第一話:大帝国軍襲撃
嵐の夜。外は静まることを知らない雨が降り風切り音が鳴っていた。しかも所々には落雷が起きており外に出るには危険と云えた。
そんな中でアルオス城は要塞型魔獣と人型魔物等に襲われていた。一体なにが起きたのかと云えば魔神の勢力が神の篭手を求めて襲撃してきたのだ。
しかし決して魔神の勢力はここに神の篭手があるとは知らなかった。たまたま次に狙った場所に神の篭手があったのだった。
「姫様! ここはゼルクにお任せ下さい!」
自らをゼルクと名乗ったのは半ば十六歳の少年だった。これからはゼルクと云う。ゼルクは神の篭手の第一候補として名高い声名を持っていた。
「しかし・・・・・・ゼルク!」
姫が今にも兵士達の制止を振り切ってゼルクの下に行きそうだった。しかし屈強な兵士達の前には力が及ばずに防がれていた。
ちなみにゼルク達は玉座の隠れ通路を出現させ姫は隠し通路から兵士達と共に脱出する手前だった。しかも敵の兵士の姿もあった。
「姫様! ここは一刻も早く! 逃げましょう!」
近衛隊の隊長であるアーマデラスが慌てる様子もなく云った。ちなみにアーマデラスは女性だ。姫の近衛は女性が良いだろうと云われていた。
「し、しかし――」
姫は戸惑っていた。なぜなら唯一の希望であるゼルクが残ると云うのだから。もしここでゼルクの身になにかが起きれば私はどうすればと考えていた。
「良いですか。王が亡くなられた今この領土を守れるのは姫様しかいないのです」
姫を説得しようとアーマデラスが云った。実のところでアルオス城の王は既に亡くなっていた。もう既にお城は陥落寸前だった。
「どうか! 姫騎士として生き延びて下さい! 姫様!」
ゼルクは姫に背を向けて顔だけを向けさせていた。その時のゼルクの表情はにこやかで実に爽やかだった。
「ゼルク・・・・・・。分かりました。私はこれより戴冠式の為にここから脱出します。良いですね? アーマデラス」
姫はゼルクの気持ちを汲んだ。だから姫は深い沈黙を乗り越えてゼルクの背中を力強く見た。そしてアーマデラスの方を見ながら許可を確認した。
「姫様。・・・・・・はい。では・・・・・・行きましょう」
アーマデラスはなぜか余裕だった。一瞬の気の緩みが微笑みを作った。すると姫は無言で頷いて隠し通路の奥へと走って行った。
「・・・・・・ゼルク! ・・・・・・死ぬなよ!」
アーマデラスは最初の沈黙の時に姫を見送った。その次に二名の兵士が姫を追った。そして沈黙を打ち破るとゼルクの方を見て云い放った。
「・・・・・・さてと・・・・・・やるしかないか」
最初の沈黙の時にゼルクはアーマデラスの方に背を向けて顔だけを向けさせては頷いた。そしてアーマデラスまでもが姫を追いかけたのを確認した。
そもそもこの時のゼルクは長剣を鞘から抜いていた。そして柄を両手でしっかりと握って前に構えていた。ゼルクの目の前に玉座があった。
「玉座の左右に敵が二人か」
実のところでこの玉座をずらすことで隠し通路が出現するようになっていた。ちなみに左右の敵は長剣を両手で持ちゼルクと同じ構えをしていた。
左右の内の一人が遂に痺れを切らした。長剣の柄を両手でしっかりと持ち大きく掲げて突っ込んできた。これを見たゼルクはまじかと思った。
なぜならド素人丸出しの攻撃だったからだ。だからゼルクはギリギリまで引き付けることにした。敵は気にせずに近付いてきた。その瞬間――
「ぐ・・・・・・」
ゼルクは迅速な動きで横移動しながら一閃を兵士に喰らわせていた。最初に突っ込んできた兵士は凄まじい衝撃から気を失ったようだ。
攻撃がすんなりと通るとゼルクはすかさずもう一人の兵士へと走り始めた。よくよくもう一人の兵士を見ると手が震えているではないか。
しかしもう一人の兵士は戦うことを決めた。だから震えながら突っ込んできた。先程の兵士よりは考えが読めなかった。それでもゼルクは――
「・・・・・・ぐ」
震えてまともに長剣が握りれない兵士に思いっきりの長剣の一打を浴びせた。すると兵士の長剣はどこかに飛んで行った。そしてその瞬間を攻撃した。
攻撃は見事に決まった。これまた凄まじい打撃音と共にもう一人の兵士も沈んで行った。ゼルクの一撃は凄まじく並以下の兵士ならば有効だった。
と云うことは今ここにいた兵士は並以下だと云うことになる。それにしてもゼルクは少しでも時間稼ぎをする為にまだ居座るようだった。
「・・・・・・うむ? 居たぞ! 敵だ!」
そうこう待っている内に敵一名に見つかったようだ。本当は陽動をしたいが今はそれが出来なかった。ゼルクはなんとしてでも死守しなければならない。
「なに!? それは本当か!」
この雰囲気から敵がもう一名来ることは明白だった。正直のところでゼルクはもう既に厭き厭きしていた。敵とは云え斬るのは骨が折れる。
「おお。こんなところに隔し通路が・・・・・・おい! 貴様! そこを退け!」
生憎。ここを退く訳には行かなかった。ここを生きて守ると誓ったのだからなんとしてでも守り切るつもりだった。俺は生きて見せると士気が上がった。
「おい! 聴いているのか! ・・・・・・ち! 仕方がない! おい! やるぞ!」
はは。はなっから聴く耳は持っていない。そう。ゼルクは思っていた。とここでどうやら二人掛りで来るようだ。ゼルクはすぐさまに身構えた。
敵の二人の息は驚く程にぴったりで同時に斬り付けてきた。しかも割と無駄な動きもなく。しかし見切れる程に遅かったのでゼルクは後ろに跳んだ。
「ち! 避けられたか! なるほど・・・・・・。おい! 今度は一対一で勝負だ!」
先程からうるさい兵士が今度は一対一をご所望だ。なにを考えているかはなんとなくだがゼルクは知っていた。それはどんなに攻撃しても無駄の表れだろう。
とここでうるさい兵士が長剣を休ませながらこちらに突っ込んできた。最初の兵士と比べると狡猾なようだ。一体なにを考えているのだろうか。
うるさい兵士との鍔迫り合いが起きた。この時のゼルクは嫌な予感をしていなかった。ただ只管に目の前の兵士に集中していた。その瞬間だった。
「おい! 今だ! さっさと行け! ローゼリア姫を追うんだ!」
しまった! そう。ゼルクは思った。なんて卑怯な! とも思った。なんで一対一に持ち込んだのかと思っていたがこれが狙いだったとは――
「ぐ・・・・・・」
ゼルクが鍔迫り合いをやめて振り返ろうと思えば思う程にうるさい兵士の力が増しているように思えた。く・・・・・・。このままでは一人を取り逃してしまう!
「ふふ。貴様の相手はこの俺だ」
うるさい兵士は不敵な笑みを浮かべていた。く・・・・・・。ゼルクはもう一人の兵士が黙って通り過ぎていくのを感じていた。く・・・・・・。作戦は失敗した。
さすがのゼルクでもこの戦い方をされれば厄介でしかなかった。この敵はうるさいだけではなかった。それどころか。悪魔の囁きはさらに続くことになる。
「・・・・・・おい! お前達も! 俺がこいつの相手をしている内に行け!」
ま、まさか! ゼルクの感どおりだった。ゼルクの視点からでは玉座が邪魔をして見えていなかった。だが実のところで玉座の前にはもう二人の兵士が居た。
このままではゼルクは合計三人の兵士を見過ごしたことになる。残りの兵士達はゼルクの後ろを通り過ぎていく。く・・・・・・姫様。どうか。ご無事で――
「さぁ! そろそろ本気になろうかぁ!」
馬鹿な。これははったりだ。もし眼前の兵士の云っていることが本当ならば先程の動きは業と云うことなのか。・・・・・・ならばこちらも本気を出せねば――
「・・・・・・ほう。なかなかやるじゃないか。だがな!」
馬鹿な。あの末端の兵士にこんな動きが出来る筈がない。ゼルクは末端の兵士の回転斬りを長剣でガードした。一瞬の出来事だがゼルクの長剣が横に倒れた。
その隙を狙って末端の兵士は一回転を終えるとゼルクの方を向き長剣を後ろに引きながら突いて来た。ゼルクは全身全霊で足を一歩だけ前に出そうとした。
「うおおおおお!」
渾身の雄叫びをゼルクは出した。その瞬間、たちまち横に倒れた長剣が横一閃に変わった。そんなゼルクを見て末端の兵士は死を連想した。このままで死ぬと。
「ひぃ!?」
案の定。ゼルクの長剣による横一閃は見事に決まり末端の兵士はその場に倒れこんだ。・・・・・・は! それよりも姫様を追わなければ――そう思い始めた。
次の瞬間。なんとなにかが爆発する音と共にあれだけ邪魔だった玉座が吹き飛んだではないか。どうやら敵の仕業らしかった。一体どんな奴の仕業なんだ。
爆煙が立ち篭る中でゼルクにジワジワと忍び寄って来た。ゼルクはこのままでは危ないとギリギリまで引き下がった。それでも治まる気配がなかった。
「・・・・・・グフフ。これがこの武器の力か。素晴らしい」
爆煙の向こうからなにやら人間ではない声がした。は!? こ、こいつは!? ま、まさか! やがて爆煙が治まり始めると中から長身の影が出てきた。
「さて、ここにはなにがあるのか」
どうやら敵はこの爆煙でこちらの存在に気付いていないようだ。しかもここが玉座の間であることも知らないようだ。それにしても影がでかい。でか過ぎる。
「・・・・・・うむ? そこにだれかいるのか」
ゼルクは見つかっても見つからなくても戦う気でいた。ゼルクは長剣を前に構えた。すると爆煙が薄まってきた。もうそろそろ静まる頃合いだ。覚悟を決めた。
「うぬ? この動き・・・・・・敵か!」
間違いない。この声の持ち主はゴブリンだ。凄まじい身丈だがざっと見て二メートルは超えている。一方のゼルクは百七十四センチだ。ゼルクは走っていた。
「馬鹿め。それでは狙えと云っている者ではないか」
ゼルクの目当ては当然ゴブリンの命だが勝算はなかった。そもそもゴブリンと云えば想像も付かない怪力の持ち主だ。まともに倒せる筈がない。どうする。
ゴブリンはゼルクに近寄られる前にゴブリン専用大砲の球を発射するようだ。ゴブリン専用大砲は文字通りにゴブリンしか持てない。それを平然と撃つ。
撃たれた大砲の球はゼルクの頭よりは大きかった。その大砲の球は速度が遅く。避けようと思えば避けれた。だからゼルクは走りながら横に跳んで避けた。
ゼルクの後ろの方で爆発があった。どうやら球の火薬が爆発したようだ。爆発のせいで玉座の間が少し揺れたように思えた。それでもゼルクは走り続けた。
「く・・・・・・奇跡が二度も起きるかぁ!」
ゴブリンは焦っていた。ゼルクが避けれたのは球の速度が遅いからだ。だけど避けれたのはゼルクの修行のお陰でもあった。とここで二発目が撃たれた。
撃たれた球をこれまたすんなりと避けた。・・・・・・ば、馬鹿な。奴は化け物か。とゴブリンは思った。ゴブリンは撃つのをやめて大砲を床に落とした。
「く・・・・・・やってやろうじゃないか」
ゴブリンは大砲よりも大剣の方が良いと考えたので背負っていた大剣を取り出そうと思った。しかしゼルクは既にゴブリンの懐に入る手前まで来ていた。
「・・・・・・ぐ」
ゼルクはすかさずゴブリンに二連撃を仕掛けた。するとゴブリンが自分を抱くように両腕を交差させて防御の姿勢に入った。ゼルクの二連撃は防御された。
しかもゼルクの刃は甲高い音が鳴ると共に弾かれた。実のところでゴブリンは金の腕輪を両腕に付けていた。どうやら金の腕輪に全て命中したようだ。
ゴブリンの金の腕輪とゼルクの長剣が当てられたまま数秒が経った。しかし切りがないとゴブリンは思った。ゴブリンはすかさず両腕を思いっきり広げた。
「ぐ・・・・・・」
しかもこの時にゴブリンは雄叫びを挙げていた。ゴブリンの馬鹿力は伊達ではなかった。ゼルクは後ろに飛ばされそうだったが床を滑るように下がった。
「・・・・・・どうやら・・・・・・本気で挑まなければいけないようだな」
ゴブリンは今までゼルクをあなどっていたらしい。これから本気を出すようだ。ちなみにゼルクは最初の沈黙の時に自分の体勢を戻すので精一杯だった。
ゴブリンが云い終わった頃にはゼルクは体勢を元に戻せていた。それにしてもゴブリンの腕振りのせいで大分距離が出来てしまった。また走り始めた。
「グフフ。来るか。しかし――」
ゴブリンが云い終わると背負っている大剣を取り出し始めた。かなり隙だらけだが付け入るには距離がありすぎた。とここでゴブリンは大剣を出した。
大剣の柄を両手で持ち前に構えるとすかさず一回転し始めた。この時のゼルクは冷や汗を掻いていた。あの一撃を喰らえば俺はきっと立ってはいられない。
だがここを譲る訳にはいかないとゼルクは軽々と大剣を持つゴブリンへと突っ込んだ。それと同時に冷や汗が風になびいて飛んで行った。ここは――
「これでも――」
防御しかないと思ったゼルクはすかさずゴブリンの懐に入り込み踏ん張った。全ては渾身の一撃を封じ込める為に。ゼルクの運命はどちらに向かうのか。
「喰らえー!」
ゴブリンの大剣が一回転を終えてゼルクに襲い掛かった。恐ろしく遠心力の乗った一撃だった。ゼルクが気が付いた時にはゼルクは隠し通路にいた。
しかもよくよく見ると長剣にヒビが入っていた。しかしゼルクはそれに気付かなかった。ゼルクはすぐさまに状況を分析しすかさずまた走り始めた。
何度だって立ち向かってやる。だって・・・・・・姫様と約束したから。譬えこの身がつい果てようともゼルクの心は折れないことを誓った。しかし――
「・・・・・・な!」
ゼルクの足が止まった。なぜなら目の前に兵士が三人もいたのだ。しかもその後ろには無傷な大剣を軽々と持ったゴブリンがいた。これは絶対絶命だ。
「グフフ。遅かったな。・・・・・・さぁ! 観念するが良い! 貴様よ!」
ゴブリンは大剣の先をゼルクに向けるとそう云い終わった。に比べてどうだ。ゼルクは。もう・・・・・・ボロボロじゃないか。長剣は今にも折れそうだ。
しかしゼルクは諦めなかった。譬え長剣が折れてもそこら辺の長剣を頂戴してでも戦うつもりだった。だから意を決して走り出そうとした。その時――
「待って! ゼルク!」
急に隠し通路方面から姫様の声がした。ゼルクの足が急に止まった。長剣の柄を両手で持ち前に構えてから慌てて後ろを見た。すると姫様が出て来た。
なんで!? 逃げた筈では!? とゼルクは思っていた。よくよく見るとアーマデラスもいた。ゼルクは気付いていないが彼女の方が先に出て来ていた。
「ゼルク! これを・・・・・・受け取って!」
姫様はいかにも大事そうなある物を持っていた。姫様はそう云い終わるとある物をゼルクに目掛けて投げた。姫様がゼルクに投げた物は神の篭手だった。
「まさか! これは!?」
ゼルクは急に投げられてきた神の篭手を左手で受け取ったらそう云い始めた。それもそうか。王が密かに隠したと云われる神の篭手が手中にあるのだから。
「それは神の篭手だ。ゼルク。試してみるが良い」
アーマデラスが姫様の分まで補足して云っていた。確か伝説では神の篭手に選ばれし者は絶大な力が手に入ると云う。今ゼルクは命懸けの賭けに出る。
すかさずゼルクは神の篭手を右腕に装着した。するとある筈のない神の篭手の鼓動が脈々とゼルクの心臓に流れてくるような感じが襲い掛かって来た。
「な、なんだ!? この魔力は!? ひ・・・・・・ひぃ!?」
ゴブリンが並々ならぬ魔力を感じ取った。否。最早ゼルクは偉大な神の右腕を手に入れたのだ。これは最早宿命だったのではと云いたくなる程の出会い。
「まさか! あれが・・・・・・神の篭手か!」
一番前の兵士が気が付いたようだ。それを耳に入れた左右の兵士はより一層に身構えた。脳筋なゴブリンもさすがに理解したようだ。ゼルクは覚悟した。
「なにぃ!? それは本当かぁ! ならば・・・・・・ここは戦おうぞ!」
ゴブリンの士気が戻ったようだ。しかしゴブリンが暴れるには少々人数が多いようだった。仕方がないのでゴブリンは最前線の三人に委ねることにした。
どうやら最前線の三人は同時にゼルクを襲うようだ。一方のゼルクは神の篭手を装着させてから両瞼を閉じていた。漲る力をひたすらに感じ取っていた。
そして最前線の三人がゼルクに斬りかかろうとした。その時にゼルクは両瞼を一気に開けた。すると周りの景色が遅かった。時間が遅くなったようだ。
ゼルクに斬りかかる最前線の三人がゆっくりだがしかと見えていた。刹那を制したゼルクはすかさず一回転した。とここで時の流れが元に戻ったようだ。
気が付けばあっと云う間の出来事だった。なんとゼルクの神経は研ぎ澄まされ一瞬にして最前線の三人をほぼ同時に斬り付けていた。鎧が貫通していた。
「・・・・・・ば、馬鹿な!? そ、そんなことがあって堪るか! 奇跡は二度も起こらねぇ! 行くぞ! 貴様ー!」
ゴブリンの士気がグラグラだが最後まで戦う気のようだ。もっとも最期は知らないが。この感じからしてゼルクは思った。どうやら神の篭手に選ばれたと。
ゴブリンは胆を冷やしながら突っ込んで来る。ゼルクにとってゴブリンのような動きは遅すぎた。だからゼルクは余裕綽々にゴブリンの下へと走り出した。
ゴブリンは大剣を前に構えることなく突っ込んできていた。ゼルクもまた長剣を前に構えることなく走っていた。すると急にゴブリンが立ち止まり始めた。
どうやらゴブリンはその場で一回転するようだ。この一撃はゴブリンにとっての渾身だった。最大限に遠心力が掛かった大剣は振り子のように強烈だった。
ゼルクは避けれないと判断した。だからもう一度長剣で防御しようとした。ゼルクは床に力強く踏ん張り始めた。とここでゴブリンが一回転し終わった。
強烈な一撃がゼルクの長剣に襲い掛かる。・・・・・・気が付けばゼルクは大分後ろに引き下げられていた。しかもよくよく見ると長剣が真っ二つに折れていた。
「・・・・・・グハハ! どうだ! 俺の大剣の威力はぁ!」
し終わったゴブリンは沈黙の時に体勢を整えた。少し先程と比べて威力は落ちたがゼルクの長剣を折る程の怪力は残っていた。ゼルクは潔く長剣を捨てた。
「ぐぬ? ・・・・・・命乞いでもするのかぁ」
するとゼルクはゴブリンの言葉を耳に入れずに神の言葉を耳に入れていた。そうだ。神殺しの魔力剣を出せと。ゼルクは急に走り出した。狙いは当然――
「・・・・・・気が狂ったか。良いだろう。最期まで付き合ってやろう」
正直のところでゴブリンはゼルクがなにを考えているかなんて分からなかった。でもゼルクにしか聞こえない声があった。それこそが神の篭手の影響だった。
今度のゴブリンは体力を温存する為に待ち構えることにした。今尚も無傷の大剣を前に構えるゴブリンの姿があった。ゼルクは武器を持たずに走っていた。
ゴブリンが一回転する準備に入り始めた。一方のゼルクは未だに武器を持っていない。このままでは自滅行為に繋がりかねない。ゴブリンは一回転した。
この時のゼルクは只管に敵の懐に入ることしか考えていないのでは? と思える位の走りっぷりだった。そうこうしている内にゴブリンの一回転が終わった。
このままでは重たい一撃がゼルクに襲い掛かるだけだった。ゼルクは武器や盾を装備していないので鎧に身を委ねるしか出来なかった。と思いきや――
「・・・・・・ば、馬鹿な!? いつの間に!?」
ゴブリンが両瞼を見開いて驚いていた。なんとゼルクが見たこともないような長剣をいつの間にか持っておりゴブリンの大剣を防いでいた。しかも軽く。
「ぐぬぅ!?」
ゼルクはゴブリンの大剣を軽々しく謎の長剣で上に跳ね除けた。なんと云う馬鹿力だろうか。あの怪力自慢のゴブリンが両腕を上げた。とその瞬間だった。
なんとまたゼルクの周りが刹那になった。時が止まっている訳ではないがゆっくりとした時間が流れている。だからゼルクはこの内に渾身を放とうとした。
そうだ。この神殺しの魔力剣で渾身の一撃を今の内にゴブリンに与えるのだ。早速ゼルクは長剣を掲げた。それとほぼ同時に前に右足を出し踏ん張った。
そして――刹那が散った瞬間に進むとゴブリンは鎧ごと切られていた。見事に渾身の一撃が決まったようだ。ゼルクはゴブリンが倒れ行く様を見ていた。
「・・・・・・ゼルク! 無事で良かった!」
異様な空気が辺りを支配していたがそれを打ち破ったのが姫様だった。しかしアーマデラスは姫様の言葉よりも今の戦況を把握することが大事だと思った。
「姫様! 御託は後です! 今は戦況の把握が大事です! この玉座の間から出ましょう!」
アーマデラスは姫様に対して少々辛辣な態度をとった。それに姫様はちょっと驚きになったがそれも一理あると判断した。だから姫様はとある決心をした。
「そうですね! もう! 逃げるのはやめます! 私も・・・・・・戦います!」
姫様は噛みながらも決心したことを云っていた。もう・・・・・・逃げないと。王が大事に残していた神の篭手が見つかった以上はこちらに武があると感じていた。
「ゼルク。行けるか」
アーマデラスは神の篭手に選ばれたゼルクの状態を心配していた。だがアーマデラス自身が気を使うのに慣れていなかった。だからどこかぶっきら棒だった。
「はい! まだ・・・・・・行けます!」
ゼルク自身の魔力はまだ余りに余っていた。もし万が一この魔力剣が消えてしまったら大変だけど今は行けると思った。逸早くにアルオス城を奪還せねば――
「なら行くぞ! ぬ?」
出来るだけ早くに行こうとしたら三人の兵士が入ってきた。どうやら敵のようだ。く・・・・・・味方はどうしているのだとアーマデラスは思った。敵の数が多い。
「動くな! 抵抗すると痛い目を見るぞ!」
一刻も早くここから抜け出したいゼルク達は戦うことにした。今度は三対一ではなかった。三対三だった。ゼルクの他にアーマデラスと姫様も参戦する。
アーマデラスと姫様は鞘から長剣を抜いた。それがどう云う意味をなしているかは見れば一目瞭然だった。この光景を見て三人の兵士も戦うようだった。
「刃向かうと云うのか! 良いだろう! ここが貴様らの最期だ!」
先程から真ん中の兵士がうるさかった。真ん中の兵士はゼルクが相手にする形になりそうだった。ゼルクから見て左はアーマデラス。右は姫様だった。
とここで三人の兵士が一斉に動き始めた。狙いは目の前にいるゼルク達だった。するとゼルク達も動き始めた。姫様はいちよう騎士の格好をしていた。
「私も戦えることを証明します!」
姫様は走りながら云っていた。もう逃げないと誓ったのだから姫騎士としてこの国を引っ張っていくようだ。非常に心強い姫様だがアーマデラスは違った。
「姫様。無理は禁物です。貴方は・・・・・・即位しなければならないのだから」
どうやらアーマデラスは姫様にそこまでの活躍をして欲しいはないようだ。それもそうか。今は城内の情勢が崩れている中で下手に動いて欲しいはなかった。
「死なせない! 即位するその日まで! 行くぞ! これが・・・・・・アルオス城の騎士の力だ!」
ゼルクは気合いを入れ直した。そして姫様がアルオス城で即位出来るようにしたいと思うようになった。きっと神の篭手があれば夢もまた現実になると思った。
とここで真っ先に鍔迫り合いになったのがゼルクだった。その次はほぼ同時にアーマデラスと姫様だった。ゼルクは漲る力を最大限に使おうとしていた。
するとすかさずゴブリンの時と同じことを仕出かした。ただし違っていたのは敵の兵士がゴブリン程の怪力じゃなかったと云うことだ。呆気なく長剣が飛んだ。
「・・・・・・な、なんだぁ!? こ、こいつは!? ば、化け物かぁ! ひぃ!?」
まずい。このままでは力加減が出来ずに殺してしまいそうだ。いくら敵とは云え殺すには相当な労力がいる。真ん中の兵士は腰が抜けた。だから尻餅を付いた。
く・・・・・・逃げ腰の兵士には悪いが逃がす訳にはいかない。そもそもこのお城の秘密を知ってしまった。だからこの手で殺すしかない。そうだ。神の篭手はない。
この城で神の篭手が起こしたことは全て葬り去らなければならない。そうじゃないとまた魔物に襲撃されてしまう。このことは誰にも知らせてはならないことだ。
「悪い」
ゼルクはそう思いながら云いながら真ん中の兵士に止めを刺そうとした。凄く罪悪感がした。それでもこの国とお城の治安を良くするには必要な悪だった。
「ひぃ!? ぐ・・・・・・」
本当にゼルクは心の底から謝っていた。だけど言葉を喋れる人間を逃がしてしまうとどうしても起きたことを云ってしまう。そうなれば永遠に呪われてしまう。
「終わったか。ゼルク」
ふと気付くとアーマデラスは勝っていた。さすがはアルオス城の名手だ。伊達に近衛隊の隊長をしていない。今度は姫様の方を見た。どうやらまだのようだ。
ゼルクは姫様に加勢しようと動こうとした。しかしアーマデラスに肩を持たれた。ふとアーマデラスの方を見るとアーマデラスは首を左右に振っていた。
姫様の方を見た。きっとここで姫様に加勢したら姫様の為にはならないとアーマデラスは思ったのだろう。ほんのちょっと待つと辛うじてなんとか姫様が勝った。
「はぁ。はぁ。はぁ。・・・・・・行きましょう。ちょっとでも前に」
姫様は極度の恐怖から息が荒かった。しかし沈黙の際に気持ちを落ち着かせた。そしてちょっとでも前進しようと云った。耳に入れた二人は真っ先に動いた。
玉座の間から二人が出ると既にやられた自軍の兵士や未だに戦っている自軍の兵士がいた。実のところで玉座の間は地下一階にあった。謁見の間でもあった。
つまり地下一階を含まずにいるとこのお城は二階建てだった。玉座の間から出るといきなり一階へ行く為の階段が左右対称に造られていた。三人は合流した。
「行きましょう。ここから我が軍の反撃が始まるのです」
ゼルクとアーマデラスは静かに頷くと先の安全を確保する為に別れた。右の階段をゼルクが左の階段をアーマデラスが上っている。どうやら階段は安全だった。
ゼルクとアーマデラスはほぼ同時に階段を上り詰めた。するとエントランスホールが目の前に広がった。エントランスホールでは敵と味方が入り混じっていた。
「ゼルク。アーマデラス。敵が来ましたよ」
三人が合流するとエントランスホールの出入り口から敵が三名にゴブリンが一体やってきた。最初のゴブリンとは装備が違っていた。長剣に盾を装備していた。
前列に三名に真ん中後方にゴブリンだった。最初のゴブリンよりも少し小振り見えるのは気のせいだろうか。とここで急に神の篭手の鼓動が一瞬だけ高鳴った。
「・・・・・・な!? 大丈夫ですか! ゼルク!」
姫様の言葉が一瞬の油断から救ってくれた。なんとかゼルクは持ち直した。顔を左右に振り屈んでいたがなんとか立ち上がれた。一体自分の体になにが起きたのか。
だがその答えを知る者はこの辺りにはいなかった。それよりも敵がこちらの存在に気付いて突っ込んで来ていた。これまた三人対三人の構図になりそうだった。
敵の三人は走ってきているのに一番後ろのゴブリンはノシノシと歩いていた。実に余裕を感じられたが今は目の前の三人を相手にしようとゼルク達は走り始めた。
さっさと終わらせたい気持ちの方が強かった。神々の争いによって分断された人族達との戦闘に嫌気が差していた。一刻も早く神々の争いを鎮めなくてはならない。
ゼルク達の戦う相手は先程と一緒だった。つまり真ん中がゼルクで右が姫様。そして左がアーマデラスだ。ゼルク達は躊躇することなく走った。全ては神の為に――
とここでゼルクはだれよりも先に真ん中の兵士を斬ろうとした。しかし真ん中の兵士は既に長剣を鞘から抜いていた。だから真ん中の兵士は長剣で防御をした。
ゼルクと真ん中の兵士による鍔迫り合いだ。一方のアーマデラスと姫様はほぼ同時に別の兵士と戦っていた。アーマデラスと姫様は別の兵士と鍔迫り合いをした。
ゼルクは今すぐにこの戦いをやめさせたかった。だからゼルクは力加減が出来ないが本気を出そうとした。まだまだ漲る力がゼルクを支えていた。出すなら今だ。
そう。云わんばかりにゼルクは漲る力を振り絞った。鍔迫り合いから真ん中の兵士を遠ざけるようとしたかった。だからゼルクは優しく長剣を前に押し出した。
「うお!?」
ゼルクは優しく押し出したつもりなのに真ん中の兵士は尻餅を付いていた。これでは一方的過ぎて後味が悪い。そう。ゼルクは思った。でも仕方がなかった。
「・・・・・・ひぃ!? ぐ・・・・・・」
ゼルクは後味が悪いことに悩みながら魔力剣で真ん中の兵士を刺した。元は平和を共にする国々の人族だった。でも神々の争いが起きてからなんでこうなった。
悔しさで心の中が可笑しくなりそうだった。悲しんで嘆いても人の命は戻っては来ない。前を向こうにも次から次へと違う人族がやってくる。かなり酷い話だ。
ゼルクも思わず下を向いてうなだれていた。敵になってしまったとは云え兵士達にもそれなりの生活があっただろうにと思うとゼルクの心は苦しい限りだった。
「ゼルク! 危ない!」
ふと気付くと急に姫様の声がした。するとなにやら巨大な影が急に降りかかった。ゼルクは顔を上げてみるとそこには長剣を振りかざすゴブリンの姿があった。
ゼルクは慌てて魔力剣を上に構えようとした。その瞬間に長剣を振るうゴブリン。ゼルクはなんとか魔力剣で防げたようだ。前のゴブリンと比べたら弱かった。
なにが弱いと云えば前のゴブリンは大剣を遠心力に乗せていたが今回のゴブリンはバランスタイプだった。つまり大剣程の一撃は無理でも盾を持てば防げた。
ゼルクはすぐさまに魔力剣でゴブリンの長剣を鍔迫り合いしながら突き飛ばした。するとゴブリンは尻餅は付かずに後ろにのけぞるだけだった。想定内だった。
「ぐお!?」
ゴブリンが後ろにのけぞる時に声を出していた。ゴブリンの崩れた体勢を見てすぐさまにゼルクは右腕を後ろに引いて突き攻撃の構えをした。それも一瞬だけ。
「・・・・・・ぐおおおおおお!」
今ゼルクがしようとしていることをゴブリンは理解した。だから全身の力を一ヶ所に集めた。どこに集めたのかと云えば盾を装備した左手だった。その瞬間――
鋭い音が城内に鳴り響いた。金属と金属がぶつかる音だ。なんとゴブリンはあの体勢から盾を動かしゼルクの突き攻撃を防いだのだった。ゼルクは潔く引かせた。
ゴブリンは元の体勢に戻った。ちょっと遅れてゼルクも元の体勢に戻った。正直のところでゼルクはゴブリンの盾が邪魔に思えた。あれさえどうにかすれば――
そう。考えていると今度はゴブリンが動き始めた。ゼルクの前まで行くと立ち止まり長剣を軽く振ってきた。なんと云う舐められた光景だろうか。負ける筈がない。
ゼルクは決して調子の乗っている訳ではない。だけどどうしても神の右腕の力を理解してしまうと長剣の威力が低く見えた。この程度の威力ならば耐えられた。
このままでは埒が明かないとゼルクは思った。この程度の威力でやられるなんてごめんだとも思った。最早ゼルクの感覚は狂い始めていた。それでも耐えた。
ゼルクは一歩も引く気なんてなかった。だけどゼルクはゴブリンの前進のせいで徐々に下がっていた。後退する度にゴブリンの長剣の連続斬りを防いでいた。
やはりこのままでは埒が明かないとゼルクは仕掛けに入った。ゼルクはゴブリンの長剣による縦振りを後ろに跳んで避けた。その瞬間にゼルクは突っ込んだ。
そして重たい一撃を与える為にゼルクは突っ込みながら一回転した。この動きは最初のゴブリンから学んだことを自己流に改良した技だ。ほぼ即興的な技だった。
ゴブリンはゼルクの予想どおりに盾で防御してきた。ゼルクは思いっきり床を踏ん張り己が持つ力を最大限に出した。ゴブリンに迅速かつ強烈な一撃が入った。
ゴブリンの盾は思いっきり外に飛び出していった。しかしゴブリンの握力は化け物で盾が外れることはなかった。既にその頃にはゼルクの次なる一手があった。
それはゼルクの魔力剣による突き攻撃の構えだった。ゼルクお得意の技がゴブリンを襲おうとしていた。ゴブリンは思った以上に体勢が崩れていた。避けれない。
そう。ゴブリンは悟った。しかしゴブリンは諦めが悪かった。断末摩よりも壮絶な声を出していた。その声は最初の比ではなかった。野生に戻ったかのようだ。
「ぐおおおおおお!」
しかしどんなに雄叫びを挙げようとも思った以上に体勢は崩れていた。ゴブリンは右手に力を込めるが動かせないでいた。そうこうしている内にゼルクは動いた。
「ぐおおおおおお!」
三回目の雄叫びだが効果がない。その一方でゼルクの突きがゴブリンに襲い掛かる。どんなに盾で身を守っても神の右腕の前では無力か。ゴブリンは死を覚悟した。
ゼルクの魔力剣は見事にゴブリンの心臓を貫いていた。そしてすかさずゼルクは魔力剣を引き抜いた。するとゴブリンは断末摩を挙げることなく崩れ去っていった。
「・・・・・・やりましたね。ゼルク」
姫様が胸に手を当てながら云っていた。その声音は安堵していた。姫様にとってゼルクは救世主なのだから一大事だった。しかし姫様の身も一大事だった。だから――
「ゼルク。よくやった。だが・・・・・・今は外に出ることを最優先させよう」
アーマデラスは全体に気を使いながら云っていた。本当はゼルクや姫様を褒めたかった。だけど今の事態にそれは余りにも不謹慎だった。そうだ。今は外に出よう。
「そうね。・・・・・・ゼルク。行きましょう」
姫様もアーマデラスに賛同した。するとゼルクも賛同した。だから前を見ながら頷いた。そして三人はお城を出る為にエントランスホールの出入り口を目指した。
初めまして。西塔 夕真です。
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