11.夜会編 ー記憶と自覚ー
「やった〜〜!!無事にハピエン迎えられたぁぁ!」
(……前世の、私……)
前世の私の部屋のベッドの上で、バタバタと足を動かす前世の私。
……今じゃはしたないと怒られてしまう行動に、自由で良いな、と少し羨ましく思っていると、前世の私が思わず耳を疑う言葉を口にする。
「クラリス様が出てきた時はどうなるかと思ったけど、無事にクラリス様とアルベルト様は婚約破棄になったし! まあ、クラリス様がしてきた仕打ちは酷かったから当然よね!」
(……私とアルが、婚約破棄……?)
―――そうだ、ミリアさん……ヒロインとアルがくっつく。 ……それは、クラリスとの縁が終わることを意味する。
(バッドエンドは……婚約破棄、ってことなのね……)
アルがミリアの攻略対象の一人で、初期設定からクラリスの婚約者である限り、クラリスにとってのバッドエンドは婚約破棄である……今まで何故、そんな簡単なことに気が付かなかったのか。
……胸がズキリと痛くなる。
(婚約破棄……そういえば私、アルのことは婚約者として、あまり意識したことはなかったなぁ……)
物心がつくずっと前から一緒にいる、大切な幼馴染。
綺麗な紺色の髪、アクアブルー……綺麗に澄んだ湖の色をそのまま持ってきたような瞳。
その瞳に映る女の子は、私一人だけ。
それが、当たり前のように感じてしまっていた。
優しいアルに甘えて、アルの方が1歳上にも関わらず、我儘を言って困らせたこともあった。
……今も十分、迷惑をかけていると思うけれど。
どんな時も、私がピンチの時も嬉しい時も、辛い時だって駆けつけてくれた、助けてくれた、私だけの王子様。
(……そんなアルが、違う女の子の隣に行ってしまう……)
アルが私に接してきたように、他の女の子に向かって甘く微笑んだり、たまには怒ったり泣いたりするのだろうか。
(……そんなの、嫌だ)
……いくらその相手が、大好きなルナや見るからに良い子のミリアさんだったとしても。
(私は、私は……!)
アルと、離れたくない……――
☆
「……リス、クラリス……」
「……あれ、ここは……」
目の前には、大好きなアイスブルーの瞳が心配そうに揺れている。
「……アル?」
「そうだよ。 ……良かった、目を覚まして。 ……怖い夢を見ていたの?」
そう言って私の頰を拭ったアルの指先についた、小さな雫。
「……うん、とても怖い夢だった」
素直に私は小さく頷く。
「……幻滅した?」
私の言葉に、アルは驚いたような目で私を見つめながら、優しく「どうして?」と私に聞いた。
「だって、まるで子供みたいだわ。 怖い夢を見て泣いただなんて」
「そんなわけないよ。 誰だって怖い夢なんて見るだろうし。
……それに、僕はクラリスにそんな顔をさせる夢があることに対して、怒りたいくらいだ」
僕が代わってあげられたら良いのに、と私の髪を頭を撫で、頰にその手が降りてくる。
その大きな手の温もりが、温かくて、思わずその手にスリッと顔を寄せると、アルは又驚いたように一瞬手をビクッとさせ、ぎこちなく頰にそのまま手を置いた。
「……今日は、甘えん坊さんだね」
「……やっぱり子供扱いしてるでしょ」
アルの言葉にプンッと怒りながら言うと、「いや、可愛いと思っているだけだよ」と笑顔を浮かべて言った。
「っ……だから、そういうのは反則なのよ……」
私は掛け布団を上まで引っ張って、目だけ覗かせる。
「ふふっ、いじめすぎた? ごめんね」
「……許すわ」
私は引っ張り上げた掛け布団を少し戻してから、上半身を起こそうとするけど、体に思うように力が入らない。
「っだ、駄目だよ、無理しちゃ。 ……さっきの演出で、クラリス、大量に魔法を使ったでしょう? それが、体に響いているみたいで、風邪も併発したみたいだよ」
「……体が、悲鳴を上げていたのね」
……結局、魔力の使いすぎで風邪を引いて倒れるだなんて、王家の恥になってしまったわ。
「……そういえばミリアさんは!? あれから大丈夫だったの!?」
「? ……あぁ、彼女のことなら心配いらないんじゃないかな。 クラリスの持っていた新しいドレスは借りることになったらしいけど……それは大丈夫だった?」
「えぇ、全然平気よ! ……それより、アルは行かなくて良いの? ミリアさんの所へ」
言っていて、チクリと胸が痛む。
「……僕がミリア嬢の所へ? 別に大丈夫じゃないかな。 一応、ルナとクレイグには付いて行ってもらってはいるし、ローレンスが今頃お相手してるんじゃないかな」
大分軽い口調でそういうアル。
……まるで、そんなことはどうでもいいというような口調に、私は少し拳を握りしめて聞く。
「で、でも、アルもいた方が、あの子も気持ちが落ち着くんじゃ……って、アル?」
「……クラリスは、僕をそんなに、ミリア嬢の所へ行かせたいの?」
「え……」
いつもの表情とは打って変わって、少し冷たくも見えるアルの表情。
私はそんな表情に、動揺を隠せずに言葉を失う。
「クラリスにとって、僕は邪魔? ミリア嬢の所へ、僕は行っていた方がいいの?」
……違う、怒ってるんじゃない、悲しんでる。
そうじゃない、と否定したいのに、自分でも何をいえばいいのか、かける言葉が見つからず、私はただ口を噤む。
アルは、「ごめん」と私を見ずに謝ると、俯きながら言う。
「……風邪を引いているのに、問い詰めるみたいな形になってごめんね。 ……僕は少し、頭を冷やしてくるよ。 クラリスは温かい格好をして、しっかり休んで体を治して。
……じゃあ、また」
アルは席を立って、ドアの方に向かって歩き出す。
遠のく背中。
(……待って、行かないで……)
――私を、置いて行かないで。
「……っあ、アル!!」
私は駆け寄ろうとベッドから飛び降りて、四、五歩走り出したくらいでふらふらとして転びそうになったところで、アルが慌てたように私を支える。
「く、クラリス駄目だってば。寝てないと」
「嫌なの。
……アルが、いなくなってしまうのが、一番嫌。
……婚約者でなくなるのは、もっと嫌だし、怖い……」
アルの言葉を遮って口を開いた私に、ハッと息を飲むアル。
「……クラリス、それって……」
アルが何かを言いかけた、その時。
ガチャ、と誰かがドアを開けた。




