9.夜会編 ー演出①ー
そして迎えた、夜会当日。
(わ、私、本当に、やるのね……)
王家伝統の、赤い火をイメージしたドレスに視線を落として、私は高鳴る鼓動を落ち付けようと、大きく息を吸う。
「緊張してるか?」
そう言って、伝統の衣装に同じく身を包んだ相変わらず綺麗な、恰好良く見えるお姉様を見て、にこりと微笑む。
「緊張しておりますけど……正直、ワクワクしておりますわ」
「ワクワク?」
私は、ギュッと胸の前で手を合わせる。
「私、憧れておりました。 ……お兄様と、お姉様、お父様達が、あんなに綺麗な火を自由に操って、皆を楽しませていて。
毎年私や、一緒に見ていたお母様に向けて、いつも三人で、可愛い動物達を象って楽しませてくれたのもとても嬉しかったのです」
「……あぁ、そういうことも、したかもね」
照れ隠しにそう言うお姉様に向かって微笑んでいると、お兄様が私とお姉さまの名前を呼んだ。
「クラリス、アイリス」
「あ、ニコラスお兄様」
「ニコラス、遅いぞ」
アイリスお姉様の言葉に、「あーすまない」と慌てて私達と一緒に並んだ。
「少し、伝言を頼まれたんだ」
「? 伝言?」
私が首を傾げると、にっこりと笑って私に耳打ちする。
「お前の、愛しの婚約者様からだ」
「!? 愛しのって……お兄様、からかわないで下さいませ」
「ごめん」
そう軽く言って笑うお兄様に、頬を膨らませて見せれば、お兄様はふふっと笑って言った。
「……見てるって。 クラリスが無事に成功するように、祈りながら」
「……! まあ……」
アイリスお姉様にワクワクしてる、とは言った手前、心の中では不安でもあった。
そんな冷たくなっていた心の中が、アルの言葉によってじんわりと温かくなったような、心地良い感じがする。
無意識に、ギュッと手を握る私を見て、二人は顔を見合わせて微笑むと、辺りが暗闇に包まれる。
「いよいよ、始まるな」
「クラリスの言葉を借りて、“ワクワク”してるよ」
お兄様が呟き、お姉様がにこやかに言う。
「さあ、クラリス。 行こうか」
「はい、お兄様」
私は差し出されたお兄様の手を取ると、お姉様もお兄様に差し出された反対の手を取って、三人で舞台の上へ上がるのだった。
(アルベルト視点)
(……クラリスに、ちゃんと伝言は届いただろうか)
ランドルの演出に出る者しか舞台裏には行けないため、今日はまだクラリスに会えていない。
……それどころか、今日のために頑張っていたクラリスに、なかなか会えない一週間だった。
(……まるで、拷問のようだ)
なんて、クラリスに心酔すぎだと、少し自嘲めきながら笑う。
(……僕の気持ちには、まだクラリスのことだから、気が付いてないだろうし)
……時が来るまで、まだ言わない。
無意識に自分のポケットに手を置く。
「……まーたクラリスのこと考えてる」
そう言う幼馴染は、僕に向かって「よ」と手をあげる。 その横には、ミリア嬢、そして後ろにシリルが控えている。
(お前こそ、ミリア嬢と随分、仲が良いくせに)
と、ここまで出かかった言葉を飲み込む。
「ちゃんと舞台から見える位置に来てるしな」
ローレンスの言葉に、すかさず反論する。
「当たり前だろ。 クラリスのことを見るために、この夜会にいるんだから」
僕の言葉に、隣にいたクレイグが「そうなんですよ」と口を開く。
「アルベルト様、一番早く来たと言っても過言ではないほど、舞台で一番よく見えるここへ真っ先に来たんですよ」
「クレイグ、それ以上は言わなくていい」
「あはは、十分伝わったよ。 なあ、シリル?」
「そうですね。 暑苦しいくらいに」
ローレンスがシリルに話を振ると、寡黙なシリルが冷静に答えた。
僕が馬鹿みたいじゃないか、と文句の一つでも言ってやろうと口を開きかけたその時、開始の合図のように薄暗くなる。
「始まりますね!」
そういつの間にか来ていた、嬉しそうなルナに
「あぁ」
と僕も思わず笑みをこぼす。
(クラリス、頑張れ)
祈るように僕は、心の中で呟く。
(……何があっても、絶対に僕が守る)
……そう、アイリス様と校長とも、約束したんだから。
(クラリス視点)
舞台に上がった私の姿を見て、会場からどよめきがあがる。
(それもそうよね。 去年やらなかった魔力の弱い私が、いるんだもの)
ふと視線を感じて、その方向を見ると、アルベルトが少し心配そうに、でも穏やかに笑っている。 隣にはルナやローレンス、ミリアさん、クレイグやシリルの姿もある。
……そのすぐ近くには、小さく手を振るお母様の姿も。
(……皆、見てくれてる)
どよめきは、お兄様の挨拶の言葉ですぐに静かになる。
そして、いよいよ出番が近付いた時、お兄様は私の背中を軽く押した。
「今年のランドルのオープニング演出には、校長である前王に代わって、私の大切な、立派な淑女になった妹が新たに加わり、華やかに彩ります。
今宵は素敵なパーティを、どうぞお楽しみください」
私は打ち合わせ通り、淑女の礼をして、にこりと笑ってみせる。
(見ていて、アル。 絶対、成功させてみせるから)
「ランドルの、名にかけて……!」
お兄様の凜とした声と同時に、一斉に飛び立つ動物達。
(私も……アルとルナ、ローレンス、お母様……皆の元へ)
私は神経を両手の人差し指に集中させ、指先を、アル達に向けて、左手に2匹、右手に1匹の動物を、一斉に放つ。
(やった! 成功ね……!)
小鳥と子犬は、遊ぶようにアル達の元へ、お母様には伝説で有名なユニコーンを飛ばす。
(特にユニコーンは、本当に難しかったわ……)
この日のために練習してきた、難しい技。 出来た時は思わず、お兄様とお姉様に抱きついてしまったくらい。
ユニコーンと一緒に、お兄様とお姉様の指から放たれた子熊と兎が、一緒に駆けるように、お母様とお父様の周りをクルクルと回った。
(お母様……泣いているわ)
魔力が弱い私を、誰よりも心配してくれたお母様。 その感謝を込めて、私はクルクルと何度もユニコーンを旋回させつつ、左手でアル達の元でクルクルと回る小鳥と子犬を操る。
(ふふ、アル驚いてるわ)
実は子犬の方は、アルをイメージした。
…… いつも子犬のような表情をするから、なんて言ったら怒られるかしら。
私はふと、アルに対する悪戯を思いついて、子犬の方の火を、温度を抑えて、人肌くらいの温度にすると、アルの頰にまるでキスするように、子犬の鼻をチョンッとつけた。
「!?」
絵に描いたように驚いて私を凝視し、子犬を見るアルに、思わず笑みが溢れる。
私は3匹の動物達を、クルクルっと形を変え、スポンッと近くにあったテーブルの上のキャンドルに、灯したのだった。




