第二話:最大の好敵手
ゼルク達はエントランスホールの出入り口から外に出た。すると今尚戦っている味方と敵がいた。最早この光景は地獄絵図と化していた。これが人のやることなのか。
「・・・・・・ゼルク。先に進みましょう」
心が痛いのはなにもゼルクだけではなかった。だけど姫様はそこに鞭を打った。本当は仲間を助けたいのは山々だけど私達は敵の総大将を狙うべきだと思っていた。
「そうですね。姫様。・・・・・・ここは中庭を目指しましょう」
それはアーマデラスも一緒のようだった。アーマデラスの云った中庭はお城の真正面にあった。そもそもアルオス城の後ろには出入り口もなければ庭園もなかった。
「ゼルク! 中庭は広い! きっとそれなりの敵がいる筈だ! 気をつけろよ!」
アーマデラスの言葉をゼルクは静かに耳の中に入れた。その情報は決して外には漏れなかった。むしろ心の中に留めておこうと思った。中庭に何者がいるのだろうか。
「ゼルク。お願い。勝ち続けて」
姫様は相当に心配していた。それもそうだろう。戦争以上に心が折れそうになることはない。しかも元々は良い人達までもが悪しき魔神の手によって汚されていた。
「着いたぞ。敵は・・・・・・ちぃ。六人もいるぞ。しかも・・・・・・あれは槍使いか」
アーマデラスの云うとおりで敵の兵士が六人もいた。この感じからして戦うしかないようだ。正直のところでゼルクの魔力よりも士気の方が下がり切りそうだった。
「うん? ・・・・・・な!? おい! 敵だ! 敵がいるぞ!」
槍を持った敵がどうやらゼルク達に気付いたようだ。すると六人全員が槍を構えた。今にも突いてきそうな六人は槍を構えながら迅速に移動して陣形を整わせた。
どんな陣形かと云うとどうやら二列に並んで三対三にするようだ。これはきつい二連戦になりそうだった。そもそも只でさえリーチが長い槍をいかに封殺するのか。
「行くぞ。ゼルク。姫様」
そんな考えを待ってくれる程に敵もアーマデラスも優しくなかった。なぜなら油断大敵だからだ。考えに耽っていれば当然狙われやすくなる。回避するが得策だ。
アーマデラスの言葉を二人共耳に入れて脳内で理解した。だから二人は前を向きながら頷いた。そして三人は槍を持った敵目掛けて走り始めた。敵も前進し始めた。
とここでゼルクにまた異変が起きた。神の篭手の鼓動が一瞬だけゼルクを襲った。ゼルクは急な鼓動に思わずふらついて立ち止まった。まるで反応しているようだ。
「・・・・・・ゼルク!」
姫様は急にふらついて立ち止まったゼルクが視界に入って思わず自分自身も立ち止まった。ゼルクの方を向くと心配そうな声を挙げた。心配が絶頂になりそうだった。
「姫様! 余所見は禁物です! ・・・・・・ゼルク。大丈夫か」
アーマデラスは姫様に注意をしたがやはりアーマデラスもゼルクが気になった。だからアーマデラスも沈黙の時に立ち止まりゼルクの様子を見た。優しい掛け声だった。
「く・・・・・・大丈夫です。俺は・・・・・・まだ・・・・・・行けます」
ゼルクはまるで別の血が神の篭手から流れてきているような感じに陥っていた。だけどなんとか治まり戦いを継続出来ることを伝えた。その表情には余裕がなかったが。
「なら戦うぞ! ゼルク!」
こうしている内にもジワリジワリと槍使いが来ていた。槍使いは二陣を組んで来ていた。さっきから崩れそうになかった。それもそうか。だれも崩すことをしていない。
「・・・・・・はい!」
ゼルクはほんのちょっと体勢を整えるのに時間が掛かった。だけど根性論でなんとか乗り切ったようだ。返事をすると再び走り始めた。気合いを入れ直して戦うようだ。
再び走り始めたゼルク。その光景を見て安堵した二人はゼルクと歩幅を合わせるように走った。一方の槍使いは相変わらずゆっくりと来ていた。とここで後方が止まった。
どうやら前方の邪魔にならないように後方の槍使い達は動きを止めたようだった。確かにこのままの陣形で挑めばいずれは邪魔になるだろう。止まるのが適切でもあった。
とここでゼルク達は槍使いの間合いに入り込んだ。それでもゼルク達は止まる気配がなかった。その中でゼルクは槍使いの突き攻撃を目にした。槍を魔力剣で振り払った。
軽い振り払いなのに槍は瞬く間にそっぽを向いた。しかしすぐさまに槍使いは体勢を整えなおした。すると槍使いは自身の武器でゼルクを横殴りにしようとしていた。
槍使いは地面に両足を踏ん張らせながら自身の武器を横に振る。ゼルクは魔力剣の刃を槍にこすり付けるとそのままの勢いで前に突っ込んだ。間から火花が散っていた。
そして最後の最後で魔力剣の間合いに入ると咄嗟に今までこすり付けていた武器で思いっきり押した。槍使いの武器は瞬く間に弾き返されるとまたそっぽを向いた。
その瞬間だった。ゼルクが突きの構えをし始めたのは。ゼルクは突き攻撃の構えをするとすぐさまに右肘を後ろに引かせた。そしてそのままの勢いで槍使いを刺した。
「ぐ・・・・・・」
ゼルクは刺した魔力剣を引き抜いた。すると槍使いは力無くその場に倒れ込んだ。どうやら絶命したようだ。しかし見取ることはせずに次の槍使い目掛けて走り始めた。
ちなみにアーマデラスは一歩遅れる形で槍使いに勝っていた。だから今度は次の槍使いに挑もうとした。しかしなんやかんやで姫様が脳裏を過ぎった。ふと姫様を見ると――
「姫様!」
苦戦していた。それは思わずアーマデラスが声を出す程だった。その声はゼルクにも聞こえた。だから集中力が切れたゼルクが走るのをやめて立ち止まった。その瞬間――
「ゼルク! 貴様は構うな!」
アーマデラスによって振り返ることは出来なかった。本当はいますぐに振り返って姫様を助けたかった。だが甘えが生じれば今後に支障が出るのも事実だった。だから――
「そ、そうです! 私だって出来ます! ですからここは・・・・・・前を見て下さい!」
ゼルクは姫様の言葉を信じた。ゼルク自身の拳も魔力剣の柄も思いっきり握った。顔は下を向き今にも歯軋りが起きそうだった。ゼルクはひたすらに葛藤していた。
「行け! ゼルク! それが貴様の仕事だ!」
ゼルクはアーマデラスの言葉に触発された。どうやら覚悟を決めたようだ。ゼルクは顔を上げて槍使い達を睨んだ。憎しみの炎はこの降り注ぐ雨如きでは消え去らない。
「姫様・・・・・・ごめん」
そう。云い残すとゼルクは走り出した。この時にゼルクはこう思っていた。この俺が残りの三人を倒すと。通常の人ならば出来ないかも知れない。ゼルクは本気だった。
ゼルクの走りに迷いがなかった。とは云え完全に払拭したのかと云われれば間違っていた。それでもゼルクは姫様の言葉とアーマデラスの言葉を胸に秘めて走った。
ほんのちょっとすると槍使いの間合いに入った。これでは槍使いにどうぞ突いて下さいと云わんばかりだった。先程と全く同じで槍使いは突き攻撃を仕出かした。
ゼルクはすかさず魔力剣で槍を思いっきり叩いた。軽く叩いたのに槍は瞬く間にそっぽを向いた。そしてこの次は槍の振り払いかと思いきや別の兵士が横槍を入れてきた。
それも左右から。ゼルクは走りながら横槍を避け続けた。すると次第に横槍は出てこなくなった。しかしそのせいで真ん中の槍使いの体勢が戻った。その瞬間――
ゼルクは猛烈な速度で突っ込んだ。迅速かつ俊敏に真ん中の槍使いを通り越した。その瞬間に一閃が起きた。何事かと思いきや胴抜きをゼルクはしていた。見事だった。
真ん中の槍使いが力無くその場に倒れ込んだ。その光景を見た他の槍使いは恐る恐る武器を構えながらゼルクへと近付こうとした。ゼルクも振り返ろうとしたその時――
「待て! 貴様らの相手は私達だ!」
どうやら遅れてアーマデラスが来たようだ。だからゼルクは振り返るのをやめた。ゼルクがふと気付くと神の篭手が再び脈打った。しかも今度は先程の比ではなかった。
「そうです! 私だって戦えます!」
姫様の声が耳に入って来たが確認する余裕がなかった。今まで以上に脈打つ神の篭手はゼルクを苦しめていた。今にも足掻きたくなる程の強烈な痛みがゼルクを襲った。
「この脈打つ感じ・・・・・・貴様も選ばれし者と云う訳か」
ゼルクは痛みの余りに前がきちんと見えていないが聞き慣れない声が耳に入って来た。・・・・・・なんだって? 貴様も選ばれし者だって? ゼルクの思考は停止寸前だった。
「痛い。ああ。痛い。・・・・・・だが・・・・・・私はもう慣れた」
なんだと? ゼルクはそう思った。それにしてもゼルクの代弁をしているのは敵参謀本部長のダライアスだった。耳が出ているが軽く肩に掛かる程の長髪だった。エルフだ。
「き、貴様は・・・・・・一体何者だ?」
ゼルクが痛みを堪えながらも云った。もしかしたらゼルクの目の前にいる人物こそがこの痛みの根源なのかも知れなかった。それにしてもゼルクの前にいる男は何者だろうか。
「フフ。私は君と同じく選ばれし者だよ」
ダライアスは謎の篭手を装着している右腕を見せびらかすようにしながら云っていた。ゼルクと同じく選ばれし者と云うことは神の篭手とでも云うのだろうか。謎は深まる。
「もっとも・・・・・・私を選んで下さったのは魔神だが」
なんと云うことだろうか。ダライアスは魔神の篭手を右腕に装着していた。しかもかなりの腕利きと見た。実のところで魔神の篭手を装着しながら神の篭手を探していた。
「なん・・・・・・だと!?」
ゼルクは徐々に痛みに慣れてきた。しかし戦闘をするにはまだ集中力が足りないようだった。ゼルクはダライアスを見るがはっきりしない。神の篭手の鼓動が反応し過ぎた。
「さてと・・・・・・御託はこの辺にして・・・・・・頂こうか。神の篭手を」
ダライアスはゼルクのところまで行き神の篭手を手に入れるつもりのようだ。ゼルクはそれはさせまいと力を振り絞り魔力剣の柄を両手で持ち前に構えた。命懸けで護る。
「ほう。この私と戦うか。良いだろう。だが・・・・・・後悔はせんようにな」
と急にダライアスが走り出した。しかしダライアスは魔力剣を出さずに只の鉄の長剣を鞘から抜いた。本気を出さずとも神殺しの魔力剣に勝てると云うことを証明するようだ。
それにしても今のゼルクは痛みのせいで集中力がなくなっていた。このままでは防戦一方になるんじゃないかとヒヤヒヤしそうだ。最早、ダライアスの勝ちは見えていた。
案の定。ゼルクは防戦一方だ。並々ならない気迫でダライアスはゼルクを追い詰める。く。ゼルクも本領発揮出来ればダライアスを本気にさせることが出来ただろう。
しかしゼルクの気迫は欠けすぎておりダライアスの気丈に負けていた。このままではゼルクはダライアスにやられてしまう。ダライアスの猛攻がゼルクを徐々に追い詰める。
「この程度か。ならば――」
冷徹なまでの台詞を云ったダライアスはいつものゼルクならやる一回転斬りを仕出かすようだ。全身に汲まなく行き渡るように力強く回った。次の瞬間、魔力剣が弾かれた。
「これで・・・・・・止めだ」
弾かれた魔力剣はそっぽを向いた。そしてダライアスはゼルクの隙だらけを見逃さなかった。これまたゼルクのお得意芸である突き攻撃を繰り出そうとしていた。死ぬのか。
そう。ゼルクが思った瞬間――ゼルクがすっかりと忘れていた人の影が近付いてきた。その影の正体とは姫様とアーマデラスだった。姫様とアーマデラスは突破できたようだ。
「ゼルク! お願い! 生きて!」
は!? ふと気付くとゼルクの周りがゆっくりになった。今なら敵の姿がはっきりと映る。俺は・・・・・・こんな長髪野郎に負けていたのか。そう。ゼルクは思った。刹那が切れた。
「・・・・・・ほう。中々やるじゃないか。貴様・・・・・・名はなんと云う?」
その瞬間にゼルクはダライアスの突き攻撃を寸前で避けた。しかしダライアスは想定内であったかのような振る舞いを見せた。そして宿命の好敵手とでも取れることを云った。
「俺の名は・・・・・・ゼルク。・・・・・・姫様を・・・・・・護る者だぁ!」
ゼルクは姫様の言葉が耳に入った瞬間に護るべき存在を見つけたようだ。それは忘れかけていたが姫様の言葉でなにもかも思い返したようだ。すぐさまに魔力剣を構え直した。
「そうか。・・・・・・ゼルク。その名前・・・・・・気に入ったぞ。私の名はダライアス。良いだろう。私も本気で行こう」
ダライアスはそう云い終わると鉄の剣を捨てた。そして魔神の篭手を肩の位置まで上げると肘を伸ばした。すると次第に魔力剣が出現し始めた。完全に出現したら柄を握った。
その瞬間――ダライアスは右手を外側に振り払った。そしてゼルクの方を見た。改めて見るとダライアスの眼差しはとてつもなく冷徹だった。しかし怖気ずに魔力剣を構えた。
すると無言のままいきなりダライアスはゼルクの側まで突っ込んだ。そして突っ込みながら華麗に一回転すると遠心力の乗った魔力剣でゼルクを斬ろうとした。さらに身構えた。
ゼルクは全神経を集中させてダライアスの一撃を耐えようとした。ダライアスもまた全神経を集中させていた。そして――ダライアスの一撃は見事に決まった。強烈な一撃だ。
しかしゼルクも負けてはいなかった。全身全霊でぶつかなければいけない相手と遭遇したと云わんばかりに踏ん張って見せた。だからゼルクの魔力剣はビクともしなかった。
ダライアスはそれも想定内とでも云うように驚く素振りも見せなかった。なぜならダライアスもビクともしなかったからだ。ダライアスの魔力剣とゼルクの魔力剣がせめぎ合う。
それは鍔迫り合いに発展していた。ここでゼルクは反撃だと云わんばかりに全力でダライアスの魔力剣を一瞬だけ弾いた。しかしダライアスも全力を出しているので動かない。
これでは埒の明かない鍔迫り合いになると思った。それはダライアスも一緒だった。だからダライアスはゼルクに対して蹴りを入れた。なぜなら衝撃に耐えれても痛みはあった。
「ぐふ・・・・・・」
ゼルクは痛みによって体勢を大きく歪められた。そんな隙だらけのゼルクに対してダライアスはすぐさまに体勢を元に戻して斬りに掛かろうとしていた。このままではやられる。
「ゼルク! 駄目! 死なないで!」
姫様の声がゼルクの耳に入り込んだが自身の内からなる奇跡は起きそうになかった。ようやく手に入った神の篭手なのにもうここで奪われてしまうのだろうか。もう。駄目だ。
そう。思われたその時だった。なんとゼルクの脳裏に謎の声が響いた。それはゼルク・・・・・・私の封印を解いてだった。なんのことだが分からないがゼルクは謎の声に身を委ねた。
その瞬間――神の篭手から眩い光が解き放たれた。その光は圧倒的な質量でダライアスの動きをとめてしまう程だった。ダライアスは一切の身動きを取れなくなっていた。
「ぐ。まさかな。貴様も呼び覚ましたのか。妖精を・・・・・・ぐお」
ダライアスはまるで突風にでも煽られているのかと云わんばかりになっていた。しかも謎の光による質量はダライアスを後ろへと吹き飛ばす程だった。ダライアスは飛んだ。
圧倒的な光はようやくやんだ。するとゼルクは恐る恐る両瞼を開けた。ゼルクは驚いた。なんとゼルクの目の前に二つの羽を背中に生やした妖精が出現していた。これは?
「・・・・・・ゼルク様。私の名はビビー。神の篭手を守りし妖精」
ゼルクの目の前で飛んでいる妖精は両肘を伸ばし切り両手を前に出した状態だった。そこから妖精は安全を確認すると振り返りゼルクに自己紹介をした。可愛らしい妖精だ。
「ダライアス。ご主人様をやらせはしないんだから」
また振り返ると今度はダライアスを指差しながら云っていた。どうやら小さいなんて気にしない位に気が強いようだ。一方のダライアスはすでに立ち上がって体勢を戻した。
「ふふ。光の妖精とでも云おうか。ダライアス」
なんだ? この声は? 悪魔の囁きとでも云えるような声音だ。まさか。・・・・・・は!? そうか。確かダライアスも吹き飛ばされる前に云っていた。それが本当なら危険だ。
「心配はいらない。グビル。いるのは最強の力とあのお方への忠誠心だけだ」
やはりダライアスはまだ余力を残していたらしい。ダライアスはゼルクと似たような妖精を控えさせていた。なぜなら今まで本気で戦ったことがないからだ。強すぎたのだ。
「そう。・・・・・・ああ。残念だな。僕にも出番があると思ったのに」
まるで悪い子供が遊んでいるような声音だ。このような声音の持ち主は本当になにを仕出かすかが分からないでいた。グビルは凄く残念そうに云っていた。妖精なのだろうか。
「悪いな。グビル。私が強過ぎて」
ダライアスは不敵な笑みを浮かべると云い終わった。今まではダライアスが強過ぎてグビルの出番はなかった。しかし今回の相手が神の篭手と云うこともあって分からなかった。
「ふふ。分からないよ? 今度は僕の出番があったりして」
ペットは飼い主に似ると云う言葉があるがこうしてみると似ているのかも知れない。まるで長年付き合ってきた親友のようだった。姿は見せないが実に人間臭そうな存在のようだ。
「なにを話しているのよ! 戦いはまだ終わってないわよ!」
ダライアスとグビルの会話に終止符を打ったのはビビーだった。ビビーは怒っていた。しかも焦っていた。まさか魔神も篭手を人種に持たせていたなんてと。歯切れが悪そうだ。
「これは失礼。では・・・・・・再戦と行こうか」
ダライアスはグビルとの会話をやめてそう云い終わった。どうやらダライアスとゼルクの戦いが再び行われるようだ。ダライアスは走り出した。とここでゼルクも走り出した。
二人とも魔力剣の間合いに入るとその場で一回転した。魔力剣と魔力剣がぶつかる音がした。鍔迫り合いは一瞬で終わり二人ともまた一回転した。魔力剣同士がぶつかり合う。
またしても二人は一瞬の鍔迫り合いをした。すぐさまに一回転して魔力剣に遠心力を加えさせた。互いにぶつかるが相殺された。とここで二人とも鍔迫り合いに入ったようだ。
「・・・・・・使わないのか」
なにやらダライアスはなにかを知っているようだ。意味深な発言をしたダライアスは不敵な笑みを浮かべている。ゼルクは一体なんのことかが分かっていなかった。だが――
「ダライアス。呼んだ? 私・・・・・・本気出させちゃうよ?」
ビビーが鍔迫り合いの最中に顔を出して来た。なんだ? 一体ダライアスとビビーはなんの話をしているんだ? 本気を出させるとはだれの本気なんだ? ゼルクは混乱した。
「出すが良い。それが・・・・・・次なる過程へと繋がるのだ」
ダライアスは凄く余裕ぶっている。一体どう云う会話をしているんだ? 凄くゼルクは気になった。ダライアスは相変わらず不敵な笑みを浮かべていた。なんだ? 気味が悪い。
「んじゃあ・・・・・・いっくよー!」
そんなゼルクの気持ちを知らないでビビーは元気良く云い終わると回りながら空高く飛んでいくと急に途中から急降下し始めた。そしてそのままの勢いでゼルクの中に入り込んだ。
「なんだ? 力が漲って来る?」
ゼルクは壮大な独り言を云った。なんとも不思議な感覚だった。もしかして私の封印を解いてとはこのことだったのかも知れない。実のところでこれが本格的な神の加護だった。
「そう。これが私の力。・・・・・・とは云えダライアスも出来ちゃうけどね」
ビビーの云うとおりでダライアスも出来た。ならどうしてダライアスはしないのか。それはまだまだ今のままでも戦えると思っているからだ。つまりダライアスは舐めていた。
「そうだ。もっと私を楽しませてくれ。ゼルク」
ダライアスの言葉は完全にゼルクを舐めていた。確かにゼルクはまだ若い。と云ってもダライアスもまだ十代半ばから二十代後半ぐらいだろう。これは神々の悪戯なのだろうか。
「な!? 敵が!? 姫様! ここは増える前に戦いましょう!」
そうこうしている内に敵の援軍が来たようだ。それも四人も。数的には不利だがこちらにはあの近衛隊長がいる。きっと姫様を守ってくれるだろう。それに姫様自身も成長した。
「ゼルク! 負けないで」
姫様は最初は明確に云っていたが途中からは流れるように云っていた。姫様は後者を云い終わる前に動いていたからかも知れない。とにかくアーマデラスと姫様は戦うようだ。
姫様の思いはゼルクに届いたかは分からない。しかしゼルクは気配でなにかを感じていた。それは決してビビーと一心同体になったからではない。単にそう云われたと思った。
「どこを見ようとしている? 私はここだぞ」
だからゼルクは姫様の方に両目を向けようとした。しかしそれを許さなかったのがダライアスだった。ダライアスはゼルクが本気になればなる程に自分が強くなると踏んでいた。
「く・・・・・・」
これではゼルクは姫様を見ることが出来ない。だからゼルクは見るのを諦めた。とりあえずゼルクは目の前のダライアスを倒すことにした。今の自分ならばそれが出来る気がした。
「そうだ。私を見ろ。ゼルク。そして・・・・・・私を超えてみろ」
ぐ・・・・・・。ダライアスの力が更に増したような気がする。だけどゼルクはそれでも負ける気がしなかった。ダライアスが本気を出す前に叩き潰すとの意気込みだった。やれるか。
いや。やってやる。今尚にゼルクとダライアスは鍔迫り合いをしていた。そんな時にゼルクはダライアスの魔力剣をいつも以上に弾いた。するとあれだけぶれない魔力剣が浮いた。
体勢が崩れていない者の一瞬の隙が出来た。その瞬間――ゼルクは一回転した。瞬時な判断ながらにしっかりと遠心力が魔力剣に乗っていた。そしてそのままの勢いで襲い掛かる。
ゼルクの渾身の一撃はダライアスの魔力剣を横に弾いた。するとダライアスの魔力剣はあれほどにびくともしなかったのに今回は完全にそっぽを向いた。ゼルクは隙を見逃さない。
すかさず右肘を後ろに引いて突き攻撃の準備に入った。一方のダライアスは体勢が崩れていた。ダライアスは体勢を戻すので精一杯のようだ。そして遂にゼルクは突き攻撃をした。
このまま行けばダライアスは死ぬことになる。ダライアスもまた自らの死を覚悟した。しかしダライアスの表情は不敵な笑みを浮かべていた。決して逃れることの出来ない一撃だ。
「・・・・・・え?」
静かな時が流れた。ふと気付くと貫く寸前でゼルクは止まっていた。そしてよくよく見るとゼルクの魔力剣が消えていた。その光景に一番驚いたのはゼルクだった。声が出ていた。
「・・・・・・ふはは。どうやら私の悪運が勝っていたようだ」
ダライアスは無言の時に体勢を元に戻すと無情にも云い終わっていた。それもそうか。どうやらゼルクの魔力は使い果たしたようだった。剣を構築出来るだけの魔力がなかった。
「そ、そんな・・・・・・馬鹿な!?」
ゼルクは魔力剣が消えたことに驚きが隠せないでいた。そんな・・・・・・こんな時に消えるなんて・・・・・・あってはならないことだ。そうだ。魔力が尽きたなら・・・・・・あ。長剣がない。
「ふふ。はは。残念だったな。では・・・・・・頂こうとするか」
絶望の淵を歩くことになったゼルクにビビーの声が聞こえてきた。・・・・・・来るとだけ云っていた。一体これ以上になにが来ると云うのだろうか。ああ。もう・・・・・・終わったのか。
ダライアスに余裕が出来た。だからダライアスは未だに信じられないことが起きたと思っているゼルクに近寄ろうとした。その瞬間だった。なんと空から謎の光が急降下して来た。
「な、なんだ!? この! 光は!? ・・・・・・ま、まさか!」
謎の光はゼルクに直撃した。この眩い光には質量は感じ取れなかったがダライアスの動きをとめさせた。この時のダライアスはこの謎の光を知っていた。次第に光は静まり返った。
「素晴らしい・・・・・・器だ。さすがは・・・・・・ビビーが選んだだけのことはある」
気付いた時にはゼルクの声が変わっていた。まるで別人格が生まれたかのようだ。これはきっとだれかがゼルクの体を乗っ取ったと思うべきだろう。一体だれが乗っ取ったのか。
「く・・・・・・神のご登場か」
ダライアスは知っていた。あの謎の光が神であることを。気付けばダライアスの不敵な笑みは消えていた。それにしても遂に神が現れるとは凄まじい物を感じる。これは現実か。
「フッホォッホォッホォウ。ダライアスとか云う者よ。ここは神が守りし領域ぞ。穢れた者が来て良いところではない」
神は余裕だった。さすがは神だけあってかなりの余裕があるようだ。とは云え神は今ゼルクの体を借りている状態なので完全に強い訳ではなかった。だから無理は出来ないでいた。
「く・・・・・・丁度良い。ここで神もろとも葬ってやろう。行くぞ。グビル」
凄く苦しそうな表情を浮かべているがダライアス自身のプライドが勝った。だからダライアスは本気を出すようだ。しかし相手は神だ。はっきり云って勝ち目がないように思えた。
「お! おお! 遂に僕の出番が! あーでも相手は神か~。本当に倒せるのかな~」
グビルは歓喜した。しかし相手が神と理解すると初めて魔神と遭遇した時を思い出していた。あの時の魔神の存在感と云ったらそれはもう凄まじかった。それは神も同類だった。
「御託は後だ! 今は全力を出すぞ! グビル! 来い!」
正直のところでダライアスには勝機がなかった。それも分かり切っていた。だけどここで退くには余りにも自分のプライドが許せなかった。それに撤退命令があった訳でもない。
「合点だ! 行くぞ! ダライアス!」
遂にグビルが出てきた。どうやらグビルも妖精のようだった。そんなグビルはビビーと同じ動きをしてダライアスの中に入って行った。ダライアスを本気にさせたのは神だった。
「ふむう。来ると云うのか。ダライアスよ。ならばそなたに神の裁きを与えよう。来るが良い」
神は本気で来ようとするダライアスと戦うようだ。一方の神は余裕が感じられた。さすがは神だ。ゼルクを器にしているとは云え神の後光が感じられた。今にも闇を払いそうだ。
ダライアスは魔力剣の柄を両手で持ち前に構えながら走っていた。一方の神はゼルクの右手を前に突き出した。なにも起きない静寂の中でダライアスは近付くと魔力剣を掲げた。
そして無言のままダライアスが魔力剣を下に振りかざした。このままではゼルクの右手に当たる。と思われたその時だった。なんと神は瞬時にゼルクの周りに結界を張り巡らせた。
ダライアスの魔力剣は神が出現させた結界に引っ掛かっていた。ダライアスがどんなに力尽くで挑んでも結界は切れそうになかった。見かねた神はゼルクの右手で衝撃波を出した。
ゼルクの右手から出た衝撃波はビビーの閃光とは比べ物にならなかった。なぜならダライアスが踏ん張る様子もなかった。つまりダライアスは神の衝撃波によって吹き飛ばされた。
それも一瞬で。ダライアスは焦った。なんて強さなのだと。吹き飛ばされたダライアスは地面に落ちた。しかも無様な格好で。これが神の力なのかとダライアスは思った。強いと。
「・・・・・・神よ。なぜ分からない? 人間がいるせいで我が大陸は無茶苦茶だ」
ダライアスは痛みを抑えながらも立ち上がった。負傷したであろう左腕を庇いながら云っていた。ダライアスは一体神になにを伝えたいのだろうか。一体・・・・・・人間がなにをした?
「確かに・・・・・・人間は愚かだ。勝手に想像しては決め付ける。神はいないと」
どうやら神も人間に対して愚問を抱いているようだ。それでもなぜ神は人間を助けるのだろうか。しかしどうあれ神が降臨しなければゼルクは死んでいた。神は本当にいるようだ。
「なら! ならば! 共に人間を根絶やしにしよう!」
ダライアスは僅かながら喜びが心の底から溢れ出そうになっていた。しかも喜びが僅かだが表情にも出ていた。これは神を懐柔出来るのではと思い込んでいた。だが神は甘くない。
「ならん! 自然の摂理に反する者はいかなる理由があれぞ殺してはならん!」
神は人類に叱咤でもするかのように云っていた。神にとって人間はくだらない生き物なのだろう。しかし自然の摂理を重んじる神はそれでも護るべき者と考えた。魔神とは真逆だ。
「く・・・・・・良いだろう。今回は見逃してやる。だけど自惚れるなよ。いずれこの世界を牛耳るのはあのお方なのだから」
ダライアスはまだ痛んでいた。左腕を庇い続けていた。ダライアスはこの痛みでは戦えないと判断した。だからここは一旦退くことにしたようだ。どうやら襲撃は失敗したようだ。
その証拠に敵の信号弾が上空で爆発したようだ。あの色はきっと撤退命令の合図だろう。
「フッホォッホォッホォウ。どうやら・・・・・・今回は濃らの勝ちのようだ。ゼルクや。良く頑張ったのう。これからの・・・・・・成長が楽しみだ。では・・・・・・濃は・・・・・・そろそろ天界に帰るとしようかのう」
神はゼルクの体を借りて云い終わるとすーと天界に戻って行った。一方のゼルクは力尽きていた。だから力無い形でその場に倒れ込んだ。両膝を地面に付いてうつ伏せに倒れた。
「ゼルク!」
逸早くゼルクのことを思っていたのは姫様だった。姫様はゼルクの元に来ると両膝を地面に付かせてゼルクの手を握った。ゼルクの手はとても温かかった。それでいて硬かった。
「ゼルク・・・・・・」
姫様はもうゼルクのみを捉え続けていた。良くぞ。私達の為に戦ってくれましたと云わんばかりに額をゼルクの手の甲に当てていた。もう・・・・・・こんなことはごめんだとも思った。
「う・・・・・・姫様」
どうやらゼルクの気は失っていないようだ。魔力も使い果たし気力も使い果たし体力も使い果たしたゼルクは姫様の方をゆっくりだが見た。それにしてもゼルクの精神力は凄い。
「あ! ああ! ゼルク! ・・・・・・良かった」
凄く優しい声音だった。それも何度も天使の羽衣に包まれるような感じだった。最後にはなんだか雨と同化していた。涙が雨と同化していた。ああ。そうか。雨は降っていたのか。
「姫様! どうやら敵は撤退を開始したようです! 今の内に私は再建に取り掛かりたいと思います! おい! お前達! 行くぞ!」
アーマデラスはそう云い終わると増援に来た兵士達とどこかに行った。ここに残ったのはゼルクと姫様だけだ。どうやらアルオス城の軍勢は穴だらけのようだ。再編が必要だった。
「姫様・・・・・・撤退は・・・・・・本当ですか」
ゼルクは敵が撤退したことが信じられなかった。あんなにも強かったダライアスがそう簡単に退くとは思えなかった。どうやらゼルクは神に憑依されていたことを憶えていない。
「はい! ゼルクのお陰でなんとか勝てました!」
姫様は溢れ出る涙を抑えつつも云っていた。もうこのアルオス城には王がいない。だから私が引っ張っていかなければいけないと思い込んでいた。なんとも忠義に厚い人だろうか。
「それは・・・・・・良かった」
ゼルクは内心からホッとしていた。まだあの強いダライアスがいたら勝てる気がしなかった。それにしてもゼルクはダライアスが撤退した理由さえも気にする素振りがなかった。
いや。気にする素振りがなかったと云うよりはありとあらゆる力を使い果たしてダライアスが撤退した理由を考える余裕がなかった。でも一瞬だけ一体なにが起きたのかを考えた。
答えは出なかった。そんなに考えた訳ではない。浅い考えだった。それでもゼルクはダライアスが撤退したと云う情報を信じた。アーマデラスと姫様が云うからには本当だろうと。
「はい。ゼルク」
姫様はゼルクが生きていて凄く喜んだ。その証拠にゼルクの手を握り締めながら微笑んでいた。姫様にとってゼルクは世界の英雄になると感じていた。その素質に気付いていた。
「姫様・・・・・・もう・・・・・・大丈夫です」
ゼルクはなんだか照れ臭いを超えて凄くあっさりとしていた。ゼルクにとっても姫様はかなり大事なお方だった。ゆくゆくはアルオス城の王位継承権を譲り受けるお方だと思った。
「あ! ごめんなさい! 私ったら!」
ゼルクに云われた姫様は急に手を離した。云い終わると凄く照れ臭そうにしていた。なんだか可愛い姫様を見てゼルクは内心の緊張が解れて行った。それよりも早く立たねば――
「はは。良いんですよ。・・・・・・ちょっと待って下さいね。今・・・・・・立ちますから」
ゼルクはそれでも可愛い姫様も笑い飛ばした。ゼルクは相手がアルオス城の姫だから良いと云った訳ではない。ゼルクは姫様からの愛を感じていた。なんと云う慈愛の持ち主だ。
「・・・・・・ゼルク!」
ゼルクが立ち上がると両足がふらついた。思わず転びそうになると姫様が優しく助けてくれた。その手の感触はしなやかで優しかった。助けてもらったゼルクの体勢が元に戻った。
「有難う御座います。姫様。もう・・・・・・大丈夫です」
ゼルクが潔く感謝の意を含ませた言葉を云った。そして云い終わるとゼルクは見渡した。すると本当にダライアスや敵兵士の姿がいなくなっていた。尚更に内心がホッとした。
「ゼルク・・・・・・私は・・・・・・明日にでも戴冠式を受けます」
突然の言葉にゼルクは静かに受け取った。遂に女王の座に付くことを進言した。と云うことは明日までに再建しなければいけなかった。と云っても全てを復旧させるは無理だった。
「はい! 姫様なら出来ます!」
ゼルクは本当にそう思った。ゼルクはすっかり元気を取り戻した。ゼルクは微笑んでいた。それ位に姫様への忠義があった。しかも姫様の近衛隊の一員として頑張るつもりだった。
「そう。・・・・・・有難うね。ゼルク」
実に淡白な返答だった。それでも姫様は沈黙を打ち破って感謝の意を含ませた言葉を云っていた。本当に姫様はゼルクに感謝していた。ゼルクがいなければこの命はなかったから。
「はい! 姫様!」
ゼルクは心の底から姫様を尊敬していた。姫騎士として戦われたことへの敬意を持っていた。ゼルクは勇ましい姫様に誇りを持っていた。神の篭手がアルオス城にあって良かった。
「ゼルク。貴方は勇気溢れる英雄になりなさい。これは女王の命令よ」
すると急に姫様が遊び半分でゼルクに女王並みの口調で云っていた。突然の姫様の遊びにゼルクは敬意を持って姫様の前で屈み姫様の手を片手で持った。ゼルクは至って真剣だ。
「は! ローゼリア陛下。身に余る光栄です。これからも精進致します」
ゼルクの言葉に嘘偽りは一切なかった。本気で姫様を女王と思い対応していた。ゼルクは女王陛下と目線を合わせたがそれは上目遣いからだった。ゼルクと姫様の息は合っていた。
「ふ。はは」
耐えられなくなった姫様が笑い始めた。本当に仲睦ましい光景だ。ゼルクも姫様も決して嘘は付いていない。ただ単に遊んでいただけだ。それも明日になればきっと変わるだろう。
「はははははは」
ゼルクと姫様の笑いが同調した。とその前にゼルクは姫様の手を離して立ち上がっていた。ゼルクと姫様に明るい未来が来ますようにと願うのはこの光景を見た人ならではかも知れない。