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第34話


「なんで、ですか」

金色の長い髪に、赤い目をした魔女のような相貌の令嬢を、ルーナはまるで幽霊を見るような顔で呆然と見つめていた。

その悲痛な表情に、チクリとイザベラの心に(とげ)が刺さる。


───けれど私は、クラウス様のようには出来ない


様々な懊悩を隠して、自分に言い聞かせるように心の中でイザベラは一言呟いた。

怯える少女が、不安そうに椅子の上で縮こまっている。

一呼吸置いて、イザベラは毅然とした表情で少女に向き直った。

「私たちは学園を出れば、大きな隔たりがあります。……きっと挨拶を交わすことすら滅多に出来無いような関係になるでしょう」

その言葉にルーナは唇を噛み締めて、悲しそうに顔を歪めた。

「そんな…ひどい。確かに私の家は家格が低いかもしれませんが、今回の誘拐事件の慰謝料でかなり潤ったんです、だから」

「その程度では、何も変わりませんのよ」

呆れたようにそう言って、即座に首を振った。

学園を卒業すれば、もう二度と会わない可能性の方が高いだろう。

少女はそのことをまるで分かっていない。

社交界と一口で言えど、家格によって呼ばれるパーティーもまるで違う。この先、2人が同じパーティーに出席する可能性はかなり低い。

それほどまでに、イザベラの地位とルーナの地位はかけ離れている。

ましてや、王太子と比べればルーナの家は道端の石ころとなんら変わらない。

ボウマン男爵家は爵位も低いが、実際の影響力も弱い家だ。ルーナ自身が赤裸々に話す通り、富に恵まれているわけでもない。

「どうして……?」

混乱した空色の瞳でイザベラを見上げ、少女は突きつけられた事実に愕然と呟いた。

きっと、自分が貴族だとわかったときは、訳もわからず喜んだのだろう。

実の両親に会える喜びと、まるで物語の主人公のような展開に、胸を高鳴らせたのだろう。

誘拐された娘が8年ぶりに見つかって、彼女の両親が学園に入学するまでの2年間酷く甘やかしたであろうことは想像に易い。

貴族として生きていくならば、少女の行いは全て論外だ。

けれど甘い気持ちで貴族になって、長い間平民として生きてきたルーナにとっては、自分を変えるなんてそう簡単に出来る事ではなかった。

そして駄々をこねる子供のように足掻いて、好き勝手に振る舞って。

けれど、きっといつか上手くいくなんて曖昧な格言はこの学園では通用しなかった。

そして、学園入って初めての長期休暇で家に帰省して、ルーナは未だ嘗てないほど親に叱られたのだろう。

それもそのはずだ、だって、あの終業式でのルーナの言動はいろんな生徒が聞いていた。

ルーナはあの場で、“ドレスが無いと王子に相談して、王家のドレスを譲ってもらった”と話を省略して興奮気味に大声で話していたが、その話を生徒たちが親に伝えれば親連中は一瞬で理解したのだろう。

ボウマン男爵家は、学園のあの()()()()支援制度を受けるほど貧窮している、と。

生徒たちには浸透していない制度だが、おそらく親は知らされているはずだ。その支援を受けたとしても、()()なら恥ずかしくて触れ回ったりしない。

噂はすぐに回って、その話がボウマン男爵にも伝わったのだろう、そして貴族の令嬢としてふさわしくない娘の振る舞いについても。

「なんで、……どうして……みんな仲良くしてくれないんですか……みんな、今日も久しぶりに会ったのに、何故か私の顔見て笑うし……クラウス様も、イザベラ様まで、なんで……」

目に涙を溜めながら、少女は悲劇のヒロインのように泣き崩れた。

少女の真綿に包まれた夢の世界が、解けていく。

「ルーナ様、あなたは貴族ですの?それとも平民ですの?」

残酷な質問に、ルーナは大きな目を瞬かせ虚を突かれたように答えに窮した。

「私は……」

なんの覚悟もできていない、幼い瞳が揺らぐ。

彼女は本当に運が良いのだろう。いくら豊かな国であるとは言え、もっと苦しい境遇の平民たちだっているはずなのに、彼女は運よく素晴らしい孤児院に拾われて、頑張れば報われる環境で生きてこれた。

彼女の努力は無駄ではないだろう。ただ、その全てがこの貴族社会では通用しないと言うだけの話で。

「もしも、あなたが平民であると言うならば、……私はあなたにそれ相応に優しくできるでしょう。それで、あなたがいいのなら」

それは表面上は穏やかな関係になれるかもしれないが、今以上に、対等では無い関係になるだろう。

そのゆるりと細められた赤い瞳に、手放しに喜べるような能天気さは、少女にはもう残っていなかった。

「……ルーナ様そろそろ、パーティーの支度をしなければなりませんわ」

俯いたまま押し黙ってしまった少女に、イザベラは優雅に立ち上がり声をかけた。

「あ……」

促されて扉へと誘導された少女は、何事か言おうとして、でも結局その小さな口から意味のある言葉が出ることはない。

「また後ほど始業式のパーティーでお会いしましょう」

こくり、と頷いて少女は来た時とは別人のように静かにふらふらと帰っていく。その姿に、少しの罪悪感を覚えてイザベラは額を押さえた。


少女を見送った後、被った外面を脱ぎ捨て、大きく息を吐いてベッドの淵に腰を下ろした。ルーナの襲来に大急ぎでクローゼットに戻した犬グッズを取り出そうとして、……やめた。

ぼんやりと宙を見たまま動かなくなった主人を、侍女が見かねて声をかけた。

「お嬢様、そろそろお支度を」

「ええ」

空返事にため息を堪え、侍女はひとまず支度を整えていく。

腑抜けたようにイザベラは赤い目から光を無くして、先ほど自分が発した言葉を頭の中で反芻する。

もしも、彼女がエヴァンズの領地の町に住む、領民の娘だったなら、より良い関係が築けたのかもしれない。けれど、現実は違って、ルーナは曲がりなりにも貴族の令嬢で、同じ学園の生徒で、ここでは異端の存在だ。

「……私だって、人にあんな偉そうに言えるような人間じゃ無いのにね」

思いつめたような顔で、イザベラは吐息とともに後悔を漏らした。

「お嬢様、完璧な人間なんていませんよ」

「そうかしら」

侍女はなんでもない事のように言葉を返す。

涼しい顔をした侍女に、イザベラは胡乱気な視線をやった。

「私も実家の偏食な弟に昔、嫌いな食べ物を尋ねられても、いつも何も無いと答えていましたから」

「あら……アナってば。山羊(やぎ)のミルクは飲めるようになったの?」

飄々として肩をすくめる侍女に、イザベラは眉を下げてようやくクスリと笑った。

感想、誤字のご指摘ありがとうございます。

今週末はかなり余裕があるので、その時にのんびりと返信、誤字訂正して参りたいと思います!

よろしくお願いいたします。

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