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第41話


「イザベラ?」

その時、横から声がして、グラスを2つ持ったクラウスの姿が現れた。

「クラウスさ、殿下」

頬を赤くして、少女はその名を呼んだ。

呼ばれて初めて気が付いたかのように、クラウスは美しい微笑みを浮かべる。

「ああ、こんばんは」

「ごきげんよう、クラウス殿下」

ぎこちなくも懸命に少女がしずしずと淑女の礼をすれば、クラウスは驚いたように目を瞬かせた。

「…2人で何か話していたのかな?」

そう言いながらグラスを手渡され、イザベラは礼を述べた。

黄金がかった透明な液体がシュワシュワと音を立てて弾ける。

「はい、イザベラ様と淑女のお話を少し」

ルーナは淑女らしく、すまして頷いた。

妙なものを見たような顔をして、クラウスは「それはいいね」と一言だけ返した。

「あの」

息を吸い込んで、少女はクラウスを見上げた。

「クラウス…殿下、イザベラ様、今まで、色々と申し訳ありませんでした」

突然かしこまったように頭を垂れる少女に、困惑しながらイザベラの方を見てクラウスは首をひねる。

これは彼女にとって必要な儀式のようなものなのだろう、イザベラは少女を静かに見つめた。

「イザベラ様が教えてくれました……私、変わらないと、このままじゃいけないって」

一言一言、口に出すごとに少女の顔に緊張が走る。

「でも最後に一つだけいいですか」

迷うように唇を動かして、泣き笑いの表情でルーナはクラウスを見上げた。

「ク……ううん、王子様。…私のこと、少しは好きでいてくれましたか?」

クラウスは虚を突かれたように、その黄金を軽く見開いて、やがてすぐに微笑んだ。

「もちろん、君は僕の愛する国民の一人だからね」

その美しい微笑みを受けて、ルーナはそっと目を伏せた。

「そうですよね、…ありがとう、ございます」

ルーナは精一杯の虚勢を張って、笑顔を作ろうとした。けれどどうにも歪な表情で、今にも泣き出しそうにも見える。

「……それに」

華奢な少女を見下ろし、クラウスは思案気に顎に手を当て僅かに眉を下げた。

「君は僕の妹に少し似ていてね」

「妹さん、ですか?」

続けられた言葉に、驚いたようにルーナは顔を上げた。

「ああ、僕の妹はかなりお転婆で、髪もあなたと同じ茶系の癖っ毛でね。…今はまだ小さいが、きっといつか成長してあっという間に淑女になってしまうんだろう」

慈しむように遠くを見て、クラウスは寂し気に口元を緩ませた。

その黄金が、スイと動いて少女と目が合う。

「あなたも、いつか、そうなるんだろうね」

ルーナは小さく息を飲んで、次の瞬間にはくしゃりとその顔が歪んだ。慌てたように下を向いて、震える声で呟く。

「そう、なれる……かなあ」

誰に言うでもなく、虚空に彼女のつぶやきが落ちた。

誰もそれに答えず見守っていると、やがて少女はゆっくりと顔を上げた。

「私……明日から今までの分取り戻さないと!じゃあ、もう今日はこれでお先に失礼しますね!」

大きな目を輝かせて、ルーナは花開くように笑った。憑き物が落ちたようなスッキリとした顔つきで礼をして、クルリとドレスを翻して踵を返す。

そしてホールをパタパタと嬉しそうに駆けていって、途中でハッとしたようにしずしずと歩き出した。

イザベラはその後ろ姿をこめかみを押さえながら見送って、呆れたようにため息をついた。

「どうやら、ルーナ様は私が思っていた以上に、タフな方だったようですわ」

「そのようだね」

あれだけ人の気をもませておいて、すっかり立ち直った少女にイザベラは脱力を覚えた。

グラスを傾けながら、クラウスは相槌を打つ。

「どうなるかしら」

「どうかな。彼女はまだ1年生だから、これからの努力次第だろうね」

少女の後ろ姿を見つめてこぼれた一言に、クラウスは冷静に返答した。

「彼女のこれまでの経験は他の令嬢たちには無いものばかりで、それは欠点にもなりうるが、その反面、人と違う経験というのは時に武器にもなるかもしれない」

「武器……?」

不思議そうにイザベラが聞き返せば、クラウスは考えを巡らせるように視線を上に向けた。

「そう…例えばこの先、彼女が本当に貴族として素晴らしい淑女になったとして、その時彼女は一人の“貴族として”も“平民として”も、二つの側面から物事見ることが出来るようになる。それってなかなか貴重な人材かもしれない」

イザベラには考えもつかなかった話に、なるほどと頷いた。

今、ルーナの中には確かに平民のルーナが存在している。そしてここで生きて行くために、ようやく貴族のルーナが芽を出した。

その芽が本当に成長するかは今の段階では全く分からない。けれど、あの転んでも転んでもケロッとして起き上がる精神力ならば、あまり心配することもない気がしてきた。

そう思いながら最後の一滴を飲み干すと、そのグラスをするりと奪われて、目の前の王子が微笑む。

給仕人を連れてきたのか、二つの空のグラスを手渡して、イザベラの手を取った。

「イザベラ、踊ろう」

ちょうど曲が終わり、ホール全体に穏やかな前奏が静かに流れている。

手を引かれてホールの中央に行けば、周囲がざわついた。

それもそうだ、いつもクラウスとイザベラは2曲目なんて踊らない。

好奇の視線をひしひしと受けながら、クラウスは気にした様子もなくイザベラだけを熱く見つめていた。

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