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第45話


「…………………………何ですの、それは……」


振り返ったイザベラは、ひくりと顔を引きつらせた。

背後でさわさわと夜の中庭で木々がさざめく、ベンチの後ろに1人の男が立っている。スラリとした体躯、上質な仕立ての衣装に胸元の赤いチーフ、徐々に視線を上に上げていけば、その顔は…

「ああ、これ。悪くないだろう?」

対するクラウスは頷いて自分の顔を指差した。


それは暗闇の中ぬらりと浮かび上がる…………巨大な葉っぱだ。


扇のように大きなアカンサスの葉に覆い隠された不気味な顔が、暗闇の中で照らされている。

クラウスはその大きな葉の茎部分を縦に持って、イザベラの背後に立っていた。

「ここに来る途中に、即席で作ってみたんだ」

どこか得意そうな色が混じるその声、イザベラはその妙な姿を凝視した。

確かに芸術的な美しいフォルムの葉ではある。

だが目の部分は若干大きさの違う丸い穴が2つ、口の部分はいびつな弧の形に穴を開けられ、暗闇で見ると異常なほど()()()だ。

首から大きな葉が生えているようにも見える。多分子供が見たら泣く。

かろうじて見えているのは横から生えた耳とちょこっと覗く黒髪くらいで、実にシュールな光景だ。

無言のまま固まっているイザベラに不安になったのか、クラウスが口を開いた。

「ごめん、気に入らなかった?無いよりマシかと思ったんだが…犬対策用の仮面を城に置いてくるんじゃなかったな……」

ぼそりと悔やむように呟いて顎に手を当てているが、後悔するポイントはそこじゃない。

あの木彫りの仮面を被って暗闇で背後に立たれた日には夢に出るだろう。

無いよりマシって無い方がよっぽどマシでは、と様々なツッコミが頭の中に浮かんでは消える。

そもそも、人が真剣に話しているというのに何のつもりなのか。

意表を突かれて唖然としていたが、徐々にふつふつと怒りがこみ上げてきてイザベラは大きなため息をこぼした。

「……ふざけていらっしゃるの?」

苛立ちを込めて目の前の不気味な葉っぱ人間を見上げれば、クラウスはその変な仮面越しに一瞬まじまじとイザベラを見つめて小さく笑った。

「泣いたと思ったら、今度は怒ってる」

「な……」

そう言われてカッと羞恥でイザベラの頬に朱が走った。

チカリ、と仮面の奥で2つ、金色の光が反射する。

「今日は色んなあなたが見れて良いな。他の誰かじゃなくて、………僕に対してあなたが色んな顔を見せてくれるのがとても、嬉しい」

薄明かりに、ぼうと照らされた不気味な顔の葉っぱがこちらを見ている。

なんだか良いことを言ってる気もするが、その仮面で全てが台無しになっている。

しかしその姿とやけに嬉しそうな声色に毒気を抜かれて、イザベラは脱力して呆れたように額を押さえた。

「……あなたって意外と変わった方でしたのね」

堪えきれず思ったままに呟けば、微笑む気配がした。

「知らなかっただろ?僕もあなたと同じ、いつも外では外面を被っているからね」

悪戯っぽい声が、イザベラの耳に届く。

「本当の僕は狭量でちっぽけな臆病者なんだ」

自嘲気味に呟かれた台詞に、イザベラは困惑した。

イザベラの知る今までのクラウス像といえば、いつも美しい笑顔でどの生徒に対しても優しく接する素晴らしい人間で、そんな風に卑下するようなものでは無かったはずだ。

真意を図ろうにも、ふざけた仮面が彼の表情を隠している。

「僕はさ、その、引かれるかもしれないけど…あなたのことを、ずっと見ていたんだ」

静けさに落とされた声は、秘密を打ち明けるように慎重さを帯びていた。

「ずっと?」

その言葉に込められた意味が上手く汲み取れずイザベラが聞き返せば、そうだよと彼は小さく答えた。

「あなたに気づかれないように、学園でいつもあなたのことを目で追ってた」

「嘘……」

言いにくそうに打ち明けられた内容に、イザベラは動揺した。

思い浮かぶクラウスの姿はイザベラに対して丁寧ではあったがどこか義務的で冷めた視線を向けていたから、どうにも彼の話す内容と大きなギャップがある。

いまいち信じられないイザベラに彼は続けた。

「一人でいる時あなたは、よくどこか別の場所をぼんやり見て、ふと優しく微笑んだりするだろう」

「え?………………覚えがありませんわ」

眉を顰めながら過去を思い返したが、思い当たる節がない。

クラウスは白い手袋の嵌めた人差し指を上に向けた。

「最近だと終業式の少し前かな?放課後の渡り廊下に一人でいたあなたに声をかけようか迷って見ていたら、中庭の方を見つめて一瞬だけ嬉しそうに笑ってたよ」

「終業式の前?」

聞いても思い出せないが、終業式の前、中庭、笑った、とヒントを組み合わせると思いつくのは一つしかない。

おそらく周りに誰もいないと油断して、領地の犬たちにもうすぐ会えると、頭の中で犬ときゃっきゃウフフと戯れていたに違いない。

そして一人でニヤニヤ笑っていた、と。

既にドン引き案件を目撃されていたことに衝撃を覚えながら、イザベラは恥ずかしさのあまり口元を覆ってよろめいた。

「あなたはよく……どこか遠くを見ながら、僕がずっと見たかったあの笑顔を浮かべていた。そのことに、僕はいつもあなたのことを見ていたから、気づいてしまったんだ」

しかも一度や二度では無いらしい。顔がカッカと火照っていくのを止められず、イザベラはううと呻いた。

「一体誰のことを考えているんだろう、そう考えるたび自分の中で想像もしなかった醜い嫉妬が渦巻いて……あなたに意識して義務的に接しなければ、すぐにでも溢れ出してしまいそうだった」

「どうしてそんな……」

そんな素振り一切見せなかったのに。

イザベラは戸惑いながら、そっと目の前の婚約者を見上げた。

「僕はずっと、……あのお茶会の日の、あなたの笑顔が忘れられなかった」

ぎくり、とイザベラの体が強張る。

「クラウスが好きだと、そう言って嬉しそうに微笑んだあなたのことが……」

「あ、あれは……」

寂しそうなその声に、イザベラの心が罪悪感で痛んだ。

いや、でも結局のところ愛犬の名は、目の前のクラウスが由来で……とはいえあの時言ったクラウスは確実に犬の方だった。

イザベラは観念した。

……言うしかないだろう。

とんでもなく不敬だが、もう黙っていても仕方がない。これが最後の秘密だ、言ってスッキリして、後はもう知るものか。

「申し訳ございませんでした」

「どうして急に謝るの?」

驚いたようなクラウスに、イザベラは垂れた頭をパッと上げた。

「実はっあの時……」

「うん」

そこまで言いかけて、言葉が消える。

暗闇の中、不気味な葉っぱの仮面がイザベラを見つめていた。

「あの時……」

「うん、あの時?」

あの時申し上げたのは飼い犬のクラウスのことだったのです。

そう白状しなければと思うのに、いかんせん迫力がすごい。

2つの穴から爛々と輝く金色が覗いている。

たらり、とイザベラのこめかみに汗が伝った。

ゴクリ、と生唾を飲み込む音が鼓膜に反響する。

「………………私は……狡猾にもあなたや王妃様を欺き、まんまとこの婚約者という地位を手に入れたのです」

イザベラは内容のニュアンスを少し変えた。

やはり、あの圧に耐え切れなかった。

「皆さんが私のことを恐ろしい魔女みたいだと陰で仰ってるようですけれど、その通りですわ。あなたをずっと騙していたのですから……」

目を伏せてそこまで言い終えると、辺りに沈黙が落ちた。

「葉っぱ お面」と画像をググったらなかなかシュールで面白いですよ笑


また、1話に収めるにはかなり長くなってしまったので、本日は朝昼夕3回に分けて更新します。

よろしくお願いします。

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