のことが見えない不安に、押し潰されそうになる毎日。
そんな私に追い討ちをかけるように、次の嫌がらせを夢の中で思い出す。
3つ目の嫌がらせは、ミリアさんの物を盗んで隠すという、何処か幼稚じみた、でも1つ目と2つ目と同じように酷いことだった。
「……そんなこと、私には出来ないわ」
私はルナの前では暗い顔を見せたくなくて、ルナにアルへ伝言で、約束していたお茶会はいつが良いか聞いてきて、と頼んで一人になると、そうポツリと呟いた。
(……あんな良い子に嫌がらせなんて出来るわけないじゃない……)
ミリアさんは、自ら私に面と向かって話しかけてはこない。
……それは、己の立場を弁えている(私は嫌だけれど)、彼女の行動だから。
1つ目の時の忠告で、あの子はそれをすぐ理解して、極力自ら話しかけたりはせず、最低限の距離は取るよう心掛けているように見える。
……それでも、気にしないローレンスが自ら話しかけていくあたりで、彼女は周りから、そういう目では見られないため、最近では、手に取るように彼女へのチクチクとした嫌味を聞くのが露骨になっていった。
……それに反して、私は無理をしてでも大魔法が使える(それって私的にはあまり恰好良くないと思う)、立派なランドル家の一員として、周囲から認められるようになり、周りから媚を売られる毎日。
それを私が嫌悪することを知っているアルは、すぐに遠回しに、“二人でお喋りをさせて”、とか、そう言った具合の言葉を並べたり態度で示したりして、近寄ってきた生徒達を蹴散らしてくれる。
その姿は宛ら、ヒーローだと思う。 (但し、スキンシップはなるべく避けて頂きたい)
……あっ、そんなことを考えてる場合ではなかった。
(いけないいけない、アルのことばかり考えてては……)
今は3つ目の嫌がらせをどう乗り切るかでしょう。
私は考えるが、何もアイデアが浮かんでこない。 これには頼りになるルナでも、アイデアは浮かんでこなかったらしい。
しかも、一番肝心な盗む物が何だったか思い出せないという始末。
(本当に、お先真っ暗よ……)
なんてぼんやり考えて、曲がり角を曲がった直後、ドンッと走ってきた誰かにぶつかる。
「痛っ」
「あっ、ごめんなさい! 大丈夫?」
私は何とか持ち堪えたけど、ぶつかって尻餅をついてしまった御令嬢に向かって手を差し出す。
(……あ、この子、いつもミリアさんの悪口を言っている方だわ……)
侯爵家の御令嬢である彼女は、爵位が高いのを良い事にそれを鼻にかけている、という感じである。
(でも私が直接聞いた情報ではないから、本当なのかはよく分からないけれど)
彼女は鋭い目で一瞬私を見、そして慌てたように「く、クラリス様!?」と鋭かった目を丸くしたと思ったら、顔色がサッと変わる。
(……あぁ、この方やはり噂通りなのね……)
爵位が私の方が低かったらきっと、凄く文句を言われたに違いない。
(……呆れたものね)
爵位で判断する、そんなこと私は大嫌いなのに。
「? 何か落ちているわ」
私は彼女の左隣の床に落ちている、綺麗な翡翠色のペンダントを指差す。
「……っ、こ、これは、知りませんわ!」
「え、ちょ……」
彼女はそのペンダントを取らず、何故かまるで逃げるように入って行ってしまった。
「……嵐のような方ね」
私は溜め息を吐くと、ペンダントを手に取り、まじまじと見つめた。
「……? このペンダント、魔力が込められているわ」
(それに、この魔力……)
「……っ、もしかして」
この貴重な魔力は、この学園には一人しかいない。
……しかもそれは、よりにもよってあの子の魔力で……
「……く、クラリス様っ!」
「!?」
私は思わず、ペンダントを隠しながら声を掛けてきた彼女を振り返る。
「ミリアさん……」
「あっ、あの、私……ペンダントを、魔力テストのために、外して置いといてしまったら、見当たらなくて……知りませんか!?」
あぁ、やっぱり。
このペンダントは彼女の物だ。
密かに感じられる、癒しの魔力。 それが何よりの証拠。
素直に渡そう、そう思ったけどハッとする。
(これを返したら、さっきの侯爵家の方の話をしなければならなくなる。 そうでないと、私が疑われてしまう……。 あっ、でもそれではさっきの方が咎められる。 自業自得だとは思うけど、この学園では爵位関係なく、処罰が厳しい……)
この学園では、そういった虐めの類に対しての処罰が厳しい。
いくら侯爵家の彼女でも、処罰の厳しさは爵位関係なし、としているこの学園では最悪の場合、退学になることだってある。
……ペンダント一つでどのくらいの処罰になるかは分からないけれど、このペンダント、誰でもわかる程度に魔力が込められているから、ミリアさんにとっても大事な物である彼女はと気付いたはず。 それを分かった上でやったことだから、言い逃れはできない……。
「……クラリス様は、ご存知ないですよね。 私より後に魔力テストを行っていましたから。
……変なことを聞いて足止めしてしまいすみません! もう少し探してみます!」
「あのっ、ちょ……!」
待って、と言えなかった。
(……ミリアさん、泣いていたわ)
綺麗な瞳から溢れた大粒の涙。 それを見せないように走り出した彼女だけど、私は見過ごさなかった。
(……結局、渡せなかった。 それに、今これを届けたところで彼女になんて説明すればいい?)
それなら、まだ時間が経っていないから、ペンダントは私からローレンスに、教室に落ちていたとか誤魔化して、彼女に渡してもらおう。
そう考えた私は、ローレンスを探すことにした。
でも私は、この場でペンダントを直接ミリアさんに渡さなかったことで、大変なことになって後悔するとは、夢にも思っていなかった。
まさか、あんなことになるなんて……
☆
「ローレンス、何処にいるのよ……!」
彼を探して彼此一時間くらいは経とうとしている。
窓の外ではいつの間にか、雨が降り始めていた。
(これじゃあ、ルナも心配するわ)
ルナの姿も見つからず、私は淑女にあるまじき行為だと分かっていながらも、走ってローレンスを探していると、丁度教室から出てきたローレンスに鉢合わせする。
「あれ、クラリス、そんなに走ってどうしたの? クラリスもミリア嬢のペンダントを探してくれているの?」
(……あ、ローレンスも聞いているのね、ミリアさんのペンダントのこと……)
でも、何とか言って渡さないと。
私は意を持って、ペンダントを取り出してローレンスに差し出す。 それを見せると、ローレンスは驚いたように「あぁ、クラリスが見つけてくれたのか」と笑顔で言った。
「……これをね、さっき教室で見つけたの。 目立たないところにあったからきっと、ミリアさんは見つけられなかったのね。
一時間くらい前にミリアさんに相談されたのだけれど、彼女が無いって必死に探していたから、気になって探してみたの」
……苦しい言い訳の上に、ミリアさんにあの場で渡さなかった罪悪感に駆られ、私は色々と口走る。
それでも、そんな私の気持ちや言動には気が付かずに、ローレンスは少し目を見開いた後、「有難う」と笑顔で言うものだから、本当に罪悪感しか残らない。
「これはきっと、ローレンスから渡した方が彼女、喜ぶと思うから、渡しておくわ」
「え、そんな。 クラリスから渡した方がいいよ。 彼女の大切なものを見つけたのはクラリスなんだから」
「いえ、ローレンスから渡すべきよ」
と、なかなか受け取らないローレンス。 でも私としては、直接渡して笑顔でお礼を言われた方がもっと罪悪感に駆られる。
だから、ここで収めておきたかった。
……なのに、神様は残酷だった。
「……ア、ル……?」
私は、ふと視線の先に映った玄関を、思わず凝視する。
なんとそこにいたのは、びしょ濡れのアルと、その腕に抱えられていたのは……
「……ミリア、さん……?」




